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2メギドライトの創傷  作者: 深山 観月
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17話

 全身を包み込むは地獄の業火。溢れ出る怨嗟で溶けていく己の心。苦痛は全く感じない。メギドライトを保有している彼女の心が溶けるということは、世界に溶けているのも同義だからだ。そのことをすでに知っている彼女はただぼんやりと手を伸ばす。


 すり抜けていく数々の手は苦しんでいない彼女が自分たちを救いに来てくれたと思ってのもの。それとともに強さを増していく祈りの声も火中の彼女に直接向けられたそれにおいては、届くことなく蒸発する。


 ──アストラーデを憎まないお前を許さない。


「うん」

 

 ──私たちの無念を晴らさないお前を許さない。


「うん」

 

 ──お前が世界に選ばれたことが許せない。


「そうだね」

 

 ──お前が憎い。憎い。憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い。どうしてお前だけ。どうしてお前だけ! どうしてお前だけ!!


「私はここまで来た。もう少しだよ、アストラーデ。本当は誰も巻き込まずに私だけでやりたかった。でも、世界に溶けたままだとあなたの心を天界に運べないから」


 溶けゆく心を抱きながら、彼女は目を閉じる。救いを求める声、呪いの言葉を吐き捨てる声。それら全ては混ざり合い、この場にいる彼女一人へと降り注ぐ。やがてくぐもっていく声は歓声のように。あるいは雨のように。



「そんなことはどうでもいい!!」


 聞こえてきた怒鳴り声にはっとする。気が付くと、アルマフィアの前には喧嘩をしている男女がいた。否、男側が一方的に女に対し、感情をぶつけている様子だ。


「この世界を改変したけれど、それを戻すことはもうできない!? それに、持っていた世界の力は欠片となった!? そんな説明を僕は聞きたいんじゃない!!」

「ごめんなさい。私は神々に人間へと目を向けて、心を持ってもらいたくて。心があれば、この世界をより良くできると思って……」

「なら何でベルランダが不幸になっているんだ!! どうしてあいつがこれ以上不幸にならなければならないんだ!?」

「……メギドライトを放棄すれば、彼女は元の体に戻ることができる。方法は2つ。彼女自身がその保有を放棄すること。もしくは、彼女自身が絶望をすること」

「単純にそれをしたところで放棄に気付かないやつらは死ぬ実験を続け、ベルランダの命が危機に瀕することは容易に想像がつくだろう!」

「……」


 返答に詰まる女はまっすぐに男の目を見つめ返すことができないようで、視線を逸らす。すると、立ち尽くすアルマフィアと目が合う。だが、対する男はこちらには目もくれず、必死の形相で女の襟を掴み上げた。


「誰が保有者かを言え」

「言えない」

「償いたい気持ちがあるのなら僕に協力しろ」

「私はあなたたちに争ってほしくない……」


 涙を流し始める女はちらと視線をアルマフィアに再度向ける。気付いた男もその視線をなぞるように追うと、アルマフィアと視線が合う。


「誰もいないじゃないか。この期に及んで君は僕を馬鹿にしているのか?」


 そう言うと、乱暴に突き放した男は女を鋭く睨みつける。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「もういい。君がそのつもりなら、僕は君に頼らない。世界を改変することで悲しみが発生するのなら、僕は絶対に世界を改変させない。良くしようとしたところで、必ず他のどこかで歪みが出るんだ。だが、ベルランダを不幸にした元凶であるあの腐った神ども。やつらのことを僕は許さない。やつらの屍の上に僕はこの世界を存続させる。たとえ、それが地獄のような惨状であろうとも、それ以上の地獄を防げるのなら、僕は喜んでこの世界の悪役にでもなってやる」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」



「どうしてベルランダからメギドライトを奪ったの!? 大切なあなたの妹でしょう!?」


 一瞬のうちに場面が切り替わる。ここは天獄。その最下層らしい。


 アルマフィアの隣には壁に取り付けられた鎖に手を繋がれた先ほどの女がいた。そして、檻の外には三人。その内の女が男に詰め寄っている。その女を見て思わず彼女は手を伸ばしていた。失くした何かを掴むように。


「アストラーデ……」


 わかっている、これは現実ではない。世界の記憶だ。それも、これは「前の世界の器」の記憶。過去の情報に干渉などできはしないことくらいは理解している。そう、そんなことはわかりきっているのに、まだ溶け残っている心はこの場面で彼女を救えと叫びだす。


「ヴィディゼアポロを解放しなさい……!」

「なるほど。保有者であれば他の保有者がいくつ保有しているのかを僕と彼女以外にも知っているのか。だが、誰が保有しているかまでは世界の器であった彼女しかわからないと。まあ、ベルランダが保有していたことは周知の事実だから、その実験に参加していた者たちの動向を追えば、自ずと答えが見えてくる。お見事だ。だが、それが罠だとは思わなかったのかな?」

「何を……」


 不敵な笑みを浮かべた男が手を挙げると、機械化した顔を持った天使たちが取り囲む。


「顔のない天使たち(シュタルクフェルヴェン)!? 主神直属の意思のない天使たちがどうしてあなたに……」

「わからないかい? 僕はこうして権力を手に入れたんだよ。ベルランダにはそのための糧になってもらった。始めから僕はそのつもりだったさ」

「──違う」


 女は消え入りそうな声で呟く。項垂れたその顔から落ちる雫は地面に染みを一つ二つと増やしていく。だが、その声量では檻の外の彼らに届きはしない。


「私の背に」


 手で制しながらアストラーデの前に出たのは彼女の側近であるアインツァーレだった。


 しかし、多勢に無勢。あまりにも一方的なそれはもはや戦闘とすら言えなかった。男が手を叩き、終わりを告げるまでに要した時間は1分にも満たない。逃げ場のないこのような場所で、暴力に打ちのめされるその姿は目を背けたくなるほどの凄惨さだった。


 そして、地に伏せた二人を見下ろした男はその場にいた天使の一人から剣を乱雑に奪い取り、アストラーデの心臓目掛けて体重を乗せて深く突き刺す。そのもう片方の手にはメギドライトが1つ乗せられていた。


 アストラーデは多量の血を吐き出しながら、声にならない声を上げる。


「アストラーデ様……!」


 一方、天使に取り押さえられたアインツァーレは髪の毛を掴まれ、その様子をまざまざと見せつけられていた。


 男はその傷が完全に癒えるまで待つと、今度は手に乗せたメギドライトを取り込んでから再度彼女に剣を突き刺す。すると、傷は先ほどと同じく着実に癒えていきはするが、その速度が目に見えて落ちていた。興味深く観察しながら、男は歓喜の声を上げる。


「ははは!! 見ろヴィディゼアポロ!! やっぱり僕の見立て通りだ! メギドライトを保有していればいるほど、相手の修復速度を遅らせることができる! この調子ならやはり4つ保有していれば、生命維持が可能な水準に修復が達するまでにある程度の時間を要し、その間に命は潰えるだろう!」


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