11話
「一体何だっていうのよ……」
動かす度に悲鳴を上げる体の節々に鞭を打ち、無理矢理に上体を起こす。土に見えていたものがどこまで天界製の火薬だったのかは知らないが、あれほどの爆発であれば自分が生きているはずがない。それでもこうして生きているのであれば、当然姉のミトログラフも生きているはず。
すぐ隣には、レグナートが仰向けで寝っ転がっていた。胸が微かに上下していることから、呼吸は正常に行えているようだ。だが、過激派堕天使のトップである彼はどうして姉と一緒にいたのだろうか。
周囲を見渡してみると、ここは洞窟の中そのもので、閉鎖的な空間に彼女たちは包まれていた。薄暗く、少し肌寒い。先程とは全くの正反対であるこの場所に困惑していると、背後から近付く足音がする。恐る恐る振り返るとそれはアルマフィアだった。気が付けば、目を覚ましていたレグナートが立ち上がろうとしている。
「体痛むんでしょ? 無理して動かない方がいいよ」
「ストラスヘレナはどこに行きやがった。どうしててめえに協力している」
「爆発の衝撃で離れ離れになっちゃったみたいだね」
「つまり、お前を守ってくれるやつは誰もいないということだ」
「本当にストラに守られていたのはあなたたちの方だと思うけどね。彼女が私に協力してくれているのは彼女が優しいから。その優しさはあなたが一番良く知っているでしょ。だって、その優しさに漬け込んで、記憶のない彼女に対しておもちゃを弄ぶように好き放題やっていたんだものね、レグナート?」
「……。アストラーデに心を返したところで、この世界の終わらせようとするのなら、お前はこの世界の敵のままだ」
「冷たい祈りによって回る世界であなたは本当に心の底から笑えるの?」
「ちょっとちょっと! 勝手に話を進めないでよ! いい加減一からちゃんと説明をして!」
ナルヴィアは抗議の声をあげるが、レグナートは気まずそうに目線を逸らすだけだった。
「お前が知る必要はない」
「神から降格をしても、志だけは立派なままなのね。彼らを使い捨ての道具として考えていなければ、到底できない発言だわ。今ではあなたも似たようなものだと言うのに。でも、その真実の独占は果たしていつまで続くのかしらね?」
「いちいち癇に障る野郎だ。ストラスヘレナにメギドライトを与えたから、今のお前がメギドライトを保有していないことは知っている」
レグナートは腰に取り付けた球体状の機械のボタンをかちりと押すと、アルマフィアに向けて投げる。すると、その機械は光を放って地面に拡散し、彼女を取り囲む。やがて、囲んだ光は幾重もの輪と化して彼女を拘束し、体は背後の壁へと叩きつけられる形で固定される。
「──アンチヴェデルベーゼ。よくできているね、これじゃあどうしようもないな」
剣を抜きつつ早歩きで彼女に近付くレグナートの前に、ナルヴィアが立ち塞がる。
「何の真似だナルヴィア。再びメギドライトを得る前にこいつを殺さなければ、光輪の問題は根本的に解決しない。心を失くした仲間たちを救う貴重な機会だろうが」
「このまま何も知らないままなんて嫌。あなたが話してくれないというのなら、私はアルマフィアから真実を聞く」
「はっ。こいつが真実をそっくりそのまま話す保証がどこにある」
「敵対しているあなたの反応を見て判断する」
突如、甲高い音が洞窟内に反響すると、ナルヴィアの耳を何かが掠め、片方の羽飾りが落ちる。少しでも反応が遅れていれば危なかった。レグナートの手には硝煙を上げる拳銃が握られていた。
「ただの天使風情が調子に乗ってんじゃねえぞ。ミトログラフという付随した価値がなければ、てめえみたいな雑魚はとっくにあいつに殺されてんだよ」
「……直接見た方が早いよ、ナルヴィア」
「それはどういう……」
「ちっ」
背後を振り返ったナルヴィアが見たのは当たった弾丸で徐々に崩れ始めていく壁。その先の光景を見て、呆ける彼女の頬に赤い明かりがちらつく。
彼女の眼下に広がるのは、想像を絶する程の大きさで燃え盛る炎。地下深く穴は掘られており、壁は炎を丸く取り囲む形となっている。そして、穴の壁面にはところどころ誰かが入れる程度の穴が開いている。3人がいたのは、その業火がぎりぎりで届かない程度の高さに位置している穴の一つであった。
「地獄の業火」
固定された壁は崩れ去ったが、彼女の拘束は解けることはなく、背後で両腕は縛られている。業火に落ちる一歩手前で、まるで処刑を待つ罪人ように両膝を突きながら、だらりと首を下げてそう呟く。
「ここは第三階層。地獄の一番上に位置する場所。耳を澄ませてみて。きっとあなたにも聞こえてくるはずだよ、みんなの声が」
「みんなの声……? 聞こえてくるのは炎が燃え盛る音しか……」
だが、彼女の言葉を信じて注意深く耳を澄ませると、今まで聞こえてきた燃え盛る音に混じっていた音の正体を彼女は知る。驚愕で全身から力が抜けていく。
「嘘、でしょ……」
燃え盛る炎の音に混じるのは声。誰かが業火の中で燃えていた。それも、一人や二人の話ではない。数え切れぬほどの声の集合だった。大小様々な声。雑多な内容で、一つ一つ全てを最後まで聞き取ることができないが、その全てに共通している何かを直感でナルヴィアは感じ取っていた。
「これは、祈り……?」
「そうだよ、これは祈り。これが今の世界を回している祈り。そして、この地獄の業火はそんな祈りを強制的に発生させているの」
「だって、そのためにログリペドラス設立されたんでしょう…? 専門職ではない天使たちが神に祈るため。それで、世界を運営するのに必要な祈りの量は確保されているって……」
「確かに間違いではないね。だけど、あなたはそのログリペドラスに所属した天使たちの姿を一度でも目にしたことがある?」
「それは、世界のために我らが主に祈り続けないといけない、から。会ってはいけないことに、なって……」
「アストラーデは祈りの確実な量の供給のために、専門職以外の天使たちの感情に重さを付けて、地獄へと落としていたんだ。一切の希望が絶たれた状況である絶望。そんな状況で生まれる祈りが世界を回すのに一番効率的だっていうことを過去の実験で知っていたからね」
レグナートの表情が曇る。
「無理矢理に生み出された祈り。そんな冷たい祈りでこの世界は回っているのなら、この世界が存在し続ける意味って本当にあるのかな?」
「じゃあ、あなたが光輪を発現させたのは、みんなを救う、ため……? なら、私たちは一体何のために戦って……?」
「絆されるな、こいつは間違いなく俺たちの敵だ。お前が仲間を殺したきっかけはこいつが与えた力だろうが」
「そう、私は世界の敵。それだけはどうしても揺るがない事実。それでも、私は私の目的のために行動する。これまでも、これからも」
レグナートは発砲をするが、彼女は躱す。轟々と燃え盛る地獄の業火のある背後へと重心を傾けて。
「じゃあね、ナルヴィア。一旦お別れだよ」
思わずナルヴィアは手を伸ばすが、彼女の拘束具にはすんでのところで届かない。
「やめなさい! 燃えている者たちの声が聞こえているでしょう!?」
その言葉にアルマフィアは柔らかな笑顔をこちらに向ける。すると、彼女の体はまだ業火に触れていないはずなのに一瞬で燃え上がり、拘束具が溶けていく。解放された両手を胸に当てながら、彼女は重力に身を任せる。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私はね、もうとっくに燃えているから」




