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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

枯れ葉

枯れ葉令嬢は、毒だとわかっていても呑みこんだ

作者: 三香

枯れ葉シリーズは、枯れ葉と呼ばれる少女のお話です。

作品は、それぞれ独立した別個のものとなっております。

よろしくお願いいたします。

 マーリエは裕福な子爵家の末娘であった。


 父親は仕事に母親は社交に忙しく兄姉とは年齢が離れていたが、家族は小さなマーリエを溺愛していた。特に兄と姉は、幼いマーリエがピコピコと雛鳥のように後ろからついてくる姿が可愛くて、わざと手を繋がずに早歩きをしたりした。

 するとマーリエは、兄と姉に追いつこうとピコピコピコピコピコピコと必死に足を動かす。が、致命的なまでに幼いマーリエの足は短い。そこでマーリエは、スキップに似た独特の歩行方法を考え出したのだ。


 ふわり、と飛ぶように歩き、ゆっくりと着地する。ふわっと滞空時間があったため、家族は天使の歩き方と名付けてますますマーリエを慈しんだ。


 この歩き方は兄や姉の友人たちにも好評で、特に兄の友人の一人である子爵家のラドクリフはマーリエを天使と呼んで可愛がった。

 年齢は離れていたが条件もよく人柄もよいラドクリフを、マーリエの家族はマーリエの婚約者にと考えていたのだが。ラドクリフの家が仕事の関係で国外へ長期に渡って出ることになり、婚約の話は流れたのだった。


「やだ、やだ、行っちゃやだぁ! ラドクリフお兄ちゃま、マーリエが大きくなったらお嫁さんにしてくれると言ったのに。行かないで」

「ごめんよ、マーリエ。必ず帰ってくるから。お土産をたくさん買ってきてあげるから」

「お土産なんていらない! マーリエはお兄ちゃまがいい!」

「うーん、困ったな。そうだ、帰ってきたらマーリエのお願いをひとつ叶えてあげるよ。どんなお願い事でも聞いてあげる。お菓子でもドレスでもお嫁さんでも」

 しがみつくマーリエにラドクリフが微笑んで約束をする。

「ね? どうだい?」

「……約束してくれる?」

「もちろん、約束するよ」


 ラドクリフが小指を差し出す。きゅっ、とマーリエは自分の小指を絡めた。


 マーリエが8歳、ラドクリフが13歳、ほほえましい指切りであった。


 そうしてマーリエが16歳になった時。


 マーリエの乗っていた馬車が盗賊に襲撃される事件が起こった。弓弦の鳴る音。馬のいななき。マーリエを守護する騎士たちの頭上から数十本の矢が降りそそぎ、弧を描く剣の尖先が真っ赤な血雫を振りまいて空気を波だてた。


 ガゴン!


 頑丈な馬車の扉が開く。

 盗賊の剣がマーリエに向かって振りおろされた。

 マーリエは視線をそらさない。悲鳴もあげなかった。


 ドン!


 剣が容赦なくマーリエの細い身体を貫いた。


 マーリエの住む王国は、国王を頂点とする貴族社会であった。すなわち男性社会であり、男性が尊ばれ男性が優位に立ち、女性は男性に従順であることが美徳とされた。

 男性が選ぶ立場で女性が選ばれる立場。このことが、婚約者候補制度なるものを作った。ひとりの男性につき複数の女性が婚約者候補となり、その中から男性が正式な婚約者を選択する、という圧倒的に女性に不利な制度であった。


 しかし男性有利な社会では、女性は従うしかなかったのである。


 問題は、男性と女性の人数がほぼ同数であることだった。ひとりで複数の女性を独占するのだから、男性側であぶれる者が多数出るのだ。ゆえに婚約者候補の期間は短く定められており、選ばれなかった女性は他の男性の新たな婚約者候補になる、ということを繰り返した。


 あらゆる意味で女性にストレスが蓄積される制度であったので、いつの頃からか〈生け贄〉が用意されるようになった。


 女性の不平や不満をそらすため、婚約者候補の中にひとりだけ身分の低い女性をまぜるのである。貴族社会は身分社会だ。その身分の低い女性は必然的に、婚約者候補として日々苛烈な争いを水面下でする女性たちのストレス発散の対象となった。


 マーリエは16歳。

 婚約者候補適齢期となった娘に、両親はそんな過酷な制度の渦中に投げ込む気は毛頭なかった。誰もが婚約者候補制度を利用するわけではない。最初から一対一の婚約を結ぶ貴族も多い。特に〈生け贄〉となる可能性の高い下位貴族は、この制度を嫌悪していた。


 ゆえに下位貴族は早い段階で婚約を結ぶことが多かった。

 マーリエにも婚約者がいた。

 いたのだが。


 婚約を破棄されてしまったのだ。


「すまない。すまない。許してくれ」

 頭を床にこすりつけて下げ続ける男爵家の嫡子である婚約者に、マーリエは覚悟を決めて言った。身勝手な婚約者には腹が立つが、婚約者の妹には罪はない。

「わかっていますわ。毒は私が飲みますから、貴方の妹さんは大丈夫ですよ」


 破棄の理由は簡単明瞭。


 婚約者の家に上位貴族から婚約者候補の申し込みがあったのだ。上位貴族から下位貴族への申し込みは、断ることは難しい。ほぼ命令と同義である。

 しかし、申し込まれた婚約者の妹は10歳だった。

〈生け贄〉回避のために適齢期の下位貴族の令嬢は婚約済みとなっており、最近では適齢期以外の幼い令嬢が〈生け贄〉のターゲットとなっていた。だが、まさか10歳の子どもまでターゲットになるとは婚約者の家も考えておらず油断していたところに、申し込みが。


 そこで苦肉の策として婚約者の家は、マーリエとの婚約を破棄したのだ。

 子どもの10歳よりも適齢期の16歳。

 上位貴族としても10歳の子どもを〈生け贄〉とするよりも、16歳のマーリエを〈生け贄〉とする方が体面が保てる。


 つまりマーリエは身代わりとして〈生け贄〉にされたのである。


 マーリエの家族は激怒したが、王国は男性優位社会。男性からの婚約破棄は、法定の破棄料さえ支払えば王国では成立してしまうのだ。

 ただ婚約破棄が安易に流行しては困るため破棄料は呆れるほどに高額であったが、婚約者の家は代価を払いマーリエとの婚約を清算してしまったのである。


 そしてマーリエは公爵子息の婚約者候補となった。


 無理矢理に強要された初めてのお茶会では、公爵子息本人から茶髪茶目のマーリエは、美しい花の中に枯れ葉が一枚まざっているみたいだ、と蔑まれて、マーリエは枯れ葉と呼ばれるようになり。

 他の上位貴族の令嬢からは、お茶をかけられたり背中を押されたり扇子で叩かれたりと暴力をふるわれ、暴言も雨霰と集中的に浴びせられて貶められた。


「上位貴族のお茶会に下位貴族が堂々と」

「あさましいこと」

「下品なドレスねぇ」

「装飾品もけばけばしいわ」

「身の程を知らないのかしら」

「歩き方も枯れ葉が散るようにフラフラしているわ。嫌だわ、茶髪茶目だし本物の枯れ葉みたい。汚らしい」


 何を言われても何をされても下位貴族のマーリエは耐えるしか方法はない。王国において貴族の上下関係は、法律そのものであった。

 

〈生け贄〉の運命は過酷だ。


 枯れ葉と呼ばれるマーリエは、他の上位貴族の令嬢の不満の解消のための道具であり優越感に浸るための遊具となったのである。

 

 マーリエの歩行の癖である家族が誉めてくれた天使の歩き方も嘲笑の対象となり、マーリエの全てが貶され軽蔑されたのだった。


 そんな時に、マーリエは盗賊の襲撃にあい大怪我をおった。


 公爵家は婚約者候補を辞退するための計画的襲撃だと疑ったが、調査してもマーリエの家は潔白であったし、マーリエは本当に大怪我をおってベッドから起きあがれない状態だった。

 仕方なくマーリエを諦めて、公爵家は別の〈生け贄〉を探すことにしたのだった。


 しかし新しい〈生け贄〉はなかなか見つからず、そうこうしている内に件の公爵子息は婚約者候補の令嬢たちのストレスが最高値に達した激しいキャットファイトに巻き込まれてしまったのである。

 結果として。

 公爵子息は、よろめいて転んだ拍子にテーブルの角で頭を強く打ってしまい、命は助かったものの半身不随に。

 公爵子息を巻き込んだ令嬢たちは責任を問われて、修道院へ。


 一気に複数の上位貴族の令嬢が消えてしまったことにより、上位貴族の男女比率が傾き、上位貴族の男性は深刻な花嫁不足となり婚約者候補制度そのものが見直されることとなったのであった。


「はぁー、愚かよね。あのような心を蝕む猛毒みたいな婚約者候補制度なんて遅かれ早かれ破綻していたわ。過去にも色々あったのに、事態を乗り切れていたことの方が不思議だったのよ」

 マーリエはベッド上で呟く。

「今回は、最高位の筆頭公爵家子息であったこと。公爵子息が権力を使って婚約者候補に上位貴族の令嬢を12人も集めていたこと。全部が悪手になったわねぇ」


 ふぅ、とマーリエが溜め息をはいた。


 ベッドのそばの窓から陽光が、孔雀が羽根を拡げたように明るく差し込む。

 穏やかな斜光。

 重さのない透明な陽射しに照らされて、マーリエの艶やかな茶髪に光の輪がつくられていた。


 翌日。


「傷は痛むかい?」

 見舞いにきたラドクリフが心配げに尋ねる。ラドクリフはベッドの横に座り、マーリエの顔を覗きこんだ。

「もう痛くありません、ラドクリフ様。順調に回復をしています」


 ふたりはマーリエの自室にいた。

 先日帰国したラドクリフはマーリエの新しい婚約者となっていたのだ。


「よかった。僕は約束を守れたかな?」

 ラドクリフがマーリエの耳元で囁く。

「ええ。ありがとう、ラドクリフ様」


 盗賊の襲撃は、マーリエがひそかにラドクリフと接触して頼んだことであった。8歳の約束を盾にして。ラドクリフは難色をしめしたが、婚約者候補のマーリエの状況は最悪で危害をくわえられることも多々あった。それに公爵子息の婚約者候補が終わっても、次の上位貴族の婚約者候補にならねばならない。〈生け贄〉は使いまわされるのである。打開のためにマーリエは公明正大に大怪我をすることを選んだのだ。


 マーリエの睨んだ通り、帰国したばかりのラドクリフは公爵家の捜査の対象外で、盗賊の襲撃は不幸な事件として処理されたのだった。そしてマーリエの事件は小さな楔となり、婚約者候補制度を崩壊させる予期せぬ出来事の最初の一歩となった。


「しかし傷が……」

「腕のよい盗賊でしたわ。きちんと後遺症もなく回復の早い場所を綺麗に刺してくれました、私にも護衛たちにも。ちゃんと大怪我をしないと公爵家が怪しんでしまいますし、よい仕事をしてくれました。護衛たちも父からたっぷりと手当てをはずんでもらって喜んでいますし。うふふ、ラドクリフ様と私、生涯ふたりのナイショですわよ」

「マーリエはそれでいいのかい?」

「ラドクリフ様は、傷の残る妻はお嫌ですか?」


「まさか! マーリエが了承してくれたら結婚するつもりで王国に帰ってきたんだよ、傷なんて! でもマーリエの苦痛を考えたら」

 8歳のマーリエはラドクリフにとって、天使だった。

 16歳になり、盗賊の襲撃を依頼してきたマーリエは状況を判断して行動できる凛々しい女性に成長していた。


 美しいマーリエにラドクリフは一瞬で恋におちたのである。


 ラドクリフの手が、マーリエの腰に回り抱き寄せられる。マーリエは力を抜いた。ラドクリフの腕の中は幼い頃から安心のできる場所だった。

「もう痛くありません、ラドクリフ様」

 再度マーリエはラドクリフを安堵させるために言葉を繰り返した。


 開いた窓から風が流れ、マーリエの頬を撫でる。

 さらさらと木の葉がこすれる音がした。小鳥の鳴き声も。

 風に含まれる甘い花の香りに、マーリエが微笑む。


 愛らしいマーリエの微笑にラドクリフがうっとりと見惚れて、花の香りよりも甘やかに告白をする。

「マーリエ、愛しているよ」

 マーリエは頬を染めて頷いた。

「私も。愛しています、ラドクリフ様」


 ぎゅう、と逞しいラドクリフの腕に抱きしめられる。苦しい。が、嬉しい。広い背中に腕をまわせば、それ以上の力でマーリエはラドクリフに抱きしめ返された。


 そしてマーリエは、優しく力強い腕の中で安心して瞳を閉じたのだった。

【お詫び】

活動報告にコメントを下さった方へ。

エラーが出て返信ができませんでした。

もう4作品ほど短編がエラーで消えていることもあり、ちょっと怖くなり控えさせていただきました。

申し訳ありませんでした。




「カルテット、4/10000。」という連載を書いています。もしお時間がありましたらよろしくお願いいたします。




読んで下さりありがとうございました。

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そのクソ制度、完っ全に蠱毒ですよねぇ... 呪物を伴侶にしたがるとか、この国のやんごとなき方々は破滅願望がトレンドでございましたか? アホ公爵家とド低能令嬢達の顛末は正しくなるべくしてなった、という事…
[良い点] 可愛らしいマリーエが脱皮して強い大人の女性に変わっていくところ [気になる点] 婚約者であろうとれっきとした他家の令嬢であるマリーエを生贄に差し出した男爵家の末路がない、と思いましたが感想…
[気になる点] >しかし新しい〈生け贄〉はなかなか見つからず、そうこうしている内に件の公爵子息は婚約者候補の令嬢たちのストレスが最高値に達した激しいキャットファイトに巻き込まれてしまったのである。 …
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