表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

阿僧木家の一族

 阿僧木(あそうぎ)膳八は幼い時よりキノコ採りの類いまれな才能を発揮した。山へ入るたびに背負ったカゴはさまざまなキノコでいっぱいになった。十八の頃、膳八がいつものとおり裏山でキノコを収穫していると金を掘り当てた。カゴはキノコの代わりに金でいっぱいになったが、背負って立ち上がろうとした瞬間、重さに耐え切れず底が抜けた。やむなく、膳八は何十往復もしながら、手で金を持ち帰った。


 その日いらい膳八はキノコを刈るのをやめ、鉱山事業を開始する。山を切り開いて鉱夫を雇い、金を採掘した。金は溢れるように採れ、阿僧木金山のせいで一時期金の価格が有史上最安値まで暴落したほどだった。膳八は末代まで遊んで暮らせる財産を得た。


 膳八は二十三歳で結婚する。結婚の話はそれこそ星の数ほどあり、相手には大企業の社長令嬢やら有名な映画女優やらの名前もあったが、膳八はそのすべてをかたくなに断り、幼なじみの多恵子さんを伴侶に選んだ。プロポーズはなんと二十年も前にされていた。


「多恵ちゃん、このキノコやっからよ、大人んなったらおいらのお嫁さんになってけれ」

「うすばがたれんでねえど、ぜんぱっつぁん。んなキノコなんかいらねでげす。おれとおめの仲でねえか」


 裏山の金は十年ほどで掘り尽くした。と思ったら今度は石油が出た。膳八が二十九歳になったときのことだ。うんざりするほどのお金が流れ込んできた。


 三十歳になって夫婦は子を授かる。多恵子に似て大きな瞳の男の子だった。男の子は金剛と名付けられた。

 阿僧木金剛が二十五歳になると、膳八は早々と会社を息子に譲り、また山に入りキノコを採りながら少し早いリタイヤ生活を満喫しはじめた。金剛は天才と言っていいほど経営者としての才能にあふれていた。金融業、保険業、建築業、造船業、出版業、様々な分野へ経営の手を広げ、そのすべてで成功を収めて一大コングロマリットを築き上げ、アメリカの経済誌の世界長者番付で八位にランクインした。金剛にとって金はもはや空気と大差がないものとなった。


 金剛は三十五歳で十歳年下の女優と結婚し、翌年に長男を儲けた。

 長男の出産をだれよりも喜んだのは膳八だった。膳八は孫がまだ座ることすらできない頃から、さまざまなものを買い与えた。長男のベビーベッドの周囲を膳八からの贈り物が囲んでいた。ぬいぐるみやプラモデル、知育玩具やピアニカ、ゲームのハードにソフト、戦隊ものの変身グッズにメリケンサック——。そういった子供の憧れは誕生日やクリスマス、こどもの日が来るたびに増えていった。


 長男は一歳で歩き出し、一歳半で意味のある言葉をいくつか喋り始めたが、まわりに山と積んであるおもちゃには見向きもしなかった。当たり前にありすぎて、もしかしたら風景の一部と思っているのかもしれなかった。喋りながら走る機関車のおもちゃや鍵盤を叩くと光りながら音を鳴らすピアノを、長男はいつもなんの感情もこもらない瞳でつまらなそうに眺めていた。金剛は長男の冷めた目を見て少しばかりの不安を覚えた。もしかしたらこの子は何に対しても興味を持てない人間になってしまうのではないか。金剛は、選択肢が多すぎるというのはないと同じことだと思っていた。多すぎる選択肢は、人の選ぶエネルギーまで奪ってしまうからだ。長男が二歳を迎えてしばらくすると、第二子が誕生した。二人目も男の子だった。金剛は次男の育児には細心の注意をはらい、必要最低限のものだけを与えて育てていった。


 金剛の不安は的中し、長男は五歳になっても何に対しても興味を示さず、未就学児にしてすでに退廃的とも言えるほどの無気力の様相を呈していた。金持ちの定型に則して金剛は長男をさまざまな習い事に通わせた。いろいろやっていくうちに何か興味が持てるものを発見し、熱い心を芽生えさせるだろうと期待を込めたのだ。ピアノ、水泳、英会話、絵画、剣道、将棋——。長男は無気力ではあるが器用に生まれついていたらしい。大した努力もなくそれらを易々とこなしていった。だが物事を易々とこなせると、努力の末にたどり着ける達成感を味わうことがない。長男はこんなのの何が楽しいのか、という顔で一つのミスもなくショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を奏で、人から喝采を浴びても怪訝そうに眉をひそめるだけだった。


 長男は第二次性徴後に生じるべき異性への関心も極めて希薄だった。女優であった母親譲りの美しい顔は多くの女性を惹きつけた。毎日毎日、潤んだ目をした女の子が甘えた声で話しかけてくる。みんながみんなそうなので長男は女の子はそういうものなんだろうと独り合点し、自分がもてていることなど気が付きもしなかった。


 長男が十六歳の頃、同じクラスに毎日熱心に話しかけてくる女子がいた。綺麗な髪をした色白の女の子で、クラスの男子から人気があった。少女は長男に恋をした女の子の一人で、天気の話題を振ってみたり勉強のわからないところを聞きに来たりと積極的なアプローチを試みていた。長男は邪険にすることなく、礼儀正しく接した。いつまでたっても礼儀正しく接するばかりで、時おり笑顔を見せることはあっても決して打ち解けない態度はその少女にとってフラストレーションだった。少女は次第に長男の目の前で他の男と仲が良さそうに振る舞うようになった。もちろん長男の気を引くためである。


 だが長男にとっては少女のアプローチを認識していなかったと同様に彼女の駆け引きも平凡な風景の一部としか捉えていなかった。少女の嫉妬を煽る駆け引きはエスカレートし、他の男子の手を握ったり後ろから抱きついたりと大胆になっていったが、長男は相変わらず無関心だった。少女の様子がおかしくなり出した。目の下に黒くクマが張り、艶のあった黒髪は乾燥してぼさぼさになり、口の周りにうっすらとヒゲのような産毛が生え始めた。やがて夏休みが来る前に父親のわからない子供を身ごもり学校を辞めていった。退学になる当日、少女は鬼子母神のような顔で長男に何か暴言を吐いた。なんと言われたのかは覚えていない。少女の鼻から鼻毛が数本飛び出ており、「あっ」と思って気を取られていたからだ。それ以来、女の子は苦手である。

 

 長男が天賦を授かったばかりに無気力になったのに対して、次男には努力を惜しまない実直さがあった。勉強、スポーツ、楽器に娯楽、自分ができないことに悔しさを覚え、できるようになるまで粘り強く取り組んだ。

 父である金剛は、二人の様子を見比べて将来どちらにグループを継がせるかをすでに決めていた。長男は論外だ。人から言われたことは卒なくこなすが、器用すぎてなんでも一人でやってしまうがゆえ、人への支持の出し方がわからない。数ある企業をまとめるトップになるには適性がない。それに性格にも難がある。困難に直面したことがないので手を抜く癖がついており、ぐうたらが基本体になってしまっている。その点、次男は困難に直面しても諦めない粘り強さを持っている。人間味という観点から見ても、次男が適任と確信していた。


 長男が大学を卒業する少し前、金剛は阿僧木グループを次男に継がせるつもりである、と長男に告げた。その話を聞いても長男は大した反応も見せず、「そうですか」と言ってぼりぼりと顎を掻いた。


「お前をうちのグループに入れるつもりはない」

「はあ」


 金剛は長男のお姫様のすかしっ屁のような返事に勢いを削がれた。予定では「なぜですか?」と聞かれると想定していたのである。


「理由を知りたいか」

「いえ、特には」

「お前が入ればほかの社員は萎縮し、お前を特別扱いするだろう。会長の子息だ、とな」

「そうでしょうか」

「特別扱いしないよう俺から言ったとしてもきっと無駄だろう。他の社員なら叱責されるようなミスをしても、お前がすればお咎めなしだ。そんな環境に身をおけばお前はさらにぐうたらになる。間違いなく」

「へへへ」

「へへへじゃない。じゃあ他の会社に入れるかというとそれもできない。長男が他の系列の会社に入ったとなると、あそこのうちは家庭不和ではないかと邪推する奴が出てくる。世間体が悪い」

「じゃあどうするんです」


 金剛は深く息を吸い、いくぶん芝居がかった間をおいた。


「自分でなにか起業しろ。初期費用なら出してやる」

「何かって何をです」

「それは自分で決めろ。なにか自分が興味の持てそうな、情熱の持てそうなものを選べばいい」

「なんでもいいのでしょうか。自分が興味の持てるものであれば」

「無論。お前が心からやりたいと思うものであれば、それがなんであっても俺は何も言わない」


 かくして長男は父親から起業資金を提供してもらい、田舎に土地を買ってこじんまりとした住居兼事務所を建設した。長男はいったい何を始めるつもりかと、金剛の部下の一人が田舎へ様子を見に行かされた。部下は新築の事務所にかけられた、大きな一枚板の表札を見て冷や汗を流した。会長になんと報告したものか見当もつかなかったからだ。

 表札にはこう書かれていた。


「阿僧木探偵事務所」


 長男は名前を阿僧木玉三郎という。僕のことだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ