運命
みなさんは運命というものを信じていますか?
例えばみなさんが今、この文章を読んでいることが運命だったなどなど。
しかしそれは偶然なものだけなのでしょうか。
突然の大暴落により、貧富の差が拡大した今、世間では犯罪が日常茶飯事になりつつある。
そんな中で大富豪のアルファ氏は、自らの身が危険にさらされることに恐怖を覚え、ある商売人の元を訪ねていた。
普段踏み込むことのない路地裏という地にためらいを持ちながらも行くしかなかったのだ。他の大富豪の秘書たちもここは良いと太鼓判を押していたこともあり、身を守るためにと訪れたのだ。
「こんな薄汚いところに何があるというのだ」
静まり返るシャッター街を抜けると、周りとは明らかに雰囲気の違う地に踏み入れた。
「本当にこんなところに"例の人"はいるんでしょうかね」
念のために連れてきた秘書が言う。
⦅コツンコツン⦆
「なんだこの音は、まあいい。どうせあんな情報はガセだ、と言いながらもワシも来てしまったんだがね。大体なぜそこまで交流のない他の金持ちが、しかも秘書が言ってくるんだというのだ」
「怪しいとこもありますがこの際、信じるしかありませんものね」
怪しみつつも進んでいくと
「おっ」
小さく情けない声を出し、目の前に座る者に目を凝らした。すると、目の前の者が野太いハスキーな声で
「あなたがアルファ氏ですかい」
「えっ」
突然の名指しに怯んでしまい、またも情けない声を出した。
「だ、誰だ。なぜ私がわかる」
恐る恐る聞いてみたが、すぐに答えが返ってきた。
「なぜって、あなたは大富豪としてここらでは有名ですからね、顔くらい割れてますよ。まあそろそろ頃合いだとは思っていたのですがね」
「今なにかおっしゃいましたか」
まるで金に群がる民のように素早く秘書が問いかけた
「いやまあ、他の大富豪の方も来られたのでね」
「本当にやつらも来たのか」
不信感がやや晴れ始めて、アルファ氏の饒舌癖も顔を出し始めてきた。
「他の大富豪も来るとはなかなか信頼できるものがあるなあ。さてさて早速なのだがあなたは未来をいじれるとかなんとか聞いたのだが、実際のところ何ができるのかな」
「未来をいじれる、というより運命を変えることができるという方が正しいですかね」
「話によると、大変貴重な能力をお持ちのようですがなぜこのような路地裏の錆びたパイプ椅子に座って商売をしているのですか」
「全く、失礼なことを言うんじゃないよ。仕事をして引き受けてもらおうとしている相手にその態度は良くないぞ」
「良いんですよ。そちらの秘書さんの質問の回答ということになるかもしれませんが、私の力を乱用すると世の中が狂ってしまうのでね」
「まあもう狂ったような状態なんだがね。おっと失礼、名前を聞いていなかったな。名前はなんと言うのだ」
「仕事の依頼をしてくる数少ない依頼者からは、『運命屋』と呼ばれていますかね」
あまりにも胡散臭い話とそれに肩を並べるくらい怪しい名前に、秘書も首を首を傾げた。しかし、アルファ氏にはそんなことを考える余裕がなくすぐに用件を伝えていた。
「なるほど。運命を変えてほしいと。では、これから起こるべきであった訂正前の運命を説明しましょう。」
かかとを地面に叩きつける高い音が路地裏に響き渡った。
⦅コツンコツン⦆
「さっきから聞こえるこの音は一体」
「失礼、私の癖でして。金属製の杖を付いているんですよ。この音が聞こえたら私が居ると思ってもらって構いませんよ」
「なかなか聞くことのない音なのでまたここに来たときに感謝を言えるように覚えておくよ。で、運命とやらは一体どうなるんだい」
「あなたはこの先、顔が割れているが故に多くの人に狙われる」
「ほう。一体誰が私を?」
急かすように富豪が聞く。
「人はわかりません。ですが、あなたは乗り物で襲われると思います。よくどんな移動手段を使っていますか?」
「まあ万一のために小型飛行機で」
「なるほど、それがターゲットになるかもしれません。普段とは違う移動を心がけると良いかと」
「ありがとう。つまりジャックというわけか」
犯人の目星が付いているかのように、富豪は額にシワをよせる。すると男が不気味にニヤリと笑う。
「では、お代は後日」
秘書がそう言ってささくさとこの場を後にしようとしたとき、
「お代は先払いです。失礼ですが、この商売もそんな安くはないんですよ」
と男は言う。
「わかったよ。いくらでもやる。信頼しておるぞ」
富豪はお代を渡し、この場を後にした。
数日後
「今日は富豪の会食とやらか。本当は仲が悪いくせによう見かけだけの交流をしようとするのか。」
富豪は朝から不満が爆発である。
「なんらかの危険のリスクケアとして、数人のSPと共に行動していただきます。ですが、あんなに胡散臭い男の話を聞いて、電車を使うなどと言うとは思いませんでした。本当に大丈夫でしょうか」
秘書が不安そうに言う。
だが、富豪は聞く耳を持たずに豪邸を後にした。
ホームに着くと、見慣れない景色に戸惑いながらも電車を待つ。富豪は周りがみんな敵かと思っているのかというくらい怯えているようだった。
電車が来る。すると、ストンと背中の一点が冷たく感じた。まるで金属で押されたかのように。
気づけば線路に真っ逆さま。パァンと言う音を立てて辺りは赤く染まる。
「うわわぁ!」
秘書は膝を落とし絶望した。
富豪が轢かれたのだ。
辺りは騒然とした。一体誰が押したのか。振り返る、探す、全力で探す。しかし誰かわからない。
⦅コツンコツン⦆
という高い音が鳴った時、秘書は全てを悟った。
運命をいじる。それは運命などではなく、自分で実行をすることだったということに。
なぜ、どこの富豪の家柄も秘書があの人物を勧めてきたかということに。
そして秘書は違う家の富豪に対し、『運命屋』という存在を話して渡り歩いたのである。
仕組まれた運命。
それは日々の日常に散りばめられているのかもしれません。