09. 痛みにも ひるまない
いつも通り、森での薬草の採取などを終え帰ってきた私たち。
シフちゃんと楽しく会話をしつつ、アムちゃんと手をつなぎながら歩きます。
アムちゃんの手には触手さんも巻きついていて、アムちゃんに撫でられるのを気持ち良さそうにしていますよ!
「メルミィさん!」
冒険者ギルドに入ったところ、そんな声が。ティーナさんです!
受付から立ち上がり、何か建物の奥にくるよう、ジェスチャーをしていますね。どうしたんでしょう?
疑問に思いながらも彼女のところに行き、案内された一室に入りました。
「何かあったんですか?」
シフちゃんの問いかけです。それにうなずく、ティーナさん。
「お預かりしていた像について、詳細がわかったのです」
そう言いました。
……像というと、オークの騎士の像のことでしょう。森から持ち帰ったものです。
五日前に鑑定をお願いしたとき、もう少し調査したいと言われ、今まで預けていたものです。
「思ったよりも時間がかかりましたね」
シフちゃんが首をかしげていますが……
「ええ。他国に問い合わせた関係で、時間がかかりました」
そんな回答がありました。
どこかの国に問い合わせをしていたのですか。
それだと、むしろ結果がわかるのが早かった気がします。
「それで、これが調査をまとめたものなのですけれど」
渡された資料。
「――あの像って、エルド国の国宝だったのですか!?」
それを見たシフちゃんが驚いていました。
……エルドは、たしか、妖精族の国でしたね。
エルフの王族が治め、ドワーフ族も多いと聞いた気が。でも……
「でも、たしかあそこって、うちの国と国交がなかったんじゃありませんでしたっけ?」
「そうですね。メルミィさんの言うとおり、五十年ぐらい前に断交しているはずです」
ですよね。
「ただ、依頼があったのが八十年前なので。そのころは、国交があったため、ここの冒険者ギルドにも、エルド国があの像を探しているという情報が残っていました」
なるほど。
「それで、冒険者ギルドがうちの国へと相談をしたところ、どうも、エルド国とやり取りがあったみたいで。その関係で、メルミィさんに依頼があったんです」
「依頼ですか?」
「はい。メルミィさんのパーティーで、あのオーク像を、エルド国の王宮まで運んで欲しい、と。……像を売るのは、問題なかったですよね?」
そう聞く、ティーナさんにうなずきます。
「私たちに役立つ力が無さそうなのは聞きましたし、国宝なら返したいですしね」
横で、シフちゃんも「そう伝えていましたからね」とうなずいています。
「でも、像を運ぶのはかまわないんですが……依頼があったのは、私たちに、なんですか?」
「はい。どうも、メルミィさんの触手に神の力が宿っている、という情報が向こうに伝わったみたいで、それがうまく働いたようですね」
……触手さんが生えている、というので忌避されなかったのは良かったですけど。
「なんでも、神からその力を分け与えられし少女のいるパーティーが、失われしエルドの宝を取り戻してくれた、みたいな話になっているらしく」
どうも、話が大きくなっている気が……
「国を挙げて感謝の祝祭をおこなおう、みたいな話になっているみたいです」
絶対、話が大きくなっています……!
私たちをエルド国に入れるため、依頼をした、というような理由なのでしょうか。
「像を見つけたのは、シフちゃんなんですけど……」
微妙に、私が目立ってしまっている気がします……!
「私としては、メルミィさんが目立ちそうで、嬉しい流れですけどね」
と、シフちゃんのほうは、満足そうで。
放浪修行者としての私の立場がよくなるよう、彼女の発案で、書類上、私を名目上のリーダーにしてくれたり、いろいろしていたからでしょう。
「まあ、そういった話があるほか、像の運び手として選ばれたのは、違う理由もあるみたいで」
「違う理由ですか?」
ティーナさんに聞きます。
「ええ。どうも、メルミィさんに宿っている力が、向こうにとって良かったみたいです」
宿っている力……
「……触手さんの能力のことでしょうか?」
「そうです」
うなずくティーナさん。
「触手……さんでしたか? 触手さんが、荷物を持っているとき、荷物の重さがメルミィさんにかからなくなっているじゃないですか。その能力が良いみたいなんです」
ああ……。たしかに、触手さんの持った荷物の重さは、私にはかかりません。
それどころか、私の立っている場所にも、あと、私の乗っている馬さんなんかにも重さがかからないです。
四トンの荷物を持って騎乗しても、馬はつぶれず、元気に全力疾走して、私を振り落とすこともできるでしょう。
それを考えると、荷運び役としての指名なら、納得ですが。
「あっ。でも、エルドに国宝を届けるんですよね?」
首をかしげているのはシフちゃんで。
「エルド国への道は魔物が強くて、普通の、私たちと同じランクの冒険者では通り抜けることもできないと思いますけど。……メルミィさんは平気かもしれませんが」
触手さんが強いですからね。もしかしたら大丈夫な可能性はありました。でも、ダメな可能性もけっこうある気がします。
とりあえず、魔物が強い道なら、あまり賊とかを心配しなくて良いのは楽ですけれど。
「魔物等については、エルド国の方が、護衛代わりとなる移動用の『足』を用意してくださるらしいです」
ティーナさんの返答です。
「ただ、来るのが四日後ぐらいになるみたいで……」
「ずいぶんと急ぐんですね」
「エルド国の方が、早く宝を取り戻したいと考えているようで。どうも、私たちの国のほうで、それならできるだけ早く届けましょう、と申し出たようです」
そうなんですか。
「……国と国とのやり取りって、物理的な距離もあるので、そこでも時間がかかるものだと思っていたんですが」
そのシフちゃんの質問には「魔法のアイテムなどを使ってやり取りしているみたいですね」と答えるティーナさん。
「うちの国に仕えているエルフの方もいるようで、その方がやり取りをしているようです」
ああ。宮廷魔術師のエルフさんとかでしょう。人間種以外にも、国に仕えている方はいますから。
「後、これはまだ大っぴらにしないようにと言われましたが、どうも像の発見が、国交を取り戻せる絶好の機会にもなったみたいで」
と、続けるティーナさん。
「こちらの運び人がエルド国へ向かった後、うちの国からも外交官を派遣するような取り決めにもなったみたいです」
とも言いました。
妖精族の数は少ないですが、能力は高いですからね。
魔物が大発生したときなどに備えて、どうにかして国交や友好を回復させておいたほうが良い、などの意見も聞いたことがありましたから、それをするつもりなのでしょう。
「なら、この国の人間として、あまり失礼のないようにしないといけませんね」
「それに関しては、メルミィさん達なら、僧侶の放浪修行者として対応をしていただければ良い、というような話はありました」
ということは、癒しの魔力を放って、祝福をする感じ。シフちゃん達に要求されるものも、かなり簡易的になります。
「ちなみに、報酬になるんですが……」
そう言って新しく紙を出すティーナさん。
「このような額になっています。向こうのエルド国で、受け取る形で」
「あっ。スゴい」
思わず、声をあげてしまいます。シフちゃんも、「貴族の家が買えそうですね」などとつぶやいていますし。
「どうやら、金額は問題ないようですね」
ぜんぜん問題ないです!
「まあ、ここら辺の話は、あとでギルド長や国の方からも同じ話があると思いますけれど」
多分、ティーナさんの情報と同じものが、そちらからも来るんだと思います。間違いがないように話が重複するのは悪くないと思いますから、それも問題ないでしょう。
私はシフちゃんとも目で会話をし、この依頼を受けることをティーナさんへ伝えたのでした。
「では、今日はこの辺で……」とティーナさん。
「本来は、純妖精族のアムさんへ、『同胞に会うのを楽しみにしている……』みたいな伝言もあったのですが……メルミィさんたちも、森から帰ったばかりで疲れていると思いますし」
……むしろ、話を聞いて、疲れも吹き飛びましたけどね。でも、ティーナさんが見ていたのは、アムちゃんでした。
彼女は、まぶたが半分閉じている様子で、もうすぐ眠ってしまいそう。
こちらの会話や視線にも気がついていないぐらいですから、敗北は目の前でしょう。
どうりで静かだと思いました……
がんばって目をあけていようとする子猫を見守るような気持ちでアムちゃんを観察し、彼女が眠りの精霊に負けたぐらいのころに、解散となったのでした。
その日は、ギルドで森から持ち帰った薬草などを売却し、後日――
院長先生への相談や、エルド国で着る服の購入……。放浪修行僧としての礼儀のおさらい。シフちゃん達が、放浪修行者のパーティーメンバーとしての振る舞いを習ったり。
そういった準備で時が過ぎ、あっという間にエルド国へと向かう日になったのです。
「め、メルミィさん……町の人が、いっぱいですよ」
「そうですねー……」
「はわわわ」
仮設の天幕からシフちゃんやアムちゃんと一緒に外をのぞく私たち。
町の中央広場に集まった人の数に驚いていました。
「何をしているのですか?」
後ろから声をかけられました。院長先生ですね! ミュミュお姉さんも一緒でした。いつの間にか天幕に入っていたようです!
「院長先生! 数がすごいんですよー……」
「人の数ですか? まあ、この町の放浪修行者が、国交のなかった二つの国を取り持つかもしれないのです。修行者が成したことを祝うのは良くあること。喜びなさい」
そうですけどー……
「国の方も、出発を町の皆で盛大に祝おうとおっしゃっていましたしね。町の人もメルミィちゃんのためにあんなに集まってくれて……お姉ちゃんはうれしいわ!」
ミュミュお姉さんに、ぎゅっと抱きしめられました。わーい。
「ところで院長先生、持っている小さな袋はなんなのですか?」
抱きしめられながら、質問しました。何か大事そうに抱えていたので気になったのです。
「これですか? 魔法の触媒ですよ。薬草を粉にしたものです。あなたの体にかける《武具祝福》の魔法に必要なものですね」
《武具祝福》……神の力を宿す物品にかける魔法ですね。物品に宿る神の力を、周囲の人々にも感じさせることができます。
私が普段触手さんにかけている《祝福》の強化版ですね。《武具祝福》のほうが、神の力をより強く感じることができました。
……でも、おかしいですね。『私の体にかける』……ですか?
「あの……院長先生。その魔法は『生物』には使いませんよね?」
かけられるときに、とっても強い痛みを感じるからなのですが。
「大丈夫ですよ」
にっこりと微笑む院長先生。
「痛いだけで、この程度なら、怪我はしませんから」
!?
その言葉を聞いた私は、とっさの判断で逃げようとしたのですが……あっ!? これ、ミュミュお姉さんに抱きしめられたままなので逃げられません!?
――押さえつけられてます! 謀られました!
「まあまあ、メルミィちゃん、落ち着いて。これは修行者として必要なことなのよ?」
「そうですよ、メルミィ。神の力を宿すなら、それを人々に見せるのは必要なこと。人々は、神々の力を目の前に見ることで、神への信仰を強めるのです」
「それに神さまも、私たちの噂話とか参考にしているようだし……。世界で有名になることも、神さま達の加護をもらいやすくする一つの手段なのよ~?」
「そうですよ。そして宿した神の力を感じることで、人々も、あなたのことを強く記憶するのです」
イヤですー! 院長先生やミュミュお姉さんになんと言われても、アレはイヤですー!
「あの魔法、《浄化》よりも、はるかに痛いんですよ!?」
私でも、痛みなしの《武具祝福》はできません! 絶対イヤですー!
「うーん……そこまで嫌がるのですか。ならば仕方ありません。触手さんに聞いてみましょうか……? 魔法をかけて良いようなら、触手を縦に振ってもらう形で」
言い争いをしていない、三人目の方に決定を委ねる形ですね!
「良いですか?」
「それなら!」
それなら、触手さんを説得すれば良いだけです! 私は聞きます。
「触手さん! この魔法、痛いんですよ!? それに……そうだ! 神の力を強く持っている触手さんのほうがはるかに痛いかもしれません! イヤですよね!?」
「……たしかに。メルミィの言うとおり、あなたの力の影響を受けているだけのメルミィと、あなたでは痛みにも大きな違いがあるでしょう。もしかしたら、メルミィは、あなたのことを心配しているのかもしれませんが」
えっ……
「でも、触手さん……。メルミィのために魔法を受け入れてくださいませんか?」
その院長先生の言葉!
触手さんは一瞬で説得されたようで、迷うことなく、触手を縦に振ったのでした……
「《武具祝福》ゥゥッ!」
「あちゅいーッ!?」
熱い……。ほんっっっとうに、熱すぎて死ぬかと思いました。
やっぱり《浄化》の魔法なんか目じゃないぐらい痛いですね……
でも、その甲斐あってか――
「僧侶さん、きれい……」
「まるで女神さまみたい」
国の騎士の方々に守られながら、中央広場に出てきたのですが、そんな声が町の人々から聞こえてきます。間違いなく《武具祝福》の影響です。
触手さんの魔物っぽい見た目を打ち消し、はるかに神の力が目立っていました。
《武具祝福》は《祝福》と比べても二割か三割ぐらいしか効果が違わないイメージがあったため、使うのは無駄だと判断していたのですが、かなりの違いが出ていますね。
院長先生が使ったのはいつもの《武具祝福》でしたが、《祝福》の二倍ぐらいは効果が違うでしょうか……?
神の力が強く宿っているほど、効果が顕著なのか。それとも触手さんが特殊なのか。
これは、院長先生が正解でしたね。――こちらを見て、涙を流しながら祈っている人までいましたから。
――圧倒的な、触手さんから感じる、神の力だったのです……