08. 二人目のお嫁さんだって引き寄せる
アムちゃんから話を聞きました。
なんでも彼女は、『人間』と『純妖精族』という種族のハーフなのだとか。
その『純妖精族』は、アムちゃんぐらいの年齢で、つがいを探しに旅立つことがあるそうで。
アムちゃんは今の保護者……姉であるシフちゃんの、実の母を説得し、『純妖精族』と同じように旅立つことにしたみたいですね。
ただ、そのつがい……伴侶が、私ってことなので、伴侶を求めて旅立った、というより、伴侶候補が見つかったから旅立った、というイメージになるんでしょうが。
それで昨晩、私に『お嫁さんの夜のお仕事』をした、ということらしいです。
いったいどんなことをしたのかは、聞くと赤くなってうつむいてしまいますから謎のままですけど!
あとで彼女の母親に、お嫁さんのお仕事として、アムちゃんに何を教えたか聞かなければ……
そんなわけで今、私たちは修道院に来ていました。もちろん、シフちゃんも一緒で。
「おや? メルミィに、シフさん、それにアムさんまで。昨日の荷物を取りに来たんですか?」
玄関先で、清掃作業をしていた院長先生に、そう声をかけられます。
荷物とは、トラップベアの巣から持ち帰った像などのこと。
宿に置くと、重さで木の床が痛みそうなので、石造りの修道院に置かせてもらっていました。
「えっと。それを取りにきたのもあるのですが、ちょっと相談したいことがありまして――」
院長先生に、アムちゃんの種族や、パーティーメンバーに加わりたいと言っていることなどを話しました。
「なるほど……耳の形は、人間と同じなのですが、種族が違ったのですね」
そう言った院長先生が、首をかしげます。
「……アムさんは、魔物から身を守れるのですか? メルミィの放浪修行についていくのは、危険だと思うのですが」
その質問に、彼女は元気良くうなずきます。
「私も戦えます……!」
そして取り出したのは、三十センチぐらいの木の棒。意外に太く、魔物も叩けそうですが。
「これは……ただの棒ではないですね。魔力を感じます」
「お母さんの杖です!」
「……そういえば、純妖精族は、生まれた子供に杖を渡すことがあると聞いたことがあります。それを使えるようになると、大人と判断されるというようなことも」
つぶやく院長先生。
「アムさんの実の母親……純妖精族の杖なのですね」
「そうです……! 昨日、使えるようになりました!」
それでアムちゃんは、成人した、ということになるのでしょう。
アムちゃんの保護者さんも、『杖を使えるようになったら、成人として見てあげる』と約束していたらしいので。
それで彼女の旅立ちの希望も、受け入れたようです。
杖を使えるようになる時期は、個体差があったりするのかもしれませんけれど……
「昨日ですか……。どんなものが使えるのか見せてもらっても大丈夫ですか?」
アムちゃんが、キリリとした表情で、院長先生にうなずきます。
「行きます!」
修道院の外の、ひらけた場所へ向けられる杖。
そこから魔法が撃ち出されました。
火の矢が飛んで行ったり、人の頭ぐらいある氷の固まりが飛んで行ったり。
じゅうぶんに力を見せたと判断したのでしょう。
撃ち終わり、こちらを振り向いたアムちゃんの、どやーって顔が、かわいいですねー。
「……どうでしたか?」
姉のシフちゃんが、少し心配そうに院長先生に聞きます。
「素晴らしいですね!」
珍しく、手放しで誉める院長先生。
「昨日その杖を使えるようになったということは、その前は、アムさんは、魔法を使えなかったのだと思います。それなのに、これだけの魔法を使えるのは素晴らしい」
あー……確かに。私の知るアムちゃんは、このような魔法は使っていませんでした。
純妖精族は、杖を使えるようになったりして成人するまでは、今やったような魔法は使えないような感じなのかもしれませんね。そして院長先生は、それを知っていた、と。
ただ、アムちゃんは、誰にも感知できない魔力などを見る……なんてことはできていたようですが。
「それじゃあ、彼女は連れて行って大丈夫でしょうか?」
私の質問にうなずく院長先生。
「この周辺の魔物には少し火力不足ですが、今見た感じなら、魔法の能力もすぐ上がるでしょう。有望だと思います」
そんな、ほめ言葉をいただいたのでした。
姉のシフちゃんも、ホッとしているみたいです。姉妹で、良かったねー、と会話をしていました。
「あっ、ちなみに、院長先生に聞きたかったことがあったのですが」
「なんです?」
こっそりと聞きます。
「院長先生は、純潔を調べる魔法って、他人にはかけられるのでしょうか?」
院長先生に頼めば、アムちゃんの純潔が保たれているのかを調べられんじゃないかと思ったのですけれど。
「そうですね。かける相手が僧侶なら、神さまが助けてくれるのか、成功します。それ以外は無理ですね」
この修道院にある、純潔を調べるアイテムと同じですね。
あれも、僧侶の魔法を使える者にしか使えませんでした。僧侶以外でも大丈夫なものは、値段が高くなります。
院長先生に、アムちゃんの純潔について調べてもらうのも無理そうですか。
私はお礼を言うと、まだ雑談をしていたらしいアムちゃんたちを促し、例の洞窟から持ち帰った像などを回収。冒険者ギルドへと向かったのでした。
「ティーナさーん! 鑑定お願いしまーすっ!」
受付で、例のオークの像や、森から持ち帰った薬草などを見せます。
「これは……すごい量ですね」
驚きを顔に出したティーナさん。
「それに魔法金属の像……」
そうつぶやいた彼女が、「鑑定人を!」と声をあげ、別の職員を呼びました。
「あっ、あと、アムちゃんのギルドへの登録をお願いしたいのですが」
「……アムちゃんというのは?」
「アムちゃんです!」
と、アムちゃんを指します。
「彼女ですか。小さい子は、一定以上のランクになれなかったり等、制限がありますが」
「アムは、大人ですよ!」
妖精族の成人の証である杖を見せながらアムちゃんが主張します。
えっへんって胸を張る様子が、子どもらしくてかわいいですねー。
「アムちゃんは、種族が違うんですよ! 純妖精族の子なんです」
「純妖精族ですか。たしか、エルフ、ドワーフ族等の、さまざまな妖精族の特徴が入り混じった妖精族のひとつでしたね」
観察する彼女。
「丸い耳は、フェアリー族の特徴でしたか? フェアリー族と違い、体が大きいせいで、見た目はかわいらしい人間のお子さんですけれど」
こちらを見ます。
「メルミィさんのパーティーに入るということでよろしいのでしょうか? 登録後、即、メンバーから外すということもなく、現在、彼女の能力が必要ということですね?」
もちろん!
「アムちゃんが必要で、パーティーから外すということもありません! 魔法も、すごいんですよ!」
と、うなずきます。
「……それならば、この紙に一滴、血をたらしてください。これで、少なくとも妖精族かどうかがわかりますので、妖精族と出れば、登録します」
そんな便利なものが! これで、ギルドへの登録もクリアですね。
……そう安心してアムちゃんを見たのですが、彼女、『えっ?』て顔をして、固まっていました。
ナイフか何かで指を切って、紙に血をたらすのが怖いのでしょう。
「……魔力を込めるだけで妖精族かを判定できる紙も在庫がありますが、こちらは有料です。ついでに、成人かどうかもわかる紙なので、こちらを使っていただくほうが望ましいですね」
「……それで、おねがいします……」
そんなやり取りを経て、アムちゃんのギルドへの登録が完了したのです。
魔法紙の判定も、『妖精族』の、さらに『成人』と出ていましたよ!
「冒険者になりましたっ!」
見て見てー、と首から下げたカードをこちらに背伸びして見せようとするアムちゃんの姿が、かわいらしいです。
「無事に終わってよかったですねー」
私の言葉に「そうですね」と、うなずいたのはシフちゃん。
「妹は見た目が小さいので、ちょっと面倒かと思っていましたが……。メルミィさんが、僧侶の放浪修行者なのもあって、手続きもスムーズにしてもらえたんですかね?」
これはティーナさんへの質問ですね。
聞かれた彼女は、肩をすくめます。
「放浪修行が成功した後、僧侶が手に入れる加護は大事ですから。魔物から人の領域を守るためのもの。ギルドとしても協力はしますよ。……決まりなどあるので、できないことのほうが多いですが」
そして、「個人的には、強い武器を無料で貸し出すとか、いろいろやったほうが良いんじゃないかとも思っているんですけど」とも言ってくれました。
強い武器とかを無料でもらうのは、放浪修行者として、あまりやらないほうが良いとされているのは残念ですけど。
神様が好まないのか、それをしすぎると、加護をもらえなくなるそうで。
冒険者として魔物を倒し、人を守り、癒し、報酬を得て装備も整えていく必要があります。
誰かを助けたお礼にそういうのをもらうのはオーケーだったり、例外もあるのですけれど。
「それにメルミィさんは、修道院の院長さんからも、よろしくと頼まれていましたし」
「そうなんですか?」
院長先生のことですよね?
「ええ。かなり期待されていたようです」
……それは初耳でした。
放浪修行者をまったく出していない僧院は評判が悪くなるため、とりあえずで誰かを修行に出すということが多いです。
追い出されるような感じで修行に出されたので、てっきり、あんまり期待されてないものだとばかり……
「……でも、今はどうかわかりませんね」
触手さんにある、神の力――。それが強すぎ、私の体に危険になります。
それを外に出す必要があり、そのために誰かと夜の関係を持つ必要がありました。
純潔の放浪修行者としてはふさわしくない行為をします。
「……何があったかは知りませんが、そんなに変わっていないと思いますが」
と、ティーナさん。
「少なくとも、昨日の夜、会話をした限りは、前と同じぐらいに期待をしている感じでしたよ」
「昨日ですか……?」
「ええ。冒険者の一人が怪我をして帰ってきたので、治療のため、院長さんに、ここに来ていただいたので」
なるほど、そのときに会話をしたのでしょう。
「詳しくは聞いていないのですが、メルミィさんの触手が、思ったよりもいろいろなことができたそうで。宿っている神さまの力がすごく強いんじゃないかと考えていたみたいです。それに……」
言いよどむティーナさんでしたが、続きを口にします。
「《祝福》の魔法で、触手さんから、神の力を感じるじゃないですか。そのせいで、たまに、メルミィさんから後光がさす感じがするんですよね」
……そういえば、触手さんにある神の力を普通の人でも感じられるよう、町にいる時は《祝福》の魔法をかけていました。
触手さんから出た神の気配を、私から出ていると勘違いしてしまうことがあるということでしょう。
神さまの気配は、私の背中から生えており、いつも後ろでニョロニョロしていますから。
「なので、何か特別なことをしそうな気が、それを見ていると、してくるのです。……それに、ああいう珍しいものも、普通の冒険者は意外と見つけないですし」
と、鑑定されているオークの像を見るティーナさん。
「冒険者としても、神さまに導かれているのではないか、という思いも出てきます」
……あのオークの像は、シフちゃんが見つけたものです。
ですが、アムちゃんの病気を治療し、それがきっかけでお姉さんのシフちゃんが私の元へ来て、その途中で像を見つけと、不思議な縁も感じますかね。
「あの像もお金になる、というだけじゃない、何かがあるんじゃないかという気さえしてきますよ」
わりとまじめな顔で、そう言われたのです。
……触手さんマジックですかね。神さまの気配がすることが、そんな思いを抱かせてしまう。
まあ、もし何かあったら、シフちゃんに今以上に感謝しないとですね。
そう思いながら、その日は、「そんなことがあると面白いですね」と笑って応じたティーナさんの言葉。
――それが鋭い直感だったと判明するのは、数日後のことでした。