07. 仲間の強化も忘れない
記憶は無いのですが、シフちゃんを押し倒してしまった様子の私。
謝ったところ許してもらえ、とりあえずはホッとし、例の洞窟で見つけた像なども持って、町へと帰ってきたのです。
「やっと着きましたねーっ!」
明るいシフちゃん。一方の私は、ちょっと考え込んでいました。昨晩のことについて。
放浪修行の真っ只中でなければ、夜をいっしょに過ごしたのも問題ないんですけど……
純潔さを保ったまま、神のため、人のために働くことで得られる加護を目指して修行中の今は、けっこう問題だったのです。
純潔さがなくなっていると判定されていれば、確実に加護はもらえませんから。
なので、とにかく、そういう行為は避けるようにしていたのですが――
「メルミィちゃん!」
悩んでいると、声をかけられました。
「……ミュミュお姉さん?」
頼りになる、女子修道院の先輩僧侶さんです。
「なんで、ここに……」
門をくぐって、町の中に入ったばかりの場所なのですが。
「《調査分析》を触手さんに使ったじゃない? あの結果を調べていて、追加でわかったことがあったの! それで心配になって、ここで朝から待っていたのよ!」
おおう。心配ということは、何か良くないことがわかったんでしょう。
ミュミュお姉さんが、真剣な顔で私に聞きます。
「メルミィちゃん……夜、二人きりになったといって、シフちゃんに変なこと、してないわよね……?」
えっ! 何でわかったんです!?
「その表情! 何かあったのね? ちょっと、お股を借りますよ!」
「ぎゃーっ! 何するんです!?」
町中で、パンツに手を突っ込まれた私。あわてて、股に生えている触手で、お姉さんの手をパンツの外へと追い出しました。――この触手だけは、私の意志で動かせるので。
「……純潔は……守られているみたいね」
そう言ったお姉さんが見ているのは一つの指輪。うっすらと青く光っていますね。
あれを、私の股に当てたんでしょう。
「『純潔の証』……純潔さが守られているかを調べるマジックアイテムですね。神さまの判定でも、やっぱり、メルミィさんは大丈夫でしたか」
シフちゃんが納得したようにうなずいていますが、何で大丈夫だったんでしょう?
安心しましたが、疑問が残ります。
「……もしかして、メルミィさんは知らないんですかね? 同性同士だと、特定のルールさえ犯さなければ、甘い一夜を過ごしても、純潔さがなくなったことにはならないらしいんですけど」
「えっ、そうなんですか!?」
「異性相手だと、けっこう判定が厳しいって聞きますけどねー」
知りませんでした!
物知りなシフちゃんに驚いていると、お姉さんが聞きます。
「……シフちゃんは、メルミィちゃんに何かされてしまったみたいだけど、気にはして無いのかしら?」
それに「全然、気にしていませんよ」と首を振る彼女。
「この国だと、もう成人ですし。私と同じぐらいでも、赤ん坊がいる人もいますしね」
と、続けます。
「それよりも、メルミィさんについて、新しくわかったということのほうが気になるんですけど」
「そうなの……、ありがとう。それじゃあ、メルミィちゃんの触手について、追加の説明をするとして」
そこで、あたりを見回し、人の目がそれなりにあることに気がついたのでしょう。
「ここじゃあ、なんですから、修道院に行きましょうか?」
そう言ったミュミュお姉さんに賛同し、私たちは、修道院へと向かったのです。
「院長先生! メルミィちゃん、大丈夫でした! シフちゃんも……何かあったみたいだけど問題ないって!」
「放浪修行は、続けられそうなのですね……。シフさんも、ありがとうございます」
と、ホッとした様子の院長先生。その横には、何故かアムちゃんの姿もあり……
彼女は、シフちゃんの妹。私がおなかが減って死にそうになっているときに、お茶菓子などをくれた子なのですが。
「アムちゃんも、昨日と同じように、修道院に来ていたんですね!」
その言葉に「ええ」とうなずいたのは院長先生です。
「アムさんは、あなたのことを心配していたので」
私のことを?
「妹は、昔から『目』が良くて、魔力なども見えるのですが、その関係で何かに気がついたのでしょうか?」
シフちゃんの言葉に「そうです」と答える先生。
「どうも、メルミィの触手にある神聖な気配が、よく見ると、神聖すぎる気がする、と」
おお。アムちゃんは、そういう気配なども見えるんですね!
「それで、例の《調査分析》の結果を、調べ直してみたのよ」
と、ミュミュお姉さんが引き継ぎました。
「ほら、触手さんには、神聖な気配があるじゃない?」
「ありますね」
うなずきます。
「それって多分だけど、神さまの祝福の力が原因で……どうも、その触手さんの神の力って、ほうっておくと強くなるみたいなの。人には強すぎるぐらいになるまでになって」
えっ、そうなんですか?
「全然、気がつきませんでした……。一応、《祝福》もかけていたんですが」
神さまの力を感じられるようになる魔法です。それがあれば、問題の力も、強くなればわかると思うんですが。
「多分、その神さまの力が、奥の方に押し込まれている感じになっているから……それでハッキリとした感知ができないんだと思うわ」
「押し込まれている、ですか?」
「ええ。そうすることで『強すぎる神の力』が、メルミィちゃんに流れすぎないように守っているみたいなの」
おおう、そんな機能が。でも、それをしているために、《祝福》などでの発見もしにくくなっていた、ということですね。
アムちゃんの特殊な目では発見ができましたが、それがなければ、この強すぎる神の力も、もっと発見が遅くなったでしょう。
「その仕組み――『強すぎる神の力』を、私に流さないようにしている機能があれば、とりあえずは大丈夫な感じなんでしょうか?」
その質問に「いえ……」と首を横に振るお姉さん。
「その仕組みは、問題が出るのを遅くするだけのものだから」
そうなんですか……
「メルミィさんは、大丈夫なんでしょうか……?」
シフちゃんの問いに、「一応」と、うなずいたのは院長先生でした。
「メルミィのものは、その強すぎる力を排出する機能もあるみたいなので」
難しい顔をしながら言います。
「ただ、その機能が良いものかはわからないのですけれど」
……現状、害になっている物を外に出す機能があるということですよね? それは良いものだと思うんですけど。
「どうやら神聖な力が、体や精神に危険になるほど強くなった場合、メルミィが『欲求不満』を感じるみたいで」
そう言う、院長先生。
「それを誰かにぶつければ、害になっているものが流れ出て行くようなのです」
……触手さんを、ちらっと見ながら言ったので、触手さんとかを使って欲求不満を解消するのでしょう。
夜に誰かと肌を重ねたくなるとか、そんな気分になるのかもしれませんね。
昨日の酔ったあとの記憶はないのですが、シフちゃんを押し倒してしまったみたいですから。
推測するに、昨日は、私が欲求不満を感じ、押し倒してしまったのかもしれません。
酔ってしまったせいで、触手さんの神の力を抑える能力が弱くなり、そのために私の『欲求不満』が強くなってしまった……とかの流れかもしれませんが。
純潔を求められる放浪修行の僧侶としては、あまり良いものではありません。
「あっ、でも良いこともあるみたいなのよ? 欲求不満をぶつけられた相手に神聖な力が入って能力を成長させたり、筋肉の質が良くなったり、魔力なんかも育つみたいで」
「……そういえば、町に帰っているとき、少し魔法の出力が強くなっている気がしました。気のせいかとも思っていたのですが」
ミュミュお姉さんの情報に、シフちゃんが反応します。
「一日で違いがわかるぐらい強力なのですか……」
院長先生も、驚いたように眉を上げていますが。
「ちなみに神聖な神の力と触れ合っていることで、メルミィちゃんの僧侶としての能力も育っていくみたいなんだけど~」
「神さまから加護をもらうことを目的にしているので、個人的には複雑なところですね」
『清浄なる神々の奉仕者』という称号――それについてくる神さまの加護は、世界の人々にとって重要なものです。
夜の行為が原因で、加護に値しないと判断されるのは避けたいところなのですが。
「しばらくは、神の力を外に出すようにしたほうが良いし、多分、神さまが用意してくれた能力だから、ある程度は大丈夫だと思うけど……。気をつけてね?」
「はい」
と、お姉さんに、うなずきました。
「まあ、メルミィさんの欲求ぐらい、私が受け止めて見せますけどね!」
明るく言ってくれるシフちゃんに癒されます。ありがたいですねー……。お礼を言います。
「ちなみになんですが」
そして、気になっていることを聞きます。
「その『強すぎる神の力』が、シフちゃんにも行っている、ということなんですよね? 私に害になるものが、彼女にも流れて行ったことになります。それは、大丈夫なのでしょうか?」
「ん~……、流れる量が多すぎれば、やっぱり害になるみたいね。長く付き合うなら、もう一人か二人……ある程度、分散できると良いんだけど」
ミュミュお姉さんによると、夜のお相手が、もう一人か二人欲しいということでしょうか。
院長先生に、頼んだら大丈夫でしょうか? シフちゃんにも許可をとって……
そんなことを真剣に考えていると、クイックイッと、服を引っ張られます。
なんだろう、と下を見ると、服を引っ張っていたのはアムちゃんで――
「アム……やる……?」
……そんなことを聞かれてしまいました。
「……アムちゃんは、意味はわかっているのでしょうか?」
その質問を姉のシフちゃんにしたのですが、首を傾げられ……、ついでにアムちゃん自身も首をかしげていて。
これは、わかっていませんね……
「……妹は、私と母が違ったりと、いろいろ特殊なので。家族で相談してからでも良いでしょうか?」
そんな提案もいただきましたが、私は首を横に振ります。
「お気持ちだけいただきます……。必要そうなら、院長先生に頼むので、大丈夫ですよ」
そう言いながらアムちゃんを撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細め、無垢な笑顔を見せたのでした。
……彼女たち姉妹の実家である宿屋は、姉妹の母親が一人で経営しています。父親は死んだと聞いていました。
アムちゃんと、その宿屋のお母さんは、仲の良い母子に見えましたが、アムちゃんとは血がつながっていないということも、聞いていました。
アムちゃんの実の母親は亡くなったか、彼女を捨てたかでいなくなったのでしょう。
わりと複雑な家庭事情があるのかもしれませんね。
そんなやり取りの後、追加でミュミュお姉さんから情報をもらったり、院長先生から、自分の純潔などを調べる魔法を教わったり、採取したキノコを渡して報酬をもらったり。
そして日も落ち始めるころ、私、シフちゃん、アムちゃんの三人は、宿屋に帰ったのでした。
夜――。シフちゃんと私、二人の部屋にて。
「今日は、いろいろありましたねー!」
「そうですねー。……昨日も、いろいろありましたけど」
シフちゃんに同意します。
「……昨晩のことは、本当にすまないと思っているんですけど」
「何度も言っていますけれど、全然、問題はないですよ! あっ、でも……」
……でも?
「不満はあるかもしれませんね!」
そう言った彼女が、顔を寄せ、腕をぎゅっと握ってきました。
「私、夜は優しくされたいタイプなので……」
そして彼女に、「やり直しを要求します!」と言われたのでした。
……もう、夕食も終わりましたし、お湯も浴びています。
こちらを見上げるシフちゃんにも、かわいいなー、という思いが浮かび。――こういうのに、性別は、関係なかったんですね……
しばらくは、神の力を消費したほうがいいとは言われていましたが、それがなくとも、彼女に応えたいと強く思った気がします。
触手さんも、私の心を察したのか、私に流れないようにしていた例の不満の衝動を、こちらに流し……私は、シフちゃんの要求を、受け入れたのでした。
それが、昨日の出来事。
今は早朝。今日こそは、平穏に過ごしたい私なのですけれど。
「……おかしいですね」
ベッドで目を開けたばかりの服を着てない私は、天井をボンヤリと見ながら疑問に思いました。
――何で私、左と右、両方から、誰かに抱きつかれているのでしょう?
いえ、片方なら、わかるんですよ。シフちゃんと一緒のベッドで寝ましたから。片方から抱きつかれているだけなら、それはシフちゃんです。
でも今、私は、両方から抱きつかれています。片方はシフちゃんだとして、もう片方は誰なんでしょう?
どちらも、人の形をしている気がしますが、実は片方が触手さんだったりするんでしょうか……?
私は、おそるおそる、それを確かめることにします。
左見て……右見て。
そして、アムちゃん――昨日はこの部屋にいなかったはずの、シフちゃんの妹と、目があったのでした。
「ア、アムちゃん。なぜ、ここに……?」
質問に、答える彼女。
「えと……おかあさんに、メルミィさんと、結婚していいって言われて、いろいろおそわったから」
そして赤くなりながら、彼女は言うのです。
「――アム、がんばって、およめさんの夜のお仕事しました!」
何したんですっ!?
――私は昨日、最後、気を失うように眠りについています。
その後、部屋に入ってきたのでしょうけれど、アムちゃんが何を教わり、何をがんばったのか、まったく予想がつきません。
寝ている間は、背中の触手さんは起きています。
ついでに股の一本も、私の寝相なのでしょう、何かに巻きついたりしているようなのですが。
――触手さんに、何があったかを聞ければいいんでしょうけど、会話できませんからね……
とりあえず万一を考え、アムちゃんに、教わったばかりの、純潔さを調べる魔法をかけ……失敗します。
自分には問題なくかかって、純潔さがあることがわかったので、他人にかけるのが難しいためでしょう。
ミュミュお姉さんも、他人にかけるのはうまくできないって言ってましたし。まあ、どちらにしても、詳細は本人に聞かなければわかりません。
「……なにがあったか、詳しく教えてくださいますか?」
彼女を撫でながら問うと、目を細め、笑顔になったアムちゃんが、聞いて聞いて、というように話を始めたのです。