05. 魔物にだって負けない
シフちゃんを襲って、逆に倒されてしまった魔物……トラップベアの洞窟に向かい、森を進んでいます。
シフちゃんと、手をつなぎながら。
「うふふ。何か、妹を思い出して、楽しいです」
彼女が、つないだ手をブラブラとさせます。
「魔物が出ないので、まるで、お散歩をしているような気分ですね!」
そう答えます。それもこれも、シフちゃんが使ってくれた、魔物に見つからなくなる魔法等のおかげです!
これらの魔法は、シフちゃんだけでなく、シフちゃんと肉体的な接触がある者にも効果が及びます。
そのため、私たちは手をつないでいたのです!
「あっ、また食料を見つけてくださったんですね」
シフちゃんの言葉。そちらを見ると、私の背中から生えている触手さんが、地面の下にある球根を見つけ、それを掘り起こしていたようですね。
「この球根は高値で売れるんですが、見つけにくいんですよね。すごく簡単に見つけてくれますねー……」
ビックリしています。
――触手さんは、木を簡単に掘り抜いたように、この球根も一瞬で掘り起こしていますしね。
私が歩いている間に、いつの間にか球根などを採取をする早業も見せていて、薬用の球根や野草、地面の下に生えるキノコ、売れる薬草などが大量に集まっていました。
「冒険者として依頼を受けなくても、こうやって森をお散歩するだけで、一財産が築けそうです……」
荷物袋に球根を入れ終わり、シフちゃんの腕に、にゅるっとからまった触手さんを、そう言ってシフちゃんがなでています。
触手さんも、心なしか満足気ですね。
なでられるのが好きなのか、全部の触手がシフちゃんにからみに行ってますけど……
「接触が多いほうが魔法が使いやすいので、いいですね!」
そう言って、触手に絡まれたままの彼女が、さらに私の腕を抱えました。
問題にしていないので、大丈夫でしょうか……?
そんなことを考えていると、二本の触手さんが、シフちゃんから離れました。
「……それは、何をしているんですか?」
「えっと……」
私もわからないんですが、水筒を取り出しているようですね。
よく揉んだ薬草を布で包み、それを水筒の中に入れているんですが、これは。
「……っ! それって、魔力回復を促す薬草茶じゃないですか!?」
そうなんですか!?
「そんなのも作れるんですね!」
私も初めて知りました。
見ていると、その水出しの薬草茶が完成したのか、触手さんが私の口元に水筒を持ってきてくれました。
『飲んでみて』ってことでしょう。
ちょっとためらいましたが、ひとくち含みます。
「どうですか?」
シフちゃんの問い。
「……うまく、できていますね」
たしかに魔力が回復しています。しかも、ほどよい苦味や甘さがある美味しい仕上がりで。
「すごいです!」
キラキラとした目のシフちゃん。
「その薬草茶は、薬草を揉むときの魔力のコントロールが難しかったり、作ってから一日以内に飲まないとダメだったりで、貴族向けとかのお店で取り扱われる超高級品なんですよ!?」
それは確かにスゴいですね。驚きです……。そんなのを作れる触手さんは、調薬ができるようになるスキルを持っているのかもしれません。
どんなスキルがあるのか、いくつかのものはわかっていませんから。
薬草などを簡単に採っていたところを見ると、採取に役立つ何かしらのスキルもあるのかもしれませんが……
「とりあえず、この薬草の水出し茶は、シフちゃんに差し上げますね」
ビックリしつつも、そう判断し、水筒をシフちゃんに差し出します。
魔物に出会わなくするための魔法をかけ続けている彼女に渡すのが、一番の使い道でしょう。
「良いんですか? ありがとうございます! 魔力回復薬は持ってきたんですが、あれ、あんまりおいしくなくって……」
逆に、この薬草茶の味は、本当に良いですからねー。
そんな風にして、触手さんの能力を新たに知ったりもし、目的地近くまで、魔物と出会わないてくてくとしたお散歩が続いたのでした。
「……本当に、森の中が平和でしたねー」
「薬草茶をいただけたおかげですよ! 魔力を気にしないで、頻繁に魔法を使うことができました」
触手さんは、魔力回復の薬草を見つけるたび、あのお茶を作っていましたから。
「目的の洞窟は、あっちにあるんですが……」
そこまで言って、シフちゃんが真剣な表情になります。
「……何か怪しいものでも見つけましたか?」
私の質問に、うなずく彼女。
「洞窟に向かう足あとが、あそこに……」
……と、指を差されましたが、他の地面と同じように見えます。
狩人的な能力を持つ彼女だから、見つけられたんでしょう。
「魔物ですか?」
「ええ。二足歩行ですが、おそらく魔物でしょう。靴などは履いていないようですし、通っている場所などから推定して、二メートル以上の身長があります」
なるほど。
「体重が、かなり重い生き物で……三体はいますね。あと棍棒のようなものを引きずった跡があります。こちらに来てください」
シフちゃんに誘導され、移動します。
「……あいつらです」
けっこう移動した先――森の木などにさえぎられながらも、遠くに魔物の影が見えたのです。
「オークですね」
彼女の言うとおり、豚の頭を持つ、太った魔物がいました。野生のものですね。丸太のようにも見える棍棒を手に持っています。
こういう魔物を減らすのも、冒険者の仕事なんですが……
「……どうするんですか?」
「――近くに寄って、しとめましょう」
と、言われます。
「大丈夫なんですか?」
ささやくような声で、問いかけます。
「メルミィさんのおかげで、魔力回復薬を温存できていますから。遠隔から、魔法を付与した矢で攻撃すれば、三体なら問題ないでしょう。こちらに」
引っ張られました。そっちですか……。音を立てないよう、抜き足、差し足で。
「……音なども、魔法で隠せているので、普通に歩いて大丈夫ですよ?」
そう言われても、魔物が見えていると、つい忍び足で歩いてしまうんですよ!
そうやって、ドキドキしながらついていき、シフちゃんの歩みが止まりました。
「ここら辺ですね」
どうやら、魔物を倒せる距離にまで近づけたようです。
「気配も、やはりあの三体のみ。――いけますよ」
そう言って、こちらを見た彼女……なぜか、首を傾げます。
「……メルミィさんも、攻撃するんですか?」
いえ、ここからだと私の魔法は届かないので……。そう答えようとして気がつきました。――触手さんが、複数の、大きな石を持っているんですね。
何か、身振りで石を投擲するような動作もしていますから、触手さんも、石を投げたいのでしょう。
「……そういえば、木の実に小石を投げて、落としていたりしてましたもんね」
そうシフちゃんが納得しましたが、触手さんは、森を歩く途中、木の実も採取していましたから。
「当たるかわからないので、あまり、あてにはしないでもらいたいのですけれど」
「了解しました! ですが、同じ獲物を狙うのも非効率なので、とりあえず、メルミィさんは、左側のオークから順番に狙っていってくれますか? 私は右側から狙っていきますので」
触手さんが三体中、一番左のオークを、ビシっと触手で指していますから、了解したのでしょう。私も「はい」と答えます。
「あと隠蔽の魔法は、攻撃をしても隠蔽が解けたりはしませんから。合図があるまで、私を信用して、私に触れたままでいてくださいね」
それにも「わかりました」とうなずく、私。シフちゃんが武器などを用意するのを見守りつつ、彼女に触れている場所を、攻撃のジャマにならない位置にします。
「じゃあ、行きますよ」
攻撃用の付与魔法などを弓矢にかけ終えたシフちゃん。合図を出します。
「さん、に、いち――!」
その合図――
――ぶぼっ!! という、ものすごい音が耳元で鳴り……
そして敵のオーク、三体の頭が、爆発したように砕け散ったのです――
い、一瞬で、倒すんですか……!
私が驚いてシフちゃんを見ると、彼女も、口を大きくあけて驚いているようで。
「……石の投擲ですね。三体とも全部……。すごい威力でした。――私の矢の意味がありませんでした」
……どうやら、触手さんの投げた石で、起こった出来事みたいですね。
「それに、さっきのは威力だけじゃなく、すごく精確に、眉間等を打ち抜いていましたから」
「……そうですね。きれいに、三体全部が、倒されていました……」
「あの威力なら、オークどころか、もっと強い敵も簡単に倒せそうで……」
そう言ったシフちゃんが首を横に振り……
「……メルミィさんの触手は、重いものを持ち上げたり、すごく硬い地面を簡単に掘って素材を得たりしていたので、実は戦闘も強いのでは……と思っていたのですが。――想像以上でしたね」
褒められて嬉しいのか、にょろにょろとはしゃぐようにうねっている触手さん。
私もその力に、ただ驚くばかりだったのです。