02. 触手さんはスゴい
院長先生と一緒に移動した、修道院の一室――
「……有用そうな魔法は、このぐらいですかね」
触手を調べるため、かなり魔力を使ってくれた院長先生が、そうつぶやきました。
「結果は、どうでした……?」
ちょっと不安に思いながら、たずねます。
「多分ですが、悪いものではありません」
おおっ、安心できる発言です。
「見た目に反し神聖な気配があること、そして使った魔法の結果からも、神の祝福か何かで生えたのだと思います」
ある意味、予想通りと言って良いのでしょうか?
「魔力の調査では、あなたの体の延長みたいな存在のように感じられて……。調査中、あなたを守ろうとするような様子も見せていましたし」
そうなんですか!
「神獣を助けた等で、神聖なものからの祝福を得ることがありますが。触手が生まれた原因として、何か思い当たる出来事はありますか?」
そう聞かれても……、――あっ! そういえば、昨晩お祈りしましたね!
「昨日の夜、おもいっきり魔力を込めて、神様にお祈りしました! 助けてくれって!」
「祈っただけですか……」
疑問視している顔。
「まあ、大丈夫だとは思いますが、とりあえずは様子を見ましょう」
そんな結論が出たのです!
そして、部屋にノックの音が響きます。
「院長先生~」
この声はミュミュお姉さんですね!
女子修道院の先輩で、私は『お姉さん』をつけて呼んでいます。男性の信者さんからも人気がある、おっぱいの大きなお姉さんですよ!
「メルミィちゃんの声が聞こえたので、お茶とお茶菓子を持ってきましたよ~」
お茶菓子とは、おなかが減っている私には、魅惑の言葉!
ガチャっと開けられる扉を見守ります。
――扉の先、ミュミュ姉さんが片手で持つお盆には、二人分のお茶と、私の顔ぐらいある大きさのパンが二つ載っていて。
「この修道院から出した修行者に、朝昼夕の食事は出せませんが、お茶菓子だったらあげても大丈夫でしたよね?」
ニコニコしながら、そんなことを言ってくれました。
――お茶菓子って、もしかして、あの巨大なパンですか!? もらって良いんですかね!?
期待を込めて、院長先生を見ると。
「……その大きさのパンがお茶菓子かどうかには疑問はありますが、まあ、お茶菓子の大きさに決まりはありませんからね。良いでしょう」
ため息交じりの許可をいただきました! ひゃっほーぅ!
「ミュミュお姉さん、大好きですーっ!」
そう言ってパンを奪い取り、むしゃむしゃ、お茶で流し込みます!
「その大きさのパンを、二口ですか……」
院長先生に呆れられましたが、空腹のせいで私は野性の本能を取り戻しています! このぐらいわけないのです!
「こっちのパンは院長先生のですけど~」
「ありがとうございます、ミュミュ。……ただ私には、そのパンは大きすぎますね。メルミィに差し上げます。ですが、ゆっくりと! よく噛んで! 食べるんですよっ!」
やったーっ!
「院長先生も愛してますーっ!」
私はもう一つのパンをとると、噛み千切っては全力の速度で口を動かして呑み込み、噛み千切っては全力を超えた速度で口を動かして呑み込み、全てを平らげたのでした!
ひさしぶりに、満足に食事を取れましたね!
治療魔法で、危ない状態だったのを助けた宿屋の娘さんにお茶を誘われ、そのときに少しお茶菓子をいただいたことがありましたが、まさか、これだけ大きなお茶菓子をもらっても良かったとは。
まあ、でも修行中の僧侶は、普通、誇りや清らかさを優先するもの。知っていても、欲しいとアピールすることはなかったでしょう。
余裕のあるときなら、それはお茶菓子の大きさではありませんので、とか言って断ったでしょうし。
「ミュミュお姉さん、ありがとうございました!」
「どういたしまして……。……それにしても、メルミィちゃん、その背中についているニョロニョロは何なのかしら?」
ミュミュお姉さんが、さっきからチラチラと見ていた触手さんに話題を移しました。
「これは触手ですよっ! 神さまにお祈りしたら生えたんです!」
お姉さんの「まぁ」という、驚きの声。
「大丈夫なんですか?」
そう聞くミュミュお姉さんに、「害はないと判断しています」と院長先生が説明します。
「ただ、スキルか何かが触手にあるようなので……」
「院長先生に、魔水晶を当ててもらって、《調査分析》の呪文もかけてもらいました!」
あとで水晶を分析してもらえば、より詳しいことがわかると院長先生からは言われていました。そのこともお姉さんに伝えます!
「よかったわ」
そう言ったお姉さんに、頭をなでてもらいました! へっへー。
「……それはそうと、ミュミュ。その手紙は冒険者ギルドからのものですか?」
喜んでいると、院長先生が、お姉さんにそんなことを聞きました。
……確かに、ギルドの紋章が入った手紙を持っていますね。
「はい~。先ほど冒険者ギルドから、職員の方が来まして」
手紙を渡す、ミュミュお姉さん。
「今日、荷物の持ち運びに来てくれるはずだった冒険者がこられなくなったため、その謝罪の言葉なんだそうです」
「ああ、そうですか。しかし、それは困りましたね。荷物を運んでもらおうと思っていたのですが」
二人が見るのは、部屋にあったいくつかの木箱。あれが運ぶ荷物だったのでしょう。
「修道院のみんなで運ぶんですか? お手伝いしましょうか?」
「うーん……メルミィの言葉はありがたいのですが、中身が聖別した金属のインゴット等なので。箱の開封も、諸事情があって時間が必要で……、重量も一つ三百キロは超えるんですよね」
それは、重すぎますね! そのままだと、きついでしょう。
ためしに木箱の近くに行って押してみます――当然、動かず。
持ち上がるなんてことも……、……あれ?
「メルミィちゃんが、三百キロを持ち上げた……?」
「……いえ、違いますね。木箱に触手が巻きついています。もしかして、あれが何かしているんじゃないでしょうか」
院長先生の予想を裏付けるように、他の木箱を、触手さんが持ち上げました。
「……メルミィは、重さは感じないのですか?」
院長先生に答えます。
「ほとんど、感じません!」
七本か八本の触手が生えている背中に、ちょっと重さを感じるぐらいですかね?
「……触手の特殊能力の一つでしょう」
そんな先生の結論に、ミュミュお姉さんが喜びます。
「やりましたね、院長先生! これでメルミィちゃんに、お仕事を頼めるじゃないですか! 依頼票を用意します!」
手早く紙を用意してくれるお姉さん。
「メルミィちゃん! その木箱を冒険者ギルドに運んで、この依頼票を渡せば報酬がもらえるから! メルミィちゃんが受けられるEクラスの依頼だからね!」
おおっ! スゴい。これで今日の夜もご飯が食べられます!
「ありがとうございます!」
「……触手には、《祝福》の魔法をかけておくと良いでしょうね。あの魔法をかけておけば、普通の人にも、その触手に神の力が宿っていることがわかるはずですから」
町の人に、危険なものと思われることもないわけですね!
「……衛兵さんにも、メルミィちゃんの触手のことを話しておいたほうが良いですよね?」
そのお姉さんの言葉にうなずく、先生。
「彼らへの説明や、冒険者ギルドへの説明なども、朝の用事が終わったら私が行きましょう」
そんなことを言ってくれたのです。
「院長先生も、ミュミュお姉さんも、本当にありがとうございますーっ!」
こうして私は、木箱を持ってくれている触手さんに《祝福》の魔法を発動。
神の威光が感じられるようになった触手さんと一緒に、冒険者ギルドへと向かったのでした。
「ティーナさーん! 荷物を運んできました! 報酬くださーい!」
受付嬢の彼女に、依頼票を見せます。
「……荷物は良いのですが、その背中の触手は何なのですか?」
やっぱり気になります? 来る途中も、すれ違う人が二度見していましたし。
「生えました! でも院長先生からは悪いものじゃないって言われましたよ!」
「そうなんですか。……まあ、《祝福》をかけたんでしょうね。触手にある、神の属性を感じるので、危ないものではないのでしょうが。あとで詳しい話を聞いてもいいですか?」
「もちろんです! 院長先生も、あとで説明に来てくれるって言っていました!」
「……わかりました」
納得する彼女。
「それで荷物というのが――」
「この木箱ですね! 全部で三つ!」
「……依頼票だと、特殊な木箱に、三百キロから四百キロの金属が入っていることになっているんですが。三つで一トンですよね……?」
「触手さんに運んでもらいました!」
「……驚愕ってレベルじゃないですね。何ですか、その触手」
あらためて重さを聞いて、私もビックリしました!
こんなやり取りの後、ギルドの部屋に荷物を運び、木箱が開封されていないかなどの確認。その後、報酬をもらったのです。
触手さんについての説明もし、筋力的な意味で無理だった、他の荷運びの依頼もいくつかこなし、さらなるお金を稼ぎましたよ!
「……本来は複数人で受ける荷運びの依頼を一人でこなしているので、わたす金額が異様に多いですね」
そんな受付嬢――ティーナさんの言葉もいただきました。
触手さんは力持ちで、スゴいのです!
触手さんにお礼を言ったら、クネクネと嬉しそうに動いていましたから……もしかしたら、言葉もわかるんでしょうか……?