episode.4
僕に微笑みかけた男は、
「ちょっと待ってて。」
と言って立ち上がり、外したアイマスクを再び顔に着け舞台裏に行き、すぐに戻ってきた。側に、司会者を連れて。
「すみません、この子、私が1億で買い取りたいのですが。今すぐに。それは可能ですか?」
と、司会者に訊く。司会者は、うーん、と少し悩んだ後、
「……そうですね、他に1億以上を出せるものがいないのなら、どうぞ。」
と言った。
「あちらで競りをしている者の中に、もしかしたら一番欲しいのは別の子で、この少年を二番目に思っている人がいて、もしその人が僕以上にお金を出せたら……?」
と、再び司会者に問う。しかし、司会者はニヤリと口を歪める。
「貴方以上にお金を出せるなんてそんな人、そうそう居ませんよ。……それに、元々この少年に最高値がついていたので、他の子を狙っている方には到底出せない値段でしょう。」
と、楽しそうに言った。しかし、万が一の事もあるということで、司会者がマイクを口に近づけ言った。
「会場の皆様、耳をこちらに。」
という声が響き、ざわめきが止まる。沢山の視線が司会者に集まる。
「二番の少年、1億で買い取り、異論のあるものは?またこれ以上の額を出せるものは?」
という声に、
〝…………。〟
反応するものはいなかった。とんでもない額に会場が少しざわつく。
「では、異論は無いようなので、二番は買い取られます。良いですね?それでは引き続き、お楽しみください!」
皆の視線は司会者から、それぞれが狙う商品へと向かう。そうして再び吟味が行われ、少年少女の悲痛の叫び、或いは快楽に溺れる声が聞こえてくる。
「というわけで、他に誰もいないので、買い取れますよ。この少年の元に集まった皆さんは、新たに他の輪に加わるもよし、このまま帰ってしまうもよし。御自身の自己判断でご自由にどうぞ。」
僕の周りにいた人間の壁が、興醒めしたと言うようにどんどん崩れていく。司会者も、また舞台裏に引っ込んだ。僕と僕を買い取った男と、隣の人垣の間には、誰もいなくなった。
「さて、買い取りも正式に決まったことだし、僕の家に行こうか。」
呆気に取られて呆然としていた僕は、ハッとして近くにぐしゃぐしゃになって放っておかれた服を着る。
僕は男に訪ねる。
「……あの、貴方は……?」
その問いに男が応じる。
「ん?あぁ、僕は、ここら一帯を納める大地主で、公爵の位を持つものさ。」
軽くそう答える。
「公爵……ですか。凄い人なんですね。僕とは大違いです。」
僕は下を向いて言った。
「そんなことはないよ、君は、肌が白いし、その瞳も髪も存在すべてがとても美しい。身分なんて、気にする事は無いよ。……だから、顔をあげて。」
男が、僕の顎に手を添えて、くいと持ち上げる。仮面を外した男の、少し長い金髪から覗く碧い瞳と、目線が合う。吸い込まれるように綺麗な瞳。その目が、細められる。
「改めて、これからよろしく。」
僕もつられて口を開く。
「──ぁ、えっと、よろしく、お願い致します……。」
そこで僕は思い出す。一緒に連れてこられた、少女のことを。
一番の少女を囲む人垣の方を勢いよく振り替える。
「あ、あの子は……。」
男もそちらに目をやる。
「あぁ、君に1億使っちゃったから、一緒に引き取ってやることはできないよ。さすがに、お金には限りがあるからね。彼女も、誰かいい人に引き取られるといいね。」
その後半の言葉を、僕は信じない。このホールの中に、いい人なんかいるわけ無い。僕だって、あんなことされたんだ。彼女も、何をされてるかわからない。
どうしよう。
〝おい、何やってんだ!俺は知らないぞ、ファントムマスクの取締役に何されても自業自得だからな!〟
突然、男の野太い怒鳴り声が響いた。
〝くひひっ、だって、このナイフで斬りつけたら僕の好みの表情になるかなって思ったら、あまりにも良い顔過ぎて、つい調子がビッグウェーブに乗っちゃってねぇ!くひひ、ひひ……仕方がないよねぇ。〟
と、気味の悪い声が微かに聞こえた。一番の、少女を取り囲む人だかりの方から。
司会者が、いや、取締役が現れ、
「はぁ、全く、問題は起こさないで欲しいですね。まぁ、この少女は親戚の全くいない孤児だったから良いものの……。一応、此方で話を伺いますね。何度やったら気が済むのですか、貴方は。」
呆れたようにそう言った。
そうして、そこにあった肉壁も、どんどん崩れる。
〝あ~ぁ、可愛かったのによ。〟
〝ほんとにな。……下半身の方も、中々良かったのに、あいつ、おじゃんにしやがって。〟
〝信じらんない、あんなこと平気でするなんて。出禁にした方が良いのじゃないかしら。〟
そんなざわめきを残して崩れていった人垣の向こうに、僕が視たものは……──。
「────ぇ、……あ……?」
変わり果てた少女の姿だった。それは以前、少女……いや、人間だったもの、だった。
「あぁ、あれはもう、助からないね……。」
と、隣に立つ公爵が、憐憫を込めて言った。
僕は、よろよろと少女に近づく。
掻き分けて波立った彼女の周りを埋め尽くす紅い海。
傍にしゃがんで彼女の顔を覗き込む。その頬には、流れた涙の道が浮かんでいる。
睫毛を濡らした涙の滴が揺れる。力なく、こちらを向く瞳に見つめられ、
「待ってて!今から助けるから!」
と、思わず出来もしないことを叫ぶ。彼女は自らの死を受け入れるように、
「……ぁりがと……頑張って……───。」
と、掠れた声で、最期の力を振り絞って発したそれは、自分の死を嘆く言葉でも恨みの言葉でもなく、僕のこれからを応援したものだった。間も無く、彼女の全身から力が抜けるのが僕にもわかった。それと同時に、僕の思考も停止した。
彼女と僕に纏わり付く静寂を打ち破るように、
「さぁ、そろそろ帰ろう。僕らの家に。」
と、公爵が僕の肩に手を置いて言った。
僕はかつて命を宿していた器を持ち上げ、立ち上がる。
「それ、持って帰るのかい?……まぁ、僕は別に構わない。その子も一緒に連れて帰ろうか。」
親切な公爵は、僕の気持ちを汲み取って、そう言ってくれた。
そうして、公爵と僕と彼女で、三人揃っての帰路についた。
「……おはよう。今日も綺麗だね。」
そう言って、彼女にキスをする。いつも僕が、公爵にされるみたいに、甘く、優しく。
それから僕はメイド服に着替え、今日も公爵の命に従い従順な少年メイドとして仕える。
そして毎朝、こう言われるんだ、
「今日も一日、美しくあれ。」
って。
彼女の骨は、頭から爪先まで、今も僕に割り振られた部屋の扉の横に、綺麗な装いをして立っている。
“あぁ、本当に、君は僕の理想の少年だよ。顔写真と出生を見て、確かに確信した。あの女の子は僕の理想のために殺された。……ふふっ、ただ容貌が綺麗なだけでは駄目なのでね。
────…………過去に暗い悲しみを抱えている美少年ほど美しいものはないからね……?”
そう言って、男は妖艶な笑みを溢した。
…………
Fin.
最後までお付き合い頂き有り難うございました。
では、また別の作品で。




