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episode.3

 


 ファントムマスクの男の開始の言葉に、会場が更に騒がしくなった。司会者らしき男は、すぐに舞台裏に引っ込んだ。

 そして、客席に座る人たちが手元を見る。何やら端末があるようだ。そこに、値段などを打ち込んでいるのだろう。時折、舞台を目をやる。隣にいる少女は尚も怯えて震えている。僕は、また客席に目をやった。

 しばらく眺めていると、違和感を覚えた。その理由は、すぐにわかった。舞台に目を向ける客の中に、僕たちを越えたところを見ているものがいたのだ。

 ……?何か、あるのだろうか。

 そう思って、振り替えると、そこには大きなモニターがあった。そこには、数字と、……僕たちの値段……?と、それを提示した者の……恐らく、コードネーム。

 僕たちは横一列に並んでいるので、多分、舞台の上手から、つまり隣の少女から、1から順に、番号が割り振られているのだろう。

 僕はどこか、他人事のように考えていた。何故か、冷静だった。


 そうしてしばらく、ぼんやりと客席を眺めていた。


 と、突然。何の前触れもなく。客席の前の方に居た人間が、すっくと立ち上がった。


「すまない!見た目だけではわからない価値を、確かめさせてくれないか!本当の価値、いや値段は、そうでなければ決められない。」

 立ち上がって、そう叫んだ。ホール中に響き渡る声で。それは、男の声だった。


 司会者が、舞台裏から出て来て、静かに、しかしマイクを介してホール全体に伝わるように、

「どうぞ、どうぞ。ご自由にお確かめください。しかし舞台から持ち出すことは、しないでくださいね?」

 と、言った。

 それを聞いた男は、すぐに舞台に来る。そして、他の人間も恐る恐る立ち上がり、最初の男に付いていくように舞台に来る。


 僕は、マスクの装飾がとても豪勢な人間に捕まった。とても驚いた。反射的に、抵抗しようと体が動く。しかし、その人の力は強かった。耳元に、口を近づけて囁かれる。それも、最大の威圧を持って。

 〝……大人しくしろ。〟

 そして、

 〝酷いことはしない。……痛くないから。〟

 と、付け足した。

 ちらと隣を見ると、少女も捕まっていた。というか、少女は見えなかった。何故なら、大勢の人間に囲まれていたから。少女も、僕も、お互いに。


「……!?」

 突然、服を脱がされた。

 男が、僕を見下ろして言う。

 〝ふむ……。悪くない身体だ。〟

 周りに立っている人間たちも、僕を見下ろしてごくりと喉をならした。

「……な、に……。僕に、何をするの……?」

 僕は、不思議に思う気持ちで、言葉を発した。

  〝……なに、いいことさ。君はしばらく、快楽に溺れているといい。〟

 言いながら、男が姿勢を低くし僕の身体に触れる。そこで初めてぞっとした。そうして初めて、僕の置かれた状況が、精神にどれだけの負荷をかけるか、どれだけの恐怖を与えるものかを、頭だけでなく全身で理解した。

 これは、他人事ではない。自分の身に迫る危機だ。

 僕は、これまでに感じたことの無い恐怖に突き動かされ、必死にもがこうとする。

 〝あら、動かないでね……?可愛い子猫ちゃん?〟

 周りにいた人間の数人が動く。

 ……嫌だ。嫌だ。やだやだ。

「──ぅぁあ、あっ、やあぁっ……っだ!……やめっ」

 僕は、いろんな人間に身体を弄ばれる。嫌だ、気持ち悪い。必死に、必死にもがく。でも、手も足も拘束されて、何もできない。

 底知れぬ恐怖に襲われる。

 〝動くなって言ってるじゃない。その綺麗な肌に傷は付けたくないでしょう?〟

 そう言って、シンプルで且つ上品なヴェネチアンマスクを着けた女が、照明に照らされてキラリと銀色に光るナイフを手に持った。それが、僕の恐怖心を煽る。

 そして、最初に僕を捕まえた男が、僕の下半身に手をかける。

 〝……さて。ここの出来はどうかな?〟

 ねっとりとした声で言った。

 気持ち悪い。嫌だ。

 僕の身体の中に異物が入り込んでくるのを感じた。

 しかし直ぐに、僕は恐怖と快感の狭間で体に力を入れることが出来なくなる。

「───っは、ゃだ……やめてっ……ょ、っあ、……っは、ぃや、ぅあっ……」

 快感に押し潰されないように、力の入らない体で抵抗しようとする僕の目の前で、女の持つ銀のナイフがちらつく。妖しく、キラリと光るナイフが僕の肌を少し傷付ける。うっすらと血が滲む。

 〝あらぁ、ごめんねぇ、わざとじゃないのよ……?でも、素敵、白い肌に紅い血が映えるわぁ……。〟

 女が、うっとりとした声を出す。

 押し寄せる快感の波に、僕の恐怖は消え去りそうになる。そんな僕を見て、男が嗤う。

 〝ははっ、嫌だと言いつつ、気持ち良さそうじゃないか。〟


 あぁ、少女は、あの人垣の中で、何をされているのだろう……、と、ぼんやりとし始めた意識の中で。そんなことを、思った。



 ……あのナイフに、殺されるのかな。



 僕が、自分の持っている意識を、手放しかけたとき━━━…………


「少年!おい、少年大丈夫か!」

 と、知らない男の叫び声がした。

 僕の周りの人垣を押し分け掻き分け、「おい、少々遅れたが、計画通り、少女の方を……。」と、小さな声でしかし確かに、誰かに言った。それはしかし、自分のことで必死の僕の耳へは届かなかった。

 〝……何だ?誰だ、貴様。良いところだったのに。邪魔をするなら容赦はしない。〟

 男が、あからさまに気分を害したような声をあげた。

「あぁ、邪魔をする気はない。ただ、その少年は僕が買い取ると言いたかったんだ。ほら、1億払えば文句はないだろ?」

 突然現れた男は、あっけらかんととんでもない額を提示する。

 〝…………。〟

 周りにいた人間も、しばらく動きが止まる。

 〝……チッ。〟

 僕を掴んでいた男が、乱暴に手を離す。

「……はっ、……はぁ……。」

 僕が息を整えているところで、男が近づいてきて、目の前でしゃがんだ。華やかなアイマスクを外し、春の穏やかな日差しのような(やわら)かな笑みを浮かべて、

「こんにちは。これからよろしくね。」

 と、優しく言った。



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