訪問
翌朝大輔が朝食を食べたてると直ぐ横でバキっと所謂ラップ音がした。大輔があわてて昨日のノートを開くと
『遅いよ。』
と言う文字が現れた。
「朝食位良いだろ。ところであんたの親友の名前は? 何処に住んでた?」
『近くだよ。名前は上月 瑠璃。家が美容院やってたから引越しはしてないと思う』
「何処の美容院?」
『国道沿いの上月美容院』
「ネットで調べてみるか」
朝食を食べ終えてからスマホで検索してみると、ビューティーサロン上月と言うのがある。アパートから直ぐ近く、歩いてほんの5分ほどの距離だ。
「店の名前は変わってるみたいだが、両方上月って付くから多分同じ所だな。一度電話を掛けて聞いてみる」
大輔はそれだけ言うとノートを閉じた。大輔がビューティーサロン上月に電話をしようとスマホを手にした瞬間、スマホは震え始めと聞きたくないメロディーが鳴り始める。
大輔は発信元を見て舌打ちをした。一月前に別れた彼女だ。大輔は少し躊躇してから電話に出た。
「はい、柳です。」
「早く出なさいよ。私が掛けてるって分かってるんでしょ。」
「いらいらしてるね。今日も夜勤明け?」
「勝手に引っ越したからでしょ。 会社は辞めたの?」
「ああ。ところで僕らは一月前に別れたはずだが。」
「私は別れる事に合意した覚えはないけど。」
「別れたんだよ。それと言っとくけど会社辞めたのとか引っ越した事は別れたのとは全然関係ないからな。」
「私はあなたが仕事を辞めることには賛成よ。養ってあげるから主夫になりなさい」
「そんなつもりはないね。そもそも、それまでも一月に一度位しか連絡取らなかったのに付き合ってたんだろうか?」
「連絡が出来なかったのは研修で忙しかったからよ。それももう直ぐ終わり。なのに何故別れるなんて言うの?」
「君は間違ってる。別れるんじゃなくて、もう別れてるんだよ。じゃあ」
そう言うと大輔は電話を切った。
彼女は研修医だから忙しいのは分かるが、出勤前の忙しい時に電話掛けてきて口論になり、挙句別れようと言い出したのは向こうの方だ。振り回されるのはもう御免だと大輔は思う。
また大輔の直ぐ横でラップ音がしてノートを開けてみると
『元彼女さん?』
と言う文字が増えている。
「プライバシー無しか。」と大輔は嘆いた。
大輔は気を取り直して、ビューティーサロン上月に電話する。
「はい、ビューティーサロン上月 です」
「そちらに上月 瑠璃さんはいらっしゃいますか?」
「上月 瑠璃は私ですが。」
「柳 大輔と申します。実は昨日2丁目の15の大杉アパートの203号室に引っ越してきたのですが、以前住まわれていた平宮 晶子さんのノートが出てきまして。どちらに引っ越されて分からないもので。上月 瑠璃さんのお名前がありましたので、不躾とは思いますがお電話差し上げました。」
「あきちゃん、いえ 平宮さんは10年前に交通事故で亡くなりました。」
「そうでしたか。ご家族はどうされました?」
「平宮さんの所は母子家庭だったと思いますが、お母様がどうされたかは存じません。」
「そうですか。しかし何のゆかりも無い私が日記帳を持っていても仕方が無いし、お母様がどうされたかも分からないのでしたら、ご友人の上月さんにお渡ししたいと思います」
「平宮さんの日記を渡されても困るのですが」
「では一度見ていただくと言うのはどうでしょう?」
「そうですね。一度見るだけなら」
「もし今日ご都合が良ければお持ちしますが」
「では12:30にサロンではなく隣接する自宅の方においで下さい。」
「分かりました。では12:30にお伺いいたします。」
大輔は幽霊の使いっ走りになったようで不満だったが、とりあえず面倒な事はその『親友』さんとやらに押し付けてしまいたかった。
大輔は午前中は荷物の開封と整理を続け、早めに昼食を取ってからビューティーサロン上月へ向う。ビューティーサロン上月は店内が外から見えるガラス張りのおしゃれな店舗だ。隣接する家の方はそれほど新しくは見えなかったから、おそらく最近改装して店名も改めたのだろう。
インターフォンを押して、
「先ほど電話した柳です。」
と言うと、25歳位に見える身長170ぐらいのスレンダーな女性が出てきた。ショートヘヤーに少し面長な顔、黒いブラウスと灰色のパンツをはいている。
「上月 瑠璃です。立ち話もなんですからこちらにどうぞ」
と言うと6畳ぐらいの洋室の応接間に通された。
応接セットに向かい合わせに座ると、大輔はショルダーバッグからノートを取り出し、
「これなんです。ちょっと見てもらえますか?」
と言った。
上月瑠璃は
「拝見します」
と言うと、最初のページから読み始める。
「確かに平宮さんの字のように思えます。」
「一番最後の記載を見てもらえますか?」
上月瑠璃はペラペラとページをめくって昨日文字が現れたページを見て怪訝な顔をする。
「これは何ですか?」
「昨日ノートを見つけた時はこの前のページまでしか書いてなかったんです。その後その字が現れたんです」
「でも、これはその前の部分と同じく平宮さんの筆跡に見えますが」
「そうですよね」
二人で途中まで書かれたページを見ていると、最後の記載の後に
『瑠璃ちゃん』
といきなり文字が現れた。
「きゃ」
と上月瑠璃は声を出す。
「ど、どう言うことなんです?」
「見ての通りですよ。妙な話ですが、平宮さんはあなたに聞きたい事があるそうです。」
そう言って大輔が顔を上げて見ると、上月瑠璃の顔は青ざめて見えた。