斜陽の窓
僕と触れ合った人たちはみんな傷ついていきます。僕が傷つけました。かれこれ十数年の記憶の中で、皆を傷つけ、今でも接点がある人は極々僅かです。そんな彼らもいずれ僕から離れていくでしょう。僕が離れていくでしょう。そしてまた同じことを何度も繰り返しては離れるのです。
先輩は、わがままなやつだな、と言った。たったそれだけ。
先輩、僕はね、よく人から優しいね、と言われるんですよ。
でもね、そうやって近づいて来た人たちはやがて傷つけられて捨てられるんです。僕に。僕も捨てるために受け入れてるんじゃ無いんです。精一杯の善意で傷つけてしまうんです。
僕はね、傷つきたく無いから優しくするんです。僕もたくさん傷つけられましたし、理不尽な怒りに触れて火傷したこともあるけれど、それでも怒らなかったんですよ。
怒る人も傷つくんです。怒られる人の痛みや怖さを知っているので、だから怒らないんです。
先輩はなにも言わずに黙っていた。今日で何本目か分からないタバコに火をつけただけだった。
僕はその沈黙を恐れて、次の言葉を必死に探した。
僕は友情とか愛情は全く知らないんです。もしかしたら過去には存在したのかもしれませんが、すでに忘れてしまいました。忘れてしまっては、在ったものも無いも同然です。僕には思い出と呼べるものが無いんですよ。
先輩の様子を伺うも、相も変わらずタバコを吸っては、喫茶店の外を眺めているだけで、時折、視線をくれるが彼女の考えてることは分からなかった。
私はな、先輩が口を開けた。タバコを一本吸い終わった時だった。
「私はな、お前に情の欠片も抱いていない。だがな、私についてきても何処に行けるわけでも無い」
それだけ言って、先輩はまたタバコに火をつけた。僕は少しの間呆気に取られていたが、大きく息を吐き出した後、背もたれに寄っ掛かって冷め切ったコーヒーを飲んだ。