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カニタベツアー

決して暇ではありませんが、何故か続きを書いていた。

この話は、『魔王城捜索・魔王討伐ミステリーツアー』以前のお話です。


 物語の始まりは、「え? なんて?」から始まった。


 カエルの鳴き声が「ゲコゲコ」と聞こえてくる朝、俺は俺の名を呼ぶ声で目が覚めた。


「ツァハーレ! あんた今日も旅に出るんでしょ! 早く起きなっ!」


 俺を起こそうとする母親の叫び声が耳元から聞こえてくる。

 朝の目覚めには少々へヴィーな起こし方で、俺は少しげんなりした。

 今日からまた旅に出るというのに、朝から目覚めの悪い起こし方をしてくれる。


 俺はそんな母親に対し、「え? なんて?」と、そ知らぬ顔で返事をしておいた。


「だからあんた、何度言えば分かるの!? 今日も旅に出るんでしょ!! いい加減に起きて飯を食って支度しなっ!! 遅刻するよっ!!」


 母親が何故怒っていたのか甚だ疑問に思うところではあったが、俺はそそくさと食事を済ませ、旅の支度を始める。


 さて、今回の旅は俺には珍しく、グルメツアーへと出かけることにした。

 今回俺が選んだ食のテーマは『カニ』である。


 何時もどおり酒場でパンフレットを眺めていると、見慣れた顔の奴が食レポをしているパンフレットを見つけた。こいつは巷ではかなりの有名人らしく、こいつが推すカニの味が少し気になり、俺はこのグルメツアーを選んでみたと言うわけだ。

 ここ最近、俺は人と係わるのが煩わしく感じていたのか、遺跡探検や洞窟探索と言った、個人でマッタリと楽しめる秘境ツアーばかりを選んでいた。その反動かは分からないが、こう言う食べる事だけを目的にしたツアーも良いのではないかと考えていた。ま、そこにたまたま、俺の知っている顔の奴が目に入ったため、このツアーを選んだとも言える。

 そしてこのツアーの名前は、『二泊三日、王様がお勧めする北欧の町カニタベツアー』である。


 これはカニで有名な北欧の町へと向かい、そこで獲れる新鮮なカニを食べると言った、なんの変哲のも無い、数あるグルメツアーの一つである。

 ついでにこのツアーのポイントをいくつか挙げてみよう。

 1.最終目的地である北欧の町に滞在中であるならば、カニは食べ放題!

 2.現地の宿は三ツ星の宿をご用意(星は1~5。星が多いほど良い宿屋)!

 3.各町に立ち寄る娯楽施設はこちらで用意したフリーパス券で遊び放題!

 4.ツアー参加者全員に記念コインを贈呈。

 となっていた。


 そしてツアーの簡単な日程はこうだ。

・一日目、集合時間は九時。全員集合後馬車に乗り一日目に宿泊する町に向けて出発進行。移動予定時間は三時間半。到着予定時刻は十二時半過ぎ。その後昼食。昼食後自由行動。十八時半には宿泊する宿に集合し、晩御飯を食べる。その後自由時間。


・二日目、朝食後十時出発、目的地には十二時半到着予定。昼食をこのツアーのメインである、カニの食べ放題を食べることになる。食べた後は晩飯まで自由時間。この町にある娯楽施設で遊ぶもよし、この町の自然を官能するもよし。十八時半には宿泊する宿に全員遅れず集合。その後、晩御飯はカニの食べ放題。その後自由時間。


・三日目、朝の八時出発、朝食は馬車の上で済ませ、その後、一日目に立ち寄った村で昼食を取り、昼食後は出発地となった町へと向かって帰省の途に就く。

 と言った感じのツアーの行程となっている。


 こうしてみると、このツアーは本当に食べる事しか目的にしていないツアーだというのが良く分かった。観光なんてのは二の次なのだろう。まぁたまにはこう言う食べ歩きのようなツアーも良いものかも知れない。

 さてと、旅の内容を振り返っているうちに支度も終わり、俺は集合場所になっている広場へと向かった。


 その道中、集合時間が差し迫ったこんなときに、父親の知り合いと思われる歳の取ったいかにも公的機関にお世話になりっぱなしのあちら系の顔に傷を持つおっちゃんと言った人物とすれ違ったような気がした。そのおっちゃんが「おうおう、また旅に出るのかいワレ? 暢気な奴じゃのー!」と言っていたような気がしたのだが、俺は急いでいたこともあり、「え? なんて?」と返事をしておいた。爽やかな朝に、俺は鮮明な赤色がいたるところに飛び散る惨劇を見た気がした。


 そして俺は、遅れることなく、待ち合わせの時間丁度に広場に到着。しかし、他のツアーの人たちも広場で待ち合わせをしていたのか、少々広場がごった返していた。広場では各添乗員が目印となる旗を持ち、ツアー客たちを待ち受けている。

 その添乗員の中の一人が、俺の方に向かって歩いてくるのが見えた。そして、「あなたがツァハーレさんですか!?」と、確認するかのように聞いてきたので、俺は「え? なんて?」と答えておいた。添乗員は俺の返事が聞き取れなかったのか、再び俺に聞いてくるので、俺は「え? なんて?」と、返事をしておいた。しかし、それでも聞こえなかったのか、添乗員は差し迫った鬼の形相で俺に詰め寄って来たのだが、出発時間が迫っていた事もあり、彼女は非常な表情を浮かべながら大人しく引き下がった。

 そして俺は添乗員に案内され、馬車に乗り込み、目的地に向かって出発した。


『ま、要するに、俺が最後のツアー客だったってこった』


 今回のツアー客の人数は、俺を含めて十人。その内訳は、若いカップルが一組(二名)、女友達と思えるグループが一組(三人)、老夫婦が一組(二人)若い男友達と思えるグループが一組(二人)と言った構成になっていた。これに女性添乗員を含めると、総勢十一人である。


 馬車に乗りこんだ後、添乗員が何かツアーについての大事な注意事項を皆に説明していた。さて、その中、何故だか分からないが、その添乗員がわざわざ俺に向かって、「あなた話を聞いていますか!?」と啖呵を切ってきたので、俺は添乗員のその行動に、『ん? こいつ俺に興味があるのかと?』と思い、彼女の誠意に答えるために、「え? なんて?」と答えさせてもらった。彼女は俺の言葉を聞き、手に持っていた書類を床に叩きつけたのは、このツアーの良い思い出の一つだ。

 要するに、この辺りはモンスターの出現率が上がっているので注意しろって言うことだったらしい。まぁ俺にそんな注意をしたところで、例えこの辺りのモンスターがどれだけ出ようとも、俺の敵ではない。むしろ添乗員さんは自分の身の安全と、このツアーを無事に終える事を第一に考えた方が良いのではないだろうか? と、俺は添乗員さんの身の安全を切に願っておいた。

 だったらモンスターが出たらお前が助けてあげるのか? と聞かれたら「え? なんて?」と答えておく。


 しかし、最近は物騒な話を良く聞く。例えば、これは最近よく聞く話だが、ツアー客が錯乱して精神的に崩壊する事件が相次いでいるらしい。これもやはり、モンスターの仕業だと言われている。なかなか安全なツアーを楽しむのも苦労する時代になったのかも知れない。だが、逆に考えればスリルがある旅になるかもしれない。ツアーの最中にモンスターが襲ってくる……。これはこれでイレギュラーなイベントとして楽しめそうだ。

 あぁそうそう。ここで安心してツアーに参加したいと言うのなら、護衛付きのツアーもある。だが、護衛付きとなると、どうしても余分にお金が掛かってしまう。それに息苦しいったらありゃしない。四六時中鎧を身にまとった傭兵が、俺たちの周りにうろつくんだぜ? 気分が悪くなる。

 やはり旅と言うのは、ストレス発散の場所だと思われる。旅をするのにストレスを溜めるのは本末転倒だ。それに護衛と言ってもピンから切りだ。もし、当てにできない護衛と一緒に旅をする羽目にあったらどうなるか……考えなくても分かるだろう。後々面倒に巻き込まれる可能性が高い。下手をしたら死あるのみだ。


 では、何故そんな弱っちい奴でも護衛と言う腕っ節に自信が無いと就けない職に就けてしまえるのかと言うと、簡単に言えば、何処の世界でもお役所仕事だと言えば分かりやすい。

 かつて魔王が倒されるまでバラバラだった護衛・傭兵・警備・警護の役職が、魔王討伐を機に、一つの陣営に纏め上げられ、『四衛協会』が設立された。そこに魔王が倒されたと言う事もあって旅行ブームが到来、さらに危険な地域もまだあった事もあり、旅行プランのオプションに護衛と言う項目が追加されたのだ。ついでに危険地域のモンスターも討伐できて一石二鳥だったと言う事もあって、このシステムが本格的に確立された。そして目の前で戦闘を楽しめると言う意味でも、この手法はツアー客にも評判は良かった。

 全てが棚から牡丹餅と言ったところだろう。


 しかし近年、客の嗜好も多彩に変化し、その嗜好に合わせる為に、旅行会社は様々なツアーを組むようになっていた。その為、護衛職の人手不足が否めないことなってしまい、協会はその人手不足を補う為に、例え弱くてもある程度闘えれば採用すると言ったスタンスを取っていた。

 それに給料もいいし、さらに無償で旅行にも同伴する事ができると聞けば、人気が出る職なのも頷ける。


 だがしかし嘆かわしいが、魔王が倒された後から兵士の質が悪くなってきているのは否めない。育成しているとは言え、このままでは兵士たちは弱体しきってしまうのも時間の問題だろう。この後再び魔王が現れればどうなるか……みなまで言わなくとも分かるはずだ。そしてそのせいで魔法使いも――って、あぁそう言えば思い出した。俺も昔、とあるツアーで護衛が付いて来たことがあるのだ。

 まぁ付いてきたと言っても、護衛付きのツアーではなく、旅行のオプションで護衛を付ける事が可能なのだが、そのオプションをツアー客の誰かが使って個人的に護衛を付けていたみたいなのだが、その付いた護衛がへっぽこで、へたれで、剣もろく握った事も無い奴だったせいで、大変面倒な事件に俺は巻き込まれてしまった事がある。

 あぁくそっ。面倒だ。面倒すぎて『え? なんて?』と言って話を終わらせてしまいたくなるほどだ。


 さて今回のツアーは俺には少し珍しく、馬車に乗って移動するツアープランを選んでみた。馬車での移動と言うのは、のんびり旅を楽しみたい人にとって、お勧めの移動方法だと思われる。しかし、馬車での移動と言うのは、時間が掛かってしまい、長距離を移動するツアーにはあまりお勧めできない。それは移動だけでツアーの日程が終わってしまうからだ。当然そうならない為に、魔法による移動手段も用意されている。

 馬車より魔法で移動した方が早いし楽なのは言うまでもないが、魔法での移動というのは、それなりの費用が掛かってしまうことを忘れてはいけない。


 魔法での移動方法は二種類あり、その一つに、各都市を一瞬で移動できると言った魔法がある。

 この魔法を使用して移動するツアーと言うのは、都市間の長距離移動、山を越えたり、海峡を越えたりと、険しい道のりを乗り越えなきゃ到達できないツアーに対して用いられる事が多い。例えば、世界一周旅行などに使われる事が多いと思われる。

 そしてこの移動方法を採用しているツアーは、乗じて非常に費用の高いツアーとなっている。その旅費の四割程が移動費用だと思っても構わない。


 何故費用が高くつくかというと、この都市間の移動魔法が使える魔法使いが少ない為だからだ。おそらく、世界には両手で数えるほどの人数しか残っていないと思われる。当然、育成はしているだろうが、追いついていないのが現実である。もしかしたらこの先、魔法は完全に衰退してしまう可能性もあるだろう。

 ゆえに、この魔法が使える人材は貴重な人材の為、常日頃旅行会社の間で引っ張りだこなのだ。こう言う事情もあり、彼らに掛かる費用が莫大となっている。そして貴重な人材の為、旅行会社が彼らの人材確保に躍起になってしまうのも良く分かる。当然彼ら魔法使いも、四衛協会からの派遣だ。

 このような貴重な人材ゆえに、近場の旅行に彼らの魔法を使うのはもったいないと言う事なのだ。近場なら、馬車や歩いていけってこった。


 そして、もう一つの魔法による移動方法なのだが、ツアー客に魔法を掛けて移動の補助を担う方法と言った感じの魔法と言えば分かりやすいだろう。これは先ほどの移動に比べて、ツアーの値段はリーズナブルな値段となっている。しかしこの移動方法、自身の肉体で現地まで赴かなければならない欠点がある。年寄りや体の不自由な人にはキツイ旅となっている。主に山岳や、高山と言った、自身の体を使って移動したい人や、ハードな旅行プランを望む人に向いていると言っても良い。八十八箇所巡りと言った旅にも重宝されている魔法である。


 そしてこの上記の項目に当てはまらない旅に対しては、馬車での移動となる。そこまで遠くなく、山岳や高山でもなく、歩いても一日二日でいける距離にある旅行に関しては、このように馬車での移動が旅の定番となる。


 まぁ別に俺はお金がないと言うわけではない。それに自身で魔法を使って移動した方が当然早いのだが、たまにはこう言った他人の手を借りてのんびりと移動するのも悪くは無い。なぁって、俺はぼんやりと馬車の中でそんな事を考えていた。

 そしてボーっとそんなことを考えていると、突然俺の隣に座っていたお婆さんが心配そうな表情を浮かべて俺に話しかけて来た。年長者と言う事なので、勿論俺は、「え? なんて?」と、敬うように答えておいた。お婆さんは俺のその態度に感動したのか、人知れず涙を流していたのが見えた。

 んーまぁお婆さんの話を要約すると、添乗員をあまり怒らせない方がいいのではないか? と言った内容だった気がするが、俺は何を言われているのかさっぱり分からなかった。怒らせる? 怒らせるどころか、俺は添乗員の身の心配は人一倍している。このツアーが終わるまで、モンスターが出て台無しにならないことを、俺は祈っているさ。


 そうして馬車に揺られること二時間。峠の休憩所が見えてきたので、俺たちはここいらでトイレ休憩することになった。そこで添乗員が俺を睨み付け「休憩時間は十分ですよ!」と、言ってきたのだが、俺は当然「え? なんて?」と少し困った顔で言っておいた。

 俺の台詞を聞いて、添乗員の顔が赤くなったのは、俺の言葉に惚れてしまった為のかもしれない。言葉と違う態度をとるのは、良くあることである。

『なぁあんた……、俺の事よりも自身の体の事を、一番に考えろよ?』

 俺はさり気なく気遣いを見せておいた。 


 俺はそんな添乗員を心配させない為にも、用を済ませ、そそくさと馬車に乗り込み待機した。ここで余計なことをするとあっという間に時間は過ぎてしまう。用を済ましたのならさっさと馬車の中で大人しく待機すべきである。これはツアーでの鉄則だ。

 そろそろ出発の時間となったのか、添乗員が馬車の前で皆の点呼を始めていた。彼女が順序良く点呼する中、俺の名前だけを彼女が求めるように必死に叫ぶ。彼女はたった十分だけでも俺と愛し合いたかったのかもしれない。

 そんなに俺を求めていたのか、俺の姿と返事が聞こえないことに不安や寂しさと言った感情がにじみ出ていた気がする。あまつさえ俺が居ないことへの怒りと不満を漏らし、『私は寂しいのよ、早く出て来て私を安心させダーリン』と言った感じで怒鳴り散らしている気がした。そして何を思ったのか、彼女は俺の点呼確認を終えないまま、馬車にツアー客を乗せ、走り出した。彼女はきっと、俺が先に出発したと勘違いして追いかけようとしたに違いない。

 しかしそれは早とちりと言うもの、彼女は馬車の中で俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに髪を振り乱し、低い声で唸り声を上げた。『なによ……居るなら早く声を掛けてよ……寂しかったんだから……』と言う雰囲気を醸し出して何か不満を言っていた気がするが、『他にもツアー客がいるんだぜ? 俺ばかりを求めるなよ』 と言う感じで「え? なんて?」と突き放すように答えておいた。

 激しい求愛行動に出る添乗員。俺はこのとき少し彼女の性格を垣間見た気がした。

 さて休憩時間も終わり、俺たちの乗る馬車は再び目的地へと向かって走り出す。

 そして一時間半ほど馬車に揺られていると、一日目の目的地である町へと無事到着した。


 昼の時間と言うこともあり、俺たちは早速昼食を食べる事になった。この町で出される料理は郷土料理となっていた。この町の郷土料理は有名らしく、評判の良い料理のようであった。山に囲まれた町とあって、山の幸が出てくるのだが、カニタベツアーと銘打っている割にはここで山の幸を食べるのか? と疑問に思うだろうが、俺は別に気にしない。山だろうが海だろうが、俺は飯が食えるなら構わない。それに、焦らなくても、明日は嫌でも一日カニが食べられる。ゆえにここで山の幸を食べるのは良い選択だと言えるだろう。


 俺は昼食を食べ終え、席を立つと、「晩飯を食べる十八時半には帰ってこい!」と言う添乗員の名指しによる注意を俺は受けた気がした。俺はヤレヤレと言う表情を浮かべ、「え? なんて?」と言っておいた。添乗員さんの表情が、お酒を飲んだよう真っ赤に見えた。『昼間から酒を飲むなんて、俺を誘っているのかい?』と、何故彼女が俺を名指しして注意してきたのか、きっとそう言うことだろう。俺は彼女のその乙女心に対し、『寂しいかも知れないが、少し待ってろよ? 腹ごなしを終えたら戻ってくるさ』と言う意味を込めて、「え? なんて?」と答えておいた。


 俺は腹ごなしをする為、山を少し散策することにした。町の人が言うには、『今はこの山にもモンスターが出るから注意した方が良い』と言っていた気もするが、そんなことは俺には関係ない。そんな町の住人に対し俺は心配するなと言う意味をこめて「え? なんて?」と言っておいてあげた。

 とりあえず俺は、腹ごなしの運動がしたかっただけだ。例えこの辺りのモンスターが山のように出てこようが問題ない。関係ない。ぶっ飛ばす。

 そうして俺が山に入ろうとしたそのとき、ツアーに参加していた老夫婦が、俺と同じように山の中に入って行くのが見えた。あんな老夫婦が山に入って何をするのか気にはなったが、俺は無視しておいた。危険と言われる山に自ら入るのだ、何があっても後は自己責任だ。

 さて、人目につくのは厄介だったので、俺は山の奥の方まで進み、暫くそこでモンスターを見つけては倒してを繰り返し、腹ごなしの運動をしていた。そして、ある程度腹ごなしを終え、俺は町へ帰るために山を下り始めた。

 しかしその途中、突然女性の悲鳴が聞こえてきた。俺はその悲鳴を聞き、どうせあの老夫婦だろうと一瞬考えたのだが、悲鳴の感じが若い奴の声に聞こえたので、俺はとりあえず気になり、その悲鳴の元へと向かった。


 悲鳴の元には、あの若い男女のカップルがいた。どうやら二人はモンスターに襲われているように見えた。そして俺は直ぐ様この状況が飲み込めた。

『どうせ男の方が、女に良いところ見せ付ける為に森に入ってモンスターと戦おうと思ったのだろう――。自業自得』と言って、その場から立ち去ろうとしたそのとき、俺と同じく悲鳴を聞きつけ駆けつけたのか、なんとあの老夫婦がカップルを助けようと現れたのだ。

 俺は少し見物だと思い、老夫婦の行動を見守ることにした。

 そして見守ること十分、老夫婦の二人はモンスターの一団を退けた。

 彼ら二人の動きは戦いなれているように見えたが、如何せん歳だ、戦闘終了後には息も絶え絶えになっていた。

 たとえモンスターに勝てたとしても、やはり人は老いには勝てないと言うことなのだろう。ここが人間の悲しいところの一つである。

『次にモンスターが現れたら確実に彼らは死ぬだろう。だが全ては自己責任――』

 非常な決断ではあるが、俺はそう思って山を降りた。


 さて十八時半になり、晩御飯の時間となった。

 俺はすっかりお腹をすかせ、晩御飯を一人わくわくしながら待っていた。次はどんな山の幸が出てくるのか、食に関して興味が無いと思っていたが、いつの間にか俺は食事の魅力に取り憑かれていた。

 しかし、いくら時間が過ぎても老夫婦とあの若いカップルは帰ってこなかった。俺は当然居る。居るのに添乗員が俺の顔を見て驚きの表情を浮かべていた。俺はその添乗員の驚く表情を見て、『なんて失礼な奴だ』と、思ってしまっていた。

 俺は常に時間通り動く。

 ツアーならばこれは鉄則だ。

 彼らが帰ってこないと言うのは、そう言うことなのだろう。俺と別れた後、彼らはモンスターに再び襲われ、全滅したと言うことだ。あの山の敵は弱いが、エンカウント率は高めのような気がした。

 可哀想だが、これは彼らが全面的に悪い。俺が何を言っても何をしても彼らの力の無さが招いた結果だ。

 同情する気にはなれない。


 帰ってこない彼らのために、添乗員が町の人の話を聞いて回って情報収集をしていた。そしてどうやら、添乗員は彼らが山に入っていったと言う情報を得たようであった。

 最悪の展開を考えたのだろうか、添乗員の顔が青ざめていた。そして彼女は俺の元に来て質問してきた。「あなたも昼食後、山に入っていたみたいですね? 皆さんには会いませんでしたか?」と落ち着いた面持ちで俺に確認してきたので、俺も彼女のその表情に当てられ、神妙な面持ちで、「え? なんて?」と俺の今の気持ちを伝えてあげた。

 彼女は何も言わずに、宿を後にした。

 しかし彼女が一瞬見せたあの表情、それはまるで狂気に満ちた表情のように見えた。


 カップルと老夫婦が帰ってこないと言うことで、捜索隊が編成され、山の捜索に出たが、夜は危険なモンスターが出て危ないと言うこともあり、捜査はさっさと打ち切られた。そして明日の早朝、再び捜索に出るということになった。

 俺はツアーがどうなるのか不安だったが、添乗員曰く、「犠牲者が出たかもしれない。ツアーは中止せざるを得ない」と言う言葉を聞き、さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。

 おいおい、俺の人生の楽しみを奪うんじゃねーよっ!

 俺はさすがにこの添乗員の冗談の前に我慢ならなかった。俺の態度に怪訝な表情を浮かべるのは、まぁ百歩譲って構わない。だが、死人が出たかもしれないというだけでツアーを勝手に中止するのはいただけない選択だ。


 俺はすぐさま山に突入、彼ら四人の遺体をさくっと見つけ、すぐさまリビングデッドとして蘇生、そして魔法を使って町に強制転移させた。

『はぁはぁはぁ』

 これで文句はあるまい。これでツアーを無事続けられる。

 俺は町に戻り、ウキウキ気分で宿で添乗員を待った。

 暫くすると、添乗員はさらに青ざめた顔で戻ってきた。

 どうしたのかと思ったら、「彼らが血だらけになって町に戻ってきた……」と言っていた。当然だ、俺がそうしたのだから。

 彼らが無事だったということもあり、ツアーは続けるといっていた。

 俺はそれを聞き、胸を撫で下ろした。

 添乗員が、「もしかして、あなたは何か知っていたのですか?」と聞いてくるので、俺は満面の笑みで、「え? なんて?」と言ってあげた。彼女はその言葉を聞いて安心したのか、何か吹っ切れた表情を浮かべ笑ったような気がした。


 無事、晩御飯も終わった。そして俺は少し体を動かす為、フリーパスを貰っていたこともあり、この町の娯楽施設へと向かう。施設に来ると、添乗員が俺より先に来て遊んでいるのが見えた。四人が見つかって嬉しかったのか、彼女は狂ったように施設内ではしゃいでいた。しかし、お淑やかな立ち居振る舞いを見せていた彼女が、見るも無残なイカれた阿婆擦れ女のようにしか見えなくなっていたのは不思議な現象だと思った。女は一日あれば変貌するとは言うが、これもその現象の一つなのだろうか……?


 そんな彼女が俺を見つけ、俺に突っかかってきた。


「あんたねー、『え? なんて? え? なんて?』ばっかりうるせーんだよっ!」と、何故か俺に対して怒りをあらわにして食って掛かってきた。俺はしょうがないので「え? なんて?」と言って、彼女の怒りを収めようと努力した。だが、俺の努力もむなしく、彼女はさらに狂ったように叫びだしてしまった。それはまるで、敵の精神攻撃を受けたときと同じ症状に見えた。


『触らぬ神に祟りなし』と言うわけで、俺はその施設を後にした。


 さて日付は変わり、ツアー二日目の朝を迎えた。


 二日目を向かえた朝、一つ異変が起きていた、添乗員の様子がどうやらおかしくなっていた。どうおかしくなったかと言うと、彼女は「え? なんて?」としか言わなくなっていた。ツアー客の質問に対しても「え? なんて?」と言って笑っていた。

 彼女の髪は乱れに乱れ、表情はやつれ、目の周りにくまが見て取れた。

 俺と別れた後、一体昨晩彼女の身に何があったというのだろうか? 俺には知る由も無かった。


 だがここで一つ可能性をあげるとするれば、最近巷で噂になっている例のモンスターによる精神攻撃だと思われる。このモンスターは未だ実態がつかめておらず、どのような形をしたモンスターなのかも分かっていない。大まかな予想としては、ガス系、幽霊系、液体系の類のモンスターだと予想されている。実態がままならない相手であるならば、俺も気をつけて行動しなければなるまい。

『しかし、たった一日で彼女がここまで変貌してしまうとは……、そうとう手強いモンスターなのだろう』

 俺は一抹の不安を覚えるところであった。


 このツアーで脱落したメンバーは四人。老夫婦と若いカップルは状態が状態の為、この町の医療施設に入院させ、治療される事になった。

 俺を含め、残りのツアーメンバーは六人。この状態で旅を続けるのか否か、皆が迷っていた。確かに添乗員はおかしくなったが、死んでいるわけではない、それだけだ。だったらツアーは続行するべきだと俺は思った。

 ここで男二人組みが、『気分は悪いかも知れないが、このまま帰るのも後味は悪い。気晴らしのためにこのままツアーは続けないか?』と、下心丸見えの提案を提示してきたのは気に食わなかったが、俺は当然その意見にのった。

 女の子三人組の方も、尻が軽かったのか、嫌がる素振りを見せず、むしろ腰を振りながら彼らの意見に賛同していた。と言うわけで、ツアーの続行が決定した。

 やはりそうこなくては面白くない。途中で辞めるなんてもってのほかだ。

 俺たちはさっさと朝食を済ませ、馬車へと乗り込み、次の町へと向かう。最終目的地には、昼ごろに着くはずである。カニだカニだカニだ。ここまできたらカニを食うぞ食いまくるぞ。


 さて、出発してから気づいたのだが、しれっと添乗員が馬車に搭乗していたのに皆が驚いた。そして壊れたレコード盤のように、彼女は「え? なんて? え? なんて? え? なんて? え? なんて? え? なんて? え? なんて?」と繰り返し、洗脳するが如く周りの客に囁き続けていた。

 だが途中で降ろすわけにもいかず、しょうがないので次の町に着いたら入院させることを決めた。しかし、狭い馬車の中、彼女の声は嫌でも聞こえてくる……聞きたくなくても聞こえてくる彼女の声……ただひたすら彼女の「え? なんて?」とだけ聞こえてくる。声だけならいざ知らず、暴れ狂う彼女の前に成す術がなかった。その為、彼らはしょうがなくロープで添乗員の手足を縛り、大人しくさせた。ついでに猿轡をはめ、喋らなくさせた。だが、彼女は口から血を垂らし、手足から血が出ようが暴れまくる。それに見かねたツアー客の一人が、猿轡だけは外した。

 だが、ロープで縛られても暴れる添乗員、ツアー客は必死に彼女を押さえ、彼女を正気に戻そうと試みていたのだが、彼らの努力もむなしく、全く効果は無かった。


 次の町まで後二時間。彼らの精神が何処まで持つか、誰にも分からなかった。


 徐々に疲弊していく乗客の精神。次第に乗客は彼女の言葉に洗脳を受け始めていた。特に女の子三人組は同性と言うこともあり、その影響は大きく受けていたようだ。一人の女の子が徐々に壊れたように笑い出し、暴れだす。そして持っていた小さなナイフを振り回し始める。それが引き金となり、各々がそれぞれ武器を取り出し、馬車の中では大立ち回りが始まってしまった。

 それを見た男たちが止めに入るも、暴れまわる女の子たちは「え? なんて?」と繰り返し言うだけだった。次第に男たちも彼女たちの行動を目の当たりにして狂い始めていった。


 当然巻き添えを避ける為に俺は幌の上に逃げていた。だが、残念な事に、逃げ遅れた御者の彼は巻き添いを受け、その勢いで馬車から落ちてしまった。

 幌の上から見る限り、打ち所が悪かったのだろうか、幸い彼は苦しむことなく、絶命したように見えた。


 馬はその衝撃で驚き、駆け出す。馬は彼らの声に驚き、スピードがさらに上がる。

 馬車は走る、駆け足で、次の町に向かって駆け足で――。


 そして馬車の中に静けさが戻った。


 暫く走ると、町の入り口が見えて来た。

 俺は興奮していた馬を落ち着かせ、そして馬を止めて馬車を下りた。


 ようやく俺は旅の目的地である、最後の町に到着した。


 あぁ、六人の死体を乗せた馬車が町の入り口で発見され、町中では軽い騒ぎが起こっていたな。町の住人たちは、その惨劇を見て、モンスターの仕業だとかってに決め付けていた。

 彼らの名誉を守る為にも、俺は何も言う気にはなれなかった。

 そして死んでいった彼らの思いに報いる為にも、必ずカニだけは食ってやる。俺はそう胸に誓った。


 俺は早速食べ放題の店を見つけ、入店する。しかし残念なことに、上限が設けられており、お一人様五匹までとなっていた。死んでいった彼らの分には足りないが、まぁしょうがない。

 店の人が言うには、『最近新たなモンスターが出てきねぇ……そのせいでカニの方も不漁なのよ』と言っていたが、俺はカニを食べていたので、「え? なんて?」とカニだけに横に躱しておいた。その店の人が茹でたカニみたいに顔が真っ赤になっていたのが気になったが、職業病の一つかと思い、俺は少し心配になった。

 たとえ五匹だろうが、俺はカニを食べることができて満足することが出来た。

 そして満足した俺は、着いたばかりではあるが、この町を後にすることを決めた。


 もうこのツアーの目的も果たしたと言うこともあり、この町に居る必要は無い。


 帰り道、記念コインを一枚手に握り、俺は一人歩いて帰ってきた。握り締めた記念コインの前に俺は、『このコインには、この旅の全てが詰まっている』そんな気がしたため、俺はそのコインを投げ捨てた。


 添乗員を含め、十一人居たツアー客は皆、誰も旅の始まりの町には戻ってくることは無かった。無論、医療施設に入院した四人も、誰一人帰ってくることは無かった。


 こうして俺の『二泊三日、王様がお勧めする北欧の町カニタベツアー』は終わった。

 振り返れば良い旅だったのかもしれない。

 だが、過去ばかり振り返っていてはだめだ。

 前へ進もう。

 人はそうやって大人になっていく……。


 さて、俺はまた酒場へと赴き、新たな旅でも探すとしよう。

 次はどんな旅に出会えるか……老兵は死なず、ただ消え行くのみ――だ。


 おわり。


最後、ホラーみたいな展開になって……自分も「え? なんて?」と思ってしまった。


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