乙女ゲームとかふざけんなっ!
「どうして、乙女ゲームのヒロインの癖に、恋愛拒否ってるのよ!!」
高等部に上がってしばらくした頃、知らない女子にいきなり怒鳴りつけられた。
ここは放課後の渡り廊下。
私は約束があって、少し急いで歩いていた。
そこでいきなり呼び止められて、怒鳴りつけられたので、怒るよりも驚いてしまう。
学園内で理事長の孫である私に向かって、そういった態度を取る人はとても珍しかった。
お祖父様が私を溺愛しているのは有名な話なので、敵対するよりは取り入ろうとする人の方が多い。
存在が気に入らないと、嫌味を言う人くらいはいたけれど、それも面と向かって言うほどの勇気は持ち合わせていない。
驚いたまま、乙女ゲーム?と、訳がわからず首を傾げてしまう。
頭おかしいんじゃないの?と、正気を疑わなかったのは、私に所謂前世の記憶があるからだ。
私が前世を覚えているのなら、似たような人が他にいても、おかしくはないと思った。
乙女ゲームとやらを、受け入れるかどうかは別として。
「乙女ゲームって何かしら?」
そもそも、私は前世も今世も、ゲームにはあまり縁がない。
前世ではゲームなんてやる余裕がないくらい貧乏だったし、今世ではゲームなんてやる時間がないくらい忙しい。
前世の記憶を思い出した時、自分がとても恵まれた環境に生まれ変わった事に気づいた私は、前世でやりたくてもやれなかった事に、片っ端から挑戦した。
前世を思い出す前からやっていたバレエとピアノ、思い出してから、どうしてもやりたくてやらせてもらったフィギュアスケートの他にも、いくつか習い事をしている。
習い事以外も、料理上手なお母さんに料理やお菓子作りを習ったり、優しい兄さんにテニスを習ったり、ちょっと俺様で強引な幼馴染と演劇やミュージカルを観に行ったり、何かと忙しい。
兄さんと幼馴染以外にも、周りにイケメンは溢れているけれど、はっきりいって、恋愛なんてしてる暇はない。
「え? そこから? 乙女ゲームを知らないの?」
今時珍しいおさげに、黒縁の眼鏡を掛けた女子は、知らなかったけれど同級生のようだ。
制服のリボンが同じ色なので間違いない。
いきなり怒鳴られて、最初はびっくりしたけれど、同じ前世の記憶もちのようなので、話だけでも聞いてみようかと思った。
彼女、三橋佐奈さんが言うには、乙女ゲームというのは、ヒロインとハイスペックな複数の攻略対象がいて、ヒロインが、そのうちの一人、もしくは複数と恋愛関係になるのを目指すゲームだそうだ。
私の兄さんも幼馴染も、攻略対象らしい。
私と兄さんは、血の繋がった実の兄妹なんですけど……。
思わず、遠くを見て黄昏てしまっても、私は悪くないと思う。
近親相姦は人としてダメでしょう。
確かに、兄さんはちょっと度の越したシスコンではあるけれど、家族愛の域だと思いたい。
そうじゃないと怖い。
「複数と恋愛って無理でしょう。そんな面倒なことをしてる時間はないわ。毎日忙し過ぎて、恋愛どころじゃないのよ」
複数の男性と恋愛なんて、ただの不実で多情な馬鹿女だと思うのだけど、それが主人公なんて、変なゲームもあったものだ。
100歩譲って、ゲームならともかく、現実でそんな不毛な恋愛なんて、私には時間の無駄にしか思えない。
ため息混じりに言うと、三橋さんにキッと睨みつけられた。
あまりの勢いに、びくっと震えてしまう。
「ヒロインの癖に恋愛が面倒なんて言わないで! この世界は櫻様が作ったゲームと似た世界よ。その世界でヒロインが恋愛をしないなんて、櫻様に対する冒涜だわ。原作とまったく同じではないからって、恋愛そのものを拒否るなんて、あんまりよ」
芝居がかった口調で大げさに嘆かれる。
サクラサマ?
何か心酔してるみたいで怖い。
教祖様みたいな感じなのかしら?
「サクラサマってどなた? 同じじゃないって、どうしてそう思うの?」
何だか怒ってるみたいだから、怒りの矛先をそらそうと、質問してみる。
それは成功したのか、私を睨んでいた眼差しが、少し和らいだ。
「櫻様は、この世界と似た乙女ゲームの『君を幸せにしたいから』をお作りになったゲームクリエイターよ。自分を庇って事故で亡くなった婚約者をヒロインにして、櫻様は乙女ゲームを作ったの。自分の手で幸せに出来なかったから、せめて、ゲームの中で幸せにしてあげたいって。感動的で素晴らしい話でしょう?」
心酔しきっているようで熱く語られて、思わず引いてしまう。
それに、どこかで聞いたような話が混ざっていて、苦笑する。
三橋さんの補足説明では、乙女ゲームとしては温い部類だったそのゲームは、亡くなった婚約者を幸せにしたいという製作理由と、ゲームクリエイターがイケメンだったことで、純愛と話題になり、普段はゲームなどしないような人達も嵌るほどに大ヒットしたらしい。
「ゲームのヒロインだった草壁ゆりかは、フィギュアスケートなんかしてなかったわ。しかも、テレビで放送されるレベルの選手ってどういうことよ? 全日本選手権だかなんだか知らないけど、テレビでいきなり滑ってる草壁さんを見て前世を思い出したときは、ショックで数日寝込んだわ。クリスマスも正月も寝て過ごしたわよ」
恨みがましく言われても、私も困ってしまう。
あの放送があったのは中等部2年の時で、しかも、私はジュニアの選手だったから、放送があるかどうかは当日までわからなかった。
テレビカメラは入っていたけれど、演技の出来やテレビ局の都合で、ジュニアの演技がカットされることなんて珍しくもないのだ。
私は4歳の時には前世を思い出したけれど、三橋さんが思い出したのはつい最近ということになる。
三橋さん自体は、原作には存在せず、ゲームに出てきた人物を見るために、猛勉強してこの学園に入学したらしい。
それなのに、ヒロインであるはずの私がまったく恋愛をする気配がないので、怒っていたようだ。
「櫻様って、草壁櫻?」
三橋さんの話を聞いて、パズルのピースが嵌っていくみたいに、色々と納得できた。
私が、前世の姿に似ていることも、名前が百合とゆりかで似ていることも、苗字が草壁であることも、すべて。
ゲームクリエイターの草壁櫻を庇って事故で死んだのは、前世の私なのだから。
「やっぱり、知ってるんじゃないの!」
勢い込んで突っ込まれるけど、ため息しか返せない。
というよりも、私の今の状況が櫻のせいだと思うと、ふつふつと怒りが沸いてくる。
「私が知ってるのはゲームじゃなくて、櫻よ! 櫻の婚約者って、私だもの。生まれ変わったのに前世の私と似すぎていて、ずっとおかしいと思ってたのよ。それなのにっ! 胸のサイズだけ、前世と違うのよっ! 何が櫻様よ、あいつはただの巨乳好きの変態よっ! ベッドの下に巨乳女子高生もののAVをいくつも隠していたのは、気づかない振りをしてあげてたのに、酷いわ。大きさより形って言ってたのに、やっぱり、私の胸には不満があったとしか思えない。見て、この胸っ!」
すくすくと育ちすぎて、とうとうEカップになった胸を衣服越しに下から持ち上げ、ダンっ!と、足を一歩踏み出して三橋さんに迫る。
私の迫力に三橋さんは硬直しているけれど、さらっと無視した。
考えれば考えるほど、腹が立って仕方ない。
「この胸が邪魔で、バレエもスケートもやめたんだから! 前世のBカップのままだったら、今頃、シニアに上がって世界選手権だって目指せたのにっ!」
バレエはフィギュアスケートの表現力を磨く為に習っていただけだから、まだいい。
肩から指先の使い方一つで、表現の柔らかさや多彩さが段違いになるから、続けていたに過ぎないから、まだ諦めがつく。
だけど、フィギュアスケートは前世からずっとやりたくて、生まれ変わりに気づいた4歳からやり始めて、ずっと、他を犠牲にしても頑張っていたから、諦めがつかない。
しかも辞める理由が、胸が育ち過ぎたからなんて、酷すぎる。
発端は、三橋さんも見たという全日本のテレビ放送だ。
ネットで巨乳の女子選手がいると話題になってしまって、それを知ったお祖父様とお父さんが激怒した。
私が小さい頃からスケートを頑張っているのを知っていて、練習場所の確保に苦労する私のために、スケートリンクまで作ってくれたお祖父様なのに、スケートをやめるように言った。
お父さんだってずっと応援してくれていたのに、お母さんにそっくりな私が、知らない男達にいやらしい目で見られるのは耐えられないと、反対するようになった。
兄さんやお母さんは、スケートを続けたいという私の気持ちを尊重してくれたけれど、学園や家の近くにストーカーのような人が出るようになってしまって、スケートはやめるしかなかった。
私の警護などで、必要以上に周囲に迷惑を掛けるわけにはいかなかった。
今世の私の胸が大きいのは、お母さんからの遺伝かと思っていたけれど、櫻の巨乳好きのせいだったのだと思うと、腹が立って仕方がない。
中には巨乳のフィギュアスケーターがいないわけじゃない。
けれど、どうしても、大き過ぎる胸は邪魔だし、何より目立ち過ぎるのだ。
バレエもフィギュアも、スレンダーな体型の方が有利だ。
普段から、どれだけ食生活に気をつかって、体重管理をしているのか、語りつくせないほどの苦労があった。
けれど、痩せれば痩せるほどに、皮肉な事に胸は目立つ。
胸を小さくする手術を受ける事も考えた。
けれど、両親にそんな手術を受けたいとは、とても言い出せなかった。
親にもらった体に、そんな理由でメスを入れることに抵抗があった。
スケートをやめた事で、私が落ち込んでいるのに気づいた兄さんが、お父さん達を説得してくれて、学園のリンクで趣味で滑るだけは許してもらえた。
試合の時の緊張感がとても好きだったから、選手を続けられないのは寂しいけれど、滑れるだけでもいいと、やっと割り切ったところだったのに、櫻のせいで巨乳になったのだとわかって、怒りが爆発してしまった。
「そ、それは、大変だったわね……。その胸、ない私にしてみれば、羨ましい限りだけど。胸が邪魔とか、一度でいいから言ってみたい……」
三橋さんは、慎ましやかな自分の胸を見下ろして、深々とため息をついた。
私だって、譲れる物なら譲ってあげたい。
「それに、櫻様が巨乳フェチなんて……」
崇拝していた櫻の実態を聞かされたことも、ショックが大きかったみたいだ。
さっきまでの勢いはなく、悄然としている。
ちょっと言い過ぎてしまったかしら?
「あっ、でも、えっちだったけど、櫻もいいところはあったのよ? めげないし前向きだし、顔は鑑賞に堪えられる美形だったし、とても優しかったし。私に居場所を作ってくれたのは、櫻だったわ」
交通事故に遭いそうになった櫻を庇ったのは、愛していたから、それだけじゃない。
櫻がいない世界で生きていくのが怖かったからだ。
あの時の私には、櫻がすべてだったから、また一人に戻ってしまったら、生きていく自信がなかった。
生まれてから櫻に出逢うまで、生きるのは辛い事だらけで、幸せなんて知らなかった。
やっと掴んだ幸せを失うのが怖くて、私は櫻を庇い、そして死んだ。
この世界が、櫻の作ったゲームと似通っているとしたら、私が転生したのは必然なのかな?
櫻の想いが、今の私を存在させてくれているの?
胸の事はちょっとというか、かなりむかつくけれど、櫻がどれだけ私を愛してくれていたのかわかって、泣いてしまいそうだった。
今世の私は、とても幸せだ。
両親も兄さんも祖父母も、みんな大好きだし、前世のように金銭的に苦労した事はない。
欲しい物はすべて与えられ、愛情も惜しみなく与えられる、そんな環境に私はいる。
スケートを続ける事を反対されたのだって、私の身を案じてくれたからだ。
知らない人に声を掛けられたり、追いかけられたりしたこともあって、最近はずっとどこに行くにも車で送迎され、誰か一人は護衛がついている。
兄さんも私と一緒に行動する事が増えた。
前世で私が欲しくてたまらなかった仲のいい家族を、私に与えてくれたのは、櫻だったんだ。
「ゆりか、何を騒いでいるの? それに、そんなに悲しそうな顔をして、何があった?」
不意に背後から優しく抱きしめられて、ここが放課後とはいえ校内で、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下だった事に気づいた。
よりによってこんな場所で、胸がどうのと大騒ぎしてしまったなんて、完全に冷静さを失っていた。
普段の私ならありえない失態だ。
とても切ない気持ちになっていたから、泣き出す寸前のような情けない顔をしていると思う。
背後にいるのにそれに気づいているのか、私を抱きしめる兄さんの手が、とても優しい。
「梢兄さん……少し、悲しいことを思い出したの」
振り返ってぎゅっと縋りつくと、兄さんが優しく背中を撫でてくれる。
三橋さんの話を聞いて思い出した。
兄さんの声は櫻によく似ている。
似ているのは、兄さんだけではないけれど、優しい声や穏やかな話し方は、兄さんが一番良く似ている。
「大丈夫だよ、ゆりか。僕がいるからね」
家にいる時のように、私を抱きしめたまま、兄さんが額にキスを落とす。
気障な仕草がとても似合うのは、乙女ゲームとやらの攻略対象だからなのだろうか?
「このシスコン! 生徒会役員が学園内の風紀を乱すな」
ゴンっ!と痛そうな音がして、兄さんの腕が緩んだ。
後ろには兄さんと私の幼馴染で、生徒会長の桜嵐が立っていた。
どうやら容赦なく兄さんにゲンコツしたらしい。
本人は教育的指導というけれど、私と兄さんがじゃれていると、桜嵐はいつも乱入してくる。
私は、仲間はずれが寂しいんじゃないかと、勝手に思っている。
私が前世を思い出した切っ掛けは、桜嵐だった。
桜嵐の外見は、驚くほどに櫻に似ている。
偶然だと思っていたけれど、これが櫻の作ったゲームの世界なら、当然のことだったんだと思う。
「ゆりかも、兄妹には越えてはならない壁があるんだからな? ショウとくっつくくらいなら、俺のところにさっさと嫁に来い」
いつものように、桜嵐が人を変態扱いした上に、嫁にと言い出す。
桜嵐が私に感じているのは、恋愛感情じゃなくて家族愛らしい。
だから、恋人という段階は飛ばして、さっさと結婚となるようだ。
当然、毎回お断りしている。
一番私がマシだからなんて理由では、結婚したくない。
「あー、ゆりか、こんなところにいたの? リンクで待っていたのに来ないから、迎えにきたよ。俺とアイスダンスやるんでしょ? 早く練習に行こう」
フィギュア界のプリンスと、一部では有名な深草先輩が、トレーニングウェア姿で混ざってきた。
黒一色の練習着がとてもよく似合っていて、今日も素敵だ。
かっこいいだけでなく、性格も穏やかでとても優しくて、尊敬できるいい先輩だ。
大学に在籍している深草先輩は、現在二十歳で、3月の世界選手権では男子シングルの金メダルも獲得している。
次のオリンピックの有力なメダル候補ということで注目も高い。
学園の高等部の敷地内にあるアイスリンクを拠点にしていて、先輩が日本にいる時は、顔を合わせる機会も多かった。
海外遠征やアイスショーの出演などで忙しくて、本来ならばアイスダンスなどやっている暇はないのに、表現の幅を広げるためと技術を磨くためということで、先輩は私に付き合ってくれる。
体型変化が原因でジャンプが出来ないならと、アイスダンスに転向することを勧めてくれたのは深草先輩だった。
先輩のコーチが元はアイスダンスの選手で、本格的にやりたいのなら相談にのると言ってくださっている。
三橋さんには聞いていないから多分だけど、深草先輩も攻略対象という存在なのではないかと思う。
だって、粘り強くて努力家、そして優しい性格は櫻によく似ていると、さっき思い出したから。
他にも二人、懐かしい感じのする人がいるから、その二人も怪しそうだ。
ゲームに似た世界とはいえ、まったく同じではないみたいだから、必ず私と恋愛関係になるというわけではないと思うけれど。
「嵐ちゃんは兄さんを回収して。私はリンクに行くわ。三橋さん、また機会があったらお話しましょう。深草先輩は、お忙しいのに待たせてしまってごめんなさい。すぐ行きますから」
これ以上、人目を集める前に解散しなければと思って、てきぱきと指示を出した。
兄さんも桜嵐も先輩も、とにかく目立つ美形なのだから、3人が揃っていると、それぞれのファンを引き寄せてしまう。
特に、深草先輩の姿を校内で見られるのはとても珍しいから、囲まれる前に、早くリンクに行かなければならない。
リンクは、関係者以外立ち入り禁止だから、部外者は我が学園の生徒であっても入れない。
「ゆりか、帰りは一緒に帰ろう。練習が終わったら連絡して」
迎えの車を別に呼ぶのも申し訳ないので、兄さんに頷いておく。
私の練習の方が長いかもしれないけれど、生徒会室で時間を潰すに違いない。
「行こうか?」と、さり気なく深草先輩に手を取られて、みんなに会釈してから歩き出した。
さっきは我を忘れたけれど、普段の私は一応、上品なお嬢様で通っているのだ。
少しの猫を被っている事は、否定できないけれど。
それにしても、恋愛か。
少しは前向きに考えてみるのもいいのかな?
ずっと、前世の記憶に感情が引き摺られていて、櫻以上に誰も愛せなさそうで、誰かを好きになるのは怖かった。
櫻がいない世界で、櫻が一番だと思い知らされたら、その先どうやって生きていけばいいのか不安で、誰も好きになりたくないと思っていた。
ここが、私を幸せにするために櫻が作ってくれた世界なら、幸せになるための努力をしてみるのもいいかと思う。
恋愛なしでも、十分に幸せなのだけど。
私が死んだ後も、独占欲が強かったんだなって思ったら、くすっと笑みが漏れた。
いかにも櫻そのものというキャラを作らずに、それぞれに櫻に似た部分を作ったのは、多分、ヒロインが誰を選んでも、櫻とくっついたような感覚でいられるようにだと思う。
私の苗字が『草壁』なのも、私が生きていたら名乗るはずだった苗字を、ゲーム内で名乗らせたかったに違いない。
荒唐無稽な話なのに、私はこの世界が櫻の作ったゲームに似た世界だと、自然に受け入れていた。
ただ、どう生きるかは本人次第だ。
私が誰と恋愛するのかも。
私が自分で選んでスケートを始めて、結果を残したように、行動次第で未来は変わるはずだから、自ら型に嵌るつもりはない。
「ゆりか、どうかした?」
笑ったり考え込んだりという私の様子を訝しげに見る先輩に、頭を振りながら微笑みかける。
「何でもないです。急いで着替えてきますね」
さすがに理由は話せないから、誤魔化して、女子更衣室の前で別れた。
櫻、恋愛はどうなるかわからないけど、私は幸せだよ。
でも、次に私が好きになるのが、櫻を感じさせる人になるかどうかは、わからないからね?
私の中に、『乙女ゲームとかふざけんなっ! 私に貧乳を返せっ』って気持ちは、消えずにあるんだから。
苦情も感謝もすべて、櫻に伝えられたらいいのになと思った。
目を閉じれば、慌てて平謝りしてる櫻が目に浮かぶようで、笑みが漏れる。
生まれ変わっても、私の中に自然に櫻が存在しているのが、今まではずっと怖かったけれど、それは当然で仕方のないことだとわかったから。
やっと、草壁ゆりかとしての人生にしっかり向き合える気がした。
この時点で、ゆりかの好感度が一番高いのはお母さん(笑)
マザコンです。
普通の家庭に憧れていた母親の希望で、両親の事はお父さん、お母さんと呼んでいますが、家を出たら良家の子女として振舞うように言われているので、祖父母の事は、お祖父様、お祖母様と呼んでいます。
最初は、ゆりかが4歳の時から書いていたのですが、インパクトに欠けるかなぁと感じたので、短編で纏めてみました。