4-9 砂塵都市クト
竜暦6561年5月3日
五番目の寄港地である砂塵都市クトに到着したのは、陽がまだ昇っていない朝5時だった。
今までで一番長い8日間を洋上で過ごしていた。
陽が昇って下船した俺達が一番最初に感じたのは、とにかく埃っぽい空気だった。
雨が少ないのだろう。
空気も乾燥している。
船員に話は聞いていたが、砂塵都市クトはその呼び名が示すとおり三方を砂漠に囲まれているらしい。
陸路での他の都市への移動はほぼ無理だということで、海路が生命線の都市である。
「よくこんな場所に都市を作ったわね」
「かなり昔に海運のための中継地点として入植されたって話だね」
「それでも、もう少し良い場所がありそうだわ」
「魔獣が少なく、大型の船が停泊可能ってことで選んだんだろう」
砂が薄く積もっている大通りを会話をしながら、港の人に聞いた冒険者ギルドに向かう。
目当ての冒険者ギルドが大通りの右に見えてきたが、冒険者ギルドの扉の前に大勢の人がたむろしている。
少し早く来すぎたようだ。
「人が多いですー」
「ああ」
「ベック、魔獣が少ないって話をさっきしてなかった?」
「この冒険者の数を見ると、結構な数の魔獣がいるみたいだな」
砂漠しかないということを船員から事前に聞いていた俺は、魔獣も少なく、あまり見所もないところだと勝手に思い込んでいた。
しかし思い込んでいた雰囲気と異なっていたために、俺は砂塵都市クトに対してがぜん興味が出てきた。
扉の前で暇そうに待っている冒険者に俺は声をかける。
「すいません」
「ん、どうした?」
「いえ、船旅をしていて、さっきクトについたんですが」
「ああ、旅の冒険者か珍しいな」
「はい、それでクトには冒険者が多いなって思って」
「ははは、ここでは冒険者が生活を支えてるからな」
「というと?」
気の良い地元の冒険者であったらしい、俺の質問に対して気前よくクトの事情を話してくれた。
「では、そのシャモールという大人しい魔獣が皆さんの目当てなんですか?」
「まあな、でもシャモールは討伐しないんだよ」
「えっ?」
サリスが驚く。
俺は魔獣図鑑を取り出したが、シャモールの記載はなかった。
この辺りにしかいない魔獣はドルドスで買った魔獣図鑑に載っていないようで討伐しない理由がわからない。
「他所からきたら驚くだろうが、シャモールは攻撃をある程度受けると気を失うんだ。その間に目当ての品を採取するんだよ」
「それって魔獣というより家畜に近いですね」
「まあな」
「シャモールから取れる品ってなんですか?」
「ああ、シャモールミルクって乳だよ」
ミルクと聞いてアミが身を乗り出す。本当にアミはミルク好きだな。
「そのシャモールミルクって美味しいんですか?」
「そのままじゃ濃すぎて飲めないけどな、水で薄めると飲みやすいし美味しくなるのさ」
俺は転生前の世界の、水で薄めて飲む乳飲料を思い描いた。
「街でも手に入るから興味があるなら、あとで飲んでみな、ビックリするぜ」
気の良い地元の冒険者の男が笑う。
それほど美味しいのであろう。
是非とも味わいたいと思う俺がいる。
「あとはシャモールを襲う魔獣の駆除も冒険者の仕事だな」
「へー」
「サンドテグレってやつで砂に半分潜って身を隠して近づく獲物を待つ魔獣で厄介なやつさ」
「もしかしてそれって…」
「ああ、シャモールも襲うが人族も襲ってくるよ。まあでも俺達からすると肉が美味しいから見かけるとご馳走だと思っちまうがな」
人族の冒険者は非常にタフである。
過酷なこの砂漠の環境でも生き抜く術を見つけ出すのだから。
砂塵都市クトの発展は冒険者あってのものだろう。
「そういえばこの辺りに綺麗な場所ってありませんか?」
「半日ほど砂漠の上を歩くことになるが北にいけば、砂漠の中に湧き出る綺麗な泉があるぞ」
「有名な場所なんですか?」
「シャモールやサンドテグレが現れやすい場所さ。いくのは冒険者だけだな」
「じゃあ、危険な場所なんですね」
「そうでもないかな。冒険者が常時滞在しているし小屋もいくつかあって宿もあるぞ」
「なるほど狩場のキャンプってことですか」
「ああ、船旅だって話だが、時間があるようなら行ってみるといいかもな」
冒険者ギルドの扉の鍵があく音がする。
ぞろぞろと他の冒険者が移動を始めたので、俺達の会話はここまでとなった。
俺は男に礼をいい、持っていたローズオイルの小瓶を渡す。
「ありがとうございました。あと話を聞かせていただいたお礼として、これを受け取ってください」
「おっと、こんなことしてもらうつもりは無かったんだが…」
「いえいえ、女性用の香水ですが是非受け取ってください。家族の方にでも贈れば喜んでもらえると思いますし。本当にありがとうございました」
そういわれた冒険者の男は、これ以上の遠慮は悪いと気持ちよくローズオイルの小瓶を受け取ってくれた。
男と別れて、俺達も冒険者ギルドの中に入ると、サリスが話しかけてきた。
「さっきの泉にいくんでしょ。ベック」
「ああ、綺麗な景色って話だから見てみたいな」
「精霊がいるかもなので行きたいです」
「たしかに砂漠に湧き出る泉っていう神秘的な場所は、精霊と関わりがあってもおかしくないか」
「ですです」
「出港は明後日よね、今日半日移動して泉で一泊して明日半日かけて戻ってくればちょうどよさそう」
「問題はクエストをどうするかだな」
俺達はEランク掲示板を見る。
・サンドテグレ討伐 銀貨5枚
さきほど話のあったサンドテグレの討伐依頼だけ残されていた。
俺は腕を組んでしばらく悩む。
「今回クエストはやめておこう。サンドテグレは砂に隠れてるって話だから2日の間に見つからない可能性があるしな」
「違約金を考えると確かにそうね」
「まあ、泉への移動中で襲ってきたら返り討ちにして事後報告しようか、とりあえず討伐証明の部位だけ事前に聞いておこう」
俺は冒険者ギルドの職員にサンドテグレの討伐証明の部位と食べれる部位を教えてもらってメモに記入した。
「さてまずは朝食を食べてから泉に移動しようか」
「はい」
「はいです」
砂塵都市クトの大通りにあるレストランに俺達は入る。
朝から客が多い店だ。
店員におすすめの朝食を頼む。
「お待たせしました。トマト入りジャジャクとシャモールミルクティーです」
ジャジャクについて店員に聞くと発酵させたシャモールミルクと角切りにした各種野菜を混ぜてオリーブオイルを上にかけた料理ということだった。
一口味わってみたが、間違いない転生前の世界でいうヨーグルトであった。
発酵させたシャモールミルクがヨーグルトの味を再現しているのであろう、適度な酸味とミルクの甘い味が混ざりあい深い味を醸し出す。
上にかけたオリーブオイルとの相性もいいし、スライスしたトマトがさらに美味しさを際立たせている。
シャモールミルク入りの紅茶も美味しかった。
舌で味わう味はあきらかにシャモールミルクの濃厚さのほうが際立っており、微かな紅茶の香りがアクセントになっているという飲み物だった。
「シャモールミルク美味しいです!あとで買って船でも飲むです!」
「ジャジャクも予想を超える味ね、こんな料理があるなんて世界は広いわ」
「ミルクを発酵させる食品だから、パムあたりでも再現できるかもな」
「そうね、でもこの味はシャモールミルクでないと難しいかも」
「海路だとパムまでの輸送は無理だな…、劣化防止処理している容器を使っても時間がかかりすぎれば駄目になるだろうし」
「もっと速い移動手段があればいいのにね」
「それはそれで高価な値段になってしまって買えなくなっちゃうよ」
サリスが残念そうな顔をする。
その隣でアミがシャモールミルクを店員に嬉しそうに注文していた。
二人ともよほどシャモールミルクを気に入ったらしい。
俺は二人の顔を見ながら良いアイデアがないか考えてみる。
劣化防止処理に低温処理もしくは冷凍処理、あとは真空処理まで行えば長期保存可能かなと思いついた俺は旅行準備メモにアイデアを記入しておく。
食事が終わった俺達は、目当ての泉を目指して砂塵都市クトを出発して砂漠の中を北に進む。
三人とも内側の温度を調整してくれる全天候型レインコートを羽織り、鼻と口をタオルで覆っている。
「本当にレインコートがあってよかったわ」
「ですです」
「無ければ今頃俺達は、そこらでくたばってるな」
「地元の冒険者も似たような格好をしてたわね」
「砂漠では陽射しから肌を隠すのが基本らしいからな」
「たしかに隠さないと私達丸焦げになっちゃいそうだわ」
しかし見渡す限り一面の砂漠である。
見渡しのよい場所に差し掛かったので写真を一枚とっておく。
「青い空と黄色い砂の海が広がっている雄大な景色だな」
「住むのには適していないけど、たしかに凄い景色ね」
「草も木もないし寂しい場所のはずなのに、力強さは感じるです」
「その力強さは、アミの内側にあるものかもな」
「えっ?」
「なんとなくそう思っただけだよ」
乾いた砂と空しかない景色だからこそ、自分の内面と向き合ってしまうのかもしれないなと、ふとそう思ったのだった。
写真機をアイテムボックスにしまい、また北に向かって歩き出した。
1時間ほど歩いたところで先頭を歩くアミが何かに気付き、足を止める。
(【分析】【情報】)
<<シャモール>>→魔獣:パッシブ:聖属
Fランク
HP 253/253
筋力 1
耐久 4
知性 1
精神 4
敏捷 1
器用 1
(こいつがシャモールか!)
「どうやらあれがシャモールらしいな」
「なんというか、すごい体ね…」
「いっぱいミルク出しそうです!」
シャモールミルクの味から牛のような外観を想像していた俺だが実際のシャモールは全く違った。
3mほどある巨大な丸い球形の体に太い足が8本付いている。
ここからだと顔の場所が確認できない。
あれだけ大きいと中型魔獣であるDランクといってもおかしくない大きさである。
「気絶すればシャモールミルクが取れるけどどうする?」
「もちろん採っていくです!!」
アミが興奮しながらしゃべる。
尻尾と猫耳の動きから相当興奮しているのがわかる。
「切り傷や刺し傷は殺しちゃう可能性あるわね、気絶させるのが目的ならアミの打撃に頼ることになっちゃうわね…」
「大丈夫です!二人は見ててほしいです」
そういってアミが砂の上を跳ねるように駆け出した。
俺達も念のために武器を構えて駆け寄る。
アミがシャモールの足に接近してパイルシールドガントレットで左右の連打を浴びせ続ける。
いきなりの攻撃で混乱したシャモールが8本の足をじたばたさせると砂が舞い上がり辺りの視界が悪くなる。
それでもアミは上下させる足を避けながら次々と左右の連打の繰り出していく。
「ブホンっ!」
変な声が魔獣から漏れて巨体が横倒しになった。
どうやら気絶したようだ。
俺とサリスがちかづく。
アミを見ると額にうっすら汗をかいていた。
「いい汗かいたです!さっそくシャモールミルクを採取するです!」
「これが乳房じゃないかしら」
シャモールの腹の部分に4つの乳房が見える。
アミが近寄ってアイテムボックスから空の水筒を取り出して、乳房から器用にシャモールミルクを搾り取っていく。
アミが採取している間に俺はシャモールの巨体を写真に撮ってから、シャモールの顔がどこにあるのかを探してみた。
丸い球形の胴体の一番上の部分に小さな目があったが口が見えない。
まったく謎の多い魔獣である。
アミとサリスが手持ちの空の水筒全てにシャモールミルクを入れ終わった。
「大量に採れたようだね」
「はいです!」
「とりあえずシャモールが目を覚ますとまずいから、ここから離れよう」
「そうね」
俺達は倒れているシャモールから遠ざかる。
あのまま放置していれば、そのうち目を覚ますだろう。
ふとある考えが頭をよぎる。
手ごわい敵に遭遇したら気絶して、その体から美味しい餌を出して敵を満足にさせる。
それで結果的に身を守る。
転生前の世界でも、そんな動物のことをテレビで紹介していたような記憶が微かに残ってる。
振り返って遠ざかるシャモールを見る。
過酷な環境で生存能力を特化させた魔獣なんだろうなと思う俺がいる。
前を向くと先を歩くアミが視界に入る。
シャモールミルクの入った水筒を宝物を見つめるようにアミがニヤニヤ眺めながら歩いている。
よほど嬉しかったんだろうなと暖かい目で俺はアミを眺める。。
砂塵都市クトから出発してから16時過ぎにようやく泉が見えてきた。
「思った以上に遠かったわね」
「遠かったですー」
「ちょっと待ってて、ここからの泉の写真を撮っておくよ」
「陽も落ちてきたし、夕陽にそまる泉の素敵な写真が取れそうね、ベック」
「ああ」
俺は写真機を取り出して泉の写真を撮る。
小さな泉を想像していたが、実際は直径300mほどの池だった。
泉のまわりには背の高い木々が生えており、陽射しをさえぎる空間が出来ている。
冒険者のキャンプには、うってつけの場所だ。
泉の近づくと小屋が数件と、簡易テントが複数あるのが見えた。
さらに近づくと大勢の冒険者が行き交っているのがわかる。
冒険者目当ての店が出張所も出しているみたいだ。
小さな野菜畑も見える。
ほぼ集落に近い。
近くにいた冒険者に宿の場所を聞いて訪れたが、あいにくと満室だった。
俺達は他の冒険者と同じようにテントで今晩は寝ることにした。
「砂漠の真ん中の泉で野営とは、なかなか経験できないな」
「そうね」
「ミルク美味しいですー」
暗闇に包まれたテントの中で俺達三人は寛いでいた。
夕食はサリスが簡易調理器具で作ってくれた美味しいポトフを堪能した。
砂漠の夜は冷えるのでポトフの味は格別に美味しかったのだ。
いまは食後にシャモールミルクを水で薄めたミルクを飲んでいる。
アミの尻尾がパタパタ動いているのが面白い。
俺はミルクを飲み終えたあと、二人に先に休むように告げてテントの外に出て見張りについた。
目の前には満点の星空と広大にひろがる砂漠、背には冒険者のテントが集う泉。
(遠くにきたもんだな、俺)
しみじみと思いながら夜空を見上げる俺がいる。
2015/04/28




