4-6 離島都市アニータ
竜暦6561年4月12日
「これで島なの?」
「船員の話だと、かなり大きな島らしいよ」
「見る限り島って感じじゃないわね」
1回目の寄港地である南部都市バセナを出発し、俺達は2回目の寄港地である離島都市アニータにさきほど到着した。
時間を見ると9時過ぎである。
出発は14日の9時ということなので、離島都市アニータに48時間滞在できることになった。
「しかし7日間も船の上にいたせいか、なんか下船してもまだ揺れてる感じがするわね」
「たしかに長かったな」
「美味しいものが食べたいです!」
「今日は船の中で話しをしたように、冒険者ギルドでクエストを確認した後、観光をしよう」
「そうね」
「はーい」
俺達は港いた人にきいて離島都市アニータの冒険者ギルドに向かった。
Eランク掲示板のクエストを確認する。
・リビングデッド討伐 銀貨8枚
・セイレーン討伐 銀貨4枚
「これまで見たことない魔獣のクエストだな」
「セイレーンは海の魔獣でしょ、私たちじゃ無理ね…」
「そうだな、船でも借りれればいいかもしれないけど、まず倒す武器が俺くらいしか持ってないな」
「相性が悪いです」
「となるとリビングデッドか」
「これって昼間は出ないって書かれてるわね」
「うん、夜だけって条件だね」
「船の中にずっといたし、体を動かしたいから受けちゃいましょうか」
「48時間しか滞在できないから場所が問題だな。聞いてみて近場ならクエストに行ってみるって感じでどうかな」
二人は大きく頷いた。
俺達は受付の男性に冒険者証を提示してから、クエスト依頼票を出して場所を確認する。
「この嘆きの丘というのは、ここから近いですか?」
「近いといえば近いな、徒歩で1時間ほどのところだよ」
「なるほど、問題ないのでリビングデッド討伐を受けます」
「たすかったよ、なかなか行ってくれる人がいなくてね」
「あれ、あまり強くなかったはずですよね?」
「ああ、そういえば旅の途中だったんだな」
「はい」
「この都市周辺のリビングデッドは臭いが凄くてね」
「そんなに臭うんですか?」
「まあ、説明しにくいから現地で確認してくれ」
受付の男性が簡易地図と採取箱を渡してくれた。
「討伐証明は魔石を内包している殻の破片の提出をしてくれ。討伐数は最低4匹。それ以上は追加報酬対象になるからね」
「はい」
受付から離れようと思ったところで、ついでなので受付の男性に離島都市アニータの見所がないかを尋ねてみた。
「見所ねぇ、そういえば西に2時間ほどいった場所に海に突き出た崖があるんだが、そこに昔建てられた砦の跡があったな」
「もう使われていないんですか?」
「冒険者の間では、休憩するときに使ってるくらいだな」
「近くにありますし、折角なので行ってみます」
「景色も綺麗だからな、楽しめると思うぞ」
「はい」
その他には特に思いつかないというのでは特産品について聞いてみた。
「なにか特産品とかの情報でもいいんですけど」
「ならまずは、島の中央部に見える高い山をみたろ」
「はい、港に入るときに船の上から大きな山を見ました」
「あの山の麓で葡萄が栽培されていてな、質のいい葡萄がとれるから葡萄酒作りが盛んなんだよ」
「へぇー」
「あと帆船で移動しているなら、街の近くで栽培されているレモンやオレンジを買っていくといいぞ」
「なるほど、情報ありがとうございます」
俺は受付の男性に礼をして、サリスとアミと一緒に冒険者ギルドを出た。
「ねぇ、ベック」
「ん?」
「さっき受付の男性がレモンやオレンジを買っていけっていうのは、どういう意味だったの?」
「ああ、レモンやオレンジを食べると船の上で病気になりにくくなるのさ」
「そうなのね」
「長く船に乗っている場合には特に注意が必要な病気らしいからね」
男性が言っていたのは病気とは壊血病だろうと俺はすぐにわかった。
転生前の世界で、壊血病というのはビタミンCが不足しておこる病気であった。
この世界でも同様なのであろう。
とはいえ陸地沿いの港を数日おきに荷の積み下ろしで寄っていく船団の俺達は、そこまで気を使うことはなかった。
こうやって港に寄れば十分に生野菜や果物を食べることが出来るからだ。
ただ、この離島都市アニータがここまで大きくなったのは航海技術が未熟だった昔、果物や飲物を補給するために発達したのであろうなと俺は思う。
レモンやオレンジ、あと葡萄酒。
こういった背景に歴史を感じさせる特産品には興味をそそられる。
是非とも味わってみたいと思う俺がいる。
「おなかすいたです!」
アミの言葉に俺とサリスはうなずき、食事が取れる場所を探そうと離島都市アニータの目抜き通りやってきた。
「あそこの店はどうかな?」
「人も多いし、よさそうね」
「おなかが鳴りそうです!あそこでいいです!」
本当におなかがなりそうな雰囲気のアミを見て、客の多いレストランに入った。
店員からメニューを渡される。
「パムにない名前の料理があるわね、リッチのパテってなにかしら」
「船員に聞いたけどパテは小麦を練ったもので、細い糸状になったものや団子状にしたものらしいよ、ほらあそこの人が食べているね」
俺は事前に仲良くなった船員から聞いていたのでサリスに教えてあげる。
実際に見た限りだと、この世界のパテとは転生前のパスタと同じであった。
「リッチってのが気になるけど、試しに頼んでみたら?」
「ベックは何にするの?」
「レモンのパテにしてみようかな、レモンは特産品ってさっき聞いたしね」
「わたしも決めたです!」
俺はレモンのパテ、サリスはリッチのパテ、アミはツナのグリル焼きを注文した。
飲物は店員にオススメされたので葡萄酒を選んでみた。
食事がテーブルに運ばれてきた。
どれもおいしそうであった。
サリスの頼んだリッチのパテを見ると黄金色に輝いているスパゲッティだった。
一口食べたサリスがあまりの美味しさに目を大きくして絶句した。
その様子に興味をもった俺は一口だけ分けてもらう。
ほのかな磯の香りがするスパゲッティだ。
俺は一口食べてから、その味を思い出した。
(これってウニのスパゲッティだ!!!)
この地方の呼び名でリッチとは、海岸で取れるウニのことを指していたのだ。
ウニとクリームソースを合わせ、パスタにからめて、塩コショウで味を整えただけのシンプルな料理だが、濃厚なウニの美味しさを味わえる。
これは絶品だった。
まさか、この世界でこの味に再会できるとは思っていなかった。
明日は俺もこのリッチのパテを頼もうと決めた。
俺の頼んだレモンのパテも美味しかった。
レモン、オリーブオイル、塩コショウ、ニンニクを使ったシンプルなソースを絡めたスパゲッティだったが、さっぱりとした味わいで食が進む。
暑い日などに食べるには最高だなと思う俺がいる。
アミの目の前には、でかい魚の切り身をやいた料理が鎮座していた。
ツナとは、この世界でもマグロのようだ。
塩コショウでただ焼いただけのすごく簡単な料理だが、それだけにマグロの身の旨さを堪能できるようでアミが次々と咀嚼していく。
猫人族のアミが食しているとすごくワイルドに見える。
食事を堪能した俺達は食後の葡萄酒を飲みながら、これからの予定について話をする。
「いま12時だし、風景を記録したいから海に突き出た崖の砦跡に行ってみたいけどいいかな?」
「いいわよ」
「はいです」
「あと砦跡から街には戻らずに、そのままクエストの嘆きの丘に向かおうか」
「そうね、移動してれば陽もくれてる時間ね」
「ああ」
「あとは適当に倒したら、街に戻ってくるのね」
「今夜の宿はどうするです?」
「宿は取らずに船室に戻ろうとおもう」
「時間も遅くなりそうだし、確かにそうするしかないわね…」
「サリスとアミも休息が必要だろうし、今日は宿に泊まれないけど明日はゆっくり街で買物して、宿に泊まろう」
「わーい」
「そうしてもらえると嬉しいわね」
アミとサリスが満面の笑みをうかべて大きくうなずいた。
レストランを出た俺達は海岸線に沿って西に向かう。
1時間ほど歩いたところで、さきの方に見える海に突き出た崖の上の砦跡が見えてきた。
「ちょっとここで休憩しよう」
俺はアイテムボックスから三脚付きの写真機を取り出すと銅版をセットした。
「ここで1枚撮るの?」
「ああ、どんな場所にあるのかが、ひと目で分かるしね」
俺は砦跡にレンズを向けて写真を撮る。
「《オン》」
内部の光をさえぎる蓋が装置によって動く音がする。
15秒ほどすると、また音がする。
レンズを覗くと内部の蓋が閉まっているのが確認できた。
俺は銅版を取り外し専用のケースに入れる。
「よし、おわり」
「本当に簡単よね」
「ファバキさんが苦労しただけあって凄い発明だよな」
「ベックも絡んでるんだから、他人事じゃないわよ」
「まあ、そうだな。そういえば今回の旅行前にファバキさんが言ってたけど、更に小型化できないか研究中だってさ」
「さすがね」
「ファバキさんすごいです」
俺達は、再度歩き出して砦跡に向かった。
到着した俺達は思っていた以上に立派な砦にびっくりした。
奥行きと幅は30mほどあるだろう。
高さは6mほどある。
入口の扉や内部の扉などの木製だと思われる部分は長い年月によって朽ちていたが、石組みで残っている部分だけでもかなり頑丈そうだった。
左奥に石組みの階段が見える昇って屋上にあがる。
「これはいい場所だな!360度見渡せて景色が堪能できる!」
目の前に広がる景色に思わず声が出てしまった。
サリスとアミも綺麗な景色を眺めて喜んでいる。
俺は陽が落ちる前に写真に残そうと、写真機を取り出し次々と記録していく。
東のほうには、離島都市アニータが小さく見える。
南のほうには、この島の中心部にある大きな山が見える。
西のほうには、入り組んだ海岸線が見える。
北のほうには、綺麗な紺碧の海が広がっている。
(ここで一夜過ごせば夜空が綺麗だろうな…)
そんなことを思いながら俺は写真を撮りおえて陽が傾き始めた風景を眺めていた。
「ベック、そろそろ時間よ」
「クエストの時間です」
夜のクエストということで暗視の能力を持っているアミが張りきっている。
「よし嘆きの丘に向かおうか。ここからなら1時間ほどかな」
先頭をアミ、つぎに俺、最後にサリスの順で縦に並んで夕暮れの丘を進む。
陽が落ちて、徐々に暗くなってきた。
「アミ、そろそろ嘆きの丘だから気をつけて」
「はいです」
俺はそうつげて松明代わりに迷宮灯を取り出し周りを照らす。
アミが歩みを止める。
無言で迷宮灯の明かりの届かない暗闇を指差す。
かすかに蠢くものが見える。
(【分析】【情報】)
<<リビングデッド>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 134/134
筋力 2
耐久 2
知性 1
精神 1
敏捷 1
器用 1
(間違いないリビングデッドか)
慎重に先に進むと、異臭が立ち込める。
あまりの臭さに俺達三人は顔をしかめる。
異臭を我慢して進むと、リビングデッドの姿をはっきりと確認できた。
姿形は以前いたクレイパペットに近い。
異なってるのは、腐った肉のような臭いを放つ泥で体が出来ているのだ。
「…ベック…今回のクエスト放棄しましょうか…」
サリスがあまりの臭さに顔をしかめながら、クエスト放棄を提案してきた。
その気持ちはよくわかる。
アミも鼻を手で押さえながらサリスの言葉に大きくうなずいている。
「あれに近づきたくないです…」
アミが戦うとなると、あの臭さを放つリビングデッドにすごーく鼻を接近しなければならない。
そのことを考えると気の毒になる。
受付の男性の言葉が頭に蘇る。
こりゃ、一部の物好きな冒険者でないと受けないクエストだなと俺は思わず納得してしまった。
とりあえず一旦三人で臭いの届かない場所までさがる。
「これは想像以上にきついな…、たしか魔獣図鑑のリビングデッドの説明では、ここまで匂うなんて書かれていなったけど…」
「街に帰りましょう。私が違約金を払うわ…」
「はいです」
サリスとアミはもう帰るつもりでいるが、俺は少し考えてから戦うことを提案した。
「今後同じように臭い敵と戦う場合があるかもしれないから、ここは戦おう」
「「えーー」」
二人から非難の声があがる。
俺はアイテムボックスから全天候型レインコートを取り出す。
あと3枚のタオルとローズオイルも取り出す。
タオルにローズオイルを染みこませてから鼻と口を隠すように顔に巻く。
「二人もこれで顔を覆ってくれ」
しぶしぶとサリスとアミも顔を覆う。
「これで少しは臭いが我慢できるだろ」
「そうだけど…」
「服につくのもいやです!」
俺は二人にレインコートを羽織るように指示する。
「これで腐敗した泥が飛び跳ねても平気だとおもう。あとは終わったら清浄送風棒で綺麗にするから平気だよ」
「「…」」
サリスとアミがどうしても戦わないといけない状況になったことに黙る。
「嫌な魔獣でも、手早く倒せばいいのさ。魔石を包み込んでる殻を最速で探し出すぞ」
二人は俺の言葉で早く終わらせることに専念しようと気持ちを切り替えてくれた。
まず一番手前のリビングデッドに対して攻撃を仕掛ける。
アミが《ライト・スティング》《レフト・スティング》と呟いて突進し、杭の飛び出たパイルシールドガントレットで左右の連打を浴びせる。
ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!
当たるたびに衝撃でリビングデッドが左右に体を揺らす。
右脇腹を殴ったときにガスっという音がした。
「サリス、右脇腹!」
サリスが《ヒート》と呟いて右脇腹をフレイムストームソードでえぐりとる。
えぐりとった部分に殻が見える。
俺はチェーンハンドボウを近距離から撃ち込み殻を破壊する。
リビングデッドを倒した俺達は殻の破片と魔石を回収する。
辺りに腐敗臭を放つ泥が飛び散っていた、酷い有様である。
もちろん俺達にも臭いを放つ泥がレインコートに付着している。
「早く終わらすぞ!次」
俺達は残り3体のリビングデッドを次々と倒したあと、ダッシュで嘆きの丘を離れた。
満点の星空の下、嘆きの丘を離れた俺はアイテムボックスから清浄送風棒を取り出して、二人についた汚れを先に除去していく。
レインコートを脱いだ俺達は、その場で遠くに見える嘆きの丘を眺める。
「嘆きの丘か…」
「地元の人がそう呼ぶ理由がわかるわ…」
「はいです…」
魔獣が嘆いているのではない。
嘆くのは冒険者である。
世の中にはいろいろな場所があって広いなぁと、星空の下で本気で思う俺がいる。
2015/04/25 会話修正
2015/04/25 誤字修正




