4-5 南部都市バセナ
竜暦6561年4月3日
穏やかな海原にエワズ海運商会の大型帆船3隻が並んで進んでいる。
大型帆船は4本の帆柱を備えており、全長約60、幅15mくらいの大きさがある。
転生前に見た海賊が出てくる映画に出てきそうな外観というほうが分かりやすい。
甲板に出て俺達は紺碧の海を眺めている。
進行方向の左手に陸地が微かに見える。
このエワズ海運商会の大型帆船の船団は陸地沿いに船を進めて、途中各港に寄ってスタード大陸の南端の国パラノスを目指す。
パラノスで別の船に乗ればスタード大陸の東端の国ヒノクスまで行けるが、今回の俺達の目的地はパラノスの港湾都市バイムであるのでそこで船を下りる。
「もう船酔いは大丈夫そうだね」
「う、うん」
「サリス、しっかりするです」
俺とアミは平気だったが、船酔いが酷かったのはサリスだった。
一昨日、港湾都市パムを出港してから昨日までかなり苦しんでいたが、事前に買っておいた酔止薬のおかげで今日はかなり落ち着いている。
「さっき船員に聞いたけど、もうすぐ南部都市バセナだってさ、そこで二日停泊するらしいよ」
「助かったわ…」
「宿に泊まらず、船で寝泊りしたほうが早く慣れるっていってたけどね」
「…」
サリスが涙を浮かべながら、黙って俺を見る。
プレッシャーが凄い。
「と、とりあえずバセナでは宿を取ろうか」
「うん」
「はいです!」
サリスとアミが大きくうなずく。
「しかし南部都市バセナまで船だとあっという間だな」
「でも船じゃ、あの旅で味わった経験は無理よね」
「まあね。南部都市バセナにだけ用事があれば、船でいいとおもうけど」
「うん」
「旅の途中で出会う経験も旅の醍醐味さ」
俺は遠くに見える風景を眺めて想いにふける。
転生前の世界だと豪華客船を使った世界周遊クルーズとか夢のツアーだったよなと。
いまは異世界に転生してしまったが、憧れていた船旅に実際出ると俺は興奮を隠しきれずにいた。
蒼く輝く海原を眺めて感慨に浸る。
俺達はしばらくして割り当てられた船室に戻る。
船室は狭く壁に固定された2段ベッドが2つ設置されているだけの部屋だ。
下のベッドの淵に俺達は向かい合って座り、南部都市バセナについたあとの予定を話す。
「荷の積み下ろしで二日停泊するってのは聞いたけど、二日間どう過ごそうかな」
「出発は4月5日よね、明日バセナの冒険者ギルドにいってクエストでもやってみる?」
「うーん、クエストより食料を調達するほうがいいかもな」
「ああ、それもあるわね」
エワズ海運商会の所有する大型帆船へ乗船する許可は契約を結んでいるが、船での食事は自分達で用意することを条件としていたのだ。
船員に言えば食事をわけては貰えるが、高めにお金を払う必要がある。
もともと航海用の大勢の船員への食材の管理は非常にシビアであるのが理由であるのだが。
そのため、港湾都市パムを出港するときも俺達が食べる食事として日持ちする食料を多く自前で用意したのだ。
「南部都市バセナの次の港まで何日かかるって話はきいた?ベック」
「天候や海の状態によるらしいけど早くて4日から遅くて6日らしいよ」
「パムで揃えた食料でも足りそうだけど、同じ味じゃ飽きるわよね」
「たまには変わった料理を食べたいですー」
「この船室じゃ調理器具を使えないのが痛かったな」
そう船室では火が厳禁だったのがとても辛い。
食事のバリエーションが限られるのだ。
「チーズ、果物、野菜、干し肉、ハム、バゲットは買いたいわね」
とりあえず話しあった結果、南部都市バセナでは
・船旅に必要なものを中心に揃える。
・船では味わえなかった暖かい料理を食べる。
・ゆっくりベッドで休む。
をしようということで意見がまとまった。
「4年前に行ったパティスリーでデザート食べたいわねー」
「ああ、あそこのタルトは美味しかったな」
「タルトが楽しみですー」
船室で休んでいると夕方、港に入港したようだった。
甲板や通路を船員が忙しく歩きまわる足音が聞こえてきた。
ほどなくして港に船が接岸したので、荷の積み下ろしで忙しそうな船員を横目に南部都市バセナに俺達は下船した。
「さてまずは夕食を取ってから宿に向かおうか」
「わーい」
「まかせるわ、ベック」
俺達は着替えの入った荷物を背負い、夕食を食べる店を探す。
南部都市バセナの街の中心部に差し掛かると俺は1件のカフェに目がいった。
「あの店はまだ営業してるんだな」
「あそこで食べましょうか」
「はーい」
カフェで俺達は食事をとることにする。
メニューを見たとたん俺は当時のことを思い出す。
「そういえば4年前、バセナに来て初めて食事を取ったのもこの店だったな」
「よく覚えてるわね、ベック」
「ほら」
俺はサリスにメニューに添えられた葡萄をモチーフにしたマークを見せた。
「旅行記の記事にも書いてあるけど、このマークが印象的だったんだよな」
「そういえば、あのとき細かくメモしてたわね」
俺はアイテムボックスから自分で書いたバセナ紀行を取り出して、この店のことを書いた記事を探す。
「当時食べたメニューも書いてあったから、同じものを注文してみようか」
「いいわよ」
「はいです!」
俺は笑いながら提案すると、サリスもアミも笑いながら頷いた。
俺は白身魚のムニエルにコーヒー。
サリスはキノコクリーム添えのスズキのポワレに紅茶。
アミはブイヤベースにミルク。
出てきた料理を食べる。
美味しいし懐かしい。
10歳だったあの時を思い出す。
この世界に来て初めての旅行だった。
道中でいろいろあった。
大変な目にもあった。
今思うと10歳で実力もなく無茶をしたもんだなと反省する。
でも楽しかった。
新しい世界を触れて嬉しかった。
アミとの出会いもあった。
サリスとも仲が深まった。
美味しい食事を食べていると、しょっぱい味がする。
自然と涙が溢れ出ていたのだ。
思い出というスパイスが今日の夕食には効きすぎているようだった。
俺が静かに涙を流しているのに気付いたサリスが俺の気持ちを察してくれた。
何も言わずにハンカチを渡してくれた。
アミも静かに泣く俺と気遣うサリスを見て、もらい泣きしていた。
はたから見るとおかしな3人に見えたかもしれないが、ここはカフェである。
みんなそんな姿をみても野暮なことはしない。
それぞれ食事や飲み物を楽しんでいる。
南部都市バセナでのひさしぶりの夕食は、俺達にとって感慨深い味であった。
静かに夜が更けていく。
2015/04/25 誤字修正




