4-3 家族
竜暦6561年3月14日
目覚めると俺の隣にサリスがいる。
寝起きで働いてない脳が活動をはじめるまでの準備時間を利用して、俺は右腕で頭を支えながら寝ているサリスの横顔をぼーっと眺める。
(サリスと結婚しちゃったんだな…)
14歳になったサリスは可愛いというより美しいというほうが適切だろう。
枕にうずめているサリスの顔は端正な作りをしている。
二重の目元は笑うと少し垂れ目になるが、それでも凛々しい雰囲気を残している。
鼻筋もすらりと伸びていて形が整っている。
唇は薄くもなく、厚くもなく、ぷっくりとしていてキスをすると、あまりの甘美さに眩暈を覚えるほどだ。
肌も白くシミもない。
今後は若さだけでは、維持できないだろうから、スキンケアが必要になるだろう。
しかし、それでもきめ細かい肌はいつまでもハリを保ちそうだ。
ポニーテールを解いている艶やかな赤毛の髪が少し動く。
サリスが寝返りをうって、俺に胸に手をのせてきた。
すらりとした指は細く華奢に見える。
引き締まった腕も太くはないが非常にしなやかだ。
Dカップくらいある、ふくよかな胸が俺の体にあたる。
気持ちよい胸の感触を堪能する俺がいる。
サリスの浅い呼吸が口元から漏れている。
寝息を聞いていたら、ふと出会った頃のサリスを思い出した。
(…あれって4歳のときだったっけ)
俺が教会に通い始めた4歳の夏、休憩時間を利用して図書館で本を読んでいると、髪を後ろにたばねた赤毛の女の子がきてムリヤリ庭に連行された。
理由を聞くと遊ぶ人数が足りないからと言われた。
俺の都合を無視した態度にお子様だなと、怒ることもなく黙って図書館にすたすた戻るとまたすぐに庭に連行された。
何度か同じやり取りを繰り返していたら、女の子は諦めたのか俺を庭へ連行するのをやめた。
次の日俺が同じように図書館で本を読んでいると、髪を後ろにたばねた赤毛の女の子が俺の隣で本を読み出して、すぐに寝た。
あの時もこんな寝息をしていたな…
俺はおもわずその光景を思い出して笑みを浮かべた。
成長して変わった部分もあるけど、変わってない部分もある。
愛おしいなとサリスの赤毛を撫でる。
髪の毛を撫でられたのが嬉しかったのか、寝顔のサリスの口角があがる。
幸せな夢を見ているようだ。
俺はサリスを起こさないようにベッドから抜け出し、素早く着替えると2階の食堂に向かう。
「おはようですー」
「アミ、おはよう」
アミが先に起きていて、お湯を沸かしていた。
「サリスはまだ寝ているです?」
「うん、気持ちよさそうに寝ていたから、そのままにしてきたよ」
「サリスはお寝坊さんです」
「いろいろと結婚の挨拶とかで疲れたんだろうな」
アミが紅茶を淹れてくれたので、俺は香りを楽しんでから口に含む。
「美味しいな」
「えへへ」
アミが嬉しそうに笑う。
尻尾も一緒に揺れている。
紅茶を味わいながら厨房の片付けをしているアミを眺める。
14歳になったアミの可愛さは出会った頃からさらに増していた。
まず身長が伸びたので頭の小ささが目立つ。
ちなみに14歳になった俺達の身長は俺が170cmほど、サリスとアミが160センチほどだ。
アミの小さな頭だが、ブラウンの毛先が少しカールしたショートヘアと猫耳が醸し出す雰囲気は撫でてみたいという欲求を煽る。
鼻はどちらかといえば低いほうだが形は良い。
大きな目は可愛らしく愛嬌がある。
口元は俗にいうアヒル口というやつだ。
あと手足もすらりとしるが、やせすぎという感じはしない。
適度に筋肉がついてるのであろう。
胸はサリスほどではないがCカップくらいあるだろう。
あとは感情を如実にあらわす尻尾のアクセントがアミにとても似合っている。
(こうやって見るとアミは日本のアイドルに近い雰囲気があるな…)
そんなことを考えながら、紅茶を飲みおわったところでサリスが食堂にやってきた。
「おはよう、ベック、アミ」
「おはようです」
「おはよう」
サリスが大きく腕を伸ばして背筋を伸ばす。
アミが俺に淹れてくれたようにサリスにも紅茶を淹れてカップをテーブルに置く。
「これを飲んで目を覚ますです」
「ありがとね、アミ」
こうやって二人を見ると仲の良い姉妹に見えてしまう。
家事も分担してやってるし、お互いがお互いを支えあっている。
「家族か…」
思わず呟いてしまった言葉にサリスが反応する。
「どうしたの?ベック」
「いや、サリスとアミの雰囲気が仲の良い姉妹に見えてね」
「そうかもね」
「えっ」
「クランが長い期間をかけて成熟していくとね、血は繋がってなくても家族以上の関係になっていくらしいわ」
「へぇー、じゃあ、アミも俺達の家族だな」
「えへへ」
俺は腕を組んで少し考えてから口をひらく。
「家族の幸せも考えないとな」
「急にどうしたの?ベック」
「アミも家族ならさ、将来結婚する相手との出会いも応援しないといけないなと思ってね」
「でも、パムじゃ猫人族は他にいないわよ」
「一度アミもアンウェル村に里帰りしてみてはどうだい、里に好きな人とかいたんじゃないか?」
「えっと…、その…」
急にアミが挙動不審な態度をとる。
俺とサリスはその様子にびっくりした。
「ご、ごめん、何か変なこといっちゃったかな」
「アミ、里で嫌な思いとかしてたの?」
アミはあまり生まれ育った村のことを出会ってからこれまで、あまり口に出すことはなかった。
「アンウェル村には年齢の近い結婚出来る相手がいないです…」
「えっ?」
その言葉に俺はおどろく。
アミがぽつりぽつりと話をしてくれたが、亜人族同士で血が濃すぎると子を生せないというのが大きな理由だった。
アンウェル村にはアミと子をなすための相手がいない。
年が離れた相手ならいるにはいたが、父親と同じくらいの年齢の男性だった。
しかもそういう男性は既に結婚していた。
血の薄い生まれたばかりの男の子だとアミは24歳くらいまで待つ必要がある。
いろいろ悩んでいた時にパム迷宮のことを聞いた。
冒険者が各地からパムに集まってくるなら、別の村の猫人族にあえるかもしれないという淡い期待から村を出たというのがパムに一人で来た理由だった。
初めて話してくれた内容に、俺もサリスも眉をひそめ難しい顔になる。
「そうだったのね、アミ…」
「その他にも近い年の友達もいなかったですし…でもベックやサリスに出会えてよかったです」
アミが猫耳を斜め後ろに倒しながら寂しそうに笑う。
俺は思案してアミに聞く。
「これまで聞くのは悪いと思って控えていたけど、アミが聖地を探すのもその理由に関係してるのかな」
「はいです…」
「そうなの?」
「精霊にお願いすれば、血の問題も解決できないかなと…、もしわたしが子を生しても、その子が同じ想いをすると思うと、なんとかしなきゃって…」
そのアミの話を聞いて、俺は立ち上がる。
「よし、まずは他の国にいって猫人族の里を探そう。次の旅行の目的はそれにする。アミと結婚できそうな素敵な猫人族の男性を探そう」
アミはその言葉にびっくりして言葉を失った。
サリスは俺の言葉に大きくうなずく。
「家族なんだし、アミにも幸せになってもらわないとね」
「そ、そんな…」
「将来、アミの子の面倒を見るっていったでしょ。絶対に相手を見つけてあげるわ」
サリスがぐっと拳をにぎる。
そのサリスの言葉を聞いてアミがサリスに抱きついた。
尻尾が嬉しそうにぶんぶん振れている。
アミが落ち着いたところで、サリスが旅行の予定をきいてきた。
「事務を頼める人が見つかり次第になるけど、スタード大陸南端の国パラノスに行こうと思ってる」
「かなり遠いわね」
「海運商会の人の話だと大型帆船の輸送船団で約2ヶ月ほどで着くそうだよ」
「ずっと海の上です?」
「いや途中にある港などに寄りながら進むらしいから、ずっとではないよ」
「そういえばパラノスって師範が昔挑戦した迷宮があったわよね」
「ああ、パラノスにあるバイムって港湾都市から馬車で3日ほどの行った場所にクシナ迷宮都市があるって話だ」
「そこならパラノスの猫人族がいるかもね」
「いたら嬉しいです!」
「いるだけじゃ駄目だぞ、アミ」
「えっ?」
「アミを幸せに出来る相手かどうかが重要だ」
俺がそういうとサリスもうなずく。
「アミを泣かせるようなクズだったら、わたしが始末するわ」
「い、いや、サリス、始末しちゃ駄目だろ…」
アミが俺とサリスの会話を聞いて思わず噴き出した。
「大丈夫です、しっかりと見極めるです」
「そうだな」
「そうなると春出発して、着くのは初夏かしら」
「事務を頼める人が見つかるかどうかだな…」
三人で腕を組んで悩む。
「いっそ行政庁経由で求人募集を出してみる?」
「いや額が額だし、よっぽど信頼できる人じゃないとな」
「義父様やグネジュさんや、ファバキさんの伝手はどうかしら」
「既に声かけているけどね、なかなか適任がいないらしい」
「どうしてです?」
「一番の問題は俺達が旅行に行くと事務所に人がいなくなってしまうことさ」
「「あーー」」
サリスとアミが声をあげて納得した。
ようは事務や経理だけを任せられる人はいるにはいる。
しかし俺達がいない間、その人を管理する人がいないのだ。
「ルキス義姉様、アミス義姉様に良い返事をしてもらえると助かるんだけどなー」
「義母様から聞いたけど、弟夫婦に資金面で世話になるのを遠慮しているらしいわね…」
「でも、義姉様達なら一番安心できるのも事実だしな」
「そうね、経理などにも明るい方々だし」
「今日午後にもう一度、俺がお願いにいってみるよ」
俺はそういって説得方法を考えながら書斎に向かう。
(アミの将来の件もあるし、なんとか説得しないとな)
なんとかヒッチ夫婦を説得しようと意気込む俺がいる。




