3-40 サハギン
竜暦6557年12月23日
サリスの作った朝食の白身魚のムニエルを食べている。
魚の身がほくほくしていて美味しい。
ふと居間の窓から外を見る。
「天気よさそうだな」
「そうね、クエストに行くし良かったわ」
「今日はどのクエストです?」
白身魚のムニエルを味わいながら、すこし考えてから答える。
「先日戦ったサハギンとかの依頼があったらいいな」
「そうね、集団戦の修行になるし」
「そうだな」
「サハギンすきです!」
サハギンは海中で活動する魔獣だが昼間は棲家である海岸線にある波で浸食されている洞窟で過ごし、夕方から夜にかけて海にでる習性がある。
南部都市の近くの海岸線には波で浸食されている洞窟が多く、サハギンが頻繁に現れるのだ。
旅の途中で寄った南部都市バセナの北にあるモタル村周辺がカルスト地形であったことを考えると、南部都市バセナ周辺も石灰岩を多く含んでいると考えられる。
波の浸食が海岸線に多いのも、そのせいだろう。
昼間のサハギンだが、洞窟内にいる時は非常に弱い。
水中では手足の水かきで非常にすばやいのだが、洞窟内や浜辺など水中以外の場所になると動きが鈍くなり結果として倒しやすい。
ただし、手足の爪やたくさん生えている小さな鋭い牙は脅威であることには変わりない。
あとは数が多い場合があるので囲まれてしまう場合もある。
アミがサハギンを好むのは弱いからであるが十分注意する必要がある魔獣だ。
「サハギンなら前回の反省から再度決めなおした合図を再度確認したほうがいいかもな」
「そうね」
「はいです」
三人で相談して決めた合図だが、いまの時点では
『各個』― それぞれ近くの敵を担当して攻撃
『集中』― 狙ったターゲットのみに攻撃を集める
『突撃』― 先頭をアミ、次にサリス、最後に俺が縦一列で敵に突進
『散開』― 魔物からそれぞれ距離を取る
『包囲』― 狙ったターゲットの周囲を取り囲む
『集合』― 三人で一つの場所に集まる
『防衛』― それぞれ防御に徹する
『撤退』― 戦闘から退避する
まで用意している。
毎回反省を生かして少しづつ動きを修正したり、新しい合図を追加したせいで増えてしまった。
問題は合図が増えたことで混乱しないかという点であり、このあたりの連携を南部都市バセナのクエストを受けながら訓練していた。
「以上だけど、合図は問題ないかな?」
「サハギンなら使うのは各個、散開、集中あたりかしらね」
「そうなるかな」
「はいです」
装備に着替えて、活動拠点の家から冒険者ギルドに向かう。
Eランクのクエスト掲示板を見ると
・オーク討伐 銀貨12枚
・サハギン討伐 銀貨10枚
・ボア討伐 銀貨9枚
のクエストが掲示されている。
「オークが追加されたわね…」
「依頼では丘の林にうろつくオークの討伐って書かれてるから、オーク側の尖兵の可能性が高いな」
「あまり大きな集団じゃなければいいわね」
「パムでも5年前だっけ、オークの移動にともなって戦闘があったの」
「あの時は20数匹の集団だったから楽に討伐できたって父がいってたわね」
「オークは厄介です」
オークはボアに似た顔を持つ人型魔獣である。
知能が高く武器や防具を装備するので、倒すのが大変だというのが冒険者の常識となっている。
他にも狩場を求めて集団で移動する修正があるため、しばしば大陸沿岸部に出没する。
集団の規模によって討伐の難易度が上下するが、個別に見た場合はEランクでも十分倒すことができる。
その為にオークが出現した場合は、尖兵などで偵察に出たオークを少しづつ減らして戦力をそいでいくという対応がとられる場合が多い。
今回もその対応がとられるようだった。
ちなみにオーク討伐を受ける条件はEランク以上の冒険者でクラン結成が必須になっている。
今回の依頼票にも参加の条件としてクラン必須の記載がしっかりされている。
俺達はクランを結成していないので受けること自体が出来ない依頼だ。
「オークは他の冒険者にまかせて今日の俺達はサハギン討伐だから頑張ろう」
「はいです」
「はい」
サハギン討伐の依頼票を受付の男性に渡す。
「お、またサハギンかい」
「はい」
「じゃあ、これが依頼の洞窟の地図ね、漁師の話では最低5体確認されてるからね」
「わかりました」
「あとこれが採取箱、いつものように右手を討伐証明で提供してくれ」
「はい」
俺は地図と採取箱と依頼票を受け取り、二人の元に戻る。
「さていこうか」
「はいです」
「そうね、いきましょ」
冒険者ギルドを出たところで、キュターラ装備工房にポイズンスパイクを依頼して取りに行くのを忘れていたことを思い出した。
「ごめん、キュターラ装備工房に寄っていいかな?」
「あら特注スパイクだけど出来上がってるんだっけ」
「昨日出来るって話だったけど忘れてたんだ」
「行くですー」
俺達は洞窟に向かう前にキュターラ装備工房を訪れた。
「いらっしゃい、お、忘れてるかと思ったよ!」
「すいません、例の毒が付与されたスパイクを受け取りに来ました」
「ほらこれだよ」
通常のスパイクと違い、シャフト部分がミドリ色に塗られている。
(【分析】【情報】)
<<ポイズンスパイク>>
闇属
魔力 20
耐久 40/40
「混同しないように色をつけておいたよ」
「ありがとうございます」
「あと最初に話したように魔獣の嫌がる毒草から抽出した毒だけど、人にも若干影響があるから取り扱いに注意してくれ」
「はい」
代金に関しては既に先払い済みなので、俺はポイズンスパイク100本を受け取り礼をいって工房をあとにした。
今回向かう海岸沿いの洞窟は南部都市バセナから1時間ほどの場所にある。
俺達は陸地側の斜面を下って洞窟に近づく。
アミが偵察で静かに移動しながら洞窟に向かった。
しばらくして戻ってくる。
「50mほど奥に6体サハギンがいたです」
「報告より1体おおいな、アミありがとな」
暗い洞窟の中の様子を外から確認するのは難しいが、暗視の加護を持っているアミには明かりをつけなくても内部を偵察できるのだ。
非常に助かっている。
洞窟の外で襲撃の準備をする。
俺は迷宮灯を装備して、ポイズンスパイクをパワーハンドボウにセットした。
アミは盾を構え、サリスはストームソードを抜き、スパイクシールドを前に出して構える。
「俺が最初突撃して、ポイズンスパイクを打ち込むのでサハギンが向かってきたら二人で受け止めてほしい」
「はい」
「はいです!」
合図をして洞窟の内部に襲撃をかけた。
洞窟の奥にサハギンがかたまってる。
(【分析】【情報】)
<<サハギン>>→魔獣:アクティブ:水属
Eランク
HP 112/112
筋力 2
耐久 1
知性 1
精神 2
敏捷 4
器用 1
前回分析したときと同じく敏捷は高いが水中に特化した値で表示されているようだ。
地上では、それほど素早く行動できないのは確認済み。
俺は駆け出して一番手前にいたサハギンにポイズンスパイクを撃ち込む。
ザシュと音がしてサハギンの胸辺りに突き刺さると、サハギンが崩れ落ちた。
『各個!』
サリスとアミが飛び出して飛び掛ってくるサハギンを盾で防ぎながら、攻撃を繰り出す。
サリスは右側、アミは左側に分かれていた。
俺は次のポイズンスパイクを手早くパワーハンドボウにセットし構えを取る。
『散開!』
俺が指示をだすと二人がサハギン達から距離をとる。
サリスからの攻撃で腕を負傷しているサハギンにポイズンスパイク撃ち込むと腹のあたりに命中した。
『各個!』
その合図でまたサリスとアミがサハギンに近づく。
アミが3体、サリスが2体受け持っているが、さきほどポイズンスパイクを腹に受けたサハギンの動きが悪くなり、そこを狙ってサリスが袈裟切りで止めをさした。
残り4体。
俺はポイズンスパイクをセットしながら一旦集まるように支持をだす。
『集合!』
俺のいる場所に二人があつまる。
それを追ってサハギンが駆け寄ろうとしたところで次の指示をだす。
『各個!』
アミが2体、サリスが2体引き受ける形になった。
俺はサリスを背後に移動しようと距離をとったサハギンに向かってポイズンスパイクを撃つと眉間に刺さり絶命した。
サリスが時同じくしてサハギンの腹に剣を突き刺して横に薙いで1体しとめた。
残り2体。
サリスがアミに襲い掛かる1体を背後から袈裟切りにする。
俺はパワーハンドボウを背中に担いでシェルスピアに持ち替えて袈裟切りにされて瀕死のサハギンの胴体に突きを入れ仕留める。
アミが受け持っていた最後のサハギンは、アミの打撃を顔面にもろにくらい、そこで地に伏した。
お互いに被害がないか確認するが、大きな怪我はなかった。
「かなり動きが良くなってきたわね」
「そうだな」
「パワーハンドボウはベックと相性いいわよね」
「ですですー」
確かにパワーハンドボウは戦力として十分に役割を果たしていた。
当たる場所によっては、一撃で仕留めることも可能な武器だ。
プレートメイルを撃ち抜く威力は、旅の途中で出会ったファングベアの硬い体毛も貫通できると思った。
この武器とは付き合いが長くなることを感じる。
「今度、メンテナンス方法をナオスさん教わらないとな」
「そうね、長く使うなら必要になるでしょうしね」
落ち着いたところで、討伐証明の右手の採取と魔石の回収を行い、南部都市バセナに戻る。
南部都市バセナの冒険者ギルドについたのは14時を過ぎたくらいだった。
俺達は、すぐに受付に向かい、討伐証明とEランク魔石を提出し、報酬として銀貨10枚と魔石買取額銀貨18枚を受け取った。
「今回は追加討伐報酬なかったのね、残念だわ」
「洞窟1箇所単位での報酬だったしね。数がもっと多いようなら追加もあったんじゃないかな?」
「確かにそうね」
「報酬は嬉しいですー」
アミが喜ぶ、確かにお金はあっても困らない。
「マルチロッドをあまり使わなくなったから、魔石の収入もかなりの額になってわよね」
「だなー、でも今後まったく使わないということはないと思うよ」
「そうね」
「長い狙撃はマルチロッド便利です!」
「アミの言うとおりだな、さて時間も早かったし昼食でもとろうか」
「家に戻って作ろうかしら」
「あっと、良い店を見つけたから、ちょっと寄ってみていいかな?」
「いいわよ、ベック」
「いくですー」
俺は昨日ケーキを買ったパティスリーに二人を連れて行く。
中に入って二人に話す。
「昨日食べたマロンのカップケーキはここの商品だよ」
「へぇー」
「うわー」
「イートインスペースもあるし、軽く食べていこうか」
二人が嬉しそうにうなずく。
甘いものは女性にとって永遠の好物であるらしい。
俺は葡萄のカップケーキとコーヒー。
サリスは梨のタルトにホットミルクティー。
アミは梨のカップケーキにミルク。
を、注文しイートインスペースでゆっくり食べながら会話を楽しむ。
「いい店見つけたわね、ベック」
「だよな、昨日のマロンのカップケーキも美味しかったけど」
「甘くて美味しいですー」
三人で頬をゆるませて笑う。
美味しいものは自然と笑顔にさせるのだ。
「そういえば明日の夕方だけどさ、家でパーティーしようと思うんだけど」
「パーティー?」
「なにか良いことあったです?」
「いや、もうすぐ今年も終わるだろ。それで慰労をかねてパーティーでもしようかなって。あとサリスにツーヘッドダンドのお肉でパーティーにだす料理を明日作ってほしいなって思ってね」
「まだ1匹分のお肉があるし、昼間クエストに行かないなら時間をかけて調理できるわね…、いっそマロンを詰めたツーヘッドダンドの丸焼きでも作ってみようかしら」
「それ、いいな。サリス!」
「わーい!」
ご馳走にありつけると俺とアミは喜んだ。
明日のパーティーが楽しみだなと本当に思う俺がいる。
2015/04/24 会話修正




