3-37 パワーハンドボウ
竜暦6557年11月27日
「いらっしゃい。時間通りだね」
「今日はよろしくお願いします」
俺達は不動産屋の店主に頭を下げる。
出かける準備を終わらせていた店主は、さっそくオススメ物件へ案内してくれた。
「今日は3件案内するが、まず1件目はここじゃよ」
場所は南部都市バセナの北にある民家だった。
家の周囲には広い庭があり、一番近い隣家への距離は50mほど離れている。
一言でいうと100m四方の広い土地の中心にポツンと1件だけ民家があるという物件だった。
ちょっと異様な感じがする。
サリスとアミもその光景に違和感を感じているようだ。
家の中に入る前に店主に質問してみた。
「あのう、なぜ周辺に家が建ってないんですか?」
「ここは昔火事が発生して多くの人が亡くなったんじゃよ、あの家はたまたま延焼を免れてな」
「「「…」」」
俺とサリスとアミは無言で見つめあい小さく頷く。
代表して俺が店主に告げる。
「ここの物件は遠慮しておきます…」
「そうか?月銀貨5枚で日当たり良好、間取りも部屋数5部屋もあるぞ」
「ちょっと…」
「しかも延焼を免れるという幸運な物件じゃからな、住む者を幸運にしてくれるはずじゃよ」
「他の2件をさきに案内していただけないでしょうか」
「ふむ、残念じゃな、まあええ。では次にいこうか」
最初に事故物件を押し付けようとする店主に俺達は不安になった。
「2件目はここじゃ」
街の中心部にある通りに面した2階建ての建物の2階の部屋だ。
買物に出かけるのも便利だし外観も非常に綺麗でおしゃれな建物だった。
サリスとアミの目がキラキラしてるのが分かる。
部屋の中にはいると厨房と一緒になった広いダイニングが目に飛び込む。
「ダイニングのほかに個室が4部屋ある物件じゃ」
非常に良い物件だ、そう良すぎるのだ。
俺はちょっと不安を感じて店主に家賃を聞いてみる。
「月銀貨30枚じゃよ、便利もいいし優良物件じゃ」
希望額の1.5倍の家賃だった…
まあ、これだけの条件だと納得は出来るが、それにしても高すぎる。
俺は店主に3件目の案内を頼む。
「ふむ、優良物件なのじゃが残念じゃのう」
サリスとアミも店主と同じよう残念そうな顔をする。
その姿を見て思わず溜息をもらした俺がいる。
「3件目はここじゃよ」
町の中心からかなり外れているが、海に面した地区にある民家だった。
隣の家との間には塀で仕切られており敷地には狭いが庭もある。
家の前に広がる海の景色が気持ちいい。
「知り合いが長期で留守にしててな、貸し家としてもよいという条件で管理を任されておる物件じゃ」
俺達は家の中に入るとかなり広い。
入口近くに居間があり、その隣に厨房。
家の奥に部屋が6つある。
居間の窓から見える海がすごく素敵だった。
「よい家ですね」
「まあのう」
「景色も綺麗ですし家具もそのまま利用できるようですし、家賃は高いんじゃないですか?」
「月銀貨12枚じゃよ」
「えっ」
俺は家賃の安さに驚いた。
「中心部からも離れておるしの、あとは海が近すぎるんじゃ」
「近すぎると不都合があるんですか?」
「あまりに近すぎると嵐の時に高波の被害を受けたり、地震があれば津波もくるしのう」
「なるほど」
「めったにそんなことは起こらんがの、借りるとなると躊躇するものも多いんじゃ」
理由を聞いて納得した。
短期的に済む場所としては、金額の条件も間取りの条件も俺達にはうってつけだった。
サリスとアミと俺は三人で相談する。
「俺はここがいいとおもうが、二人はどう思う?」
「2件目も捨てがたいけど、金額が高すぎるし諦めるしかないわよね。ここは景色も綺麗で私達の条件で考えると妥当じゃないかしら」
「海がきれいで、気に入ったですー」
「反対がなければここにしようか」
「問題ないわ、ベック」
「問題ないですー」
俺は代表して店主に、ここで滞在することを告げる。
「ふぉふぉふぉ、じゃあ決まりじゃの。カギは先に渡しておくよ」
そういって店主から家のカギを4つ受け取る。
「支払いはどうすればいいでしょうか?」
「12月1日から2月28日までの契約で銀貨36枚となるのう、前金で払ってもらってもよいし、分割でもよいぞ」
俺が銀貨36枚を出そうとすると、サリスとアミが銀貨12枚づつ俺に渡してきた。
「三人で借りるんだし三人で出し合ったほうがいいでしょ」
「サリスのいうとおりです」
「ありがとう。サリス、アミ」
俺も銀貨12枚を追加で出して店主に銀貨36枚を前金として渡す。
「確かに銀貨36枚じゃな、しかし金払いがいいのう。若いのにしっかりしておる」
「入居は12月1日でいいのでしょうか?」
「今日からでも構わんよ、11月中はサービスじゃ。あと元からある家具は壊さないようにお願いするよ」
そういって店主がにこやかに笑う。
よくよく考えると最初の1件目が最低の物件、2件目が最高の物件、3件目は本当にオススメしたかった物件だったんだろうなと思った。
商売上手だなと感心する。
この順番で案内されると南部都市バセナの住宅事情もよくわかるし3件目の家賃も短期の貸家としては適正だということが理解できるのだ。
バセナで活動拠点とする家の前で店主と別れた俺達は家の中にもどり、これからの相談をすることにした。
「まずは宿を引き払って荷物をもってこないとな」
「そうね、あとは家具屋で新しいベッドのシーツを買いたいわ」
「あとは必要な日用品を揃えるですー」
そこでそれぞれ準備を分担することにした。
「俺は宿を引き払って、三人の荷物をもってくるよ。サリスとアミは街へ買物に行ってほしいけどいいかな?」
「それでいいわ」
「はいです」
俺達三人はそれぞれ別れて準備を進める。
俺は宿にもどって部屋を引き払う。
荷物を持って活動拠点の家に戻ると居間に荷物をおいて、両隣の家に挨拶にいった。
両隣の家とも小さな子供のいる家族でパムから旅をしてバセナに着たと告げると驚かれた。
そこで活動拠点にしている家の事情を聞くと、一人暮らしの主人が船乗りをしており今は長期で航海に出ているという話であった。
不動産屋の知り合いというのは船乗りだったのかと俺は納得した。
両隣の家への挨拶がおわり活動拠点の家にもどると、サリスとアミが買物を終えて戻っていた。
「おかえり、ベック」
「おかえりですー」
「両隣の家に挨拶しておいたよ」
「あら助かったわ」
「ああ、ここに人が入ったので安心してたよ」
「空き家だと物騒だしね」
「そういってたね」
「ここの家の主人の話も聞いたけど、一人暮らしの船乗りで今は遠方に航海に出てるらしいよ」
「へぇー」
時間を確認すると15時すぎだった。
まだ準備は残っていたが、南部都市バセナの装備工房で遠隔武器を新調したかった俺は二人に出かけることを告げた。
「装備工房にいくなら付き合うわよ」
「私もいくです」
「まだ家の中の片付けが残ってるから俺一人で行ってくるよ」
「片付けは夜でも出来るから平気よ。ベックも自分の荷物は夜に整理するつもりでしょ?」
「うん、そう思ってるけど」
「ついでに今日の食事は外で取りましょ、厨房つかえるようになるのは今日は無理だし」
「わかったよ、じゃあ三人で行ってみようか」
俺達は街の中心部までいき、通りを歩く人にオススメの装備工房を教えてもらった。
中心部から程近い場所の通りに教えてもらった装備工房があった。
看板にはキュターラ装備工房と書かれている。
店に入るとカウンターに大柄な女性が大きな声で迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「すいません、俺のつかう対魔獣用の遠隔武器を探してまして、オススメの武器があったら教えていただけないでしょうか?」
「弓をつかった経験は?」
「ありません」
「スローイングダガーを使った経験は?」
「それもありません」
女性は暫し腕を組んで考える。
「そうなると厳しいねぇ、あとは放出系マジックアイテムになっちまうが、あれは高額だから厳しいだろう」
「やはりそうですか」
「ベック、やっぱり今あるマルチロッドで我慢するしかないんじゃない?」
「ん?マルチロッドだって!」
突然女性がマルチロッドの話にくいついてきた。
「えっと、これなんですけど…」
俺はマルチロッドをおずおずと女性に見せる。
食い入るように女性がマルチロッドを見て溜息をつく。
「ロージュ工房の刻印もされてるし本物のマルチロッドだね」
「俺達はパムから来まして、そこで購入したんです」
俺達三人は女性に身分の証明として冒険者証を提示した。
「二人は既にEランクなんだね、そっちの亜人族の少女のほうはFランクでパム出身じゃないんだね」
「パムで知り合いまして、ここまで三人で陸路を旅してきたんです」
「へぇ、なかなかの行動力だねぇ。パムからじゃ海路のほうが早くて安全なんだけどね」
「内陸の街や村も訪問してみたくて…」
再度女性が腕を組んで考える。
「ちょっと待ってな」
そういって奥にいって見た事のある形の武器を持ってきた。
女性がカウンターにその武器を置く。
形状の特徴から転生前の知識でクロスボウと呼ばれる武器だった。
台座の上に弓が固定されている。
レバーを使って弦を引き、フックに固定させるようだ。
フックからトリガーまでは複雑な機械的細工の機構が持ちいれており手元のトリガーの操作でフックに引っ掛けた弦が外れその勢いで矢を飛ばすようになっている。
「南端の国パラノスからの交易品でパワーハンドボウって名の武器なんだが、値段は高いが逸品だよ」
(【分析】【情報】)
<<パワーハンドボウ>>
Dランク
火属
魔力 80
耐久 280/280
筋力 4
器用 2
(筋力が高いってことは威力あるのかな?)
パワーハンドボウを眺めながら質問してみた。
「逸品という理由はなんでしょうか?」
「弓と違って非力な素人でも弦をひくのが容易。人の腕以上の弦をひく力で威力が高い。あと弦をひいた状態を維持しているから狙いをつけるのも簡単だね」
サリスとアミがその話を聞いて驚く。
「それって凄いです!」
「そうね、それだけ優秀ならもっと普及してもいいのに」
女性は続けて語る。
「デメリットがあるのさ」
「デメリット?」
「ああ、魔石加工技術で各パーツ毎に強化処置を施してはいるんだが、見ての通り複雑な細工が多くて手入れに時間がかかるんだ」
確かにパワーハンドボウを見ると、露出している細工箇所だけでもその複雑さが分かる。
「それに戦闘している際に、攻撃をパワーハンドボウが受けたりすると故障したり動作不調になる場合があるんだよ」
説明を聞く限りハイリスクハイリターンの武器ということだった。
パワーハンドボウしか持ってない冒険者がパワーハンドボウを失うと、攻撃手段がなくなるということになる。
「すでに放出系マジックアイテムもあるようだし、補助としてパワーハンドボウを使うというのもアリかと思ってね」
女性の意図を俺は理解した。
「それじゃあ、パワーハンドボウをメインにして、マルチロッドの方を補助というのも出来ますね」
「そうなるね」
ニヤリと女性が笑うとサリスが値段を質問した。
「これって交易品ということですけど高いんじゃないですか?」
「銀貨50枚だね、仕入れを考えるともっと高く売りたいけど、さっきの理由でなかなか売れないのさ」
「パワーハンドボウの専用の矢はおいくらなんですか?」
「1本銅貨1枚だよ。専用の矢は短いし簡単に作れるからね。あと専用の矢はスパイクっていう名だよ」
「試射は可能ですか?」
「出来るよ、奥に試射場があるからおいで」
俺達は女性に案内されて奥の試射場にいく。
「パワーハンドボウの有効射程は20mだね、それ以上の距離であてるとなると腕次第だね」
「20mですか」
「長弓の方がさらに遠くまで飛ぶけどね、短いのはパワーハンドボウの特徴だけど、威力は比較できないほどあるよ」
試射場の案山子に女性が破損したプレートメイル被せる。
「これを狙ってごらん」
パワーハンドボウを撃つ手順を女性に教えてもらう。
まずはパワーハンドボウの上部のレバーを使い弦引いてフックにセットする。
次に台座の溝にスパイクをセットし構える。
左の手で台座の下をもって支え、右の手でトリガーに指をかける。
構えてから台座の照準を案山子にあわせてからトリガーをひく。
パシュっという音がし、パワーハンドボウからスパイクが勢いよく飛び出しプレートメイルを突き破り案山子に刺さった。
女性だけはニコニコ笑っていたが、俺達は唖然としていた。
「プレートメイルを貫通するって…すごい!」
「威力がありすぎです!」
「魔獣には有効だと思うけど、人に当たらないようにしないとな」
「そうだね、仲間が近くにいるときに不用意に撃つと…、あとはわかるね」
「はい」
試射してわかったが、とにかくハイリスクハイリターンな武器だということが良く分かった。
俺は腕を組んで悩んだが、戦力アップになるのは間違いないと購入することに決めた。
女性に代金を支払いパワーハンドボウと専用矢のスパイク300本を袋に入れてキュターラ装備工房を出た。
「修行がんばらないとな」
「そうね」
「お腹がすいたですー」
夕食がまだだったことにアミの言葉で気付き、俺達はカフェに向かった。
カフェに向かいながら俺はこの武器を使いこなせるようになろうと拳を握り締め決意した。
2015/04/22 説明追加
2015/04/23 誤字修正




