3-30 ファングベア
竜暦6557年11月20日
慎重にあたりを確認しながら林の中を進む。
「また傷跡があったです」
そういってアミが樹につけられた爪あとを指差す。
今日の俺達は朝食をとったあと、すぐに宿を出て昨日の林でブラウンベアの捜索を続けていた。
アミが見つけた傷跡は、これで三箇所目だった。
俺は傷を確認する。
「これって新しい傷だな…」
「この付近にいそうです」
「これまで以上に慎重に進む必要がありそうね」
俺達は足跡を極力鳴らさないように、慎重に歩きながら周辺を捜索する。
サリスが立ち止まる。
無言で林の奥を指差した。
(【分析】【情報】)
<<ブラウンベア>>→魔獣:アクティブ:火属
Eランク
HP 159/178
筋力 4
耐久 4
知性 1
精神 1
敏捷 4
器用 2
(あれ?体力が減ってる…病気か怪我をしてるのか…)
HP表示が低いことが気になったが、ようやく見つけたブラウンベアである。
俺はサリスとアミに合図を送り、マルチロッドを構える。
「《バースト》」
撃ち出し土塊がブラウンベアにあたり泥が飛び散る。
ブラウンベアが頭を抱えている地面に顔を擦り付け始めた。
どうやら目に泥が入ったようだ。
視界を失い混乱するブラウンベアを目掛けてサリスとアミが盾を構えて飛び掛る。
まずはアミが頭を下げていたブラウンベアに頭を狙い拳を振り下ろす。
ガツンと大きな音がする。
地面と拳に挟まれブラウンベアが苦痛の呻きを発した。
たまらずブラウンベアは巨体を2本足で起き上がり威嚇を始めたが、そこにサリスが横から鋭い剣撃を当てていく。
俺もシェルスピアに持ち替えて後方から背中を目掛けて槍を突き刺していく。
硬い毛に覆われた皮膚でも何度も攻撃を受けたことで浅い傷が増えていき徐々にダメージが蓄積されていった。
一歩的に攻撃され続ける状況から脱するためにブラウンベアも必死に腕を振り回すがアミが盾で的確にガードしていく。
咆哮をあげ半狂乱状態で腕を振り回すブラウンベア。
盾でブラウンベアの攻撃を捌いていくアミ。
剣を振るい続けるサリス。
槍で突きを差し込み続ける俺。
ブラウンベアとの戦いは間もなく決した。
横たわるブラウンベアを三人で分担しながら解体作業すすめる。
皮を剥ぎ取りながらサリスがほっとした声で話す。
「違約金を払わなくて良かったわね」
「そうだな」
「よかったですー」
「アミ、お肉はあまりそう?」
「採取箱に入らないお肉は少し出そうです」
「じゃあ、それは持ち帰りましょう」
「そういえば、以前のブラウンベアの肉も残ってるな」
「そうね、今日の夕食はブラウンベアを調理しましょうか」
サリスがそういうとアミが喜んだ。
「以前たべたハチミツ使ったベアの肉の料理がまた食べたいですー」
「いいわね。足りない食材を少しかって帰りましょ」
「わーい」
オレア村で食べた料理がまた食べられるということでアミが猫耳をぴくぴくさせながら喜ぶ。
採取も終わり田園都市マレストに戻ろうと林から出たところでアミが突然止まるり地面を指差す。
「なにか近くにいるです!」
俺とサリスとアミはすぐに戦えるように構えて周辺を見渡す。
俺は茂みの奥からのぞく牙が見つけた。
(【分析】【情報】)
<<ファングベア>>→魔獣:アクティブ:火属
Eランク
HP 193/209
筋力 4
耐久 8
知性 2
精神 1
敏捷 2
器用 1
「ファングベアだ!」
俺はそう叫び茂みの奥に向かってマルチロッドで土塊を飛ばす。
「《バースト》」
土塊はファングベアを捉えきれず外してしまった。
ファングベアが茂みから飛び出して突進してきたので、土魔石が砕けるまで土塊を撃ち込む。
「《バースト》《バースト》《バースト》」
三発中一発の土塊がファングベアの肩にあたって泥が弾け飛んだが、ファングベアは歯牙にもかけず突っ込んでくる。
アミが両手を前で構え2枚の盾で突進を受け止める。
ガシンッと大きな音がしたあと、アミの踏ん張った両足が強烈な当たりで2mほど押し込まれてすべる。
俺やサリスがくらったら致命傷になる威力のファングベアの突進だった。
ファングベアのほうは弾き飛ばせるはずの突進が受け止められたことに一瞬動揺していたようだが、すぐに巨体を起こして振りかぶりながら鋭い爪をアミ目掛けて振るってくる。
盾で攻撃を受けるたびにアミの体が押し込まれる。
ファングベアの膂力がアミのガードを上回っていた。
サリスはアミを狙うファングベアの隙をついて剣を振るっていくが、硬い体毛によって皮膚まで刃が当たらない。
俺もシェルスピアで槍を突き入れるが同じように体毛によって弾かれる。
まるで鎖帷子のような体毛であった。
サリスはそれでも体毛の薄い箇所を狙って諦めずに剣を振るうが致命傷になるような傷を負わせることは出来ていなかった。
(このままでは…!)
俺は起死回生の策がないか頭の中で思考していく。
これまでの戦いを思い出して、あの手しかないと覚悟を決める。
俺は一旦後方に退き、マルチロッドに闇魔石をセットする。
「闇魔石で粒子をばら撒く!合図したら呼吸を止めてファングベアから距離をとって離れてくれ!」
「はいです!」
「わかったわ!」
アイテムボックスから蝋燭も取り出しておく。
「いくぞ!《バースト》《バースト》」
俺は死角になっているファングベアの背後から背中に向かって闇塊を撃ち込んだ。
闇塊が背中にあたって周囲に黒い粒子が広がる。
背中に受けた衝撃を確認するために体を捻って振り向いたファングベアがその黒い粒子をもろに吸いこんでしまい咽る。
隙が出来た。
サリスとアミが躊躇なく距離をとって黒い粒子を避けるよう遠くに駆け出す。
俺は手に持っていた蝋燭を着火させファングベアに向けて投げ込み地面に伏せる。
ファングベアを威力のある粉塵爆発が襲う。
爆風が俺の体の上を通り過ぎる。
周囲を見回しサリスもアミも爆発に巻き込まれずに済んでいたのを確認してホッとする。
もろに爆発を受けたファングベアは呻きながら体を地面に擦り付けていた。
体毛を焼かれ皮膚がただれているのがわかるが、まだ命を奪うまでの致命傷は与えられていなかった。
俺は叫ぶ。
「サリス、アミ、とどめをさすぞ!」
俺達は傷つき弱るファングベアに駆け寄って次々と攻撃を浴びせていく。
アミが顔を殴りつける。
サリスが焼け爛れた皮膚を目掛けて剣を振るう。
俺も焼け爛れた皮膚を目掛けて槍を突き入れる。
苦悶の表情で咆哮をあげながらファングベアが手足を無造作に振るい暴れるが既に力のない攻撃は俺達に届くことはなかった。
サリスが首元に目掛けて振るった一撃が皮膚を大きく切り裂き、血が噴き出す。
それがファングベアにとっての生涯を終わらせる一撃となった。
俺達の目の前にはファングベアが静かに横たわっていた。
「勝った…のね…」
サリスが呻くように呟く。
アミが肩で大きく息をしながら首を縦に振る。
俺は答える。
「無事に生き残れて良かった…」
鎧のような硬い皮膚を持つファングベアの突然の襲撃に耐え抜き勝てた。
三人で戦ってやっと勝てた…
俺とサリスだけでは負けていただろう…
サリスとアミだけでは負けていただろう…
俺とアミだけでは負けていただろう…
そう三人だからこそ勝てたのだ…
俺達三人はその時、同じ事を考えていた…
誰かが欠けていたら負けていたと…
「サリスあのさ」
「…なに、ベック」
「アミの気持ち次第だが、アミも含めてクランを作らないか?」
「ベックも思ってたのね…」
「アミはどうかな?」
アミがその話を聞いて真剣な顔をして答える。
「本当にわたしでいいんですか?もっと強い人がいるはずです…」
「アミがいいのよ、私の親友だしね」
そういってサリスが優しく微笑む。
「アミが嫌がるなら無理にとは言わない、まだ時間があるし旅が終わるまでゆっくり検討してみてくれないか」
「…はいです」
俺の問いにアミが答える。
クランを組むというのは自分の生死を預けるのと同じであるのだ。
慎重になる気持ちも十分理解できる。
サリスがそこで口を開き、話題を変える。
「あとはファングベアの死体の処分だけど、どうしたものかしら…」
「それが問題だな、クエストの依頼票が出てたしこのまま放置するわけにはいかないだろう」
「…事後報告でいいかもです」
「あー、事後報告か」
「そうね、ただし誰かがクエストを遂行中なら報酬はないけど…まあ、突然襲われた事故だしそれでいいかもね」
「討伐証明は牙と爪でいいかな」
「はいです」
「毛皮は焼かれてて残ってないから無理だけど、ファングベアの肉はどうしましょうか…」
「状態のいい部位だけ解体して持ち帰ろう」
「そうね」
俺達はシートを敷いて、解体作業に取りかかる。
解体してみると固い筋ばかりが目立ち食用になりそうな部位の肉はあまり多くは残らなかった。
作業が終わり肉や魔石や爪や牙を回収し終えた俺達は、ぐったりしながら街に戻った。
田園都市マレストの冒険者ギルドに辿りついたときには陽も落ちた時間になっていた。
俺はEランクの掲示板に向かうとファングベアの依頼票が残っていたので手に取り確認する。
討伐のみで採取部位は記載されていなかった。
そのまま受付に向かう。
「ブラウンベアの討伐完了しました」
俺は受付の男性にそう言い採取箱と依頼票を提出した。
採取箱の中身に問題がないことを確認した受付の男性から報酬の銀貨16枚を受け取る。
「討伐ごくろうさま」
「えっと、あと事後報告があるんですけど…」
俺はそういいファングベアの依頼票を差し出す。
男性がその内容を見て驚く。
「え?この魔獣は5人以上での討伐が推奨されているぞ」
「ブラウンベアの討伐後の帰り道で襲われまして…それで討伐しました」
受付の男性は俺達3人が無事なのをみて溜息をもらす。
「ファングベアを倒してしまうのか…本当に驚かされることばかりだな…」
「えっとこれって討伐証明になるでしょうか?」
俺はアイテムボックスから牙と爪を提出する。
それを確認すると受付の男性がうなづく。
「十分な証明だな、うん問題ない」
そういって差し出された銀貨30枚を受け取る。
「しかしブラウンベアの近くでファングベアに襲われたか…縄張り争いに巻き込まれたのかもな」
「縄張り争いですか?」
「ベアは縄張り意識が強いからな。案外そのファングベアは縄張りを奪おうとブラウンベアを狙ってうろついていたのかもしれないな」
俺はその話を聞いてブラウンベアもファングベアも体力が減っていた理由を察した。
お互いに魔獣同士で小競り合いをしていたのであろう。
「まあ無事でよかったよ」
「心配をお掛けして申し訳ありません」
そういって頭を下げてから冒険者ギルドをあとにした。
「遅くなっちゃったな」
「そうね」
「時間も遅いし明日は出発だから、今日はカフェで食事をすませようか?」
「残念です…」
アミがサリスの手作りベア肉料理を食べれなかったことに肩を落とす。
「時間があるときに作ってもらおうか、アミ」
「アミごめんね」
「はいです」
俺達は宿の近くのカフェに入り料理を頼む。
俺はほうれん草とサーモンとチーズのキッシュにコーヒー。
サリスはチーズとハムのガレットにホットミルクティー。。
アミはツーヘッドダンドのお肉のフリカッセにミルク。
田園都市マレストの七日目の夜は料理を味わい、楽しい会話をしながら更けていく。
2015/04/19 語句修正




