3-26 トレント
竜暦6557年11月16日
サリスが朝食としてキノコとハムをバゲットの上に乗せて溶けたチーズをかけたラクレットを作ってくれた。
チーズの濃厚な味を楽しめて美味しかった。
本当にサリスに感謝である。
朝食で英気を養った俺達は冒険者ギルドに向かう。
朝から人が多い。
活気のあるギルドである。
Eランクのクエスト掲示板で依頼を見ていると犬人族の同じくらい年の少女が声をかけてきた。
「ここはEランクだぞ、Fはあっちだ」
「あーー、うん、そうだね」
「私達はEランクだから問題ないのよ」
「私はちがうですー」
「はぁぁ?!その年でEランクとか嘘いうなよ」
犬人族の少女が絡んでくるので仕方なく冒険者証を見せる。
少女が目を大きくして驚く。
「え?本物?えっ?」
「まあ、イレギュラーなことがあってね。いまはEランクに上がってるんだけど。疑うようなら受付の職員に聞いてもいいよ。昨日もマレストでEランクのクエストを終わらせたし」
俺がそういうと少女はさらにビックリした表情で俺達三人を見つめた。
「ごめん!勘違いしてたみたいだ。申し訳ない」
「あー、しょうがないよ。気にしてないし平気だよ」
「そうね、確かにしょうがないとおもうわ」
「私はFランクなので平気ですー」
そういって少女がアミを見つめて、さらに驚いた表情をする。
「え?犬人族じゃ…ない?えっ」
少女の表情がころころ変わって面白い。
「ああ、彼女は猫人族だよ」
「えーー。初めてあったよ!すげーー」
「すごいですー!」
アミが胸をはる。
「マレストで犬人族を俺達もはじめて見たんだけど多いね」
「ああ、マレストの南にあるブラガ村は犬人族の里なんだよ。そんでマレストに出稼ぎに来てるのさ」
「なるほど」
「そういえば名乗ってなかったな、俺はオーガント・ベック。港湾都市パム出身だよ」
「わたしはマリスキン・サリス。港湾都市パム出身でベックと交際中なの」
「わたしはムイ・ネル・アミです。Fランクでアンウェル村の出身です」
「うちはアーラだよ。Fランク冒険者さ」
そういってお互いに挨拶を済ませる。
「じゃあ俺達はクエストにいくからまたな、アーラ」
「頑張ってな!」
アーラは元気よくFランク掲示板に向かった。
「元気な子ですー」
「うん」
「さてそろそろクエスト受けて出かけるぞ」
「はい」
「はいです!」
トレント討伐の依頼票を持って受付の男性に渡す。
「これが採取箱だ、討伐は1体。場所は書かれているように西にある林の中だ。討伐証明は樹皮を剥いで持ってきてくれ」
「はい」
俺達は昨日と同じ道を通り田園都市マレストの西にある林を目指す。
キングワームと戦った葡萄畑の向こうに林が見える。
「あそこにトレントが出たらしい」
「あの林の中で見つけるのは大変じゃない、木に擬態してるんでしょ?」
「大変ですー」
「ちょっと試したいことがあってね」
俺がそういうとサリスが興味深そうに聞いてくる。
「なにか見つける手があるの?」
「煙を使ってみようと思うんだけど」
「煙?」
「火に弱いって話だから煙に敏感じゃないかと思ってるんだよ」
「あー、火の気配で逃げ出したところを攻撃するのね」
「そそ」
「うまくいけばいいわね」
「試すだけの価値はあるんじゃないかな」
「アミの村ではどうやって見つけてたの?」
「昼間は動かないので夜になって動き出すのを待ってたです」
「なるほどねー」
「煙が駄目だったら夜探すことにしようか、そのときはアミよろしくな」
「はいですー」
林に近づくと俺とサリスとアミは枯れ草や枝を集めて林の外で間隔をあけ、三箇所に分かれて焚き火をはじめる。
林の中で松明をつけようと話したら火事になったら大変だとアミに止められたからだった。
焚き火から煙が立ち始めたところで林の中に煙を送るようにシートであおぐ。
1時間ほど煙を送り、林の中に入ることにした。
「よし林の捜索をしよう。擬態したトレントということだから、とにかく慎重にな」
「気をつけましょ」
「はいですー」
林の中を進むと微かだが煙たく感じる。
このぐらいの煙にでもトレントが反応してくれればと淡い期待をする俺がいる。
慎重に周辺を警戒しながら20分ほど林を分け入ったところでアミが無言で前を指差す。
(【分析】【情報】)
<<トレント>>→魔獣:アクティブ:木属
Eランク
HP 163/163
筋力 1
耐久 2
知性 4
精神 2
敏捷 1
器用 1
(トレントか間違いない、でもこれじゃアミもすぐに気付くな)
先に見ると高さ3mほどのトレントが煙に反応したようで、非常にゆっくりと例えるならカタツムリくらいゆっくりと森の中を進んでいた。
俺はサリスとアミに合図を送り、マルチロッドに風魔石をセットし魔力の塊を飛ばす。
「《バースト》」
トレントの胴体である幹に魔力の塊があたりトレントがよろめく。
その隙にサリスとアミが駆け寄り攻撃を仕掛けた。
たまらずトレントは枝に偽装した複数の触手を伸ばし鞭のように振るいはじめる。
アミは触手を盾で器用に捌いていき、サリスは飛ぶ斬撃で触手を次々と切落としていく。
俺はマルチロッドでアミとサリスの攻撃が届かないトレントの上部に魔力の塊をぶつけていく。
「《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》」
サリスによって全ての触手が切落とされたトレントは攻撃手段を失う。
サリスは胴体に向かって何度も飛ぶ斬撃で傷をつけ続け、俺とアミが打撃をあたえ続けるとトレントはその場に倒れて活動を停止した。
「なんとか討伐できたようだな」
「まだです」
アミがそういってトレントの足元である密集した根っこの部分を解体用の大型ナイフで切っていく。
「あったです!」
そういってアミが一部だけ膨らんでいる根を切り落とし、ナイフで裂くと中から魔石が出てきた。
「これを回収しないとまた動き始めるです」
「アミはさすがに詳しいな」
「えへへ」
アミの尻尾が嬉しそうに揺れる。
「トレントは特殊な方法でしか討伐できないって本当に厄介ね」
「討伐経験者のアミがいて助かったよ」
「でも昼間にトレントを狩るのはすごいです!、村にもどったら教えてあげたいです!」
「煙に反応してくれてたようだね、あとでマレストの冒険者ギルドにも報告しておこう」
「はいです!」
俺達は忘れずに倒れたトレントから樹皮を採取して街に戻り、その足ですぐに冒険者ギルドにいき討伐の報告をすると受付の男性に驚かれた。
「てっきり夜に討伐にいくのかと思ってたのだが…もう倒して戻ってくるとは…」
「討伐経験者もいましたし、あと煙に反応してくれたのが助かりました」
「林の中で松明を焚いたのか?」
「いえ、火事になると危険なので林の外で焚き火をしてから林に煙を送ったんです」
「そんなことをしたのか…」
「ええ」
「なるほど火が苦手なトレントにとっては煙であっても逃げ出す理由にはなるな」
「確信はなかったんですが、うまく事が運んでよかったです」
「君たち独自の討伐方法だから、わざわざギルドに報告することは無いんだけどな。そこまで明かすということは利用して欲しいということかな?」
「はい、被害が減るのは良いことですし」
「ふむ、さすがその若さでEランクになっただけあるな、自分達だけの利益より公共の利益を優先するか…」
「被害が減ることは俺にとっても利益になります。安全な場所が増えればそれだけ各地を巡りやすくなるのでお互い様ですよ」
「とりあえず新しい討伐法として通達は出しておこう」
「ありがとうございます」
俺は報酬の銀貨20枚と魔石の買取額銀貨3枚を受け取った。
Eランク掲示板の前にいるサリスとアミの元にいく。
「明日はどのクエストにしようかな」
「ファングベアとかは?」
「うーん、倒せるとは思うけどやめておこう」
「危険なの?」
「皮膚が硬いという話さ、そうだろアミ」
「硬いですー」
「時間がかかりすぎるってのは、それだけ危険もあるしね」
「じゃあ、ブラウンベアあたりになるのかしら」
「ボアかブラウンベアが良さそうだね。ちょっとFランクのクエストも覗いてみようか」
そういって俺達はFランクのクエスト掲示板の依頼を眺める。
「あれ?これとこれって高くない?」
「どれどれ」
俺はサリスの指差す先にあるクエストの依頼票を確認する。
・ツーヘッドダンド討伐 銀貨8枚
・スパイクトータス討伐 銀貨6枚
「なるほどね」
俺はサリスに魔獣図鑑を見せる。
「ツーヘッドダンドは飛ばない鳥の魔獣で、肉が美味しいんだよ。ただし逃げ足が速いんだ」
「へぇー」
「美味しいですー」
「アミは村にいた時に食べたことあるのか」
「はいです!」
アミが昔食べたツーヘッドダンドの味を思い出したようで頬が緩んでいる。
「スパイクトータスは、迷宮で倒したロックトータスに近いよ。殻に篭ると倒すのが厄介なんだ」
「あー、なるほど」
「あのときと同じ方法を取れば楽に倒せると思うけどね」
「EランクだけじゃなくてFランクのクエストも含めて選んでもよさそうね、ベック」
「そうだね。とりあえずクエストの件は明日考えよう」
俺達は宿に戻ると、サリスとアミが厨房にむかう。
俺は夕食が出来上がるのを待つ時間を利用して、宿の受付の女性から田園都市マレスト近郊の景色の良い場所を聞いてみることにした。
「そうですね、マレストから東に歩いて30分くらいの場所に城砦の跡がありますよ」
「城砦ですか。昔ここで大きな戦争でもあったんです?」
「言い伝えでは1000年以上前、大陸中央部から魔獣の集団がこの地に押し寄せた際に討伐の拠点として利用されたって話ですけどね」
「1000年以上前ですか…」
「正確には本当に1000年なのかも分かりませんけど、あまりにも古い城砦ですし資料も残ってませんから」
「へぇー」
「いまは葡萄農家の方々が農機具を置く場所に使っていたりしてますね、あと城砦の上から見た景色は綺麗らしいですよ」
「お話ありがとうございました。時間が出来たら立ち寄ってみたいと思います」
俺は古代に建造された城砦にちょっとロマンを感じてしまった。
(3人で観光として見に行ってもいいな…)
そんなことを思いながら食堂にいくとサリスとアミが料理を並べてテーブルで待っていた。
「ベックおそいわよ」
「ごめん」
「食べるですー」
俺は椅子に座り、サリスの手作り料理を口にする。
「このカスレ美味しいな」
「ちょっと隠し味にフルーツビネガーを使ってみたの」
「それでサッパリとした風味があるんだね」
「ええ」
「サリスの料理は美味しいですー」
カスレを食べ終えて、さきほど宿の受付の女性から聞いた城砦の話をサリスとアミにすると興味を示してきた。
「たまにはクエストじゃなくてのんびり過ごすのも悪くないわね」
「綺麗な景色が楽しみですー」
「じゃあ、明日はクエストをして、明後日は城砦にピクニックにいこう」
「いいわね」
「わーい」
田園都市マレストの三日目の夜は、明後日いくピクニックにどんな料理を持っていくかの話題で盛り上がる3人の姿を包み込みながら静かに更けていく。




