3-20 秘湯
竜暦6557年11月10日
シャルト村の宿の食堂のテーブルで地図を眺めてニヤニヤしている俺がいる。
サリスとアミが厨房から出来たばかりの食事を持ってきた。
「ベック、なに変な顔してるの?」
「えっと、あとで話すよ」
「まあいいわ、今日の朝は薄く切ったボア肉と野菜を炒めて挟んでみたバゲットのサンドよ」
「香りがいいな」
「バジルソースを少し使ってみたの」
「いい匂いですー」
そういいながらアミは煎じた薬草茶をコップにいれてくれた。
サンドを頬張るとバジルと肉汁が口の中に広がる。
「サリスは料理が本当に上手くなったな」
「頑張っているしね」
「こんな料理食えるって俺は幸せだな。あはは」
「う、うん」
「おいしいですー」
「アミもサリスの料理ずっと食べたいよな?」
「はいです!」
「ありがとね、アミ」
食事が終わると俺はお待ちかねの今日の予定の話を切り出した。
「昨日宿の主人から周辺の見所を聞くことが出来たので、今日はその場所に行ってみようと思う」
「クエストは?」
「主人の話では、この辺りの魔獣は小型魔獣B種がほとんどらしく、そもそも数も多くないらしいから討伐などは止めておこう」
「わかったわ」
「はいです」
サリスとアミを連れて沢にいくことが決まった。
あと肝心の話を二人にしておく。
「えっともしかして使うかもしれないからパムから持参した水着を持ってきてね」
「え?この辺りに海はないわよ」
「いや、あくまでも使うかもという可能性の話さ」
「湖とかなの?でももう冬よ…」
「いや山あいの沢だよ。ほら、もしも沢に落ちたときとか大変だし」
「「…」」
俺の話に違和感を感じるサリスとアミが黙って考え込む。
「まあ、いいわ。とりあえず準備して持っていくわ」
「私も準備しますです」
「あ、ああ。よろしくな」
なんとか水着を持っていかせることにも成功した。
あとは温泉が無事に楽しめればいいのだが…
俺もすでに夕べから準備を済ませている。
サリスとアミと一緒に温泉に入るための水着。
野湯と想定されるから沢のそばを掘り返し湯船を作るためのシャベル。
体を拭くためのタオル。
着替えをするための簡易テントなどなど。
サリスとアミが準備を済ませて戻ってくる。
「おまたせ」
「ですー」
「じゃあ行こうか、歩いて1時間ほどかかるらしいから」
そういって俺達は宿を出て、シャルト村の西にある沢を林の中を歩いて目指す。
1時間ほど歩いたところでアミが匂いに気付く。
「なにか腐ったような匂いがします」
「あらかすかに匂うわね」
(硫黄の匂いだ、もうすこし先か)
「この先らしいな」
「大丈夫なの?」
「平気なはずだよ、ただ窪みは危険かもしれないから、なるべく開けた場所を歩こう」
俺は転生前の添乗員時代に行った秘湯ツアーで硫化水素ガスの危険性を認識していた為、ガスの溜まりやすい場所を避けて通ることにする。
そこから更に10分ほど進むと目的の沢が見えてきた。
硫黄の匂いも濃くなっている。
ただし沢にそって開けた空間は風の通りがよく、硫化水素ガスの危険性は考えなくていいことが分かった。
また沢には適度に砂利が堆積して開けている場所があり湯船も作れそうだ。
「この匂いはキツイわね」
「ああ。これは地の底から出てる匂いだね」
「ベックしってるの?」
「文献で見たことがあるんだよ、地下で暖められた水が湧き上がる際に地下にある匂いも一緒に出てくるのさ」
「へー」
(硫黄って説明しにくいから、この説明なら平気だろう)
「あと文献で読んだんだけど、湧き出した水は美容にいいらしいよ」
「え?」
「綺麗になれるんですか?」
二人が美容という言葉にくいつてきた。
「出来れば確かめてみたいから協力してくれると助かるな」
「え、ええ、いいわよ」
「協力するですー」
そういって俺はまず沢まで下りて手で温度を測る。
かなり熱いが我慢できないほどではない。
50℃くらいだろうか。
手のひらですくったお湯を分析する。
<<単純温泉>>
水属
魔力 10
耐久 不明/不明
(うわ、名前でちゃったよ。周囲の匂いから分かっていたとはいえ…)
分析結果に驚いたが、単純温泉ならば突出した成分がない温泉なので、人が触れてもほぼ問題ないと安心した。
俺は早速湯船をつくることにした。
沢から湯船にお湯を引き込めば少し温度も低下するだろうとの思惑もあった。
「ちょっとこの開けた場所を掘って、そこに沢の流れを引き込むね」
「はい」
「はいです」
「俺はシャベルで掘るから、サリスとアミは大き目の石をどかしてくれ」
そういって俺はもくもくとシャベルを使い掘り進める。
三人が入れるほどの大きさの穴という湯船を掘り終えたのは1時間後だった。
俺は汗だくになっていた。
「よし、穴ができたので沢の流れを引き込んでみるよ」
そういって、作った湯船に流れを引き込む。
勢いよくお湯が流れ込んでくるので、手で温度を測るとちょうどいい適温になっていた。
俺はそれを確認してアイテムボックスからテントを取り出し組み立てて、中で水着に着替える。
もう我慢できない!
風呂好きの日本人としては、もう我慢できないのだ!
サリスとアミが唖然として見つめる中、水着に着替えた俺は湯船に飛び込んだ。
「ふぅぅぅぅぅ」
お湯の気持ちよさに思わず情けない声が出てしまった。
「ベック、いきなり飛び込んでびっくりしたけど平気なの?」
「ああ、温かいお湯で体の疲れがとれて気持ちいいよ」
そういってお湯に浸かっていた腕を伸ばし、サリスとアミに肌を触ってもらう。
「なにこれスベスベじゃない!」
「しっとりもしてるです」
「肌に良いってことみたいだね。サリスとアミも水着に着替えて一緒に入ろうよ」
「「…」」
二人は肌を見せることに躊躇していたので、言葉を続ける。
「ほら、海水浴みたいなもんだよ。海に入るのはベトつくけど、ここは逆にスベスベになるよ」
そこまで話をきいて、サリスとアミも決心したらしくテントで水着に着替えて湯船に浸かってきた。
サリスはワインレッドのツーピースの水着、アミはグリーンのワンピースの水着で二人ともよく似合っている。
サリスとアミの水着姿をみて俺が前かがみになったのは内緒にしておこう。
「ベックのいうとおり、これは気持ちいいわね…」
「あったかくて気持ちいいですー」
「異国では、お湯につかる文化もあるらしいよ」
「ドルトスではないわよね。でもこの気持ちよさなら理解できそうだわ」
「…ふぁぁぁぁぁ」
サリスとアミも体を伸ばし温泉を楽しんでいる。
大自然の中、沢を流れる水音を聞いて、ゆっくりと温泉につかる。
俺はひさびさの湯船を満喫していた。
(パムに戻って家を借りたら、お風呂設置しようかな…。サリスと一緒にはいる大きな湯船か…ロージュ工房にオーダーしてもいいな)
湯船でサリスとアミを眺めながら、ふとそんな事を思いついた俺がいる。
ゆっくり温泉を堪能した俺達はテントで着替えをすませ帰路につく。
俺達がシャルト村の宿に辿りついた時には夕方になっていた。
「結構あそこにいたのね」
「ああ、ゆっくり出来たしよかったよ」
「そうね、肌もすべすべになったし最高だったわね」
「気持ちよかったです!また行きたいです!」
「バセナからの帰り道にも、ここに来るしまた行こう」
「はいです」
また温泉にいくことを約束するとアミは嬉しそうに笑っていた。
やっぱりこの世界でも温泉は人気あるなと思う。
俺は昨日と同じように料理が完成するまでの時間を使って、旅行記の記事の続きを書くことにした。
記事を書きながら旅行は楽しいなと思う。
もっともっと知らない場所や知らない文化を感じてみたい。
世界は広い。
俺の旅はこれからも続いていくのだ。
完
どうやら久々の温泉に入った嬉しさから記事を書いている途中で俺の脳内がトリップしていたらしくエンドロールが流れはじめた所で正気に戻った。
現実に帰還できて本当によかったと安堵する俺がいる。
サリスとアミが料理を運んできた。
「今日の夕食は、ほうれん草とキノコとチーズのガレットよ」
「あとは薬草茶ですー」
「美味しそうだな!」
サリスが作ってくれたガレットは本当に美味しかった。
というか旅に出てから俺は美味しいしか言っていないかもしれないが、それでも美味しかった。
腹が膨れた俺達は明日出発するための準備を終えた後、俺の部屋に集まりトランプのゲームを夜遅くまで楽しんだ。
2015/04/16 表現修正
2015/04/23 会話修正




