3-16 ミミックウルフ
増量中
竜暦6557年11月6日
今朝の目覚めは最高だった。
夢の中で、裸セーターのサリスとアミが俺に交互にマッサージをしてくれたからだ。
…
…
えっと俺、欲求不満を抱えてるのいるのかな。
いや間違いなく抱えてる。
ここ数日、三人で同じ部屋に寝泊りしているからだ。
寝付くときに聞こえるサリスやアミの寝息の音が、やけにハッキリと聞こえてくる。
生殺し状態ってやつだ。
…
…
相談しようにも男は俺一人だけだし。
あれ?
そういえば精神年齢は転生前から数えて53歳になるし、いままで普通に性的興奮をそれなりに感じてきたけど…
ベックとして生を受けてから、朝の生理現象として分身が起き上がってることは何度となく経験がしてるけどまだ射精してないな。
今朝の夢といい、そろそろ成長ホルモンの影響で第二次性徴期をむかえてるのかもしれない。
この調子だと近々ベックとして初の射精を経験する日も近いな。
転生前の記憶をもったまま、二回目の第二次性徴期を経験するってのは変な気持ちだな。
…
そういえば以前から性的興奮を覚えても、すぐに冷静に戻れたのは体が未発達だったせいかもしれないな。
…
もし射精を経験していれば、獣になっていたんだろうな。
…
サリス、ごめん。
…
アミ、ごめん。
…
俺もうすぐ獣になります。
「ベック!ベックったら話を聞いてるの?」
「サリス、ごめん」
「えっ、ちょっとしっかりしてよ」
「アミ、ごめん」
「どうしたんです?ベックさん」
「俺もうすぐ獣になります」
「「…」」
サリスが俺の背中を叩くと俺は我に返った。
さっきまで頭の中を渦巻いていた思考をなんとかまとめて気をしっかりと持つ。
「どうしちゃったのよ、ベック。まだ寝ぼけてるの?」
「獣ってなんですか?」
「ああ、ごめん。ちょっと寝ぼけて夢の続きを見てたみたいだ…」
「しっかりしてよ。ベッドの上でぼーっとしてるから心配したわよ」
「う、うん。ちょっと疲れてたのかも」
俺はベッドから起き上がり、装備を着て準備をすませる。
(二回目の第二次性徴期か、ちょっと気をつけておこう)
とりあえず目の前の件を確実にこなすことにする。
「さて朝食をすませたら、装備工房にいこう」
「はい」
「はいです」
「朝食はどこがいいかな?」
「カフェでいいんじゃない?」
「いいですー」
中心部にあるカフェで、俺はキノコとカブのポタージュにコーヒー。サリスは干し肉とチーズのキッシュに紅茶。アミはサーモンとほうれん草のキッシュにミルクを注文し軽い食事をする
「こうして過ごしてみるとレウリも住みやすい街だね」
「ええ、そうね。食べ物は美味しいし」
「ですねー」
腹が満たされたところで予定通り装備工房に向かうことにした。
「いらっしゃい、おっとようやく来たな」
「こんにちは」
「ちょっと待っててくれ」
装備工房の主人が盾が装着されている甲冑篭手を持ってきた。
(【分析】【情報】)
<<シールドガントレッド>>
Dランク
土属
魔力 60
耐久 800/800
筋力 2
耐久 4
(耐久が多いな、かなりの逸品だ…)
「ちょっと装備して感触を確認してくれ」
「はいです」
アミが主人から渡されたシールドガントレッドを装着する。
外観は非常に特徴的である。
甲冑篭手の小手頭から肘まで楕円形の盾が覆っていて、前腕を外側に向けガードのポジションをとると両腕の盾が前面を覆う形になる。
また盾の先端は湾曲して小手頭と一体化しており、そのまま打撃武器として使える構造となっている。
「重さはどうだい?」
「この重さなら平気です」
「華奢な人族には重くて辛いが、さすが亜人族の加護ってやつか」
「この店には有料の案山子はありませんか?」
「ああ、銅貨40枚だが利用出来るよ」
「では案山子でテストさせてください」
そういってお願いすると、店の裏の武器の試験用の案山子に案内してくれた。
「アミ、この案山子を魔獣に見立てて打撃をしてみてくれないか」
「はいです」
そういってアミはインファイトのボクサースタイルの構えを見せて、左右の打撃を撃ち込む。
案山子にシールドガントレッドが当たるたびに大きな打撃音が響いて、案山子が揺れる。
「こりゃ、すごいな…」
「予想以上ですね。篭手の重さも加わり打撃の威力が上がったようです」
「これは凄いわね、ベック」
アミが打撃をやめて、尻尾を振りながら嬉しそうに戻ってくる。
「すごいです!すごいです!」
予想以上の出来にアミが嬉しそうにはしゃぐ。
「よかったな、アミ」
「はいですー」
そういって俺はアミの猫耳をもちろん含めて頭を撫でる。
(もふもふ最高ーーー!!)
ひとしきりアミの撫でた後、代金を支払いをする為にカウンターに戻る。
「いい装備を作っていただきありがとうございます!」
「俺としても久しぶりの改造の依頼で嬉しかったからな、ついやりこんじまったよ」
いい仕事が出来たと笑う主人と言葉を交わし代金銀貨37枚銅貨40枚を支払って装備工房を後にした。
「さて時間もまだあるし冒険者ギルドで手軽なクエストでも受けてみようか」
「いいわね」
「はいです」
戦力の底上げが出来た俺達は軽い足取りで冒険者ギルドの中に入ったのだが、そこには重い空気が漂っていた。
以前話した冒険者ギルドの初老の男性が俺達を見つけて話しかけてきた。
「君達、先日は貴重な情報を寄せてくれて本当に感謝しておる」
「皆さんの表情をみると進展があったようですけど」
「昨日大規模な調査を行って牛に擬態していた魔獣を見つけたのだが…」
「なるほど、この雰囲気だと逃げられたんですね」
「うむ」
「精鋭が揃っていたように思ったんですけど、かなり手ごわい相手だったんですか?」
「10人で包囲したんだが、2人重傷を負ってしまってな。その重傷者を助けようとした隙に包囲網を突破されたんじゃよ」
俺はミミックウルフを分析した際のステータスを思い出したが、その数値以上に狡猾さを持つ知性が厄介なんだなと思った。
「追跡はうまくいかなかったのかしら」
「草原では追跡できたんだが林の中に逃げ込んだので追跡は、そこで中止になってな」
「そうですね。それだけ厄介な相手だと林の中で戦うのは不利すぎますね」
「うむ、うちのベテラン勢も深追いをせずに今も林を取り囲んでいる状況じゃよ」
「長期戦になりそうですね…」
「しかし魔獣の正体も判明したし、これ以上の被害者を出さずに出来そうなのは確かじゃよ、改めて礼をさせてくれ」
「いえ、ただの情報だけですし、お礼なら討伐成功したあとにしていただければと思います」
「殊勝な心がけじゃな」
そういって初老の男性は席に戻っていく。
俺達はEランクのクエスト掲示板でボア討伐の依頼票を手に取り、受付の女性に依頼票を持っていく。
「ボア1匹の討伐で肉と皮の採取ね。場所はレウリから南に徒歩1時間ほどあるいた先の林よ」
「未確認魔獣のいる林とは近いのでしょうか?」
「いえ、まったく逆よ。未確認魔獣を包囲している林は北の林なので平気なはずよ。それでも万が一があるので注意してね」
「はい、ありがとうございます」
そういって採取箱を受け取り、目的の林を目指す。
1時間後、俺達の目の前に林が広がっていた。
「アミはボアは倒したことあるかな?」
「アンウェル村で父と一緒に倒したことがあります」
「じゃあ、全員経験済みだね」
「そうみたいね」
「はいですー」
俺は少し考えて作戦を話す。
「ボアの突進は激しいので足場と視界の悪い林の中での戦いは避けよう」
「外におびき出すの?」
「マルチロッドがあるからね。風魔石のバーストなら長距離射撃が出来るし、距離を稼げると思うんだけど」
「なるほど」
「見た感じあまり広そうな林でもなさそうだし、なんとか誘いだそう」
「アミは盾でボアの突進を食い止める役をお願いね」
「はいです!」
俺が先頭に立ち、林の中を進む。
30分ほど捜索して木陰にいるボアを発見した。
(【分析】【情報】)
<<ワイルドボア>>→魔獣:アクティブ:風属
Eランク
HP 187/187
筋力 4
耐久 4
知性 2
精神 1
敏捷 4
器用 1
(迷宮の外のボアにはワイルドが付くのか…たしかに野生だしな)
俺は指を1本立ててサリスとアミに合図をし、続けて小声で話す。
「いったん林の外に出よう」
「はい」
「はいです」
そういって林の外まで戻り、襲撃場所を確保する。
「じゃ、俺が誘いだしてくるから二人ともここで待機をお願いね」
そういって林の中に入り、先ほど見つけた休んでいるボアに向かって魔力の塊をぶつける。
「《バースト》」
ボアの胴体に魔力の塊がぶつかる。
いきなり攻撃されたことで一瞬混乱したボアだが、すぐに俺に気付き突進してくるのが見えた。
俺は林をジグザグに進み、木々を上手くつかってボアの突進を避けながら林の外まで辿り着く。
林の外まで俺を追いかけてきたボアだが、アミが前に立ちふさがり新調した盾で突進を受け止める。
アミの体が後ろに少し押し込まれたが頑強な盾を構え一歩のひかない。
突進を止められたことでボアのターゲットがアミに移る。
再度ボアが距離をとりアミに突進しようとした瞬間、横からサリスが一気に駆け寄り剣を振るい鋭い剣の一撃でボアの太い前足が切断された。
あとの戦闘は一方的な蹂躙であった。
アミに突進を止められた時点で勝負は決していた。
「迷宮で苦労したボアだけどアミがいるだけで、これだけ安定するとわね」
「そうだね」
「そうなんですか?」
「うん」
「ありがとうね、アミ」
「はいですー」
アミが嬉しそうな笑顔を見せた。
その後、手分けして魔石を回収しボアの解体を行い目的の部位を採取箱におさめたところで休憩することにした。
「三人だといろいろと捗るわね」
「うん」
「アミと一緒に旅に出てよかったよ、サリス」
「私もそうおもうわ」
「えへへ」
その時だった。
背中にゾクリとするような殺気を感じた。
何かが見ている!
俺は周囲を見回し、林の奥からのぞく魔獣の相貌を発見した。
(【分析】【情報】)
<<ミミックウルフ>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 139/215
筋力 4
耐久 2
知性 4
精神 2
敏捷 16
器用 2
手負いのミミックウルフだということが分かった瞬間、俺は咄嗟に牽制としてマルチロッドの風魔石が砕けるまでバーストを連射した。
「《バースト》《バースト》《バースト》《バースト》」
突然俺が攻撃したことにサリスとアミが驚いたが、躊躇することなくそのまま戦闘態勢に移行する。
俺は叫んだ。
「林の奥にヤツがいる、危険だからここで迎え討つぞ!」
「はい」
「はいです」
サリスとアミはいつでも攻撃を受け止めれるように盾を前面に構え迎撃態勢をとる。
ミミックウルフはそんな俺達を林に誘い込みたいらしく、林の奥を素早く移動し木々の隙間から何度もうかがい見る姿を晒す。
俺は姿を晒すたびにミミックウルフに対して風魔石の魔力の塊をぶつける。
「《ショット》!…また外れたか…」
「頭がいい魔獣ね」
「普通の魔獣なら、林から出て襲ってきるからな」
「用心深いです」
膠着状態が続く。
俺達としては、いつまでもここで持久戦をするのは不利な状況だった。
一計を案じた俺は小声で二人に指示をする。
「撤退する振りを見せて誘い出そう」
「なるほど」
「はいです」
「誘い出せなければレウリまで逃げる、誘いにのって出てきたら討つ。いつでも攻撃を受け止める態勢を維持してくれ」
「はいです」
「はい」
俺の合図で俺達は少しづつ林から離れるように後退する。
ミミックウルフは俺達を追いかけるか迷ったようだが、武器を構えてるとはいえ、たかが子供3人という傲りから林から出て俺達を追いかけて飛び出してきた。
牛ほどの大きさのあるミミックウルフの巨体が見える。
鋭い歯を剥き出しにして俺の首を噛み千切ろうと狙ってきた。
「アミ!」
俺が叫んだ瞬間、アミがミミックウルフの前面に立ちふさがり鋭い歯を剥き出しにした顔を右手の盾で受け取ると同時に左手の盾と一体化した拳で殴りつけた。
ミミックウルフの巨体がその衝撃によってたたらを踏む。
サリスがその隙を逃さず横から駆け寄り、右の後ろ足の腿の部分に剣を突き入れ横に薙いだ。
ミミックウルフの右の後ろ足から鮮血が噴出す。
ここでミミックウルフは自分の失態に気付いたが時既に遅し。
後ろ足を傷つけられて逃げることが出来ないと悟ったミミックウルフは全力で反撃してきた。
「ガラルルッ」
咆哮をあげて目の前にいるアミに襲い掛かる。
しかしアミは冷静にその牙を盾で次々と受け止めていく。
サリスは横から斬撃、俺は離れてマルチロッドにセットした火魔石で単発の火の玉を胴体に向けて撃っていく。
足による機動力を失い、三方から攻撃をされてミミックウルフの傷が一方的に増えていく。
最後の一撃はアミとサリスの連携だった。
牙で噛み付こうと大きく口をあけるミミックウルフ。
その口を目掛けてアミが正拳突きを食らわせ腕を捻じ込む。
その攻撃でミミックウルフの足が止まったのを見て、サリスが勢いをつけて胴体に剣を突き入れた。
内臓を大きく損傷したのであろう、それが致命傷となり遂にミミックウルフの巨体は地に伏した。
倒れているミミックウルフを見ると胴体には火傷や剣による傷が多数残り、その大きな牙のある顔は打撃を何度も浴びたことから腫れあがっていた。
俺達は肩で大きく息をしていた。
「……やっと倒せたわね」
「…ああ」
「…疲れたです」
俺達はそういって座り込む。
「ちょっと休憩しよう」
「そうね」
「はいです」
「…手負いだったから倒せたのかもな」
「たしかに塞がりかけてる傷がいくつかあるわね」
「昨日ギルドの精鋭が逃がしたという話だし、同一の個体であるのは間違いないな」
「こんな魔獣が何匹もいたら困るわよ…」
「ああ、長く生きてきたレアな魔獣だったのかもしれないな」
「…そうね」
「さてこいつをレウリまでは運べないよな…」
「未確認魔獣の討伐証明として右耳と尻尾を提出しましょうか」
「はいですー」
「そうだな、あとの部分はここに置いて後でギルドに取りにきてもらおう」
「あと他の魔獣に荒らされないようにと目印になるからシートを掛けておきましょう」
「はいです!」
俺達はミミックウルフの死体から右耳と尻尾を回収し、シートで覆いレウリの街に急いで戻り冒険者ギルドで事の経緯を告げた。
慌てた冒険者ギルド職員が荷馬車で現場にいき未確認魔獣の死体を街に持ち帰ったのは夜遅くだった。
死者12名、負傷者2名を出した魔獣の討伐でレウリの街は歓喜したが、その歓喜の中心に俺達の姿はなかった。
冒険者ギルドで経緯を告げたあと、気力を全て絞りきっていた俺達は疲労を理由にそのまま宿にもどり、すぐに横になって眠りについていたのだった。
2015/04/16 表現修正




