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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
少年期【バセナ旅行編】
61/192

3-15 裸セーター

 竜暦6557年11月5日


 牧畜都市レウリの中心にあるカフェテラスで、俺はチーズとキノコのガレットにコーヒー、サリスはラム肉と野菜のポトフにカモミールティー、アミはサーモンとキノコのキッシュにミルクを注文し軽い食事をする。

 昨日牛飼いの死体をみて食欲がわかずに何も食べないでいたのだが、生きている限り腹は空く。

 自分達が生き残る為にも、食事をとって英気を養うことは重要だ。

 あの牛飼いのようにならない為にも…

 腹が膨れたところで予定を話し合う。


「さて腹も落ちついたし、今日どうするか確認しよう」

「死体を見たあとだし、気持ちを落ち着かせるためにもゆっくりしたいけど、そうはいかないわよね…」

「…」


 港湾都市パムで育った俺やサリスも人の死に立ち合った事はあるが、魔獣に襲われた人の死体を見たのは初めてだったのでサリスのいうように落ち着かせたい気持ちがある。

 ふと俺の脳裏にスプリガンの姿がよぎる。

 俺はあのときスプリガンと戦って負けていたら牛飼いのようなバラバラの死体になっていたかもしれないと思った刹那、体がブルッと震えた。

 死んでいたらサリスを悲しませるなと思い胸が痛くなる。

 そっとサリスを見ると何かを覚悟する表情が見える。

 サリスは冒険者、俺は冒険者兼旅行者として生きていく限り今回のような死体との直面は避けれない道だと気持ちを奮い立たせ覚悟を決めた俺がいた。


(そうだな、俺はこの世界で生きているんだ…)


 アミが俺達の表情を見てから口を開く。


「死んだ人はかわいそうですけど…生きている人は前を向いていく必要があると思います」


 いつもと違いアミの口調がしっかりしている。

 どうやらアミは何度も同じような場面を見たことがあるようだった。

 魔獣の住む森が近いようだし、なんとなくだが想像がついた。

 過酷な環境だったのであろう…


「そうだな」

「そうね」


 俺達は飲み物に口をつける。

 サリスとアミも落ち着いたようだし、少し時間を置いてから俺は今日の予定を話す。


「今日はまず昨日報告を忘れていたフォーン討伐の件で冒険者ギルドにいこうと思う」

「はい」

「はいです」

「それが終わったらクエストは行かずにアミの装備を用意しようと思う」

「えっ」

「装備?」

「今でも充分アミは強いが、俺達が未確認魔獣とかに襲われた場合を考えると戦力の底上げが必要だと思っているんだ」

「「…」」


 二人も俺の話で未確認魔獣との戦いを想像し無言になった。


「たしかにそうね」

「…ですね」

「何か底上げの案があるのかしら、ベック」

「ああ、アミと一緒に戦って戦闘スタイルを見てきたけど今の手持ちの小型盾より前腕部を全て覆った篭手に盾が付いてるといいと思ってね」

「なるほど、防御だけでなく打撃も加えるアミにはいいかも」

「…うーん」


 アミはまだ想像がつかないようだが、話を進める。


「旅行を安心に進めるための経費としてアミの篭手の購入代金は俺が支払う、でいいかな」

「私はそれでいいわ、ベック」

「…ぇッ!」


 思わずアミが目を大きく開いて小さな声で驚いた。


「わ、私の装備になるんですから、私が払わないと…」

「うーん、じゃあ、今回のバセナへの同行費用から差し引くというのはどうかな?」

「そ、それでしたら…」

「じゃあ、そういうことで。まずは冒険者ギルドにいこう」


 俺はアミにそう話し、席を立ち冒険者ギルドに向かう。

 牧畜都市レウリの冒険者ギルドに入ると職員が慌しく大勢の冒険者に指示を出していた。

 どうやら地元の冒険者を集めて、昨日の情報を元にした未確認魔獣調査を始めるらしい。

 その様子を横目にし受付の女性にフォーン討伐の報告と採取箱を手渡し、報酬の銀貨10枚と魔石の買取額銀貨30枚を受け取る。


「昨日、死体発見のせいで報告し忘れていました。すいません」

「ああ、気にしなくていいわよ。貴方達のおかげで事態も進み始めたしね」

「大勢集まっていますが、未確認魔獣の捜索ですか?」

「昨日の報告を受けて牛に擬態した魔獣がいないかを本格的に調査することになったの」

「解決するといいですね」

「そうね、これ以上被害者を出すわけにもいかないし」


そういって受付の女性は眉をひそめた。


「貴方達は今日もクエストに行くのかしら」

「いえ、装備を整えようかという話になりまして、この街で冒険者御用達の装備工房をご存知ではないでしょうか?」

「だったら、この通りを北に歩いていくとビュハタラ装備工房があるからそこにいくといいわ」

「ありがとうございます!」


 装備工房の情報を得た俺達は、冒険者ギルドをあとにし街の中心地から少し北にあるビュハタラ装備工房のドアをくぐった。

 カウンターにいた壮年の男性が声かけてくる。

 この店の主人のようだ。


「いらっしゃいませ」

「冒険者ギルドでこちらを紹介していただいたのですが、装備を見せていただけないでしょうか」

「どんな品を探してるんだい」

「彼女用の前腕部を覆い隠す甲冑篭手を探しているのですが」


 そういってアミを見つめる。


「猫人族の子か、ひさびさに見たな。それで他の部位はどうするんだい?」


 アミの着ているレザー装備を見て、主人が不思議そうに聞いてきた。


「実は相談がありまして」

「相談?」

「甲冑篭手を改造して小型の盾を篭手の甲に取り付けることは可能でしょうか?」

「ん」

「アミ、いまもってるナックルシールドを構えてくれないか」

「はいです」


 そういってアミはナックルシールドを片方づつ持ち構える。


「ちょっと昨日のフォーンと戦った時みたいに腕を振って殴る仕草をしてくれるかな」

「はいです」


 アミはボクシングでいうワンツーパンチを出す仕草を見せてくれた。

 それを見た主人が俺の意図を察した。


「こんなスタイルで戦う冒険者がいたとは驚きだ」

「ええ、猫人族の彼女だから出来ると思うんですけど」

「ようは攻防一体の盾と打撃武器を合わせた篭手を作りたいんだな」

「はい」

「ちょっと待ってな」


 主人が奥から数点のガントレットと小型の盾を数種類もってきた。


「猫人族のお嬢さん、この甲冑篭手の中で腕にぴったりのものを選んでみてくれ」


 そういってアミはガントレットを腕に装備して、いちばんしっくりくるものを選んだ。


「この篭手が付け心地がいいです」

「その篭手をつけて、さらにいくつか小型を盾を持ってみて持ちやすいのを選んでみてくれ」


 アミはガントレットを装備したまま、少しだけ開くことが出来る拳で盾を持ち上げていき、いちばん振り回しやすい重さの盾を選んだ。


「そうすると、この甲冑篭手と盾が、お嬢さんにあうってことか…」

「固定できそうですか?」

「殴ったり叩かれたりしても外れないようにするとなると…」

「無理でしょうか」

「いや、時間はかかるが土魔法の術式を利用して固定の補強を行えば可能だな」

「その場合、おいくらになるでしょうか」

「甲冑篭手は銀貨15枚、盾2つで銀貨12枚、改造費用が銀貨10枚ってとこだな。合わせて銀貨37枚だがどうする?」

「是非ともお願いします」

「おう、任せてくれ。明日の朝には作業が終わるはずだから、また寄ってくれ」

「はい!」


 サリスが俺と主人のやり取りを聞いてポカンとしているアミに声をかける。


「明日には新しい盾が出来るそうよ、よかったわね」


 その言葉で我に返ったアミが嬉しそう猫耳をぴくぴくさせて返事をした。


「はいです!」

「明日が楽しみだな、アミ」

「ベックさんは、やっぱり凄い人です」

「そうか?」

「私じゃ話の内容がよく分かんなくて…」

「ははは、そんなこと気にしなくていいよ。アミの方が魔獣にあれだけ近寄って戦えるんだから凄いのはアミのほうだよ」


 そういうとアミが顔を紅くした。

 褒められ慣れしていないのがよく分かる。

 代金を支払い、装備工房をあとにした俺達は今日は他に用事もないので、牧畜都市レウリの街中を観光することにした。

 牧畜都市レウリの街の中心部には大きな公園があり、その公園を取り囲むようにお店が並んでいる。

 食堂やカフェでの品揃えはミルクやチーズを使った料理が多く、牧畜が盛んであるというのもうなづけた。

 あとは衣料品のお店も多い。

 その中の一軒に俺達は立ち寄った。

 サリスとアミが冬物の洋服を買いたいという要望からだ。

 お店の中は羊毛や牛革を使った洋服が目立つのも牧畜都市レウリならではなのだろう。

 しかし俺にとっては辛い場所だった。

 男性向けの服がないのである。

 そう女性向け専用のお店であったのだ。


「サリスいいかな…」

「なにかしら、ベック」

「えっと店の外で待っていようか?」

「えー、折角だし私に似合う洋服探しに付き合ってよ」

「…」


 サリスの提案は嬉しいのは嬉しいのだが店員や店の中の女性の微妙な視線が辛い…

 とにかく居場所が無いのでサリスとアミの後ろを付いてまわることにした。

 変に店の中をうろついて事件に遭遇してはたまらないという想いからだったのだが、これが失敗だった。


「サリス、この服って可愛くない?」

「まあ、可愛いわね」


 そういって毛糸の服を二人で見ている。

 ふわふわな羊毛を使ったセーターで胸を強調するようにV字に大きく開いたネックラインが特徴的だ。


(裸で、あのセーターを着てせまられたら間違いなく襲うな…)


 サリスとアミの裸セーターを想像してしまう邪な俺がいる。


「そのセーター、二人によく似合うよ」

「そうねー」

「えへへ」


 そういってセーターを手に取り、サリスとアミの肩にあててサイズを見繕う。

 そんなことをしていると俺の手が棚にあった商品を落としてしまった。


「あっ」

「ごめん、落としちゃった」


 そういって落ちた商品を持ち上げて失敗したことに俺は気付いた。

 羊毛をつかった肌着である。

 俗にいう毛糸のパンツってやつだった。

 女性用下着を持ち上げ固まる俺。

 サリスとアミの顔が紅潮していく。

 周囲の視線が痛い。

 痛すぎる。

 俺は毛糸のパンツをサリスに押し付け逃げるように店の外に出た。

 …

 なんで俺がこんな目に…

 …

 毛糸のパンツをはいているサリスとアミの姿を妄想する駄目な俺がいる。

 …


(ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


 正体不明な何かが、俺の中で叫んで弾けた。

 牧畜都市レウリの街の中心部の大きな公園のベンチに座る放心した姿の俺を、サリスとアミが見つけてくれたのは、そのすぐ後だった。


2015/04/23 表現追加

2015/04/23 誤字修正


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