3-12 牧畜都市レウリ
竜暦6557年11月2日
心地よい馬の蹄の音と、暖かい陽の光と、優しい風を感じながら広大な草原の街道を馬車で進んでいく。
サルリ村を出発してから半日、街道の脇に小川が見えたので休憩することに決めた。
「この先で休憩するよ」
「はい」
「はいです」
室内から二人の返事が聞こえた。
旅は順調そのものである。
草原によって視界が確保されているので魔獣や野盗の襲撃があっても即座に対応できるし、そもそも襲ってくる敵が身を隠す場所もない。
警戒しながら進まなくてもいいので気楽に風景を楽しめるのだ。
小川のほとりに馬車を止めて、馬に桶で小川から汲んだ水を与える。
サリスがシートを敷いてくれたので、シートの上に座り寛ぐ。
「この草原にも放牧にくるのかな?」
「牧畜都市レウリっていうくらいだし、時期によっては来るかもね」
「風が気持ちいいです」
「順調だし夕方にはレウリに着くな」
「昨日言っていたけどレウリって馬や羊の牧畜が主産業なのよね?」
「うん」
「周囲も草原ばかりのようだし、冒険者ギルドで討伐クエストとかあるのかしら…」
「行ってみないとわからないけど大きな都市だし全く無いとは考え難いかなー」
「そうよね」
サリスの心配もわかる、街道を進む限りトラブルの匂いがしないのだ。
ようは平和すぎるって話だ。
アミが小川を眺めていたら突然立ち上がり俺に迫ってきた。
「ベックさん、槍貸してもらえます?」
「ああ、いいけどどうしたの?」
「あそこに魚がいます」
「えっ」
どうやら魚を捕るために槍を貸して欲しいという話だったのでシェルスピアを貸してあげた。
アミは槍を持ったまま身をかがめて小川の近くまで進み、魚影に狙いをつけて槍を突きさした。
鋭く突かれた槍を持ち上げると30cmほどの川マスが刺さっている。
「すごいな、アミ」
「そんな才能あったのね」
「久しぶりにやったら上手くいきました!」
アミが猫耳をピクピク動かし、尻尾をふりふりさせながら嬉しそうにはしゃぐ。
その姿を眺めながら、ついついいつもの願望が湧き上がる。
(あーー、もふもふ撫でてぇなー)
「今度アミも自分用に採取の為の槍を買ってもいいかもね」
「余裕が出来たら考えてみます」
「捕った魚だけど、サリスにここで調理してもらえないかな、お昼まだだし」
「そうね」
「岩塩もあるしシンプルに塩焼きはどうかな」
「美味しそうですー」
「いいわよ、ちょっとまっててね。ベックはカンパーニュをスライスしておいて」
アミは喜ぶ。
俺は言われたようにカンパーニュをスライスする。
サリスは簡易調理器具、フライパンなど取り出し、三枚におろした川マスの身を岩塩とハーブを使って焼いている。
焼き終わった川マスのソテーと軽く炒めて火を通したクレソンをスライスしたカンパーニュで挟んで川マスのサンドが完成した。
サンドを一口頬張ると張りのある柔らかな身と絶妙な塩加減が口の中でハーモニーを醸し出す。
(お口の中がオルゴール箱やぁ~)
某グルメリポーターのようなセリフが脳内で再生された。
「この組み合わせの味のハーモニーに感動したなー」
「塩を使いすぎたかと思ったけど、そうでもなかったわね」
「美味しいですー」
脳内で流れるオルゴールの音と、暖かい陽の光と、優しい風を感じながら広大な草原の小川のほとりで美味しい昼食をいただいたあと、牧畜都市レウリへ向けて馬車を走らせる。
夕方、牧畜都市レウリへ到着した。
かなり大きい都市だ。
パムと同程度の規模があるように見える。
街の住民に馬屋のある宿を教えてもらい向かったが、そこにあったのは想像以上に大きな宿屋だった。
「ここで間違いないですよね?」
「うん、そのはずだけど…」
宿の前で建物を眺めていると外にいた馬の世話を担当している店員が声をかけてきた。
「立派な馬車ですね、宿をご利用でしたら馬車をお預かりしますけど」
「あ、はい。えっと、大きな宿ですね」
「ええ、大きな馬車で買い付けにくる行商人が多く訪れますしね」
「なるほど、では馬車をお願いします」
そういって馬車を預けて宿屋の受付に向かい、受付の男性に話しかける。
「いらっしゃいませ」
「外で馬車を預けましたが一週間泊まりたいのですが大丈夫でしょうか」
「馬車の大きさはいかほどでしょう」
「二頭立ての馬車一台です」
「あとお部屋は」
「二人部屋を二部屋お願いできますか」
「…」
そういって宿帳を確認した受付の男性は口を開く。
「四人部屋なら一部屋準備できますが、お値段は一泊あたり銀貨3枚になります」
二人の表情を見たが、特に問題はなさそうだ。
「それでお願いします」
「馬車の方も一泊あたり銀貨3枚となりますがよろしいですか?」
「はい、そちらもお願いします」
「ご利用ありがとうございます。こちらが303号室の鍵になります」
そういって鍵を受け取ったあと、食事について確認した。
「この宿でも食事を利用できますか?」
「食事ですが用意することも出来ますが、他のお客様は街にあるお店に行かれる方が多いですね」
「わかりました、ありがとうございます」
そう礼を告げ、三人で部屋に向かう。
「これまでの村と違って、大きな都市の宿屋は忙しそうだね」
「そうですねー」
「三人部屋って、ベック、変な事したら分かってるわよね」
「ははは、平気だよ」
(えっとハーレムはやっぱり無理そうだな…)
内心ちょっと落ち込んだ俺がいる。
部屋に入り荷物を置いた後、夕食を食べるついでに冒険者ギルドに一度立ち寄ろうという話になった。
受付の男性から牧畜都市レウリの冒険者ギルドの場所を聞いて外に出る。
宿屋から5分ほど歩き、冒険者ギルドのドアをくぐる。
ギルドの広さはパムと同程度の広さだろうか、受付の中の職員と掲示板の前の冒険者をあわせて十数人ほどの人がいるのも分かる。
Eランクのクエスト掲示板の前にいくと、いくつかの依頼が張り出されている。
・【緊急】未確認魔獣調査 金貨1枚
・レッサーウルフの群れ討伐 銀貨30枚
・ボア討伐および採取 銀貨15枚
・スリーアイズトード討伐 銀貨15枚
・ブラックスネーク討伐 銀貨10枚
・ゴブリン討伐 銀貨10枚
・フォーン討伐 銀貨10枚
高額な依頼を挙げるとこんな感じなのだが…
なのだが…
だが…
が…
…
未確認魔獣調査なんですか、これ?!
依頼自体が謎のクエストが存在するとは!
未確認魔獣を英語に訳すと
『Unconfirmed magical beast』
略してUMB
…
脳内でふざけるのは、このくらいにしておこう。
「未確認魔獣調査の金貨1枚ってなんだろうね」
「私も気になったけど…」
「報酬がすごいですー」
「ちょっと受付で聞いてみるよ」
そういって受付の女性に話をする。
「すいません、旅をしている冒険者なのですが、Eランクのクエスト掲示板の未確認魔獣調査について伺いたいのですが」
「えっ」
女性に驚かれたのでハッとして気付いた。そう見た目とEランクが乖離していることに。
「えっと…Eランク冒険者でして…」
そういって俺が冒険者証を見せると、サリスとアミも冒険者証を提示した。
「Eランク冒険者が二人とは…」
「はい」
「偽造もないですし、その若さでEランクとは驚きですね」
「パム迷宮のおかげでして」
「なるほどそうでしたか」
「それで先ほどの調査の件なのですが、聞いてもよろしいでしょうか?」
女性は俺達の身分がハッキリしたことで調査の説明を始めた。
「レウリ近郊で放牧に出た牛飼いや羊飼いの死体が見つかる事件がありまして、既に被害者の数は11人となっています」
「11人…」
「ええ、死体の状況から魔獣に噛み殺されたのであろうという推測があるのですが、遺体の状況もひどく、魔獣の姿を見たものがいまだにいないので特定が出来ない状況なんです」
「襲われれば確実に命を落とすという状況ですか…」
「ええ」
「なるほど、その難易度であれば、この報酬も納得ですね」
「そうですね」
「そういえば、いつ頃から発生したのかしら」
「最初の被害者が見つかったのは一ヶ月ほど前になります」
「この時期ならベアでは?」
「ベアも疑いましたが、ベア特有の足跡も発見されておりませんし、それに」
「それに?」
「ベアであれば牛や羊が襲われていてもいいのですが、被害は人だけなんです」
「「「…」」」
人だけを狙う魔獣。かなり厄介な相手だ、俺達はそれに気付き思わず言葉が出なかった。
(まるでジェヴォーダンの獣の事件のようだな…)
俺は転生前の世界であった中世の事件が頭によぎった。
牛ほどの大きさの狼に似た獣が人を襲うという事件だ。
被害者の数はたしか50人以上だったはずだ…
「Cランク案件でもおかしくないですよね」
「もともとはCランククエストで依頼をしていたんですが、いまだに状況が判明せず被害者ばかり増えているので苦肉の策としてEランク以上に【緊急】依頼を出している状況なんです」
受付の女性は眉をひそめた。
【緊急】のついた依頼は誰でも参加できるクエストだ。
大型魔獣討伐や調査など人海戦術が必要な際に発行されるという特徴がある。
「旅の途中ですが、レウリ滞在の間に未確認魔獣に関する情報を得られた場合、ギルドに提供させてもらいますね」
「時間に制約もあるでしょうし、無理にやる必要はありませんが、情報はいつでも歓迎いたします」
「はい」
そういって受付を離れる。
「未確認魔獣調査は他の冒険者もやっているし、俺達は普通の依頼を処理していこう」
「そうね」
「はいですー」
「でも、未確認魔獣が出没しているようだし、レウリから外に出る場合は注意するようにしよう」
「そうね、で明日はどの依頼をしようかしら」
「まだ戦ったことのない魔獣で銀貨10枚以上のやつがよさそうだ」
「フォーンかスリーアイズトード?」
「スリーアイズトードにしよう」
「はいですー」
俺はスリーアイズトード討伐を受付に持っていく。
「これをお願いします」
「期限は3日以内にスリーアイズトードの3匹分の腿肉の提出ね、これが採取箱よ」
「依頼票に書かれているルイホイ沼とはどの辺りになりますか?」
「えっと待っててね」
そういって牧畜都市レウリ周辺の簡易地図を持ってきてくれた。
「この地図に書かれているけどレウリの南東にあるわ、距離は徒歩で1時間ほどよ。地図はあげるわ」
「ありがとうございます」
そういって採取箱3個を受け取り冒険者ギルドの外に出た。
「さて夕食はどうしようか」
「時間も遅いし、カフェで軽い食事でいいわよ」
「ですねー」
俺達は通りにあるカフェで軽い食事を取ることにした。
俺はキノコとほうれん草のキッシュ、サリスはラム肉のソテー葡萄酒ソースがけ、アミは骨付きラム肉とキノコの煮込みを注文し料理を堪能した。
美味しい調理は人を自然と笑顔にする。
その笑顔が明日への活力となるのだった。
2015/04/16 表現修正




