3-11 岩塩
竜暦6557年11月2日
目が覚めると隣のベッドで寝ているサリスの姿があった。
体調も戻っていた俺はサリスのベッドに潜りこもうと起き上がったところでサリスも目を覚ました。
「ふぁぁぁぁっ」
サリスはベッドの上で上半身を起こし、大きなあくびをして手で目をこする。
(ちくしょうぅぅぅぅぅぅ!)
ベッドに潜りこめなかった俺は心のなかで魂の叫びをあげていた。
しかし俺は諦めていなかった!
「おはよう、ベック」
「おはよう」
俺はそういって寝起きのサリスに軽くキスをした。
「夕べはありがとう」
お礼をいうと同時にサリスをベッドに押し倒し、そのままベッドにもぐりこむ。
「ちょっ!え?!」
サリスが慌てるがそのまま俺はサリスの体を無言で抱きしめる。
一瞬体を硬くしたサリスだが、ふっと力が抜けたのがわかった。
サリスも嫌がっていないのだ。
服の上からだが柔らかな肢体の感触が伝わってきて次第に自分が興奮してくるのが分かる。
そのまま俺はサリスとベッドの中で長く唇を重ねた。
ちょっとだけ舌も入れてみたのは内緒である。
重ねた唇を離したときにドアがノックされた。
(ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーー)
得体の知れない何かが俺の中で叫んだが正体は結局わからなかった。
俺とサリスはベッドから飛び跳ねるように起き上がり、何事もなかったように平静を装って返事をする。
「どなたですか?」
「アミですけど、もう平気ですか?」
「大丈夫だよ、入っておいでよ」
そういってドアを開く。
「ベックさん、元気になってよかったです」
「ああ、サリスが看病してくれたおかげさ」
「倒れた後、サリスはベックさんのことをたくさん心配してたんですよ」
「そうみたいだね、無理してゴメンね」
「う、うん」
俺とサリスは先ほどのことがあって、よそよそしかった。
その姿をみてアミが猫耳をピクっとさせて小首をかしげる。
俺は部屋の窓から外を眺めたが、まだ雨が降っていた。
「今日も雨か…宿屋で足止めかな…」
「そうね」
俺は腕を組んで今日の予定を考える。
「二人とも予定はある?」
「特にないわよ」
「私もないです」
「今日は宿でゆっくり休もう、そういえばここで食事を取れるんだよね?」
「うん、頼めば作ってくれるそうよ」
「なるほど。食事の心配はないようだね。まずは朝食を食べようか」
「そうね」
「はい」
そういって宿屋の食堂に移動した。
宿の主人の姿が見えたのでお礼を述べる。
「昨日はお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや、この時期には珍しい雨で、体が冷えたんじゃしょうがない」
「そういってもらえると助かります」
「体調も戻ったようで良かったよ」
「三人分の朝食をお願いしたいのですが平気でしょうか?あと代金も教えていただければ」
「お嬢さんに伝えているが一人一食銅貨10枚だよ、あと朝食は暖かいものを用意してあげるよ」
「ありがとうございます」
代金を支払い、二人が座っている食堂のテーブルに向かう。
他愛のない会話をしていると主人が朝食を持ってきた。
今日の朝食はバジル風味の野菜スープとクッペだ。
「バジルの風味が絶妙だね、野菜もよく煮込まれてるし」
「香草も数種類はいってるようだわ」
「あったまって美味しいです!」
美味しい料理を堪能してから部屋に戻る。
サリスとさっきの続きを…したかったが、サリスとアミは部屋に戻って編み物をするという話だったので、これまでの旅程の旅行記の記事をかくことにした。
熱中して記事を書いていると部屋のドアがノックされたので顔を上げる。
「はい、どうぞ」
「ベック、雨があがったみたいよ」
そういってサリスとアミが部屋に入ってきた。
時計を確認すると14時になる。
クエストをやるには遅すぎる。
しかし折角雨がやんだのに部屋にいるのも勿体ない。
少し思案して村の中を散策することにした。
宿を出て雨上がりの村の通りを歩いていると雑貨屋が見えてくる。
「ちょっと雑貨屋に寄って旅に必要になりそうなものを買おうか」
「はい」
「そうね、ベック」
小さな村の雑貨屋であるが、中に入って商品を見るとそれなりに揃えられていて驚いた。
「いらっしゃい」
カウンターにいる店の女性が声をかけてくる。
買物はサリスとアミの女性陣に任せ、俺は店の女性と話をすることにした。
「なかなかの品揃えですね」
「ああ、牧畜都市レウリの商人が定期的に商品を持ってくるんだよ」
「なるほど」
牧畜都市レウリは、ここサルリ村の先にあり次に立ち寄る予定の大きな都市だ。
「俺達は旅の途中で、この辺りのことは詳しくないんですよ。なにか面白い話はありませんか?」
「うーん、サルリは農家を中心とした村で、これといって見所はないんだけど…」
「レウリから商人が定期的にくるという話でしたが、その商人はこの村からは何を買っているんです?」
「ここから少し北西にいったところに岩塩の取れる場所があってね、それを買っているよ」
「ああ、塩は貴重ですしね」
「といってもたくさん取れる訳でもないし、海のある地域から入ってくる塩の量のほうが圧倒的に多いから一部の好事家向けに買っているって話さ」
転生前の記憶を探る。
添乗員をしていたころツアーに組み込まれた塩の博物館で、岩塩は海水塩と同じくらいミネラルを含んでいるが一点だけ違いがあり【にがり】である塩化マグネシウムが含まれていないので苦味がないという話だった。
ようは塩味をダイレクトに味わえるという話だ。
一部の食通の間では高級塩として高値で取引されていたはずである。
「少量でいいのですが岩塩を売っていただけないでしょうか」
「いや今は売るほどの量の岩塩は置いてないね」
「そうですか」
俺は肩を落とす。
「そこまで欲しいなら岩塩を採りにいったらどうだい?」
「えっ」
「ここの村の人は家で使う分の岩塩は、みんな自分で採りに行くくらいだし平気だよ」
「本当ですか!」
「あと岩塩を採る為のツルハシはそこに置いてあるから」
楽しそうに店の女性が笑った。
俺は商売上手な人だなと感心して折り畳み式のツルハシを銅貨40枚で購入するのだった。
サリスとアミも数点買物をし、雑貨屋をあとにした。
「夕方まで時間があるし店の人に教えてもらった岩塩を採りにいこうか」
「岩塩?」
「塩はパムを出るときに持ってきてるわよ、ベック」
「ここの特産らしくてね、入手しておきたいのさ」
「場所は近いの?」
「30分ほど北西にいったところにある洞窟らしいから時間はかからないよ」
「じゃあ、散歩がてら行ってみましょう」
「はいです」
そういって俺達は30分ほど林を歩き、岩塩の採れる洞窟に辿りついた。
迷宮灯をつけ、洞窟の内部に入るとかなりの広さがあることが分かる。
壁面にツルハシで採取された後が見える。
「あれが岩塩ですか?」
そういってアミが壁の表面を指差す。
よくみると結晶になってる塩がところどころ露出していた。
「二人とも離れててね」
そういって俺は壁面を狙い、ツルハシを思い切り振る。
数回振るったところで壁面から20cmくらいの岩塩の結晶を採ることができた。
少し舐めてみると塩の味がする。
「岩塩で間違いないね、しょっぱいよ」
そういって俺が笑うと、サリスとアミも興味を持ったらしく岩を舐めて驚いた。
「ええ!本当にしょっぱいです」
「この塩辛さは、いつもの塩の味と違うかも…」
「宿の料理で使ってる塩もこれだとおもうよ。この村の人はここに自分で取りに来て使ってるらしいから」
(村から近い場所にある岩塩坑か、いい観光名所を見れたな、これも記事にしないと)
俺は思わぬ収穫につい笑みがこぼれたと同時に、ふと転生前に行ったことのあるポーランドの世界遺産であるヴィエリチカ岩塩坑を思い出した。
(ここの岩塩の壁も加工しやすいだろうし、表面に人や動物や植物の絵を彫り上げたら見ごたえありそうだな)
「さて岩塩の塊も手に入ったし、そろそろ宿に戻るか」
そういって洞窟をあとにして俺達は宿に戻った。
宿のカウンターで夕食を頼んだあと、宿の主人に岩塩のことを聞いてみた。
「ここの宿も岩塩を使ってるんですか?」
「もしかして洞窟に行ってきたのかい」
「村の雑貨屋で話を聞いたので散歩がてら行ってみました」
「そうか、確かに、ここの料理も岩塩を使ってるよ」
「なるほど、それで素材の味が引き立ってたんですね」
「よくわかったな」
「ええ」
「そこまで味の違いが分かるなら自慢の料理を出してあげよう、楽しみにしてな」
そういって宿の主人は厨房に向かっていった。
食堂のテーブルに二人が座っている。
俺も隣に座って、明日以降の話をする。
「明日の朝は予定通り、ここサルリ村を出発して牧畜都市レウリを目指す」
「はいです」
「はい」
「あと牧畜都市レウリは少し長めに滞在しようと思ってる」
「そうなの?」
「ああ、大きな都市という話だし、冒険者ギルドによって少し路銀を稼いでおきたいから」
「なるほど、わかったわ。ベック」
「はいです」
出発時間などを確認していると宿の主人が料理をもってやってきた。
「どうぞ、カボチャのポタージュとカンパーニュだ。自慢の品だから期待してくれよ」
宿の主人が笑顔で料理を目の前のテーブルに置いて厨房へ戻っていった。
「これは…」
「カボチャってこんなに甘かったかしら…」
「美味しいですー」
カボチャのポタージュが想像以上にまろやかで甘く感じる。
しかし、それほどしつこくない甘さである。
(そうか、岩塩か…)
俺は岩塩を思い描いた。にがりという雑味がない為、素材の本来の味を引き立ててるのである。
隠し味の岩塩が決め手になる料理だが、加減を間違えるとバランスを崩してしまうという難しい料理だ。
さすがに自慢というだけある料理だった。
(やっぱり旅と言えば美味しい料理だな!旅って最高だぜ!!!!)
サルリ村の宿屋の食堂で美味しい料理を食べて妙に興奮している俺がいる。
2015/04/16 表現修正




