3-2 特注馬車
竜暦6557年10月24日
「スプリガンの件聞いたよ、巻き込まれたんだって?」
「ええ」
「無事でよかったよ…」
「ご心配かけてすいません、注文の支払いもまだ残ってますし」
「支払いより君の事が心配だったよ、共同開発者だしね」
「ありがとうございます」
そういってロージュ工房を訪れた俺はファバキにお礼をいった。
「例の光で腐食を進める薬品のほうは開発は順調ですか?」
「私も含めて技術者が試行錯誤を繰り返してるところさ、まだまだ時間かかりそうだね」
「なるほど」
「で、今日ここに挨拶に来たのは馬車の件だよね」
「察していただけて幸いです」
「説明もあるし倉庫にいこうか」
そういってファバキに倉庫へ案内された。
目の前に高さ3m、長さ5m、幅2mの巨大な箱型馬車が存在した。
「すごい!」
「喜んでもらえてよかった」
「この大きさだと二頭立てですね」
「うむ、1日の移動距離は30kmくらいかな」
ファバキがそういって、そのまま機能の説明にうつる。
「まず外装だけど水魔石を利用したコーティングをしていて火がつき難くなっている」
「いいですね」
「車軸には要望どおり新開発の板バネを採用してるよ」
「はい」
「テストした限りちょっとした段差の揺れはかなり軽減されてるけど、時間がなかったので耐久性が心配かな」
「そうですか」
「ただし板バネが作動しなくても通常の馬車として利用できるから安心していいよ」
「ありがとうございます」
さすがの出来に思わず礼を述べた。
さらに機嫌よくファバキが説明を続ける。
「室内だが自動で適温を維持する温度調整器を実装しているよ」
馬車の室内に乗り込むと空気が暖かい。
「ただし温度維持のための魔力を供給する魔石は消耗するから、交換が必要になったらセットしなおして欲しい」
「はい」
「あと希望通り床はフラットにし各場所に収納をつけているからね」
「使い勝手が良さそうで助かります」
そういうと後方にある収納をさして開けるようにファバキが促してきた。
俺がその収納を開くと、長さ30cmほどの棒と縦横高さ20cmほど箱が入っていた。
「あの…これって…」
「清浄送風棒と分解箱さ」
「簡易便器が出来たんですね!」
「うむ」
得意気にファバキがうなづき、棒を手にとって《オン》と呟くと棒の先が淡く光って風がでる。
「この風で皮膚の汚れや、武器の血糊を除去できるよ」
「アイテムボックスにもしまえる大きさでいいですね!」
「君の話を参考に冒険者へ提供しやすい大きさにしてみたのさ」
「なるほど!」
「分解箱のほうが少し厄介だったけどね」
「この大きさって小さすぎませんか?」
「ちょっと見ててね」
ファバキが箱を地面に置き、《オン》と呟くと天板の穴が特徴的な40cmほどの立方体になった。
「アイテムボックスの技術の流用で小型化できるようになっていてね」
「これはいろいろ応用できる技術ですね!」
「コスト問題が存在するのがネックだけどね、まあ小型化に伴ってアイテムボックスへの収納をしやすくしたのと」
「したのと?」
「排泄物など箱の中にいれたものに極力触れないで済む仕組みになっているんだよ」
「あーーー」
思わず俺は納得した。
さすがに分解するとはいえ排泄物を一時的にでも入れた箱をアイテムボックスに、そのまましまうのは躊躇してしまう。
設置型では全く考えなくていい話なのだが…
「家庭向けなら小型化する機能は外せますね」
「うん、技術者達も冒険者には小型化機能付き分解箱、家庭向けには分解箱のみで計画しているようだね」
「素晴らしいですね」
「気にいってくれたかな?」
「はい!」
予想以上の出来に俺は素直に驚き、ロージュ工房の技術力の高さに興奮した。
その後、倉庫から工房のカウンターの椅子まで戻ってきて、受け取りと支払いの話をすることにした。
「馬車と簡易便器の受け取りですが、旅行の出発日前日で問題ないでしょうか?」
「それは構わないよ、日程はもう決まってるのかな」
「いえ、まだ準備中ですが1週間程度で準備できると思っています」
「承知したよ」
「あと支払いですが」
そういって金貨3枚を提示する。
「残金金貨7枚になりますが問題ないでしょうか?」
「平気さ、支払いはもっとゆっくりでもいいよ」
「それで大丈夫ですか?」
「例の商品が開発すれば、その利益で支払ってくれてもいいよ」
「あー、なるほど」
共同開発の写真機の利益を馬車やその他道具の残金に充てていいとの破格の提案だったが、さすがに甘えるのはまずいと思い遠慮する。
「少し時間がかかりますが年が明けたら旅行先からパムに戻ってきますし、迷宮で稼いでお支払いにきます」
「本当にしっかりしてるな、君は」
そういってファバキがにこやかに笑った。




