2-24 コボルト
竜暦6557年10月9日
東大通りの朝のカフェテラスで落ち合う。
俺は定番のコーヒーとクロワッサンを、サリスはカモミールティーとアップルパイを注文する。
「昨日は慌しかったね」
「うん」
「でもトントン拍子で独立の話まで進んでよかったよ」
「…うん」
サリスがやけによそよそしい。
いつもなら笑顔を振りまいてもおかしくない話題だ。
「どうしたの?」
「…こんなに幸せでいいのかな…」
サリスが突然おかしなことをいうので焦る。
(…!!わぁぁぁぁ、あ、あれだ、これ、サリスにマリッジブルーきちゃったみたいだわ!!)
サリスの落ち込みの原因は望んだ交際で喜んでいたはずなのに急な状況の変化に心がついていけずに漠然とした不安感を抱いちゃっている症状、まさにマリッジブルーそのものであった。
(あー、転生前の結婚の時はどうしたっけ…、たしか同僚に聞いたけど…、あっ、そうだとことん相談するのがいいって言ってたわ!)
「えっとまずはEランク昇格試験に合格しないといけないし、不安があるなら俺とことん付き合うから相談していいよ」
「…そうだね」
「うん、俺も不安があるしね、独立後の生活をどうしようかとか思ってるけど」
「…うん」
「俺は明るく笑ってるサリスが好きだしさ、少しづつ二人で不安を解決していこうよ、来年の春まで時間あるしさ」
「ええ、そうね」
(少しは落ち着いたようだな、とりあえず今日やることを終わらせよう。剣をふるってストレス発散すれば少しは改善するかもだし)
「今日は、まず冒険者ギルドで指名クエストを確認しないね」
「うん」
人間関係って難しいねとおもう俺がいる。
カフェテラスでサリスといろいろ話をしたあとに冒険者ギルドに行き、受付のジュイスに指名クエストの件を確認した。
「8回目の昇格試験の指名クエストだけど、迷宮2階のコボルト討伐。5体分の尻尾の提出ね。報酬は銀貨10枚。はい採取箱と依頼票」
「えっと…」
「2階いってもいいんですか?」
「ええ、もし他の冒険者に注意されるようなことがあったら依頼票を見せてね」
「はい」
採取箱と依頼票を受け取る。
そこでさらにジュイスが話しかけてきた。
「迷宮2階の探索許可を出すのに時間かかっちゃって一昨日はクエストの説明をできなかったのよ、ごめんなさいね」
「いえ、問題ありません」
冒険者ギルドを後にし迷宮に向かう。
サリスの顔つきが朝と変わっいて別人のようだった。
(やっぱり迷宮探索で集中することがあるほうがマリッジブルーで悩まなくて良さそうだ)
「迷宮2階の情報は全くないわね…」
「今日は冒険者ギルドにも寄って時間少し過ぎちゃったし、最短距離を通って縄梯子を目指そう」
迷宮に向かいながら対象のコボルトについて話をする。
「コボルトはウルフの頭部を持ったゴブリンって感じだよ。攻撃方法は噛み付きと武器による連携攻撃だね」
そういって魔獣図鑑のコボルトのページを開いてみせる。
「小型魔獣A種で知能はゴブリンより高いって話もある」
「気を引き締めていきましょ」
「ああ」
迷宮についた俺達は最短ルートを通って迷宮2階を目指す。
最短ルート上にいるはずの魔物は既に他の冒険者に倒されていたようで出現していなかった為、昼過ぎには縄梯子のある迷宮2階の入口の穴についた。
「魔物に遭遇しなかったし、他の冒険者の狩りのルートになってるようだね」
「そうね、迷宮2階に用事のある人は楽できるわ」
「じゃ、初の迷宮2階がんばろうか」
「はい」
縄梯子を降りる。
目の前に広がっている通路は1階のむき出しの土の通路と違い、石のタイルが貼られていた。
通路の幅は10mほどありかなり広い。
通路の高さは5mくらいあるだろう。
迷宮1階とは別世界だった。
「なにこれ…」
「ブラウニーの仕業かもね」
「ブラウニーって?」
「家や建物を好み、その建物を管理する知性ある魔獣さ」
「いい魔獣じゃない」
「そうでもなくてね、綺麗な建物に魅せられた力のない人を襲うんだよ」
「…」
サリスが嫌そうな顔をした。
「さて初めてだし慎重に進もうか」
迷宮2階の縄梯子のある場所は十字路の中心だった。とりあえず北に進むことにする。
通路の先に揺らめくものが見える。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・ガルム>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 102/102
筋力 4
耐久 2
知性 1
精神 1
敏捷 4
器用 4
サリスに合図を送り、小声で話す。
「ガルムが3匹この先にいるね」
「ガルム?」
「ウルフを少し攻撃的にした魔獣だね、今回は目的がコボルトだし、戻って西を目指そう」
「はい」
そういって縄梯子のある場所まで引き返し西に進む。
また通路の先に影が見える。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・レッドキャップ>>→魔獣:アクティブ:火属
Eランク
HP 113/113
筋力 8
耐久 4
知性 1
精神 1
敏捷 1
器用 1
またサリスに合図を送り、小声で話す。
「レッドキャップが2匹この先にいるね」
「またコボルトと違うのね」
「うん、はじめての2階だし慎重に様子を見よう、戻って南にいくよ」
「はい」
また引き返し南に進む。
途中魔獣に遭遇せず十字路についた。
少し悩み西に進むと魔獣の気配がした。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・コボルト>>→魔獣:アクティブ:風属
Eランク
HP 101/101
筋力 4
耐久 4
知性 2
精神 1
敏捷 2
器用 2
(やっといたかコボルト。しかも5体。それにしてもHP多めだな…)
気配に気付きとまったサリスが小声で話す。
「ベック、先の魔獣ってコボルトじゃない?」
「うん、5体いるね」
「作戦どうする?」
「ゴブリンと同じでいいと思う。ただしゴブリンより体力おおいと思うから気を抜かないようにね」
「はい」
サリスに合図を送る。
「《バースト》」
火の玉が弾けてコボルトの毛に火がついた。
サリスが駆け出しストームソードの剣撃の結界の発生させコボルトに次々と傷を負わせる。
俺も単発の火の玉を手前のコボルトに当てていく。
「《ショット》《ショット》《ショット》」
手前のコボルトが足を引き摺って、俺に向かってきたのでシェルスピアに持ち替えて胴体を狙って横薙ぎに払う。
脇腹に槍の先が掠めコボルトが片膝を突いたところに、頭を狙い追撃の突きをいれた。
「ドシュッ」
眉間に一撃を受けたコボルトが倒れる。
前を見るとサリスの足元に2体のコボルトの死体がある。
マルチロッドに持ち替えて右側手前のコボルトの背中に火の玉を放つ。
「《ショット》《ショット》」
背中に攻撃を受け激昂したコボルトが俺を狙って駆け寄ってきてジャンプし襲ってきた。
「《バースト》!」
空中にいるコボルトに威力のある火の玉をぶつけると、そのまま吹き飛ばされ息絶える。
「やぁぁぁぁっ!」
最後に残ったコボルトはサリスの裂帛の気合で放った袈裟切りを受けて絶命した。
5匹のコボルトを倒しきった。
「なんとか勝てたね、2階での初勝利だ」
「…そうね」
「どうした?」
「1階と比較にならないほど強かったわね」
「そうだな、俺達はまだまだ修行が必要ってことさ」
「迷宮1階の敵を軽くたおせるようになって慢心してたみたい、私…」
「ゆっくりと二人で頑張っていこう」
「…うん」
サリスはうなづく。
コボルトの尻尾と魔石を回収するとサリスが驚く。
「ちょっとこれDランクの魔石じゃない!?」
「ほんとだ!大きいね」
「さすが迷宮2階ね」
「たしかレートはいくらだっけ」
「レートの調整はないはずだから各種Dランク魔石は、まだ1個あたり銀貨6枚のはずよ」
「5個で銀貨30枚か」
「そうね」
腕を組んで思案してからサリスに提案する。
「今日は1戦しかしてないけど、いろいろあったし戻ろう」
「え」
「目標は達成したし戻ろう」
「どうしたの?」
「朝のサリスを見てるから無理はよくないと思ってね」
「…」
「転移石使うよ」
そういって迷宮から脱出し、そのまま冒険者ギルドの受付に顔を出す。
受付でジュイスにコボルトの尻尾と各種魔石を渡しクエストの報告を行う。
「はい、今回の指名クエストの報酬として銀貨10枚。あと各種Dランク魔石5個で銀貨30枚ね」
「はい」
そういって銀貨を受け取る。
「しかし今日指名クエストうけて、夕方にはクリアしちゃうって…」
ジュイスがあきれた顔で俺達をみる。
「先行した冒険者の方がいたようで2階への穴まで戦闘せずにすんだからですね」
「よかったわね」
「はい」
「で9回目の昇格試験の指名クエストの話だけど、迷宮2階のレッドキャップの討伐。5体分の帽子の提出。報酬は銀貨10枚。はい採取箱と依頼票」
「「はい」」
俺達は冒険者ギルドから大通りに出た。
「今日は、いろいろごめんね…」
「いいさ、サリスだけが悪いわけじゃないよ」
「…」
俺はそっとサリスの手を握り色づいた銀杏並木の下を二人で歩きはじめる。
2015/04/22 会話修正




