2-23 ボア肉の葡萄酒煮込み
竜暦6557年10月8日
朝からイネスとサリスは料理の仕込をしている。
まずボア肉を薄くスライスし、軽く塩コショウしてからタコ糸で丸めていく。
次に人参、玉ねぎ、セロリなどの野菜を切ってから丸めた肉と一緒に器に入れて、ひたひたの量の葡萄酒で漬け込む。
数時間して味が染み込んだところで、サリスが肉と野菜を取り出して表面に焦げ目がつくまで焼く作業にはいる。
イネスは漬け込んでいた葡萄酒を火にかけてアルコールを飛ばしたあと、香草と焦げ目のついた野菜を加えてアク取りを行い煮汁を作る。
最後に煮汁でじっくりと肉を煮込むことで『ボア肉の葡萄酒煮込み』が完成した。
「肉がとろけるほど柔らかいし、ソースの味も絶品だね」
「ああ、家庭料理とは思えないよ」
ジャスチとアキアが夕食のテーブルで『ボア肉の葡萄酒煮込み』を味わい、おもわず感想をもらしてしまう。
「ふふ、ありがとう」
「頑張ってみました」
「そうね、サリスちゃんの手際もよかったわよ」
「義母様のおかげです」
イネスとサリスは実の母娘みたいにベッタリしている。
相性いいのがよくわかる。
サリスにしても早くに母を無くしているので母親の愛情を求めているところがあるようだ。
「がんばって迷宮で調達してきてよかったよ」
俺がそういうと、ジャスチが尋ねてくる。
「昇格試験は順調みたいだけど大丈夫そうだな」
「ええ、いまのことろ全ての指名クエストを問題なく消化しています。父様」
「全部で10回だったかな」
「はい、昨日7回目でした」
「残り3回か、気を引き締めて頑張れ」
「はい、父様」
ジャスチがにこやかに笑って応援してくれる。
ここで夕食の食卓の話題が変わった。
「そういえばヒッチの件だけど、どう思う。イネス」
「ヒッチが良ければ私は反対しませんよ。二人とも良さそうな娘さんでしたし」
「ヒッチ兄様来たんですか?」
「昨日休みだということで昼間顔を見せてくれたんだよ」
アキアが答える。
「ヒッチもお付き合いしてる方々がいてね、結婚したいという話がでたんだよ」
(なにかがおかしい)
「方々?」
「二人の女性から交際を求めらられているという話さ」
(あーーー、そんな話してたな)
「ヒッチ兄様は女性に人気ありますしね」
「昨日は3人で家に来たんだよ」
(ハーレムか、このやろーーー、うらやましいぜ)
「オーガント家としてはヒッチは既に成人してるし、本人の意見を尊重するとは伝えているよ」
「私もさらに娘が二人増えるんだし大歓迎よ。ジャスチ」
「じゃあ、私がパムにいる間に話を進めないとな」
「そうですね」
イネスが答えるとアキアが口をひらく。
「そうするとフラフルの令嬢との話も進めたほうが良さそうですね、父様」
「アキアとしても問題なかろう」
「フラフルの令嬢とは誰なんですか?アキア兄様」
「ああ、首都の取引先の商会の令嬢でな。僕との結婚の話が出ているのさ」
「年があけたら、行商にいくからその時に話を進めるか。イネスはどう思う」
「前にも少し話をしましたが大歓迎よ、サリスちゃんも姉様できて嬉しいわよね」
「はい!」
どうやらオーガント家は結婚ラッシュが来たようだ。
「ヒッチ兄様は既に官舎暮らしですし結婚しても別に家を用意するでしょうけど、アキア兄様の場合この家に嫁いでくるとなると俺がいると手狭になりますよね」
「そうだな、増築でもするかな。イネスどう思う」
「いいと思うわよ、ジャスチ」
少し思案して思い切ってイネスとジャスチに切り出した。
「でしたら、俺もEランク冒険者として成人扱いになりますし、いっそサリスと一緒に住む家を用意するというのはどうでしょうか?」
「え、ちょ、ちょっとベック、それって…」
サリスが頬を紅潮させて慌てる。
「うーむ…」
「そうね…」
ジャスチとイネスが考え込むのでさらに話を続ける。
「最近ずっとサリスと迷宮を探索したり休日を過ごしていて、一緒にいる時間だけみても家族ともう同じですし、毎日外で待ち合わせするというのも無駄が多いように感じております」
「うむ…」
「サリスと別れることはありませんし住むのも同じパムですので、父様や母様に会うのも問題ないと思います」
「「…」」
ジャスチとイネスが俺とサリスの顔を何度も見直し思案しているところでアキアが助け舟を出してくる。
「父様。私が令嬢を連れてパムに戻るのは来年の春でしょうし、その時にはベックもサリスも11歳のEランク冒険者ですので問題ないのではないでしょうか」
「それならば関係する方々への説明も通るな」
「サリスちゃんはベックと一緒にいたいのよね」
「は、はい!」
「とりあえず来年の春先にベックは独立するということでいいかな?イネス」
「…ええ、そのかわり。成人までは週に一度はここに顔を見せにくることが条件でどうかしら」
「父様。母様、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「あとはマリスキン家への話だが私からも一言いっておくが、ベックも説明しておけよ」
「はい、父様」
(11歳で独立か、あとの問題はファキタさんへの挨拶だな…)
慌ただしく騒がしい幸せなオーガント家の夕食を終えてから、俺はサリスを家に送り届けるついでにマリスキン家にお邪魔し、アキアの結婚と同時に独立したいと話を持ち出した。
「フラフルの令嬢の件は知っておるよ。アキア君にお似合いの可愛らしい方だったな」
「ご存知でしたか」
「ああ、護衛の付き添いであっただけだがね。そうかそうか、結婚することになったか」
「それでオーガント家も手狭になりますし兄夫婦の邪魔をしたくないので来年の春に独立しようかと…」
「その頃は11歳でEランク冒険者か、なにも問題ないじゃろ」
「え?」
「父さん、ほ、本当にいいんですか?!」
俺とサリスは驚く。
「ワシもお前達と同じくらいの時には独立しておったしな、いまの状況をみると遅いくらいじゃな」
「「ありがとうございます」」
ファキタさんの了解も得たことで、俺とサリスの来年の春の独立がこの日決まった。




