2-20 縄梯子
竜暦6557年10月5日
サリスとの待ち合わせで迷宮管理の小屋までやってきたところ、小屋のカウンターにヒッチの姿が見えた。
「ヒッチ兄様。お久しぶりです」
「やあ、ベック」
「今日はここにお手伝いですか?」
「うん、担当職員に急用が出来たので、急遽応援でここにまわされてしまってね」
ヒッチは苦笑いした。
「母様が心配してたので、たまには家に顔をだすと母様が喜びますよ」
「忙しくて戻れなくてすまないね、今度休みができたら一度家に顔を出すと母様に伝えてくれるかい」
「はい」
ヒッチが辺りを見回し、
「サリスと待ち合わせかな?」
「はい」
「しかし二人は仲がいいな。羨ましいよ」
「ヒッチ兄様も女性に人気ありますし、すぐに結婚相手は見つかるのではないですか?」
「うーん、二人ほど言い寄られてはいるんだけどね…」
「さすがです、ヒッチ兄様」
「どちらも悪い子じゃなくて、困ってるんだよね」
(イケメンヒッチ恐るべし…)
「いっそ二人ともに嫁として結婚してみてはどうでしょうか?」
「稼ぎがよければね…ははは」
そうこの世界では養う能力さえあれば重婚が認められている。
一夫多妻、一妻多夫、どちらも禁忌ではないのである。
理由は簡単で独身の男女を極力減らし、とにかく誰かと繋がりもつことが重要であるという考え方だ。
たたし実際は、収入を考えると複数の人と結婚をする人は稀である。
ちなみにオーガント家のジャスチの収入であれば、重婚してもなんら問題ないのだが幼い頃よりイネス一筋のジャスチとしたらそんなこと思いつくことさえ無かった。
愛の力は偉大である。
「共働きという手もありますけど…」
「なるほど共働きか…収入を3人あわせれば…」
ヒッチがなにやら考え込んでいる。
(余計なことをいったかな…)
そこにサリスがやってきた。
「ヒッチ義兄様、こんにちは」
「やあ、サリス」
「さてサリスも来たので迷宮にいってきますね」
そういって必要事項の書き込み、手続きを終えた俺達は迷宮に入った。
(【地図】を実施してと、あとはナビゲートで北部にある地下2階への穴の最短ルートを設定。これでよし)
いつもの手順でスキル【地図】を使い迷宮の地図を目の前の空間に表示し浮かび上がらせる。
(えっと最初ゴブリン、次もゴブリンで、その先でスライム、その次にウルフで、最後にスライムをこえると2階への穴と)
「はい腹止丸」
「ありがとう」
アイテムボックスから水筒を取り出し薬草茶で腹止丸を飲み込む。
同じようにサリスも腹止丸を飲んだあと探索を開始した。
「この先を北に進み、最初の分岐を左ね、そこでゴブリンと戦闘ね」
「はい」
慎重に進み、目当てのゴブリンが見える。
「確認するから待ってね」
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・ゴブリン>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 44/44
筋力 4
耐久 4
知性 1
精神 1
敏捷 2
器用 2
(【分析】【情報】!)
<<ラビリンス・ホワイトゴブリン>>→魔獣:アクティブ:聖属
Eランク
HP 66/66
筋力 2
耐久 4
知性 4
精神 1
敏捷 1
器用 1
(亜種混じりか…)
「普通のゴブリンが3体、体の大きいやつが亜種で1体いるね、回復つかってきそうだね」
「作戦は?」
「最初は土塊から撃ち込んで足を止めたあと、火の玉を続けて撃つね」
「はい」
「火の玉のタイミングで亜種に斬り込んでね」
「はい」
「あとは俺は支援に徹するよ」
合図を送り、土塊を飛ばす。
「《バースト》」
土塊が弾けるのを確認するまえにマルチロッドに火魔石をセットして火の玉を続けて撃ち込む。
「《バースト》」
火の玉が弾けたところにサリスが飛び込んでホワイトゴブリンの口元を狙い突きをいれる。
回復の詠唱を阻害するためである。
俺は単発の火の玉を次々と撃ち込む。
「《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》《ショット》」
ゴブリン3体がひるんだところに持ち替えたシェルスピアで手前のゴブリンに突きを入れる。
「グァァア」
ゴブリンの右目に突きがはいったようだ、声をあげてゴブリンが腰を落とす。
残りのゴブリンが左側から襲ってきたが、バックステップで回避。
距離を置き、間合いを確保しながら、ゴブリン2体の動きを封じる。
「ガフッ」
奥で戦っていたサリスがホワイトゴブリンに止めをさして屠ったようだ。
サリスは俺を狙う左側にいたゴブリンの背中に袈裟切りを加え、そのままもう片方のゴブリンの背中に逆袈裟切りを加える。
右目を突かれ腰を落としていたゴブリンが最後の反撃をしようと飛び上がったところで、俺の突き出した槍が胴体に刺さり命を奪った。
ほどなくして戦闘が終わった。
「おつかれさま」
「どうも」
手早く魔石の回収を行う。
「この先の分岐を右に進み、次の分岐を左にいくと、またゴブリンね」
「はい」
指示をだして先に進む。
サリスが停止し、無言で通路の先の魔獣を指差す。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・ゴブリン>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 46/46
筋力 4
耐久 4
知性 1
精神 1
敏捷 2
器用 2
「亜種はいないね、普通のゴブリン3体」
「せっかくだしストームソードの修行をしていい?」
「いいよ、じゃマルチロッドは使わないでおくね」
「はい」
「俺は槍でサポートに徹するからサリスのタイミングで飛び込んでいいよ」
サリスは頷くと、意識を集中したあとにゴブリン3体に向かって盾を構えながら斬り込む。
突然のサリスの出現にゴブリン達は混乱するが、すぐに鋭く尖った石を手に持って反撃してきた。
サリスは舞うようにゴブリンの攻撃を避けてストームソードの飛ぶ斬撃を当てていく。
近寄る前に斬られるゴブリン達はパニックに陥り、後ずさるがサリスの斬撃は容赦なく飛んでくる。
俺は大きく離れようとした左のゴブリンの脇腹にシェルスピアで突きを入れる。
ゴブリンの全滅と共にサリスの剣舞は終わった。
「剣を振るうのに無駄な力がまだ残ってるみたい、もっと修行が必要だわ…」
「いっそ歌でも歌ってリズムをとってみたらどうかな?」
「それも難しそうね…わたし歌が下手だし」
「そうなの?かわいい声してるよ」
「あ、ありがと…」
恥ずかしさを誤魔化そうとサリスが、そそくさと魔石の回収を終える。
「さて、まっすぐ進み分岐が右に進み、次の三又の分岐をまっすぐ進むと、スライムね」
「スライムなら焼いちゃう?」
「そうしようか」
先に進むと壁に張り付くスライムが見えた。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・スライム>>→魔獣:アクティブ:無属
Eランク
HP 40/40
筋力 2
耐久 8
知性 1
精神 1
敏捷 1
器用 1
(普通のスライムだな、亜種はいないと4体いるな)
サリスに合図を出し、そのまま火の玉を打ち込む。
「《バースト》」
着弾して爆発したところでスライム4体が炎上し、戦闘が終わった。
魔石を4個回収したサリスがうめく。
「相変わらずの威力ね。こうやってみると」
「そうだね」
「ここからは慎重にいこう。この先の分岐を左にいくとウルフね、でその先を左に進むとスライムでさらに先が目的の縄梯子ね」
「いま12時ね、ここで休憩してお昼にしておかない?」
「そうだね、ちょっとまってね」
アイテムボックスからシートと水筒を取り出す。
サリスもアイテムボックスからランチボックスを取り出す。
「今日はバゲットサンドよ」
「いただきます」
いつの間にか料理の腕をあげたサリスがいた。
今日のバゲットサンドは、バゲットにレタスとチーズとハムを挟んでいるシンプルなサンドなのだが、オリーブオイルをベースとした絶品のオリジナルソースが加えられたことで至高の一品となっている。
残念系美少女がいなくなってさびしい…
「特にソースが絶品だね、美味しかったよ」
素直な感想が口からでた。
「どういたしまして」
食事もとり英気を養ったところで休憩を終えて探索の続きにうつった。
「おっと」
「どうしたの?」
「他の冒険者にウルフ倒されてるみたいだね」
「午後だししょうがないわね」
さらに進むがスライムもいなかった。
「あーー、地下2階の入口が近いから他の冒険者が倒してるのか…」
考えが及ばなかったが、次の階層近くへの周辺は、他の冒険者の通り道でもあるから必然として魔獣が処理されていることが多かったのである。
「次この辺りにくる際には移動ペースあげられるわね」
「たしかに」
昼食後、戦闘することなく縄梯子のある地下2階の入口の穴の淵に到着した。
「あっけなかったわね」
「うん」
早速、金属製の4本の杭に固定されていた既存の縄梯子を外し、真新しい縄梯子を取り付ける。
念のために何度も梯子に足を掛け体重をかけてみたり、乱暴にゆすってみたりしたが特に問題なかった。
古い縄梯子をアイテムボックスに入れたあと、時計をチラリとみてサリスに問いかける。
「さて14時だけどどうしようか?」
「戻るのも、もったいないわね」
「回収した魔石も11個だよね、転送石で入口に戻ったあとに入口近くの落し穴を確認してみるのはどうかな?」
「いいわね」
俺とサリスは一旦迷宮の外にでて、再度迷宮に入りなおして落し穴めぐりをしてから、冒険者ギルドに向かった。
受付でジュイスに古い縄梯子と各種魔石を渡しクエストの報告を行う。
ジュイスは魔石の査定を終えて戻ってきた。
「はい、今回のクエストの報酬として銀貨10枚。あと各種Eランク魔石31個で銀貨62枚ね」
「はい」
そういって銀貨を受け取る。
「あとは7回目の昇格試験の指名クエストの話ね。迷宮1階のボア討伐。2体分の皮と肉の提出ね。報酬は銀貨10枚。はい採取箱と依頼票」
「ボアは、はじめてね」
「1階西の一部通路にいるらしいわよ」
「未踏破の通路か…」
「ここまで来れたんだし平気よ、頑張ってね」
「「はい」」
俺とサリスは力強く返事をした。




