2-19 アイリス
竜暦6557年10月4日
ベッドで寝ていると、いい香りがして脳が軽く覚醒する。
香りの正体を確かめるために寝返りをうとうとすると背中を圧迫する柔らかいものがある。
「ん」
覚醒したばかりの脳では状況を整理できず、無理やり体勢を変えて背中側を見る。
心臓が止まった。
サリスが寝息を立てて無防備な赤ん坊のような寝顔を見せていたのだ。
あまりに近い触れ合いに気づき止まっていた心臓と思考が暴走をはじめる。
(なんで、ここにサリスが?え、俺一線こえちゃった?!いや夕べ寝たときは一人だったよ、俺!えっ?あれ?はぁぁぁぁ!?)
暴走した俺は緊張で体を硬くした。
もちろん男の朝の生理現象で分身も硬くなっていた。
ほどなく時間が過ぎたところで、この状況から抜け出すために満を持してサリスを起こす。
「お、おはよう。朝だよ」
声をかけて肩を揺する。
「ふぁぁぁぁっ」
覚醒しきってないサリスはあくびをしながら上半身を起こし猫のように肢体を伸ばす、さらに手の甲で目をこすったあとに、見つめている俺に気付き抱きついてきた。
(いい香りだなー)
抱きつかれた驚きより、芳しいサリスの香りに心奪われる。
しかし状況としては、整理しなければならないことが多いので、無理やり体を離す。
「サ、サリス、起きなよ」
「んん!」
サリスもここに来て、やっと脳が覚醒し働きをはじめたようで絶句した。
みるみる頬が紅潮していくサリス。
「おはよう、ちょっといいかな?」
「…」
「なんでここにサリスがいるのかな?」
「…えっと…」
状況の説明をサリスに求めた。
「遊びにきたらベックがまだ寝てて、寝顔見てたら、私も誘われて眠たくなっちゃったみたいで横になったみたい…」
「ふぅぅ」
俺は肩を落とし深呼吸してからベッドを抜け出す。
「目覚めたらサリスが横にいて俺嬉しかったよ」
そう優しく告げてからサリスの頬に軽いキスをすると、ポニーテールを揺らしながら嬉しそうにうつむいた。
(間違いあったんじゃなかったのね、ちょっと残念)
「そういえば昨夜は遅くまで本を読んでいたから寝過ごしたみたいだね」
同じくベッドから抜け出たサリスが聞いてくる。
「面白い本だったの?」
「『アイリス』に恋をした男の話だよ」
「『アイリス』って花の?」
「そう」
俺は本のあらすじを話す。
「『アイリス』に恋をした男は周囲から花と恋をする頭のおかしい男として奇異な目で見られ迫害されいくんだ。でも、それでも諦めずに『アイリス』の素晴らしさを説き続け周囲の賛同を得ていき、最後には『アイリス』と結ばれる物語さ」
「あらすじを聞くだけで興味をそそられる本ね、でも私じゃ最後まで読めないかも…」
「じゃ、今度、俺が読んで聞かせてあげようか?」
「嬉しいかも」
サリスがはしゃいで俺に抱きつく。
その耳元で俺は
「俺にとっての『アイリス』はサリスだよ」
顔は見えないがサリスが顔を真っ赤にしていることはなんとなく察した。




