2-9 指名クエスト
竜暦6557年9月24日
通常のEランク昇格試験の場合、14歳以上のFランク冒険者が歓楽都市セジルの冒険者ギルドまで赴きそこで用意されたEランククエストをこなすというという内容だ。
合否の判定基準は
・野営技術の習熟度
・哨戒技術の習熟度
・戦闘技術の習熟度
・社交技術の習熟度
を総合的に判断するのだ。
といっても、そこまで厳しくはないのでFランク冒険者としてキチンと修行さえ積んでいれば、ほぼ試験を受ければ合格する。
しかし現在の港湾都市パムを取り巻く迷宮出現という状況変化は、この試験内容の見直しを迫られることとなった。
見直しの理由としては冒険者の収入が増加したというのが最大の理由だ。
迷宮出現前のFランク冒険者の例にしてみた場合、掲示されたクエストによって近隣の比較的大人しい小型魔獣から素材およびFランク魔石を採取し1月の収入として必要経費を差し引き銀貨20枚程度を稼いでいた。
銀貨20枚というのは庶民の家族が一月生活できる金額である。
それが迷宮出現後はFランク冒険者でも迷宮に赴き迷宮内の小型魔獣からEランク魔石を採取する事で1月の収入として必要経費を差し引き銀貨100枚程度を稼ぎ出す勢いなのだ。
収入のみ見ればDランク冒険者に匹敵するのだ。
収入との兼ね合いから、いつまでもFランクのままにしておくことは出来ないが、未熟な者を安易にEランク冒険者に昇格させるのは軋轢を生む。
そこで冒険者ギルドとしては苦肉の策として1月の収入が銀貨300枚を超えたらEランク昇格試験を行うというハードルを決定したのが9月15日であった。
ハードルを高くした理由としては簡単で、その条件をクリアする若者はまだ出てこないだろうという憶測からであった。
そして時間稼ぎをしている間に新しい昇格試験内容を練り直すそうとしていたのである。
ところが二人の若者がEランク昇格試験の条件をクリアしていることが9月21日に判明してしまった。
Eランク昇格試験を行う必要が出た冒険者ギルドは急遽緊急会議を行い、新しいEランク昇格試験の内容を決定した。
新しいEランク昇格試験の実施要領は
・実施場所 パム迷宮
・実施期間 無期限
・実施内容 計10回の指名クエスト実施(依頼者は冒険者ギルド)
である。
見直し前の試験と同程度の実施期間を確保する為に10回というクエストを用意し、併せてEランク以上で発生する指名クエストのレクチャーも考えられている内容だ。
俺とサリスは冒険者ギルドの会議室で代表のクルハから実施要領を説明された。
「以上だが、何か質問はあるかね」
「10回の指名クエストの内容は全て事前に教えていただけるのでしょうか?」
「それは教えることが出来ない。都度内容を説明する」
「わかりました」
「他にあるかな」
「指名クエストはどこで受けるのでしょうか?」
「冒険者ギルド受付で依頼を行う、提出物も受付に持ってきてくれ」
「はい、わかりました」
「他に質問がなければ、初回の指名クエストの依頼は私が行おう、次からは受付で依頼を行う。」
「「はい」」
「まず迷宮に生息しているゴブリンの右耳を20個提出してくれ。報酬は銀貨20枚。これが依頼票だ。」
「「はい」」
「合格に向けて頑張ってくれ」
俺達はクレハから緊張しながら指名クエストの依頼票を受け取り、冒険者ギルドを出た。
「緊張しちゃったね」
「ああ」
「明日から頑張らないと!
サリスが気合を入れる。
「いつも通りにやれば平気だよ」
「でもゴブリンを目当てに迷宮内を移動するのは大変じゃない?」
「手書きの迷宮の地図もある程度出来てるし俺が誘導するよ」
「ベックのマッピングは正確だしね、頼りにしてるわ」
スキル【地図】を利用出来るのでゴブリン巡りの最短ルートはもう出ているのだが、さすがにこのスキルの説明はサリスでも打ち明けることが出来ないから、手書きの地図を引き合いに出して答えた。
「じゃ、約束もあるし家にいこうか」
「うん」
これからサリスはイネスに料理を習う予定になっていたのでオーガント家に向かう。
最近料理の腕をあげているサリスは料理にのめり込んでいるのだ。
俺としても美味しい手作り料理を食べれるのが嬉しいので、いつもサリスの作った料理を手放しで褒めている。
「いらっしゃい、サリスちゃん」
「義母様、今日もよろしくお願いします。」
「今日はカスレを教えてあげるわね」
イネスが嬉しそうに、はしゃいでいる。
そういえばいつの間にかサリスがイネスのことを呼ぶ際に”イネスさん”から”義母様”になっていた。
着々と結婚に向けての準備が進んでいるらしい。
(俺もファキタさんのことを”義父様”と呼んだほうがいいのだろうか…。あとでサリスに相談してみよう)
そんなことを思いつつ声かける。
「じゃ、明日の為に俺は部屋で地図の見直しをしてるね」
「「はーい」」
イネスとサリスは返事をしながらキッチンに向かったので、俺は自分の部屋に戻る。
(スキルでもう移動ルートも判ってるし、いまから何するかな……)
少し思案して机にある旅行準備メモに手をかけた。
メモを開き記載した項目をざっと見直す。
○資金として最低金貨2枚
○身分の保証する冒険者証
○アイテムボックス
×テント
○寝袋
○毛布
○照明
○着火具
○シート
△着替え一式
×雨具
○ナイフ
△食料および調味料
○水筒
×簡易調理器具
○ロープ
△日用品
○記録紙
○筆記具
○回復薬
○包帯
×携帯型便器
○迷宮灯
○腹止丸
○巻糸
○各種文献
×馬車
(こうやって準備がまだ出来ていない×のついた品を見ると野営関連の品が多いな。お金も余裕できたし、いっそファバキさんに相談してオーダーメイドしちゃってもいいかも)
そう思いついた俺は時間をかけつつ、注文する品への要望をメモに挙げていった。
・テントは大きさは小型で簡単に設置可能して欲しい。
・テントの内部はアイテムボックスの応用で広げて欲しい。
・テントの内部は快適な温度を維持して欲しい。
・雨具はフードとコートを合わせたもので水が染み込まないように処理して欲しい。
・雨具は炎天下対策にもなるようにコートの内側は快適な温度を維持して欲しい。
・携帯型便器として現在の全自動便器を小型化して欲しい。
・携帯型便器として付属として衝立が欲しい。
(よし、これでいくらくらいになるかな…。便器だけで今でも金貨3枚だしな、テントの機能とか実現できるかわかんないけど、かなりの金額になりそうな気もするな…)
高額になりそうな予感から思わず唾を飲み込んだが快適な旅行を目指すうえで妥協は出来ないと思い、とりあえずファバキさんに相談してみようと決意する。
そこで部屋のドアが開きサリスが夕食が出来たと告げてきたので、家族揃って夕食をとることになった。
「Eランク昇格試験は明日からなのか」
「はい、がんばってきます。父様」
「気をつけてね、ベック」
「サリスもいるし平気ですよ。母様」
「サリスちゃん、ベックを宜しくね」
「はい、義母様、お任せください」
和気あいあいとした食卓。
サリスの作ってくれた暖かいカスレを味わって、明日への英気を養う。




