6-29 深い森
竜暦6561年10月2日
「おまたせ」
「早かったわね」
「装備工房の主人が俺の事を覚えてたから破砕粘土を手早く買えたんだよ」
俺はクシナ迷宮都市の宿の前で動力車付き馬車の番をしていたサリスにそう告げた。
「オルとアミは、まだみたいだね」
「そろそろ冒険者ギルドから戻ると思うんだけど」
「代表の都合があるから、もうすこし時間かかるかもな」
「そうね」
「そういえば、ここで待ってて変わったことはなかった?」
「うーん。5回くらい動力車について聞かれたくらいかしら」
「やっぱりかー」
「しょうがないわね。目立つなというのが無理だし」
「ドルドスに戻っても、ある程度知れ渡るまで同じ状態になるんだろうな」
俺はそういって肩をすくめた。
「馬なしで馬車を引けるってのは大発明よね」
「俺達も最初見たときはビックリしたしな」
「でも、動力に魔石を消費するって話をすると、みんな微妙な顔をしていくのよね」
「井戸用水魔石の値段が下がれば良いんだろうけど現時点では馬の方が有利だからな」
「ヒノクスでもそういう話になってたわよね」
「うん」
サリスと動力車について話をしているとクシナの大通りを歩いてくるオルとアミの姿が見えた。
「遅くなっちゃったね。ごめん」
「いや、俺もさっき戻ってきたところだから」
「それなら良かった」
「代表のラタファエさんとは無事に挨拶できたようだな」
「手紙を預かったです」
アミがそういって腰に下げたアイテムボックスを軽く叩いた。
「急な訪問だったけど快く迎えてくれて助かったよ」
「そっか」
「ヒノクスに行った帰りって話をしたら驚かれたけどね」
「あー。そっかラタファエさんにはヒノクス行きは伝えてなかったんだったな」
「うん。いろいろとヒノクスのガイシュ迷宮都市の事を話していたら時間がかかっちゃってね」
「とりあえずは、そのあたりの話は街道を進みながら聞くよ」
「今日もベックとオルが御者台でいいの?」
サリスが尋ねてきた。
「道案内もあるからオルには隣にいて欲しいしな。サリスとアミは中でゆっくりしてくれていていいよ」
「じゃあ、任せるわ。疲れたらいつでも交代するから声をかけてね」
「ああ、その時はお願いするよ」
俺がそう告げるとサリスとアミが馬車の中に乗り込んだ。
「じゃあ、今日は先に僕が手綱を握るよ」
そういってオルが先に御者台に座り手綱を持ち、俺はその隣に座る。
「《オン》、《ドライブ》」
オルがそう呟き手綱を緩めると徐々に動力車付き馬車が走り始めた。
クシナ迷宮都市を出発した動力車付き馬車は、街道を北東に進みはじめる。
ほどなくして街道の両脇を深い木々が埋めていく。
「ここからは森の中だね」
俺は時計を確認すると11時20分を過ぎたところである。
「昼の11時をすぎたところだけど、森の中は結構薄暗いな」
「背の高い大木が多いからだね」
「道幅が広いのが救いだな」
「そうだね」
チェーンハンドボウを手で持った状態で俺は深い森の中を警戒していく。
「この森を抜けたらワント村だから、そこまでの辛抱だね」
「その次がドワット村だっけ」
「うん。その先が工業都市レガウだね」
「レガウ到着は今日の夕方かな」
「乗り合い馬車なら3日かかるんだけど動力車は本当に凄いよ」
「馬の場合は休憩もしなきゃいけないから時間がかかるのはしょうがないしな。でもあの休憩時間も風情があって楽しいんだけど」
「うんうん」
オルが大きくうなづく。
「そういえば代表のラタファエさんに動力車のことを聞かれたよ」
「昨日の夕方の出来事がもう代表に報告あがってたのか」
「目立つからね。ヒノクスの最新のマジックアイテムの技術って話をしたら、いずれパラノスでも普及するんだろうなって仰ってたよ」
「時間はかかるけど間違いなくそうなるな」
オルから他にもラタファエさんとのやり取りを聞きながら街道を進んでいく。
2時間ほど経過したところで動力車付き馬車は森を抜けた。
「やっと抜けたね」
「魔獣が出なくてよかったな」
「昼間で良かったよ。夜なら間違いなくメガプテラが出たよ」
「そうだな」
しばらく進むと街道の脇に村が見えてきた。
どうやらあれがワント村らしい。
「特に用事がないし寄らずに進もうか」
「了解」
オルが手綱を握ったまま答える。
パラノスの晴れた空の下、軽快に風を切って動力車付き馬車が進んでいく。




