6-28 香り
竜暦6561年10月1日
時刻は10時。
動力車付き馬車で港湾都市バイムを出発して1時間ほど経過したところである。
御者台で手綱を握っていると気持ち良い風が頬をなでていく。
ふと隣を見るとオルも気持ち良さそうな表情を見せていた。
「やっぱりパラノスの風は気持ち良いのかな?」
「小さい頃から嗅いできた懐かしい草木の香りが風からしますよ」
「パラノス特有の草木か」
「かすかに香る程度ですけどね」
「それでも分かるってのは、野山で狩りをすることが多かったってことなんだろうな」
「そうですね」
オルがそう答えながらコンポジットボウを手に持ったまま、街道の周囲の風景を眺める。
もうすぐ家に帰れるのだ。
いろいろと思うところがあるのだろう。
俺は【地図】を実行して眺めると昼頃ガアナット村に着きそうなのを確認した。
さらにクシナ迷宮都市には、このペースだと夕方に着きそうだ。
「やはり動力車付き馬車は早いなー」
「あとはバイムでもそうでしたけど、珍しさが際立ってパラノスでは人目を引いちゃってましたね」
「そういえば馬車の組み立てをお願いしたラガタガさんの驚いていた顔は面白かったな」
「それもありましたね」
「バイムの乗合馬車の組合の人への説明も面倒だったけど、これでサラガナル馬車工房の宣伝にもなったしサラガナルさんも喜んでるだろうな」
「コストの問題もあるでしょうから、パラノスでも一気に広がることは難しいでしょうけど」
「そこは珍しさを利用した観光用途としてみれば十分利益が出ると思うな」
「観光用の小型船と同じ考え方だね」
「うんうん」
「確かに物珍しさにお金を払う人っていますから、商売として成り立つんでしょうけどベックはよくそういう事を考え付くよね」
転生前の添乗員時代に培った経験とは言えないので笑いながら俺は適当にごまかした。
「未知の経験にお金を払って楽しむ大衆層ってのは一定数いると思うからね」
「それで新しい技術への認識が増えていけば徐々に生活にも浸透していくんでしょうね」
「そうだな」
オルの言葉に俺は手綱を持ったまま大きくうなづいた。
そんな会話をしてから3時間後、13時を過ぎたところで稲の刈り取られた田んぼに囲まれた街道の先にガアナット村が見えてきた。
「いったん休憩で立ち寄ります?」
「特に問題なければ進んだほうがいいんだろうけど」
俺はオルに答えたあと、馬車の外壁を3回叩いた。
すると車窓からサリスが顔を出したので、もうすぐガアナット村に到着するのを伝えた。
「用事があるなら立ち寄るけど」
「ちょっとまってて、アミにも聞いてみるわ」
そういってサリスが首を引っ込め、しばらくしてまた顔を出した。
「特に用事はないわ」
「じゃあ、そのまま素通りしてクシナに向かうよ」
「わかったわ」
そう返事をしてサリスは首を再度引っ込めた。
「問題なさそうだし立ち寄らずに進もうか」
「了解」
俺達を乗せた動力車付き馬車はガアナット村の突っ切って街道をさらに北東に進んでいく。
手綱を操作しながら俺は【地図】を実行する。
宙に浮いた地図を再度確認すると港湾都市バイムとクシナ迷宮都市のほぼ中間地点まで来ていた。
このまま進めば17時頃にクシナ迷宮都市に到着するだろう。
「きょうはクシナで一泊だな」
「そうですね。それで明日はレガウで一泊ですね」
「本当は急いでルードン村に行きたいけど、レガウでは飛竜の偶像の製作工房の件があるから少し足止めだな」
「ここまで来たんですし、そんなに焦ってルードン村に行く必要もないですよ」
「先日聞いた話だとクシナからルードン村へ行く途中にある大きな都市って3つって話だったな」
「ええ。工業都市レガウ、山間都市プルミル、牧畜都市サラッティですね」
「レガウから昼夜休まずに進めば2日程度でルードン村に着くな」
「予想以上に進むのが早いですし、無理しないでその都市で一泊してもいいんじゃないかな。数日到着が遅れる程度でしょうし」
「それも考えたんだけど、オルが早く帰りたいかなって思ったんだよ」
「帰れるなら早いほうがいいんですけど、そこまで無理しなくてもいいかなって」
俺は前を向いたまま少し思案する。
「たしかにルードン村に到着したときにオルとアミが昼夜逆転していないほうがいいか」
「それもありますね」
「クシナでの夕食時にサリスとアミも加えて予定について再度確認してみるかな」
「そのほうがいいですね」
白い雲が浮かぶ晴れた空の下、俺達を乗せた動力車付き馬車は一路クシナ迷宮都市を目指して進んでいく。




