2-3 挨拶
竜暦6557年8月27日
昨日迷宮で活動した俺とサリスは今日は休息日に充てることにした。
二人で話しあった結果、あの日あの泉で話したように一日置きに活動する方針になっている。
今日はサリスがイネスに料理を習いにくることになっているので俺は家でサリスを待っていた。
家の玄関があく音がしたので、自分の部屋を出て1階におりるとイネスに迎えられるアキアとジャスチの顔が見えた。
「おかえりなさい。父様、アキア兄様。」
「ただいま、ベック」
「ただいま」
行商の疲れも見せずアキアとジャスチは笑顔で笑いながら挨拶をする。
「お疲れ様、二人とも元気で安心したわ」
「護衛が頼りになるしそうそう危険な目にあう事はないよ、母様。」
「そうだよ、イネス。それよりパムの街の方が大変なことになっているようだね」
「ええ、パム迷宮が出現して大騒ぎになってるのよ」
「そういえば昨日ヒッチ兄様に迷宮管理の小屋のカウンターで会いましたが、かなり忙しそうにしてました。」
「ん」
「小屋であったってことはベックは迷宮にいったのかい?」
「あ、そういえば二人に報告まだだったわね、ベックはマリスキンさんのことろのサリスちゃんと交際はじめたのよ」
「そりゃ、おめでたいな」
「ベック、おめでとう」
「あ、ありがとう。父様、アキア兄様。」
「で、二人して旅の資金を集めるために今冒険者してるのよ」
「えっとサリスは俺より強いし、護衛になってそばにいてくれるっていうんですけど…」
「ははは、仲よさそうだな」
「ベックは頭使うほうが得意だし、いいコンビだねー」
アキアとジャスチに茶化されてしまった。
「あとで、サリスちゃんも料理を習いにくるし、挨拶すませられそうね」
「そういえば今朝分かれたが護衛してくれたファキタとエヒラも一緒にくればいいな、挨拶が捗りそうだ。」
ファキタはサリスの父、エヒラは兄にあたる。
「あの二人の妹なら腕は凄そうだね、父様。」
アキアがジャスチに語りかけると、イネスが間髪を入れずに話しに割り込む。
「あら、それよりも可愛いわよー、娘になってくれて嬉しいわ」
「母様。まだ結婚したわけじゃないです!」
「もう交際してるんだから同じじゃない。それともベックはサリスちゃんと別れるの?」
「そ、そんなことありませんけど…」
「まあまあ、まずはゆっくりしよう。」
にぎやかな親子の会話を一通り楽しんだ後、それぞれ用事をすませようと散らばっていく。
それから1時間ほど経った頃、マリスキン親子がやってきた。
「こんにちは、イネスさん」
「こんにちは、お邪魔する」
「こちらにどうぞ、ファキタさん、サリスちゃん」
イネスが二人を家に招きいれる。
俺は1階にすぐに赴き、ファキタさんに深々と頭を下げて交際の件を告げた。
「ファキタさん初めまして。オーガント・ベックと申します。この度、サリスと交際することになりました。よろしくお願いします。」
ファキタは無精髭を撫で笑いながら
「いたらない娘だが、こちらこそよろしくお願いするよ」
そこにジャスチが書斎から出てきて顔をだす。
「今朝以来だね、ファキタ」
「ああ。こんなに早くまた顔を合わせるとは思ってなかったよ。娘に聞いて早速挨拶にきたんだが実にしっかりした息子さんだね。」
ジャスチが居間の椅子に座るように全員に勧めてきた。
「とりあえず今回の交際は両家とも問題ないとのいうことでいいかな?」
「問題にならないと思うぞ、ジャスチ。我が家としてもオーガント家とつながりが出来るのは嬉しいよ。」
「そうだね、今後は親戚筋になる。いろいろと商売上、融通しあえるのは頼もしいな。」
大人同士の会話が進んでいく。
俺とサリスは借りてきた猫のように大人しくしている。
「さて挨拶も済んだし、そろそろワシは戻ろう」
「そうだファキタ。例の迷宮の件もあるので次回の行商の日程だが少し変更になるとおもう。いつもの護衛の面子に一声かけてくれるかな。別途決まり次第連絡をするよ。」
「では、ワシが責任もって伝えておこう。ワシも迷宮に興味あるし少し伸びても全く問題ないぞ」
「私はここでイネスさんからお料理習うので、もう少し残ります。」
「そうか頑張って習うんだぞ、では失礼する。」
ファキタが笑顔を残して家路についた。
さすがに交際相手の父とあうのは緊張するな、寿命が数年縮んだ気がする。
しかもファキタさんって現役Bランク冒険者の凄腕だから逆らおうものなら、俺とか紙切れのようにバラバラにされちゃうしね…
とりあえず気に入ってもらって本当によかったわ。
その後サリスはイネスとともにキッチンに向かい、俺はジャスチに書斎に呼ばれた。
「とりあえずベック。両家の許可はでたが過度の付き合いは成人まで控えるようにしろよ。」
「はい。父様。」
「でも俺も経験があるが我慢できなくなったときは、これを使え。」
そういってジャスチは書斎の机から錠剤のはいった袋を取り出し俺に渡した。
「これなんですか?父様。」
「子供が出来ないようにする薬だよ。」
「え?」
(10歳の子に避妊薬渡しやがったジャスチのヤロー!とんでもない奴だな!スゲー嬉しいやん!ありがとうジャスチ!グッジョブ!!!)
内心とんでもないことを考えつつ冷静を装った。
「成人して結婚するまで必要ないと思いますが、父様。ありがたく頂戴いたします。」
「うむ、使わないに越したことはないがな、間違いがあってからでは遅いと思うし。あとそれを渡したことはイネスには絶対内緒にしろよ。」
「はい。」
暴走する親心なんだろうなー。
そんなことを思いつつ書斎をあとにした。
ちょうどそこにアキアが書類を抱えて家に戻ってきた。
「アキア兄様。サリスを紹介したいのですがお時間ありますか?」
「ああ、平気だよ」
抱えた書類を書斎に置いてからアキアは居間に顔をだした。
「アキア兄様。交際しているサリスです。さきほどファキタさんの交際の許可もいただきました。」
「ファキタさんも来てたんだね。僕も一緒に挨拶したかったな、ではあらためてアキアです。ベックを今後ともよろしくお願いするよ。」
「サリスです。こちらこそよろしくお願いします。」
「可愛い義妹が出来て嬉しいよ。」
「アキアもそう思うでしょ。やっぱりサリスちゃんは可愛いわよね~、娘になってくれて嬉しいわ。」
イネスはいつもどおりテンションがおかしい。まあ慣れたけど。
その後、ジャスチ、イネス、アキア、俺、サリスの5人で楽しい会話をしながら揃って夕食を取ったあとサリスは俺の部屋にやってきた。
「今日は挨拶とかあって、大変だったわね…」
「いい機会だったし、俺としてはよかったよ」
「明日はどうしよう」
「予定どおり迷宮にいこう。ただ時計も事前に用意したいし例のカフェテラスに8時集合でどうかな?」
「いいわねー、アップルパイ美味しいし」
「じゃ、軽く食事してから時計を購入して迷宮に向かおうか」
「わかったわ、じゃそろそろ私帰るわね」
俺は部屋を出て行こうとするサリスの姿に突然寂しさを覚え、サリスの手を咄嗟に掴んでしまった。
振り向いたサリスの赤毛のポニーテールが揺れる。
そのあと俺はサリスを見つめる。
サリスは一瞬呆けた表情を見せたが、すぐに頬を紅潮させてうつむいたところで俺はサリスをギュっと抱きしめた。
お互い無言のまま時が流れ、自然と唇を重ねる。
唇を重ねた瞬間、時が止まる気がした。だが実際は俺のハートのビートは猛烈に疾走していた。
唇が離れたあと、お互い無言のまま玄関に向かいそのまま軽い会釈をして分かれた。
(うぁぁぁぁ!やっちまったよ、俺!!どうしよう、おもわずやっちゃったよ俺どうしよう!うぁぁぁぁ)
部屋に戻って恥ずかしさからベッドの上で俺は身悶えする。
転生前から数えると精神年齢53歳のおっさんが身悶えする。
よくよく考えたら気持ち悪い。
この世界で10年過ごし、精神的に若返っているのもあるのだが…
(でも、サリス嫌がってなかったし唇やわらかだったな。次はあの唇にむしゃぶりつきたいなぁぁ)
美少女とキスして舞い上がるのはしょうがないがどう見てもドン引きである。
チラリをジャスチにもらった薬の袋を見て俺はニヤける。
さらにドン引きである。




