6-24 窯
竜暦6561年9月27日
時間は朝の9時。
雲ひとつない晴れ渡る空の下、穏やかな波の海を軽快に小型船が進んでいく。
俺は操舵輪を持ちながら【地図】を実行するとパラノスの南部都市イマンチにもう少しで着くのがわかる。
「そろそろ着きそうだな」
装備の手入れをしているサリスにもうすぐ到着することを告げた。
「早かったわね」
「そうだな」
「立ち寄って調達する品は井戸用水魔石くらいだったわよね?」
「うん。いつもならオルに頼んでるけど、アミとオルは今寝てるから俺が魔石工房に行こうと思ってるよ」
「このペースならバイムには明日には到着するのよね」
俺は目の前に浮かぶ地図を眺めながら到着時間を大まかに計算をする。
南部都市イマンチを昼過ぎに出発すると港湾都市バイムに到着するのは夜中になりそうだった。
「イマンチに寄港する時間次第だけど明日の夜中になりそうだな」
俺の話しを聞いてからサリスが思案して口を開く。
「いっそイマンチに寄らないって選択肢もあるんじゃないかしら」
そのサリスの提案を実行した場合、問題があるかどうか俺も考えてみた。
確かに寄港しなければ時間短縮になるので港湾都市バイムの到着時間は夕方になる。
さらに調達予定の井戸用水魔石も十分に在庫もあるので無理をして調達する必要はない。
問題があるとしたら船上での食事の準備くらいだろう。
そこで食事担当のサリスに食事について確認することにした。
「船上での食事だけが問題になりそうだけど平気かな?」
「ナムパトを出る際にカリーを多めに調理しておいたから、今日の夜と明日の朝の分はなんとかなりそうね」
食事の心配もなさそうなので俺はサリスの提案を受け入れて、南部都市イマンチに寄らずに港湾都市バイムを目指すことに決めた。
「よし、それじゃあ今回はイマンチに寄らずに進もうか」
「これでバイムにも早く着きそうね」
「そうだな。明日の夕方には到着すると思うよ」
「明日は宿に泊まって夜はゆっくり出来るのね」
そこまで話をしたところで井戸用水魔石の魔力切れの合図が鳴る。
サリスが新しい井戸用水魔石をセットすると、俺と操船を代わってくれた。
俺は操船室の椅子に座ってから旅行準備メモを取り出して港湾都市バイムに到着してからの予定を再度確認していく。
オルの故郷への移動の準備に関しては、馬車の組み立て依頼と井戸用水魔石や物資の調達だろう。
この件に関しては、あまり時間をかけずに準備が終わりそうだ。
次に戦闘準備に関しては飛竜の偶像の製作工房の調査だ。
仕入れ元を調査すればいいので、バイムのエワズ海運商会で尋ねるほうがいいだろう。
バイムに工房があるようであれば、そのまま術式開示の交渉を行うことになるので時間がかかりそうだ。
最後に小型船に関してダルガラタ船工房との相互技術供与契約書の締結の準備だが、まずは依頼されていた小型船の使い心地のレポートを提出してからメンテナンスを依頼。
そしてそこから水流噴射装置だけに絞って開示交渉するのが進展が早そうだなと考えをまとめる。
旅行準備メモに確認した項目を次々と箇条書きで書き込み終えた俺は、水筒を出して水を二つのコップに注ぐと立ち上がって一つのコップを操舵輪を持っているサリスに渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
そういってコップを受け取ったサリスが喉を潤し、空になったコップを俺に返してきた。
俺はコップを受け取ったあと、もう一つの水の注いであるコップに口をつけて、同じように喉を潤す。
「メモに真剣に書き込んでいたようだけど、到着してからの予定かしら」
「そうだよ。やることが多いしね」
「オルの故郷に行く準備と、飛竜の偶像を作っている工房の件だけでしょ?」
「小型船がらみでダルガラタさんとの交渉もあるからね」
「あ、そういえばそうね」
「それに小型船のメンテナンスもついでにお願いしようと思ってるんだよ」
「ダルガラタに小型船を見てもらうなら、簡易調理器具の拡張をお願いしたいわね」
「温め以外の料理が出来るようにかな?」
「ええ。せめて焼くことが出来れば快適になるわね」
「煙の問題もあるから設置するなら外のデッキかな?」
「そうなりそうね」
俺はどんな感じになるか想像してみたが火災などのことを考えると密閉式の窯がよさそうだなと思いサリスに話をしてみた。
「現実的には扉のついた窯のような調理器具が確かによさそうね」
「揺れても大丈夫だろうし、波しぶきがかかっても雨が降っても何とかなるんじゃないかな」
「それでダルガラタさんにお願いしてもらえるかしら」
「期間的に実現出来るかどうかは分かんないけど、お願いだけはしてみるよ」
「それで十分よ」
船の調理器具の拡張の話が出来たことで、サリスの機嫌がかなりよくなっているのが分かる。
確かに焼くことが出来るだけで船上での調理の幅は格段に広がるのだ。
俺は船上で魚を焼いたり肉を焼いたりすることを想像して、ついつい口の中で涎が出てくるのを感じてしまった。




