6-23 粉末
竜暦6561年9月26日
ナムパトの宿の食堂を借りたサリスが船で食べる食事を作っているのを眺めながら、俺は乳鉢と乳棒を使ってカラシの種をゴリゴリと砕いて粉末にする作業を行っていた。
ある程度細かくなったところで、粉末を指につけて舐めてみたが刺激のある辛さが口の中に広がる。
少し涙目になっていた俺にサリスが声をかけてくる。
「良い具合に粉になったようね」
「うん、しかし辛いな」
「やっぱりソースと混ぜて辛味を調整しながら使う方がよさそうね」
「だな」
俺はそういいながら粉末になったカラシを容器に手早く入れていく。
「サリスの方も食事の準備はおわりそうだな」
「そうね、あとは味をなじませるのに少し煮込めば大丈夫そうよ」
「この分だと問題なく午後には出発できるな」
時計を見ると12時を回っている。
「そろそろアミとオルも起きてきそうだな」
「船で食べる食事も出来たし、エワズの事務所に行ってきてもいいわよ」
「あー、そうだな。じゃあ、俺とサリスの荷物を船に積み込んでから事務所に行って手続きをしてくるよ」
「私はアミとオルと一緒に食事を持って船に向かうわね」
「うん、じゃ先に行ってるよ」
俺は二人分の荷物を手に持ち、宿を出て桟橋の小型船に向かう。
大通りを歩きながら空を見上げたが、よく晴れていて出港するのに特に問題なさそうだった。
小型船の停泊している桟橋まで到着して海を眺めたが、天気と同じで海の波も穏やかで非常に良い出発日和だ。
俺は小型船に乗り込むとキャビンの扉を開けて荷物を操船室に置く。
ついでに船倉を確認すると、昨日アミとオルが二人で採取してきた精霊水の小さな樽が3つ置いてある。
昨夜アミとオルに話を聞いたが、特に問題なく採取作業を行えたらしく地底湖のある洞窟では暗視能力が非常に役立ったという話だった。
船内の状況が問題ないことを確認した俺は、小型船を後にしてエワズ海運商会の事務所に向かう。
港の一角にある建物の中にある事務所に到着した俺は扉を開けて、事務所のカウンターにいた男性に話しかけた。
「こんにちは。今日の出発することになりましたので手続きに来ました」
「そうでしたか。では書類を見せていただけますか」
俺は男性に各種書類を渡し、手続きが終わるのをその場で待つことにした。
1時間ほどして受付の男性が出港の手続きを終えて戻ってきた。
受付の男性が差し出した書類を受け取る。
「ありがとうございました」
「いえいえ、そういえば次はイマンチに向かうんですよね」
「ええ。その予定ですけどイマンチでは数時間立ち寄って補給が終わり次第、すぐにバイムに向かおうと思ってるんですよ」
「なるほど」
「では、そろそろ船に向かいますので、この辺で失礼させていただきます」
俺は受付の男性に頭を下げてからエワズ海運商会の事務所をあとにし、小型船に向かうと船の上に人影があるのが見えてきた。
アミとオルが出港準備を進めているようだ。
小型船に近寄ってから二人に声をかける。
「出港手続きを終わらせてきたよ」
「ご苦労様、じゃあもう出発できるね」
「サリスは?」
「船室で鍋を固定しているです」
「ちょっと予定より早いけど、出発しようか」
「了解」
「はいです」
俺は船に乗り込むと、操船室でサリスが待っていた。
「サリス。早いけど出発しよう」
「13時半だし、ちょうどいい時間ね」
そういいながらサリスと俺は出港の準備を進める。
問題がないことを確認したところで外で作業をしていたアミとオルが操船室に入ってきた。
「準備できたよ」
「それじゃあ、そろそろ出発するわね」
そういいながらサリスが操舵輪を持ち小型船を動かしはじめた。
小型船が東部部市ナムパトの港を出たところで徐々に速度を上げていく。
空は晴れているし波も穏やかで船を進めるには持ってこいの環境の中、サリスが操船する小型船は快調に進んでいく。
俺は操船室の椅子に座ると、今回購入した飛竜の偶像をすぐに戦闘で使えるように小分けにして束ねていく。
ある程度小分けにしたところで俺はサリスに尋ねてる。
「飛竜の偶像だけど俺とオルで基本管理しておいて問題ないかな?」
「破砕粘土を管理しているのもベックとオルだし、それでいいんじゃないかしら」
「じゃあ、そうするよ」
俺はそうサリスに告げると船室でくつろいでいるオルのところに行き、飛竜の偶像50個を手渡す。
「かなりの数を購入できたんだね」
「うん。半分をオルに渡しておくから管理よろしく」
「あとは作ってる工房を探すだけだね」
「雑貨屋の話ではバイムから仕入れているらしいから、バイムに着いたら確認してみるつもりだよ」
「バイムの近くにあればいいな」
「あんまり遠い都市に工房があると日程が変わるし確かにそうだな」
そこまで話をしたところで、それまで大人しく話を聞いていたアミが会話に割り込んできた。
「もし今回無理なら来年くればいいです」
その言葉に俺とオルは思わず顔を見合わせる。
そしてついつい二人で笑ってしまった。
「たしかにアミの言うとおりだな」
「そうですね。小型船もあるんだし来ようと思えば来れるでしょうから」
「往復でふた月あればドルドスとパラノスの港湾都市を行き来できるしな」
そこでさらにアミが口を開く。
「その時はオルの実家にまた行くです」
「まあ、何度行っても問題ないだろうしな」
「そうしてもらえると両親も喜びますね」
「とりあえずは今回の挨拶を無事おえてからの話だけど、出来れば来年も来れるように頑張ろう」
俺の言葉に二人が大きくうなずいた。




