6-21 伝達
竜暦6561年9月24日
時間は10時。
曇り空の海を航海していく。
風がかなり吹いていて波も少し荒くなってきた。
まだ雨が降ってきていないが、入り江を見つけて避難するか悩んでいると、俺の隣で海を見つめているサリスが口を開く。
「どこか入り江に避難したほうがいいんじゃないかしら」
「そうだな。良い場所がないか、進みながら探してみるよ」
右手に見える海岸線を眺めるが、砂浜が広がっていて良さそうな場所はこのあたりにはなさそうだったので俺は先に進むことにした。
操舵輪を持ちながら【地図】を使って地形を確認する。
このままのペースで1時間ほど進んだ場所に入り組んだ地形の場所があるのが見える。
慎重に操船しながら、その場所を目指すことにする。
ついでに移動した距離を確認してみたが、島嶼都市タゴンから東部部市ナムパトまでの距離の3/4は進んでいるのが分かる。
入り江に避難しなければ夕方には東部部市ナムパトに着くはずだったのだが、無理して危険な目に遭うのはよくないのでここは仕方なく素直に避難を選んだ。
1時間ほど進んで海岸線に山がせり出している場所に到着したところで西の空の雲の隙間に青空が少し見えてくるのがわかる。
「どうやら雨はなさそうみたいだな。晴れてきたよ」
操船室の椅子で装備の手入れをしていたサリスが俺の言葉に外を眺める。
「あら、本当ね」
「この調子だと問題なく夕方にはナムパトに着くな」
「それじゃ、今日ゆっくり宿で休んで明日は朝から地底湖に行けるわね」
「うんうん。しかし本当に天気が回復して良かったよ」
「でも雨ってどうして降るのかしらね」
「気体になった水が空で凝固して落ちてくるんだよ」
サリスの一言に俺はつい反応して何気なく答えてしまった。
その言葉にサリスが食いついてくる。
「なにそれ?ベックはもしかして雨の降る仕組みが分かるの?」
この世界では天気について理解が進んでないのを忘れていた俺だったが、そこまで答えてしまったのでしょうがなくサリスに簡単な例で教えてあげることにした。
「あー、えっとね。サリスは料理で食材を蒸したりするよね」
「ええ」
「じゃあ、それをまず思い浮かべてね」
サリスが小さくうなずく。
「水を温めるとどうなるかわかるよね」
「お湯になるわよ」
「さらにお湯を温めるとどうなるかわかるよね」
「お湯から湯気が出るわよ。それで食材を蒸すわ」
「湯気が冷やされるとどうなるかな。そうだな、蓋の裏とか見ると分かると思うけど」
「水滴になってくっついてるわね」
「うん、それが雨が降る原理だよ」
「え?」
サリスがキョトンとした顔をする。
「太陽で暖められた海水が少しだけど湯気となるんだよ。湯気は暖かいよね。その湯気はどうなるかな」
「熱気球の説明でも聞いたけど、空の高い場所にいくのかしら」
「うん、でも空の高い場所って冷たいんだよ。それで冷やされるのさ」
「太陽に近いから熱いんじゃないの?」
「あーー。えっとね、夏場に高い山の上に雪が積もってるのは見たことあるよね。熱いならあそこにだけ雪があるのはおかしいよね」
「確かにそうね」
そこでサリスが納得した顔を見せた。
「鍋の中で蒸し料理を作るような状況が、この世界でも起きてるのね」
「海で暖められた湯気が上空までのぼって冷やされると小さな水の粒になって、それが集まると雲が出来るのさ」
「それが限界まで大きくなると落ちてくるってこと?」
「うん、それが雨だね」
俺がそこまでいうとサリスが俺の顔をじっと見てくる。
「ん、俺の顔になにか着いてる?」
「それって教会でも教えてくれないけど、ベックはどうして知ってたの?」
サリスが鋭い指摘をしてくるので、とりあえず転生前の事を伏せておこうと適当な理由をいうことにした。
「えっと、ヒノクスの国立図書館で読んだ本に書かれてたんだよ」
「それって、いつ雨が降るかどうかとかに使えないかしら」
「うーん、そこまで応用は出来ないと思うよ」
「残念ね」
「天気の予測をするなら、離れた場所の各都市の天気の情報を一瞬で伝達できるような手段が出来ないと厳しいんじゃないかな。それまでは空の様子を地道に観測するしかないよ」
「そんなことが出来たら凄いわね」
「そうだね」
そこまで話をしたところで井戸用水魔石の魔力切れの合図が鳴ったので、サリスが新しい井戸用水魔石をセットしたあと操船を代わってくれた。
俺は操船室の椅子に座って、さっきの会話の伝達手段について振り返る。
転生前の世界のように電波を使った伝達手段は、この世界でいきなり普及させるのは無理だろうなと思った。
そこに至るには、まず電気を発明する必要が出てくる。
さらに最初はケーブルを使った信号のやり取り程度だろう。
(離れた場所との情報の伝達が出来れば、いろいろ捗るんだけどな…)
そう思った瞬間、ふと脳裏に飛竜の偶像が浮かぶ。
あの玩具は離れた場所にある対になったカードを操作できる。
その仕組みを応用して、距離をのばすことが出来れば都市間の情報伝達が捗るはずだ。
最初はモールス信号みたいな簡単なやり取りしか出来ないだろうが、それでも画期的な伝達手段になるだろう。
俺は旅行準備メモを取り出して"伝達手段(飛竜の偶像)"と記入しておく。
パラノスの港湾都市バイムに到着したら、やることがまた増えてしまったなと思いながら、俺はその活用の範囲を想像してついついニヤけてしまった。
2015/06/21 誤字修正




