6-20 精霊
竜暦6561年9月23日
名残惜しいが楽しいバカンスを過ごした島嶼都市タゴンをあとにして俺達は一路パラノスの東部部市ナムパトを目指すことにした。
3泊した水上コテージが朝陽に照らされている。
荷物を持った俺達は宿を出てから狭い路地を進み桟橋に向かった。
「もっと泊まっていたかったです…」
「また来ましょうね、アミさん」
「はいです!」
アミが明るくオルの言葉に返事をしている。
様子がおかしい。
自然すぎる。
しかも二人の距離が近い。
俺はサリスに小声で聞いてみた。
「なあ、進展あったのかな?」
するとサリスも小声で俺に話す。
「話は聞いてるけど、あったとしか答えられないわね」
「あ、うん。それで十分さ。別に詳しく知りたいわけじゃないからね」
「これでルードン村にいってもオルの家族にきちんと挨拶ができるわね」
「オルも頑張ったんだなー」
「成長したってことでしょうね。私たちと違って同じくらいの年の子と過ごした経験がなかったんだから。オルにとってはここまで相当大変だったはずよ」
「そうだな」
俺は前を歩くオルとアミを見ながらサリスに返事をした。
ほどなくして俺達は小型船を係留している桟橋に到着した。
荷物を小型船に積み込んでから、出港の準備を3人に任せて俺はエワズ海運商会の事務所に出港手続きに向かう。
1時間ほどして小型船に戻ってくると驚いた顔をする3人が俺のところに駆け寄ってくる。
「大変よ!ベック」
「光ってるです」
「ん?どうした?」
「船倉に保管していた白い泥が光ってるんですよ!」
どうやら船倉の暗い場所で精霊泥土がわずかに光っているのを見たらしい。
俺は精霊泥土の事を知っていたので内心驚きはしなかったのだが、ここは3人に合わせて驚いたふりをすることにした。
「それは凄いな!ちょっと確認してみよう」
アミを先頭にして船倉に向かうとアミが船倉内を照らしていた灯りを消した。
すると船倉の一角に置いてある白い泥を詰めた箱の淵の部分がほんのり光っているのがわかる。
なるほど、この光をアミが気づいたらしい。
さらに箱を開けると白い泥がほんのり光っている。
「この光って地底湖の水に似ているな」
「わたしもそう思うです」
「石碑の洞窟でも同じように光ってた石をみたわよね」
俺はちょうどいい機会だし呼び名を統一するように3人に提案することにした。
「どうやら竜人族とも絡んでいるようだし精霊の要素を含んでいるものじゃないかなと思うんだけど、みんなはどう思う?」
「すぐに精霊と結び付けるのは難しいんじゃないでしょうか」
オルがそういうと考え込んでいたアミが少し考えてから口を開く。
「神秘的な場所には精霊がいると聞いたです。この光自体が神秘の現れですし精霊に関係しているとわたしは思うです」
「たしかに鍾乳洞や地底湖、石碑の洞窟、それに乳白色の海という普通とは違う神秘的な場所にそれぞれ存在してたわよね」
「ですです」
さすがに精霊について勉強してきているアミだけあって精霊への見識が深いなと俺は思った。
「呼び名もないと困るし、精霊の要素を含むものということでそれぞれ精霊石、精霊水、精霊泥土と名づけてみてはどうかな?」
「一時的な名称ならそれでも良さそうですね」
「いい名前です!」
「確かにそのほうがいいわね」
さらに俺は3人に魔獣と精霊の検証の件を提案する。
「それと石碑の洞窟で見た碑文で『魔を退けん』ってところは覚えてるよね?」
「覚えてるです!」
「もしかすると精霊石、精霊水、精霊泥土は魔獣が苦手にしているんじゃないかな」
俺の言葉を聞いて3人が考え込む。
しばらくしてオルが最初に口を開く。
「ヒノクスの首都イジュフ近郊の魔獣の少なさを考えるとありえるかもしれませんね」
「地底湖のあった洞窟も中には魔獣がいなかったです」
「あの乳白色の海にも魔獣はいなかったわよね」
「そもそもスタード大陸の沿岸部には、この精霊の要素を含んでいる石や水が点在しているから中型以上の魔獣が近寄らないと考えると辻褄があうような気がするんだよ」
「そうなると魔獣に本当に有効なのかを確認する必要が出てくるです」
「アミのいうとおり検証は必要だろうな」
アミが自分のアイテムボックスから強く光る精霊石を取り出す。
「これを使ってみるです!」
「あー、それは貴重そうだから大事に保管しておくほうがいいよ」
「そうですね。それは他のものより光が強いですし」
「そうなると精霊水か精霊泥土で検証するほうがよさそうね」
俺はサリスの言葉にうなずく。
「次に立ち寄る東部部市ナムパトは地底湖があるから、そこでまずは検証用の精霊水を確保しようか」
「そうするとそれなりの数の採取樽が必要になりますね」
「ああ、それはナムパトに到着してから調達しよう」
「あとはどうやって魔獣との関連を調べるかよね」
「わたしが検証の方法を考えておくです」
「そうだな。アミは精霊に関してライフワークにしてきたんだし適任だろう。方法をいろいろ考えておいてね」
「僕もアミさんのサポートに付きますよ」
「うん。アミ一人じゃ大変だとおもうからオルにも頼むよ。二人でじっくり話し合ってね」
ここで一息ついた俺達は船倉を出て操船室に戻る。
「とりあえずはタゴンを出港しないとな」
俺はそういってから操船室の操舵輪を持って小型船をゆっくりと動かし島嶼都市タゴンを出港する。
小型船が順調に進みはじめたところで、アミとオルが船室に入っていった。
まだ8時20分なので仮眠をとるには早いのだが精霊と魔獣の関係を検証する作業をどう行うかをじっくりと二人で考えたいらしい。
サリスが操船している俺の横にきて海を眺めながら話しかけてきた。
「どんどん、やることが増えていくわね」
「旅をしていれば新しい発見や出会いがあるからな。サリスだって新しい料理や食材とたくさん出会ってやること増えただろ」
そういってサリスを見て笑う。
「確かにベックの言うとおりね」
「それと同じで新しい発見があってアミとオルもやることが増えたってことさ」
「でもまだまだあの二人にとっては始まりに過ぎないのよね」
俺はサリスの言葉に大きくうなずいた。
「あくまで精霊や聖地に関する研究は、亜人族の出生率を改善をするためのものだからな」
「上手くいけばいいわね」
「今までも同じような取り組みをした亜人族の人は多くいただろうし、それでも改善できていないんだから時間はかかるだろうな」
「でも、その人達と違ってあの二人にはベックがいるから平気じゃないかしら」
「ん?」
「この世界の各地を旅して回ることが出来るってだけでも取り組みが捗るはずよ」
「あーー、確かにそれは有利だな」
「それに今回の精霊水や精霊泥土が魔獣に対しても一定の効果があるなら旅が楽になるはずよ」
「へ?」
サリスのその言葉に俺はおもわず変な声を出してしまった。
「武器としての利用は微妙じゃないかな?」
「大きなダメージを与えるなら確かに破砕粘土のほうが有効よね。そっちを期待してるんじゃなくて魔獣を寄せ付けにくく出来れば移動が楽になるんじゃないかなって思ったのよ」
「あー、移動中の魔獣除けってことか」
「空を飛ぶ乗り物を開発するなら必須になるわよね」
「うんうん。上手くいけば小型船や動力車付き馬車にも魔獣除けを設置したいな」
興奮して嬉しそうな顔をする俺を見てサリスが笑う。
青い空、そこに浮かぶ白い雲、それに穏やかな表情を見せる蒼い海。
小型船は順調にヒノクスの東部部市ナムパトに向かって進んでいくのであった。
2015/06/19 誤字修正




