6-11 食材図鑑
竜暦6561年9月14日
右手に陸地が見えるが波の穏やかな海上を小型船で進んでいく。
操船は俺が行い、サリスは武器や防具の手入れをしていた。
オルとアミは船室で寝ている。
時計を見ると11時半だった。
本来なら今日の朝には密林都市ノハに到着している予定だったが天候の悪化で入り江に避難していた為に到着が遅れていた。
俺は【地図】使って現在位置を確認すると密林都市ノハにかなり近づいてるのが分かる。
到着するのは2時間か3時間後だろう。
オルとアミを起こすのにはちょうど良い時間になりそうだ。
操船しながらノハに到着してからの予定を考える。
俺は上陸手続きをする。
三人には係留の準備をしてもらう。
そのあと合流して宿に向かう。
荷物を置いたらアミとオルは魔石調達で俺とサリスは食材調達。
ここは別行動でいいだろう。
明日は早めに宿を出て8時くらいには出発できれば歓楽都市チーミンまで30時間くらいで到着するから計画として無理はなさそうである。
そこまで考えたところで操船室に井戸用水魔石の魔力切れの合図が鳴る。
サリスが井戸用水魔石を交換してくれた。
「操船交代するわ」
「うん」
俺は操舵輪をサリスに渡しして備え付けの椅子に座るとサリスに話しかけた。
「明日は朝早くノハを出港しよう」
「わかったわ」
「それと今日は食材屋にいこうと考えてるけど他に行きたい所はあるかな?」
唸りながらサリスがいろいろ思案している。
「いま決める必要はないわよね」
「あとでも平気だよ」
「じゃあ、到着するまで考えておくわ」
「ほい」
俺は書き掛けの旅行記を取り出すと、例の【履歴】の修行を行うことにした。
いろいろ試すことである程度絞り込む為の規則が判明してきた。
・When いつ 【 時間や季節 】
・Where どこで 【 場所 】
・Who 誰が 【 主格 】
・Whom 誰に 【 目的格 】
・What 何を 【 内容 】
上記に当てはまる語句をワードに設定することで、かなり高い確率で【検索】を行うと脳裏にイメージが送られる。
しかも設定する内容を詳細にすればするほど確率があがった。
少し残念だったのは『観測者λ567913』の事を知りたかったのだが必要な情報が足りないようで脳裏にイメージが送られることがなかったことだ。
もしかすると制限があって【検索】では『観測者λ567913』の情報は得られないのかもしれない。
どちらにしても今判明している能力だけでも使いこなす必要がある。
もうひとつの脳裏に浮かんだイメージを書き写すほうが、絞込みより大変だった。
先日書いたようなイラストみたいなものであれば楽なのだが、文章となると極端に難しくなる。
とりあえずは地道にやるしかないなと思い、毎日欠かさず練習を行っている。
集中して【履歴】の修行を行っていると井戸用水魔石の魔力切れの合図が鳴ったので、俺は修行を中止して新しい井戸用水魔石をセットする。
「操船代わるよ」
「平気よ、それより手続きの準備をお願い。ノハが見えてきたわ」
俺はサリスの横に立って前を向くと、密林都市ノハが近づいてくるのが見える。
「やっとついたな。まずはオルとアミを起こしてくるよ」
「はい」
その会話をしてから4時間後の18時。
正確には時差を修正してノハの時間で17時に俺とサリスは大通りのカフェテラスで食事を取っていた。
注文した食事は二人とも香草と魚介の焼きブンにした。
ブンは米粉を麺状にした転生前の世界でいうビーフンである。
独特な強い香りと苦味のする香草と魚介から旨みが複雑に混ざり合い深い味わいを醸しだしている料理だ。
ただし俺は平気だが苦味が苦手な人はちょっときつそうな料理である。
いわゆる大人が好む味というやつだ。
サリスを横目で見ると美味しそうに食べているのが分かる。
「独特な味だけど美味しいわね」
「苦いのも平気なんだな」
「そんなにいうほど苦くないわよ。他の味を引き立ててくれてるしね」
「舌が肥えてるんだな」
「ベックのおかげよ。これだけ美味しいものを食べ続けて舌が肥えないほうがおかしいわ」
「旅の醍醐味には食事がかかせないし良かったんじゃないか」
俺がそういうとサリスが笑顔を見せる。
「旅に連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。でもパムで留守番しててくれと頼んでもサリスの場合無理矢理ついてきただろ?」
「当たり前じゃない。修行にもなるんだし美味しい料理を食べれるんだし同行しないなんてありえないわ」
「そうなると次回の旅行は少し先になりそうだな」
「え?」
サリスが驚いた顔をする。
「言い方が悪かったかな。時間のかかる旅行は数年後かなという意味だよ」
「準備に時間がかかりそうなの?」
「それもあるけど、子供を生むとサリスもパムを動けなくなるだろ」
「あーー、そうね」
「母様も孫が生まれるのを楽しみにしてるからな」
俺はそういってから最後の一口残った焼きブンを口に運んで味を楽しんだ。
サリスも焼きブンを食べながら俺の言葉を噛み締めているようだ。
食事を食べ終えた後、薬草茶を飲みながら俺とサリスはカフェテラスでくつろぎのひと時を過ごす。
「さっきの話だけど子供は来年あたり欲しいわね」
「15歳で母親になるんだな」
「イネス義母様は14歳でアキア義兄様を生んでるんだし遅いほうでしょ」
「あれは早すぎだよ」
「次の長期の旅行が数年後なら3歳か4歳になった子供と一緒に旅に行けるわ」
「家族旅行かー。まあ生まれてすぐの移動は危険だから行くとなるとそうなるな」
サリスがにんまりと笑う。
どうやら子供を連れて家族一緒に旅行する姿を思い描いたらしい。
ふとアキア夫婦のことを思い出した。
「そういえば首が座って床にもお座りできるようになったら旅行に連れて行ってもいいかもな」
「え?」
「アキア兄様とノアス義姉様も甥のギャラアを連れて、首都フラフルにあるノアス義姉様の実家に里帰りしてただろ」
「2歳が目安ってことかしら」
「連れて行くならそうなりそうだな。でも最初はパム近くの都市への短期旅行からだな」
「予定についてはベックに任せるわ」
薬草茶を飲み干したあと、俺はサリスのほうを向いてうなずいた。
サリスも薬草茶を飲み干したところで席を立つ。
「食材も購入したし食事も取ったし、特に用事がなければ宿に戻ろうか」
「本屋に寄ってもいいかしら」
「珍しいな。サリスが本が欲しいなんて」
「さっき食材屋で話を聞いたんだけど料理人が愛読している食材図鑑ってのが売ってるらしいのよ」
「ほぅ」
俺はその図鑑に興味を持った。
「もしかして魔獣から取れる食材も乗ってるのかな」
「そうみたいよ。他にも食べられる植物とか普通の鳥や獣の情報も書いてるらしいのよ」
「今後役に立ちそうだな」
「ええ、昨日のシーファルコンの事もあったし食材に関して詳しくなっておいて損はないわ」
「うんうん」
サリスの言葉に俺は深くうなずいた。
早速密林都市ノハに向かうとヒノクスで発行された食材図鑑とパラノスで発行された食材図鑑の2冊を購入する。
両国の中間に位置する港だけあって両国の本が入荷されていたことは俺達にとって非常にありがたかった。
「これで野外での食材調達も楽になりそうだな」
「さっき軽く中を眺めてみたけど簡単な調理方法も書いてあったから凄く良かったわ」
「ますます美味しい料理が食べれそうだな」
「頑張ってみるわ」
サリスが笑顔で答える。
この日、俺達のクランの笑顔の可愛い赤毛の凄腕料理人がさらにレベルアップをしたのだった。
2015/06/11 誤字修正




