6-3 湯治場
竜暦6561年9月6日
予定を前倒しして今日は1日休みにすることにした。
休みといってもいつもの四人で行動するのだが、旅の準備に関する用事を入れないというだけでも気分が違う。
まず宿を出て大通りを歩いて一軒の店に立ち寄る。
「ここで食事ですか?」
「オルは初めてだったのか」
「アミとは来なかったみたいね」
「立ったままたべるです」
店の中に入ると、狭い店内で立ったまま海老の揚げ物ソバを4つ注文した。
「ここのソバは絶品よ」
「サリスさんがそういうなら期待できますね」
すぐに目の前に大きな海老の乗った天麩羅ソバが4つ出てくる。
やはり見た目最高だ。
俺は衣につゆが染込んだ大ぶりの海老にかぶりつく。
(海老がぷりぷりしてて味も最高だな!)
俺達四人は夢中で海老天そばを平らげて店をあとにした。
「こんな店があったんですね」
「やっぱり海老の揚げ物は美味しいな」
「麦の粉で作るみたいだしドルドスに帰ったら作ってあげるわよ」
「やったーーー」
「わーい」
俺とアミが飛び跳ねる勢いで喜んだ。
オルはそんな俺とアミを見て笑っている。
サリスが作る天麩羅なら味は間違いないはずだ。
お腹もいっぱいになったところで目当ての湯治場に向かうことにした。
港湾都市トウキの北に伸びている海岸線沿いの街道を進む。
西側は山がせまり、東側は海が広がっている。
「そういえば以前来たのは一月ぐらい前になるんだな」
「もうそんなに経っちゃったのね」
「海岸沿いにあるんなら景色が良さそうですね」
「ああ、景色も良いし気持ちよいお湯で疲れが取れるはずさ」
「あと混浴だったからアミもオルと一緒に楽しめるわよね」
「オルと楽しむですー」
「え!」
オルがびっくりした顔をする。
「あらベック、オルに伝えてなかったの?」
「あれ?言ってなかったっけ」
「気持ちよいお湯に入りに行こうとしか聞いてませんでしたよ」
「水着は持ってきたのよね」
「はい」
「だったら平気よ」
顔を赤くしたオルの猫耳と尻尾が落ち着きなく動いてるのが見える。
同じ部屋で寝泊りしてるのに、そんなに恥ずかしがるって事はあまり仲が進展していないのかなと俺は心配してしまった。
オルに尋ねようかとも思ったが、あまり深入りをしちゃ悪いかなと思い俺はそっとすることにした。
しかし料理の得意な小悪魔がオルにとって危険な一言を放つ。
「そういえばアミ、オルとはどの程度仲良くなったの?」
「一緒に手を繋いで寝てるです。えへへ」
アミが照れながら嬉しそうに笑う。
「手を繋ぐだけなの?」
「寝るまで本を読んでくれるです」
「優しいのね」
「オルは優しいです」
顔を真っ赤にしていくオルが見えたので、俺は前を歩くアミとサリスに気付かれないようにオルを手招きする。
小声でオルに話しかける。
「あーー、サリスのことごめんな」
「い、いえ。へ、へいきですよ」
ぎこちなくオルが答える。
オルもあまり進展がないことを悩んでいたようだ。
「無理しなくてもいいんだし気軽にいこう」
「そ、そうですね」
「俺はすごく進展したと思ってるしさ、最初は手さえ握れなかっただろ」
「…はい」
手を見つめる恋愛に不器用なオルがかわいいとついつい思ってしまった。
俺はもう少しオルを後押ししてあげる必要があるなと思い、オルを驚かそうと今までオルとアミに黙っていた計画を明かすことにした。
「アミ、ちょっといいかな」
「なんですー」
前を歩いていたアミが振り返る。
「オルもいいかな」
そういって横を歩くオルにも語りかける。
「どうしたんです?」
「えっと帰国の途中でパラノスのバイムに寄ったらオルの生まれ育ったルードン村に行くからお土産とか準備しておいてね」
「「!」」
アミとオルがビックリした顔を見せた。
そりゃそうだ。
猫人族の里に行くのはもっと後だと思っていたからだ。
子供が出来たあとに結婚報告に行くはずだったのだから驚かないはずはない。
「ちょ、ちょっと待ったです!心の準備ができてないです!」
「い、今行くとなると準備が!あと時間もかかりますよ」
慌てる二人に俺は冷静な声音で話しを続ける。
「動力車があればすぐだよ」
「そうね。10日もあれば里に挨拶してバイムに戻ってこれるわね」
事前に計画を話していたサリスが俺の話にあわせてくれる。
「遅かれ早かれ挨拶に行くんだし、動力車があればすぐに着けるんだしさ」
「そ、そうですけど…」
「ちなみにパムに着いたらアミの生まれ育ったアンウェル村にも挨拶行こうと思ってるよ。オルのほうだけ挨拶にいくのは不公平だしね」
「「!」」
さらにアミとオルがビックリした顔を見せたが話しを続ける。
「アンウェル村に持って行くお土産も買っておいてね」
オルが観念したかのように俺に話しかけてきた。
「いつから考えてたんですか?」
「動力車が手に入ってからだよ。ただ日程によっては寄る時間がないかなと思ってたから黙ってたんだけどさ、ここにきて数日以内にトウキを出発するならなんとかルードン村に寄れるかなと思ったんだよ」
「アミもオルも中途半端な気持ちで交際してるんじゃないんでしょ」
「僕は真剣です」
「わ、わたしもです!」
「だったら平気じゃない。村にいっても堂々としてればいいのよ」
そのサリスの言葉に想うところがあったのか、歩きながらアミとオルが小声で相談を始めたのであとは二人に任せることにした。
前を歩くサリスの隣にいく。
「もっとあとで話すんじゃなかったの?」
「お土産の準備をする時間が必要だろ」
俺はそういってニッコリ微笑んだ。
サリスは俺の気持ちを察して同じように微笑む。
「これで少し進展するといいわね」
「今のままでもいいんだけどさ、仲間だし応援してあげたくなるんだよ」
「でも子育てが始まると旅に行きにくくなっちゃうわよ」
「そこは我慢するけど、なんなら家族で旅行してもいいんだけどさ」
「それって楽しそうね」
「楽しいだろうけど、小さい子を連れての旅行となると今まで以上に俺達は強くなる必要が出てくるな」
「あー、そうね…」
サリスが腕組して考えてから俺を見つめる。
「そこはベックがいろいろ考えたり揃えたりしてくれるんでしょ」
「うー。やっぱりそうなるよな」
「子供のうちに広い世界に触れられるなんて私達の子供は本当に幸せね」
サリスの笑顔を見ると家族旅行は確定事項になったらしい。
今まで以上に本気を出す必要が出てきたらしい。
パムに戻ったらやることが多くなったなと俺は蒼く広がる海を眺めた。
しばらく歩くと湯治場が見えてきた。
そういえば写真を撮ってなかったなと気付いた俺は写真機を取り出して海のそばにある湯治場の写真を数枚撮る。
オルとアミが俺の後ろからう海の近くにある湯治場を見て思わず声をもらした。
「いい場所ですね」
「素敵ですーー」
写真機をしまうと二人に声をかけて先に進む。
「村に持って行くお土産は決まったかな?」
「二人で選んだヒノクスの防具を持っていきます」
「しっかり選ぶです」
「そうか家族が喜びそうだな」
二人の決意が俺に伝わってくる。
俺は前を向いた。
前を歩いていたサリスが止まって待っていてくれた。
「遅いわよ」
「悪いな、写真を撮るのに手間取っちゃって」
サリスが俺の手を握って湯治場まで駆け出す。
「お、おい、サリス危ないって」
あまり勢いに思わずつんのめりそうになったが、なんとか堪えて態勢を立て直す。
その姿を見てアミとオルが笑っていた。
「恥ずかしいだろ」
「休みなんだし楽しまないとね」
サリスが俺の方を見ていたずらっぽく笑った。
それもそうだなと俺は思い、仕返しにサリスを抱えあげて走り出す。
「あれ?重くなった?」
冗談をいうとサリスが俺の胸を叩いて怒る。
俺は笑いながらそのまま走る。
湯治場の手前でサリスをおろす。
「ベックも随分と逞しくなったのね」
「サリスが軽いからさ」
「さっきは重いっていったくせに…」
「あはは、ごめんよ」
少ししてアミとオルが俺達に追いついた。
「ベックは元気すぎです」
アミが呆れている。
俺達は以前訪れた一番大きな建物の温泉宿に赴くと日帰りで温泉に入りたいと話をしたところ、宿の主人から家族向けの小さな浴場なら空いているという話があった。
大浴場は現在掃除中らしいのだ。
こちらは四人だし問題ないと答えると小浴場に案内してくれた。
問題になったのは脱衣場が一つしかないことだ。
しょうがないので俺とオルが先に水着に着替えて小浴場に入ることにした。
小浴場の扉を開けると、目の前に広がっている海の景色と北の海岸線の景色が一度に堪能できて素晴らしかった。
大浴場以上だ。
オルもその絶景に目を奪われていた。
俺はオルの肩を叩き、温泉の湯船に二人で入る。
「はぁぁぁぁぁー」
「ふぅぅぅー
「ちょうど良い温度だな」
「そうですね。湯屋の湯船よりはぬる目ですけど心地よいですね」
景色を堪能しながら温泉を楽しんでいると湯船の中でオルの尻尾がゆらゆら揺れているのが見える。
そういえばアミの尻尾にも触ったことが無かったなと思った俺はどんな感触なんだろうなとついオルの尻尾を握ってしまった。
「あんっ…」
サリスとアミが浴場に入ってきたタイミングで尻尾をいきなり掴まれたオルが変な声をあげる。
「「…」」
サリスとアミが変な目で俺とオルを見ていた。
「ベ、ベック!いきなり掴んじゃダメだよ」
オルが尻尾を掴まれた事で慌てる。
「「…」」
さらにサリスとアミが変な目で俺とオルを見てから口を開く。
「ベックは何を掴んだのかしらじっくりと聞かせてもらいましょうか」
「変態です…」
「い、いや、ついオルの尻尾を掴んじゃってさ、ご、ごめんなオル」
「亜人族の尻尾は敏感なのよ!ベック知らなかったの!」
サリスに怒られてしまった。
「いや初めて聞いたんだけど…」
「あ」
アミが変な声をあげた。
「そういえばバセナの旅行の途中でサリスもわたしの尻尾をいきなりさわったです」
「そうだったかしら?」
「それで敏感だって話をしてあげたです」
サリスが首をかしげていたが思い出したようだ。
「そうだわ、それで敏感だって聞いたんだったわ」
「もっと早く教えてくれよー」
「そうですね、その話を聞いていたらベックも僕の尻尾をいきなり掴んだりしなかったかも」
「でも今回はいきなり掴んだベックが悪いんだから謝ったほうがいいわ」
「オル、本当にゴメンな」
「知らなかったんだし気にしなくてもいいですよ」
ひとまず誤解がとけたのでサリスとアミも湯船に浸かる。
ちょっと残念なのはサリスもアミも小浴場に置いてあった湯浴衣を着ている点だ。
俺達は日頃の疲れをお湯で流し英気を養う。
サリスとアミが肌をさすってるのが目に入る。
「すべすべになったようだな」
「肌に良いし温泉って本当にいいわよね」
「ドルドスにも温泉欲しいです」
俺は少し思案する。
「シャルト村にお湯が沸いてたけど、あそこに湯治場を作ってみるってのはどうだろう」
サリスとアミが凄い勢いで俺を見つめた。
「いいわね。作るならお金をだすわ」
「わたしもお金はだすです」
「うーん、それじゃあ計画を練っておくけど」
オルが不思議そうな顔で俺に尋ねてくる。
「シャルト村ってなんですか?」
「ドルドスにある小さな村なんだけど、そこの近くの川に温泉が湧いてるんだよ」
「なるほど。肌にもいいですし、ここでさっき聞いたように病気の治療にも使えるなら人気が出そうですね」
湯船に浸かりながら綺麗な景色を眺めながら俺は厄介なことに首を突っ込んだなと後悔していた。
(口は災いの元っていうし発言には気をつけないとな)
潮の香りのする優しい海風と心地よい湯に身を任せながら俺はそう思った。
2015/06/02 誤字修正
2015/06/02 表現修正




