6-2 香魚の焼き魚膳
竜暦6561年9月5日
「やはり香魚の香りは良いわね」
「魚の香りばじゃないですー」
「匂いだけなら果物に近いんですよ」
「ワッラカの渓流がそれだけ綺麗なんだろう」
「どういうことかしら?」
「川底に泥が少なくて水が澄んでるから味まで良くなってるんじゃないかなと思ってね」
「確かにそうね」
俺達は昨夜21時に渓流都市ワッラカに到着してから一泊していた。
今は朝の7時。
目抜き通りのカフェで朝食を食べているが、当然注文したのはお目当ての香魚の焼き魚膳である。
ガイシュでも食べたが、ワッラカの方が本場なだけあって美味しいような気がする。
食後の薬草茶をさっと飲み干すと俺達は宿に戻り、渓流都市ワッラカを出発することにした。
午前中はオルとアミが御者台に座ることになったので俺とサリスは馬車に乗り込む。
スルスルと動力車付き馬車が動きだす。
午後の交代までサリスは裁縫、俺は旅の帰国計画をまとめることにした。
旅行準備メモを取り出して港湾都市トウキで行う予定を書き上げていく。
・サラガナル馬車工房で馬車解体依頼
・サラガナル馬車工房で注文していた動力車受取
・アアヤ船工房でメンテナンス中の小型船受取
・お土産の購入
・食材の購入
・小型船への荷物の積み込み
一通りやるべき事を書いてみたが順調にいけば3日後にはトウキを出発できる。
8月9日にトウキについて約一月滞在したことになるなと俺は思った。
計画を立てている俺にサリスが裁縫している手を休めて声をかけてきた。
「トウキについたら1日は休みが欲しいわね」
「必要?」
「この先また長時間の船旅になるし、しっかりと休んだほうがいいんじゃないかしら」
「でも宿でダラダラ過ごすというのも逆に疲れないかな」
「うーん、確かにそうね。だったら気分転換をするだけでもいいんじゃない?」
ふと俺はトウキの近くにある湯治場を思い出した。
オルとアミとも来たいなと思っていたのだがヒノクス内陸部への出発準備の関係で行くことがまだできていない。
疲れを癒すには良い場所だと考えた俺はサリスに提案してみた。
「たしかにあそこなら疲れも取れるし景色も堪能できて気分転換になるわね」
「馬車の解体依頼を出す必要があるから徒歩での移動になるけどピクニック気分でいけるしな」
「そうね」
俺は旅行準備メモを覗き込む。
「明日は解体依頼や動力車受取、小型船の倉庫からの搬出の手続きがあるから休むなら次の日かな」
「出発はいつになりそうかしら」
「順調に行けば9月8日の夕方か9月9日の朝かな」
「夕方出発はアミとオルの負担が大きいわね」
「そうなると9月9日の朝かな。宿でしっかり休息してから出発しよう」
サリスがうなずく。
「あと帰りの航海だけど寄港地でゆっくり行動するのかしら」
「基本は食材と井戸用水魔石の調達の為の一時立ち寄りにしたいと思ってるよ」
「慌しいわね」
「アミとオルも含めて相談したいんだけど、どうしても寄りたい港があったり疲労が溜まったりしてるなら寄港地の宿に泊まろうと思ってるけどね」
「アミが島嶼都市タゴンの宿を楽しみにしてたわよ」
「あー、あそこは絶対に寄らないとな」
「私の希望は砂塵都市クトでシャモールミルクを大量に調達したいわね」
「そうなるとシャモールから採取する方がいいな」
「もちろんそのつもりよ」
サリスが微笑む。
さすがサリスである。
食材の調達に関して既にいろいろ考えているようだ。
「とりあえず今日の夕食時に航海について四人でゆっくりと打ち合わせしようか」
「はい」
そう返事をしてサリスがまた裁縫を始める。
俺もまた計画を練り直していく。
キカタ村を過ぎてラバイ村に到着したところで御者を交代することにした。
オルとアミが馬車の中に入るのを確認してサリスが手綱を緩める。
動力車付き馬車がゆっくり動き出し徐々に加速していく。
スピードが出ると頬にあたる風が気持ちいい。
山あいの街道ということもあるのか昼の13時だが暑い感じがしないのもいい。
「このペースなら夕方にはトウキにつくな」
「トウキに着いたらサラガナル工房に馬車を預けるのよね?」
「うん」
サリスの問いに俺はうなずいた。
「事務所が開いていればいいわね」
「そしたら解体依頼も今日中にお願いできるな。まあ開いてなければ明日依頼にくるだけだしね」
「そういえば製作を依頼した動力車は小型船に乗るようにお願いしたんだっけ」
「分解して船倉に保管したかったけど無理だったからデッキに固定できるようにしてもらっただけだよ」
「荒波で落ちたりしないかしら」
「そのあたりは固定強化の術式を用いるらしいから平気だって言ってたけどね」
「ちゃんと考えてるのね」
「他にも動力車を小型船に容易に載せる為に今まで使っていた舷梯も強化してもらったりもしたかな」
「それもサラガナルさんに頼んだの?」
「そっちはアアヤ船工房に小型船のメンテナンス依頼を出したときに別途依頼しておいたんだよ」
「旅の事になるとしっかりしてるわね」
そういってサリスが呆れた顔を見せる。
しかしどこか楽しそうでもある。
順調に街道を進むと前方にタスイ村が見えてきた。
寄っていくかサリスが尋ねてきたがタスイ村には寄らずに先に進もうと答える。
手綱をそのまま握り締めてサリスが街道をそのまま軽快に東に進んでいく。
陽が傾き背中を赤く染めはじめようとした頃、街道の先に街が見えてきた。
時間を見ると17時40分だった。
ようやくヒノクスの港湾都市トウキに到着した。
4週間近く港湾都市トウキを離れていた事になるが特に変わった様子はなさそうだ。
俺は馬車の外壁を3回叩く。
車窓からアミが顔を出したので港湾都市トウキが見えてきたことを伝える。
「はいですー」
そういって顔を引っ込める。
「この時間ならサラガナルさんのところもまだ人がいそうね」
「ああ、手続きが早く済んで助かったよ」
ほどなくして港湾都市トウキの街に到着した俺は、サリスとオルとアミを宿の前で降ろして大通りを進んで港湾に近い場所にあるサラガナル馬車工房へ向かう。
大きな建屋の工房に到着すると事務所の扉を開く。
サラガナルさんが俺に気付き、笑顔で出迎えてくれた。
「もう戻ってきたのか」
「おかげ様で首都イジュフまで行くことが出来ました」
そう言いながら俺はサラガナルから借りていたヒノクスの簡易地図を返却する。
「それは良かったな。精霊峰は素晴らしかったろう」
「そうですね。あんな山があるなんてヒノクスは本当に良いところですね」
「このまま居ついてもいいんだぞ」
そういって冗談をいってサラガナルが笑う。
「帰る家がありますので今回は帰国しますがまた時間が出来たらヒノクスに来ますよ」
「そうだな。船工房の君達の乗ってきた小型船を見せてもらったが、あの船があればすぐに来れそうだしな」
「ということは動力車は既に船に載せてあるんですか?」
「うむ、もうデッキに固定をしているよ。あとで見れば分かるがキャビンとも固定してるからちょっとした波を受けても大丈夫な筈だ」
「お手数をお掛けしてすいません」
「こちらも国外に乗合水車の事を宣伝できる良い機会だしな。しっかり宣伝しておいてくれよ」
「わかりました」
俺とサラガナルがニッコリと笑うが、越後屋と悪代官のような雰囲気が漂っていたのは気のせいかもしれない。
俺は本題の馬車の解体依頼をサラガナルにお願いした。
「明日解体作業をしておくから明後日には荷車で運べるようになるかな」
「代金はおいくらになるでしょうか?」
「いや、解体の代金は必要ないぞ。ついでに術式の確認もしながらやるしな」
「そうですか、それは助かります。では明後日の朝お伺いしますね」
「おう、任せておきな」
そういいながらサラガナルが笑う。
俺は頭を深く下げてからサラガナル馬車工房を後にした。
まだ陽が暮れていないので、ついでに港湾地区にあるアアヤ船工房へ向かって小型船の受取処理を済ませておく。
アアヤ船工房の手続きが終わり外に出ると陽が完全に沈んでいて空には星が輝いているのが見える。
俺は星空を見上げて感傷に耽っている。
帰国の準備を進めることに躊躇いがあった。
東洋の文化が濃く漂っているヒノクスを離れることは後ろ髪を引かれる思いがあるが、待ってくれている人たちがドルドスにいるのだ。
(またいつの日か来よう!)
俺はそう誓いながら前を向いて歩き始めた。
2015/06/02 脱字修正




