5-41 油泥都市ラウゴタ
竜暦6561年8月24日
兎人族の里のヅヤ村で一晩お世話になった俺達は、お礼にローズオイルの小瓶とバセナ紀行の本を長に渡してから朝7時に村を出発した。
朝の穏やかな風が頬をなでる。
天気も晴れていて気持ちいい。
やはり朝の涼しい時間の移動は格別だ。
小鳥の声も聞こえてくる街道を朝の街道を南下していくと、ほどなくして緑茶都市ラハノに着いた。
時間を確認すると朝8時すぎである。
俺は食材屋の前で動力車付き馬車を止めると、サリスとアミが馬車から降りて店の中に消えていく。
しばらくすると二人が食材を調達して動力車付き馬車に戻ってきた。
「良い買物が出来たわ」
「あとで美味しく味わうですー」
「それは楽しみだな」
「二人がそういうなら期待できますね」
俺達は動力車付き馬車に乗り込んで西を目指して緑茶都市ラハノを出発した。
御者は引き続き俺が担当することにした。
丘の上に広がるお茶畑の中を進む街道を軽快に動力車付き馬車が進んでいく。
途中で一台の乗合馬車を追い越したが、結構な数のお客が乗っていた。
「ヒノクスは馬車で移動する人が多いのね」
「首都イジュフが近いからかもな」
「なるほど首都に用事のある人達なのね」
「一応、政治と経済の中心地だからな」
「政治といっても、各都市の調整役でしょ?」
「ヒッチ兄様に聞いたけど基本はそうだね。でも他にもいろいろとやることが多いからね」
「そうだっけ?」
「大陸中央部に近い場所にある城砦都市や防衛都市の援助は国が行っているからさ」
「あー、それがあるわね」
「各都市が商人から集めた税金の一部が首都に集められて、そこで大陸中央部に生息する魔獣からの防衛に充てられるからこそ、俺達は安心して沿岸部に暮らせるんだ。だから首都の役割は重要なんだよ」
「そうね」
お茶の畑が見えなくなり、さらに1時間ほど街道を進んだところで小さな村が見えてきた。
ヅヤ村で聞いた話では、ここがシカオ村だろう。
村に入ると、村人に尋ねてみたが間違いなくシカオ村であり宿場で生計を立てているということだった。
さらにここから首都にいくまでの道にある村や街の情報を仕入れることが出来た。
俺は村人にお礼を言って先を進むことにした。
「さすがにここまで来ると首都への道中にある村や街の情報が広まってるんだな」
「移動する人が多いって事ね」
「ああ。次がイミ村で、その次がユヒシ村だな」
「明日には間違いなく首都に着くわね」
俺は手綱を持ちながら少し思案してからサリスに提案する。
「今日は時間調整して途中の街で宿に泊まろうか」
「大丈夫なの?」
「このまま休みなく進むと首都に夜中につく可能性があるんだよ」
「そういうことね」
「あんまり変な時間に到着するのも大変だろ?」
「オルとアミにも伝えたほうがいいわね」
「うん」
サリスが馬車の外壁を3回叩くと、アミが車窓から顔を出した。
まだ仮眠をとっていなかったらしい。
「どうしたです?」
「今日は街で泊まるから仮眠はいいわよ」
「わーい。ベッドで寝れるです!」
「ふふ、良かったわね。オルと一緒にゆっくりできるわね」
「はいですー」
この二人が凄い会話をしている。
オルが顔を真っ赤にしてることを想像してながら手綱を握り締めた。
順調に動力車付き馬車は街道を進んでいく。
途中で荷馬車と乗合馬車とすれ違ったが特に何事も起きなかった。
陽が中天を過ぎた頃、俺達はイミ村を辿りつく。
時間を見ると13時だ。
俺は動力車付き馬車を広場に停止すると、アミとオルが出てきた。
「御者をここで交代しようと思ってるけど任せてもいいかな?」
「了解」
「はいですー」
オルが御者で手綱を握り、アミが横に座る。
俺とサリスが馬車の室内に入ると動力車付き馬車がスルスルっと動き出し、徐々に加速していく。
「昼間に馬車の中で休むのは久しぶりね」
「そうだな。せっかくだしのんびりさせてもらうよ」
サリスが防具の手入れを始めたので、俺は書き掛けの旅行記の記事を取り出すとペンを走らせていく。
集中して書いていると御者のオルが壁を3回叩いてきた。
車窓から少しだけ顔を出しオルに尋ねる。
「村が見えてきましたよ」
「ユヒシ村だな」
「街道の脇にありますけど寄っていきます?」
「通り過ぎよう」
「了解」
時間を確認すると15時半だった。
結構進んでいることになる。
俺はヒノクスの簡易地図を取り出し、さらに【地図】を使って宙に正確な地図を表示させる。
(各村の情報を書き込んでと。よし、これでいいか。あとは次がラウゴタだから、ここで今日は宿泊だな)
「簡易地図を見てるけど、首都イジュフまでもう少しよね?」
「そうだね。次がラウゴタ、その次がヤミジ村、そしてザンホエ村と進んで、そこからさらに西に進めば目的地の首都イジュフに到着だな」
「いよいよね」
「3日程度見物すれば十分だろうと思ってるけどね」
「意外と短いわね」
「帰りの道中もあるからね。出来れば8月31日か9月1日にはガイシュ迷宮都市に戻りたいな」
サリスが首をかしげる。
「ちょっと急いでない?10月上旬にヒノクスを出発すれば年内にパムに帰り着くって話だったわよね?」
「あーー、うん。そうだよ」
「なにか隠してる?」
「いや、まだ考えてる段階なんだけど…」
「なにを?」
「今日宿の部屋にいったら寝る前に話すよ」
「ここじゃ出来ない話なのね?」
「うん」
「寝る前にしっかり話してよ。忘れないでね」
「はい」
俺は旅行準備メモに"サリスと相談"と記入しておいた。
それを見てサリスが安心したらしく、装備の手入れをまた始めた。
(うーん。いい機会だしサリスに話をして例の計画を本気で進めるかな)
俺は旅行準備メモを見ながら、計画を練り直し始める。
陽が傾いたところでオルから街が見えてきたことが伝えられた。
車窓からのぞくと、前方に街が見えてくる。
あれがラウゴタだろう。
俺は時間を確認すると17時50分をすぎたところだ、
ラウゴタに着くと通りを歩いている人から馬屋付きの宿を紹介してもらい動力車付き馬車を進める。
宿泊の手続きを馬車の預かりを頼んだあと、俺達は部屋に荷物を置いてからラウゴタの街に繰り出した。
宿の近くのカフェで夕食を取ることにした。
俺とサリスは野菜の揚げ物膳、アミは肉野菜炒め膳、オルは鳥肉ソバを注文した。
食事が運ばれてくると、俺達は美味しい料理を存分に堪能した。
食後の飲み物を頼もうとすると、サリスがグリーンティーを4つ頼んだ。
「もしかしてこれって…」
「ええ、ヅヤ村で教えてもらった粉末を使ったお茶よ。朝、食材屋で教えてもらったのよ」
「なるほどな」
「美味しいですー」
「苦いけど、ほんのり甘いですね」
俺も飲んでみたが、少量の砂糖を入れた抹茶だった。
砂糖を加えずに飲む文化はないようだった。
これはこれで美味しいので、文句をいわずに味わう。
「そういえば、さっき宿の受付で聞いた油泥湖を見てみたいですね」
「俺も是非見てみたいけど明日は朝早く出発するし、次回時間があったらいこうか」
「そんなに離れていないようだし、朝早く起きて見物にいってもいいんじゃない?」
「うーん」
「行きたいですー」
「みんながそういうなら行ってみようか」
「じゃあ、明日は朝5時に宿の入口集合にして、油泥湖を見物してから油泥都市ラウゴタを出発しよう」
三人がグリーンティーを飲みながらうなずく。
(油泥湖か、楽しみなだなー)
都市の名前にも付いている油泥湖がどんなところか気になる。
俺はまだ見ぬ油泥湖に思いを馳せながら、グリーンティーを味わっていた。
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