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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
青年期【ヒノクス旅行編】
150/192

5-38 餅

 竜暦6561年8月21日


 俺達はガイシュ迷宮の挑戦を一旦中断して首都イジュフの見物を先に行うことにした。

 理由は首都イジュフへ移動する途中にある魔工都市ママハでマジックアイテムの高強度ロープの製作を依頼する為だ。


 午前10時にガイシュ迷宮都市を出発した俺達は森の中の街道を西に進んでいる。


 俺は動力車付き馬車の御者台の助手席に座ってチェーンハンドボウを構えながら周囲を見渡す。

 森の中の街道なので警戒を怠らない。


 手綱をもつサリスがそんな俺に話しかけてきた。


「装備工房とオオハさんとの話がすんなり終わって良かったわね」

「ああ、特にプレートを返さなくても済んだのは良かったよ」

「そうね。首都から戻ってきたらすぐにガイシュ迷宮に挑戦できるのはありがたいわ」

「うん。それに朝も売店でアイテムも買えたし良かったよ」

「光玉とか破砕粘土は、いくつあっても困らないわよね」

「うんうん。本当は大量に欲しいんだけどね」


 そこまで話すとサリスが少し真剣な顔をしてから俺に話しかけてきた。


「パムに帰ったらファバキさんに相談してみる?」

「ロージュ工房で再現できればいいけど、術式も素材も不明だからね」

「解析は無理かしら?」

「時間をかければ大丈夫じゃないかな。ただし素材が手に入るかのほうが心配だな」

「破砕粘土は、ホーン系の魔獣の角を使ってるって話よね」

「ホーン系はDランク魔獣だから、パム迷宮の地下3階にいる可能性があるけど、そうなるとランクアップが必要だよな」

「パム迷宮でも称号によるランクアップを適用をしてくれないかしら」

「パムに帰ったら冒険者ギルドの代表のクルハさんに相談してみるよ」

「そうね」


(ママハで術式や素材を教えてくれる工房があればな…)


 俺は周囲を警戒しながら、そんな希望を頭に想い描いてみたが簡単には教えてくれはしないだろう。

 チェーンハンドボウを握りしめながら少し思案してみる。


 ヒノクスの武器を開発している工房が喜びそうな情報は、同じような武器や防具が絡んだ情報に限られるだろう。


 手に持っているチェーンハンドボウを眺めてみたが、チェーンハンドボウの情報はファバキさんとの約束で公開できない。

 理由はマルチロッドと同様で輸出を検討している武器だからだ。

 輸出で値段が高くなっても対魔獣用の武器として高ランクの冒険者に売れるのは確実なのだ。


 マルチロッドとなると俺が関わる前の商品だから情報開示はできない。


 そうなると開示できそうな情報はアミのパイルシールドガントレッドや、サリスのフレイムスパイクシールドの盾の表面に付与した発熱術式くらいだなと考えをまとめたが難点がある。

 発熱術式の術式と破砕粘土の術式じゃ価値が釣りあいそうにないのだ。


 いろいろと思案していると街道の先に村が見えてきた。

 時刻を見ると12時だ。

 ガイシュ迷宮都市で話を聞いていたガラキ村のようだ。


 確か林業と狩猟を生業としている村という話だった。

 村の中に動力車付き馬車が入るとサリスが速度を落とす。


「寄っていく?」

「いや、そのまま進もう。止まるのは大きな街にしよう」

「はい」


 ガラキ村を通り過ぎ、また森の中の街道を動力車付き馬車が進んでいく。

 どこまで森が続くか分からないが、俺は出来る限り早く森を出たいと考えていた。

 視界が悪いのは思った以上に神経を使うからだ。


「そろそろ交代しようか」

「じゃあ、お願いするわ」


 ガラキ村を通り過ぎて1時間ほど経ったところで動力車付き馬車を停止させると、サリスと御者を交代する。


「《オン》、《ドライブ》」


 俺は手綱を持って簡易スペルと唱えると、スルスルと動力車付き馬車が走り出す。

 俺の隣でサリスがチェーンハンドボウを構えていた。


 しばらく進むと陽がかなり傾いてくるのが分かる。

 時計を見ると15時になりそうだ。


 ほどなくして左右に広がっていた森がなくなり見通しが良くなった。

 森をようやく抜けたようだ。

 街道の先に村が見える。


 村に近づくと畑を耕している村人がいたので、村について尋ねてみた。


 どうやらオキオ村という野菜を作って生計を立てている村ということだ。

 他にもこの街道を先に進むと、大河都市キワガという街があるという情報も入手できた。

 俺は村人に礼を言って、大河都市キワガを目指すことにした。


 ところどころに林が見える草原の街道を俺達は進んでいく。

 俺は前方に広がる草原を眺めながらサリスに話しかけた。


「キワガには夕方着くだろうから、そこで御者をアルとアミに任せようか」

「そのまま進んで、陽が落ちてから交代でもいいんじゃないかしら」

「食事は?」

「ガイシュで食材を買い込んでるから、御者の交代の時に街道脇で手早く作っちゃうわ」

「何を作ってくれるのかな?」

「それは秘密よ。楽しみにしててね」


 サリスがいたずらっぽく笑う。

 俺を驚かそうとしてるらしいので俺は今日の夕食を楽しみにすることにした。


 かなり陽が傾いてきた時に、前方に街が見えてきた。

 大きな街なので、あれが大河都市キワガだろうと思った。

 さらに街道を進むと確証に変わった。


 街に向かう街道に石造りの立派な橋がかかっていたのだ。

 大河都市というだけある。


 しかし橋を渡りはじめて俺とサリスはあることに気付いた。

 川幅は確かに広いのだが河川敷が大半を占めていて川自体はそれほど大きくはなかった。


「これって川だけ見れば小さいわよね…」

「うーん。でも河川敷があれだけ広いから、時期によって流れる水の量が変わるんじゃないかな」

「なるほど、そういうこともあるのね」

「橋が立派なのもそのせいじゃないかな。常に流れる水が多いと橋を作るのも大変だし」

「そう考えると納得ね」


 俺達の動力車付き馬車は、橋を渡りきると大河都市キワガの街中を通って、西門からまた街道に出る。

 時刻を見ると17時半だ。

 日暮れまであと2時間ほどある。


 陽が地平線に近づいてくると、仮眠から目覚めたオルが、馬車の車窓から顔を出して尋ねてくる。


「御者の交代はどうします?」

「陽が暮れたら食事休憩をするから、そこで交代しようと思ってるよ」

「了解。じゃあアミさんとゆっくりしてますね」


 西陽が眩しい。

 草原を赤く染めながら徐々に陽が沈んでいく。

 俺は街道の脇に動力車付き馬車を止めた。

 時間をみると19時だ。


【地図】を使いかなり進んだことを確認した。


(9時間でこのくらい進めるんだな…)


 俺の見た限りだが120km以上は進んでいることになる。

 やはり動力車付き馬車があると旅がかなり楽になる。

 問題があるとすると、積載重量と動力に使う井戸用水魔石の価格だ。


 あまり重い物は運べないし、無理をして運ぼうとすると井戸用水魔石の消耗が激しい。

 大量の荷物の輸送は複数の荷馬車のほうが安価で現実的だろう。


(当分は行商人の仕事は無くならないな…)


 そんなこと考えながら俺は休憩の準備を進める。

 オルとアミも馬車から出てくると、サリスが馬車の中に入って中から鍵を賭ける。


(あ、サリスはトイレか。我慢してたのかな…。俺もあとで済ませておこう)


 しばらくして馬車から出てきたサリスが食事の準備を始める。

 俺も食事が出来上がる時間を利用して馬車に入ると、後部のドアつきの小部屋に入りズボンを脱いで簡易便器に座って用を足す。

 スッキリとしたところで《クリン》と呟くと、自動で聖と風の魔石により生み出された洗浄風によりお尻を消毒してくれ、排泄物が分解されていった。

 快適である。


 この世界に転生してから、俺が一番衝撃を受けたマジックアイテムなだけある。

 簡易便器は最高だ!


 綺麗になったところでズボンを穿いてから馬車の外にでると、陽が完全に地平線に隠れていた。


「出来たわよ」


 サリスが4つのお碗によそったスープを持ってくる。


「おいしそうです!」

「簡単な料理だけどダンゴのビーンスープよ」


(ん?)


 俺はもしかしてと覗き込むと、そこには味噌汁の中に浮かぶ餅がみえる。


(雑煮か!)


 サリスが作ったのは味噌仕立てのお雑煮そのものだった。

 俺は汁を飲んでみたが出汁も十分取れている。

 サリスに尋ねると煮干で出汁を取ったところに野菜を入れて煮込んでから最後に味噌と焼いた餅を加えたという話をしてくれた。


(完璧な味付けなんだが…)


 転生前なら季節はずれになるであろう雑煮を食べながら、あまりの嬉しさに俺は涙をこぼしてしまった。


「ねえ、ベック大丈夫?」

「…う、うん。あまりにも美味しくてさ…」

「ベックはおかしいです」

「それだけベックにとって好みの味だったってことじゃないかな?」

「うん。昔夢でみたことのある食べ物だったんだよ」

「この料理を本で見たことでもあるの?」

「…これに近い料理だけどね」


 俺はそう言って雑煮を平らげた。


「ご馳走様」

「そんなに好きなら、また作ってあげましょうか?」

「え、ほんとに!」

「ガイシュの食材屋で乾燥したダンゴを多めに購入してるから、また作れるわ」

「やったーー!!!」


 俺の知らないところでサリスが餅を購入していたらしい。


 喜ぶ俺を見て、サリスとアミとオルが笑う。

 本当にヒノクスに来てよかったと思う俺の姿がそこにあった。

 


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