5-36 ツーショット
竜暦6561年8月19日
「思った以上にきついわね」
「そうですか?」
「平気ですー」
「オルとアミは山道を進むのが早いんだな」
俺達は今日は迷宮探索をせず、のんびりと景色を楽しもうと、ガイシュ迷宮都市とガイシュ湖を一望できる山の上を目指していた。
しかし地元の人から聞いた以上に山道の傾斜がきつかったので、俺とサリスはちょっと困惑していた。
「ちょっとしたピクニックのつもりだったんだがな」
「私もそう思ってたけど」
「サリスもベックも鍛え方が足りないですー」
「俺とサリスは海沿いの街育ちだし、オルやアミと違って山は慣れていなんだよー」
「いい修行になりましたね」
そういってオルが笑う。
俺とサリスがすべりやすい足元を気にしながら、なんとかオルとアミについていくと、ようやく山頂に到着した。
山頂から見下ろした場所に広がるガイシュ湖の大きさに俺達は思わず息を飲んだ。
「大きいとは思っていたけど、これほどとは…」
「たしかに絶景ですね」
「陸にある海ね」
「ガイシュの街があんなに小さいですー」
サリスが東のほうを指差す。
「あっちに見える緑の絨毯はライスを作ってる畑よね?」
「大湖都市チオミハとエノヒ村のあたりだからそうだな」
「かなり広い場所で作ってるのね」
「それだけヒノクスではライスを食べるってことだろうな」
「パラノスでもライスを作ってる都市では、あのくらいの広さがあるかもしれませんね」
「ライスは美味しいですし、たくさん作るのもわかるです」
俺は東に見える湖の近くに広がる田んぼを見つめたあと、反対側の西のほうに目を向けて指差す。
「西に見える森を抜けて、ずっとずっと先に進むとヒノクスの首都イジュフがあるらしい。ガイシュで魔石を集め終わったら向かう場所だな」
「イジュフはどんな場所か分かりました?」
「高い山の麓にあるらしいよ」
「どのくらい高いか楽しみですー」
「今回は時間がないからイジュフに行っても見るだけよ。残念だけど登るのは別の機会になると思うわ」
「うーー」
どうやらアミは高い山と聞いて登りたかったようだ。
「イジュフにある高い山に登山するにしても俺とサリスには無理だな。ここの山でさえ辛いんだから…」
「足腰立たなくなるまで鍛えるです!」
「えぇぇぇー」
アミの発言に俺が変な声をあげると、サリスとオルが笑った。
俺達はガイシュ湖周辺の景色を楽しんだあと、シートを広げて昼食をとることにした。
サリスとアミは調理を始めたので、出来上がりを待っている間に俺は写真機を取り出してガイシュ湖の風景写真を撮っていく。
「ベックはこまめに写真をとっているよね」
「本に載せようと思ってるしね」
「挿絵のある本は読みやすいから人気が出そうだね」
「うん」
資料用の風景写真を取ったところで、オルとアミを呼んだ。
「二人の写真をとるから、そこに二人で立ってみてね」
「ここ?」
「うん。あともっと寄り添うように、そうそう、そんな感じで」
「これでいいです?」
「平気だよ、あと笑顔で」
二人が笑顔をつくる。
「じゃあ撮り終わるまで動かないようにしてね」
俺はガイシュ湖が背景に映りこむように、アミとオルに立ってもらい写真を撮る。
《オン》と俺が呟くと写真機の内部の光をさえぎる蓋が装置によって動く音がする。
15秒ほどして、また音がした。
「よし撮れたよ」
「あら羨ましいわね、写真をとってもらうなんて」
「サリスとベックの写真をとるですー」
「じゃあ僕が操作するよ。サリスさんとベックもさっきの場所に立ってね」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうかな」
サリスが調理の手をとめて、俺のそばにやってくる。
「このへんだったわね」
「ああ」
俺はサリスの肩をそっと抱き寄せると、サリスも俺にもたれかかるように頭を寄せて笑顔を見せる。
「じゃあ、この体勢で」
「了解、取るよー」
オルが《オン》と呟いてくれて、俺とサリスの仲睦まじいツーショットの写真を撮れた。
その俺とサリスの姿をみてアミが唸る。
「オルともう1枚撮るです!」
「え?」
オルがびっくりした顔をする。
「オルは、こっちにくるです」
そういってアミがオルの腕をひいて先ほどの場所に立つと、思いっきり甘えるようにアミがオルに両手で抱きついて笑顔をみせる。
「ベック、この体勢で写真を撮って欲しいです」
「えーーー」
オルの困った顔が面白くて、俺はアミの希望通り、ついオルとアミのツーショット写真を撮ってしまった。
それを見ていたサリスがおかしくて噴き出し笑い出す。
「いい記念が出来て、よかったな、オル」
「恥ずかしいですよ…」
「二人に子供が出来たら、見せてあげれば喜ぶわね」
「そうだな」
「部屋にこの写真を飾っておくですーー」
「アミさん、それだけは許してーー」
顔を真っ赤にして嘆願するオルに俺達は笑い出す。
ひとしきり笑った後で、俺達はサリスの料理を味わうことした。
「今日はジャオルオトゥの肉炒めのライスペーパー巻きよ」
「ガレットみたいだな」
「ええ、薄く溶いたライスの粉をフライパンでのばして焼いてみたの」
「密林都市ノハの食材屋で教わったんだっけ」
「うん」
アミとオルがライスペーパー巻きを頬張ると、その味に驚いている。
俺も手でつまんで食べてみたが、甘辛い醤油の味で炒められたジャオルオトゥの肉とライスペーパーの組み合わせが絶妙だった。
「美味しい以外の言葉が出てこないな…」
「本当にそうですね…」
「おいしいですーー」
俺達の言葉にサリスが嬉しそうに笑顔を見せる。
「このビーンソースとライスと相性がいいのよね」
俺達はライスペーパー巻きを肉がなくなるまで堪能した。
景色の良い場所で、美味しいものを食べる。
本当に幸せである。
食後の薬草茶を飲みながら、一息ついたところで時間を確認すると13時を過ぎていた。
そろそろ街に戻らないといけない時間だ。
「時間だし、ガイシュに帰ろう」
三人がうなずいてから、広げたシートや簡易調理器具をしまうと、そのまま登ってきた山道をくだっていく。
しばらくすると、前を歩いていたオルが突然立ち止まる。
「魔獣?」
「いえ、ちょっと樹の上に鳥の巣があるのを見つけたんですよ」
そういうとオルが樹を昇り始めた。
「オルは器用です」
「うん、確かに手馴れているな」
「そうね」
オルが樹上の枝にある鳥の巣から卵を回収して下りてきた。
茶色い卵の表面には独特な文様がある。
「それって食べれる卵かな?」
「僕もはじめて見る卵ですね、街に戻ったら食材屋に確認したほうが良いかもしれませんね」
「ああ、そうしてみるか」
「食べれる卵なら嬉しいわね」
「ですですー」
思わぬ収穫に俺達は喜びながらガイシュに戻った。
16時過ぎにガイシュに辿りついた俺達は、そのまま食材屋に向かってオルが回収した卵について店員に尋ねてみる。
「テンプスバードの卵ですね。もし買えば1個につき銅貨10枚ほどになりますね」
「おいしい卵なんですか?」
「ええ、猟師が山でたまに採取してくるんですけど、味がいいので、すぐに売り切れる卵ですよ」
「どうやってガイシュの人は食べているのかしら」
「塩コショウして焼いたりしますね」
サリスがメモを取っていく。
俺達は店員に礼をいって、店をあとにした。
「なかなか良いものだったわね」
「そうですね」
おいしい卵を聞いて俺は頭の中で、あの卵料理を思い浮かべてしまった。
ヒノクスで醤油も手に入った。
さらに米もある。
俺はあの味を思い出して、口の中が唾液で満たされてしまった。
しかし夕食で食べるのは少しもったいないなと思う。
(やはり食べるなら朝だよな)
そう思った俺は三人に提案する。
「明日の朝は、その卵を使って俺が料理をつくってもいいかな?」
「なにか良い料理があるの?ベック」
「まあ、期待しててくれよ」
「自信ありそうですね。じゃあベックに卵を渡しておきますよ」
「楽しみですー」
俺はテンプスバードの卵をオルから受け取ると、ニヤニヤしながら目抜き通りを歩き出す。
2015/05/20 会話修正
2015/05/20 誤字修正
2015/05/25 誤字修正




