5-35 湯屋
竜暦6561年8月18日
Fランク、Eランクの魔獣を順に倒した俺達はDランクの魔獣のいる部屋に続く通路に辿りついていた。
過去ここに訪れたことのある冒険者が壁に残した魔獣の名前を俺達は探す。
オルが魔獣の名前を見つけたようだ。
「クァドラホーンって書いてますね」
「オルは知ってる?」
「いえ、聞いたことがないで…、あれ?ちょ、ちょっと待ってください」
そういうとオルがメモを取り出す。
「あー、そうか。採取依頼の出てる魔獣ですね」
「採取部位は分かるかな?」
「角ですね、1本につき銀貨10枚ですね」
俺はヒノクスの魔獣図鑑を取り出すとクァドラホーンのページを開く。
どこかで見たことのある魔獣だった。
「こいつだな。腹部から出ている長い触手が8本出てるらしい」
「見たことあるです」
「どこだっけ、私もこれに近い魔獣をみたことがあるような気がするわ」
「えっと、これってクシナで戦ったキャスクホーンに近いですよ」
「「「え?」」」
オルの指摘で俺とサリスとアミは、もう一度クァドラホーンの挿絵を確認する。
「あー、殻がないのか!」
「殻を破壊したあとの姿ね」
「納得です!」
「三人とも殻の印象が強かったんですね」
オルの言葉に俺も含めて三人がうなずく。
「そうなると目がないから光玉は使えないな」
「正攻法で倒すのが早いです」
「そうね、まずは触手の処理ね」
「サリスに斬りおとしてもらうのが早いな」
「はい」
そのページを見ていたオルが説明を指差す。
「火に弱いようですね。火矢を撃ちこんでみましょうか」
「でも頭の角も焼けてしまわないかしら?」
「挿絵を見る限り燃えそうな体毛は背中にだけにありますね」
「とりあえず初めて戦うし、火矢を一度使ってみようか。もし角に燃え移るようなら、マルチロッドで消火するよ」
「それでいくです」
「それと今日も昨日と同じで破砕粘土なしでいこう」
三人がうなずく。
俺達は通路を進み、広間を目指す。
しばらく歩くと、クァドラホーンが横たわる広間が見えてきた。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・クァドラホーン>>→魔獣:パッシブ:土属
Dランク
HP 297/297
筋力 4
耐久 4
知性 2
精神 2
敏捷 1
器用 1
(相変わらずナメクジみたいな皮膚をしてるな)
クァドラホーンの高さは頭部を持ち上げると高さ3mほどあるだろう。
長い首を折り曲げるようにして地面に横たわっている。
背中にはキャスクホーンにはない毛が生えているのが見える。
「頭部にある角が採取部位ね」
「4本あるです」
「キャスクホーンと同じで、あまり大きくはないですね」
「もしかするとキャスクホーンと同じように破砕粘土の材料になるのかもな」
「あの大きさで1本銀貨10枚ですからね、そうかもしれませんね」
各自準備をしてから、オルの火矢を合図に戦闘を開始した。
弧を描いて火のついた矢がクァドラホーンの背中に突き刺さると、背中が燃え上がる。
クァドラホーンが、頭部を持ち上げ俺達に向けて触手を伸ばしてきた。
襲いかかる触手を、アミが高熱を発するパイルシールドガントレッドの盾の部分で次々と弾いていく。
オルと俺はアミの脇をすり抜ける触手に対して矢とスパイクを放っていくと、クァドラホーンは触手をいったん戻そうとするが、サリスがその隙を見逃さずに間合いを詰めて触手を切断していく。
長く伸ばされた触手がサリスの剣撃で斬り飛んで、徐々に短くなっていく。
アミも間合いを詰めながら前進していく。
背中で燃える体毛によるダメージと、触手を切断されていくダメージが合わさり、後がなくなったクァドラホーンが触手と長い首を振り回し始めた。
アミが冷静に触手を捌いていく。
俺は首の付け根を狙ってチェーンスパイクボウでスパイクを連射していくと首の付け根あたりから勢いよく体液が噴出しはじめた。
大きな血管を傷をつけたのだろう。
首を振り回す威力が落ちてきた。
サリスが一気に詰め寄って8本ある触手の根元をいっきに切断すると、反撃手段を失ったクァドラホーンは俺達の前にひれ伏した。
クァドラホーンの頭をサリスが一気に切り落とし止めをさした。
オルが手際よく角を採取して箱に詰める。
俺は矢とスパイクの回収を行い、サリスとアミは魔石の回収にあたる。
俺は回収したスパイクを見て唸る。
「どうしたの?」
「いや、かなりスパイクが損傷したなと思ってね。再利用も限界かもな」
「装備工房で購入するしかないわね」
「このスパイクは特殊だから、装備工房に依頼を出して製作してもらわないとな。オルの矢は平気かな?」
「僕のは平気ですよ。こまめに補充してますし」
「じゃあ、あとで俺とサリスで装備工房に行ってみるか」
そこまで話すと魔石を抱えたアミが俺達のところにくる。
「えっと回収した魔石はベックにわたすです?」
「オルに渡していいよ」
アミがオルに魔石を渡す。
「じゃあ、今日も魔石工房の方をお願いするよ。俺とサリスは装備工房にいってくるから」
「了解。そういえば夕方は湯屋の前に18時集合でいいかな?」
「ああ、それでいいよ。さて出ようか」
俺達は転移石を使って外に出ると、まずは俺とオルで、クァドラホーンの依頼票と採取箱を受付に持っていき事後報告の手続きをする。
「こちらが報酬の銀貨40枚になります」
俺とオルは銀貨20枚づつを受け取ると、サリスとアミと合流してガイシュ迷宮都市の冒険者ギルドの外に出る。
装備工房までは道が同じなので四人で他愛のない話をしながら目抜き通りを歩いていく。
「魔石工房に行ってくるのでここまでですね。またあとで」
そういって装備工房の前でオルとアミと分かれる。
「さてと早めに用事をすませようか」
「はい」
装備工房の店の中に入ると、俺はカウンター内にいる店員にスパイクの作成依頼をする。
「このハンドボウ用のスパイクの複製品を作って欲しいんだが平気かな」
「ちょっと待ってくださいね」
そういって店員が奥に消えて、一人の男性を連れてくる。
「スパイクのオーダーとは珍しいな」
「ええ、ちょっと特殊なスパイクでして」
そういって男性がスパイクを手に取る。
「2枚羽根で、しかもやけに小さいな」
「そうですね。複製できそうですか?」
「うむ、これなら大丈夫だ。で、何本必要なんだ?」
「実は1週間ほどでガイシュ迷宮都市を離れる予定なんですよ」
「ふむ、そうなると数が限られるな」
「4日で作れる量だと何本くらいになりそうですか?」
「300本くらいかな、あと1本銅貨3枚になるがいいかな?」
「では、それでお願いします」
俺は銀貨9枚を先に渡すと、男性が受取票を渡してくれたのでアイテムボックスにしまってから、装備工房をあとにした。
「まとまった数が頼めてよかったわね」
「うん」
「ベックは他に行きたい場所はある?」
「昨日は情報集めで忙しかったしな、ちょっとカフェでのんびり過ごそうか」
「いいわね」
サリスが赤毛のポニーテールを揺らして喜ぶ。
目抜き通り沿いにあるカフェテラスに立ち寄る。
テーブルに案内されて、テーブルに座ると店員がメニューを持ってきた。
俺はメニューに転生前に見慣れた言葉があるのに気付いた。
(おお!!このダンゴってやっぱり団子のことだよな!食べてみるしかないな!)
こんな場所で団子に出会えるとは思っていなかった俺は飛び上がりそうになった。
「なあ、サリス。この粉ダンゴって頼んでみていいかな?」
「ダンゴってヒノクスに来てから見たことないわね」
「うん、ちょっとどんな味か試してみたくてね」
「じゃあ私はこっちの甘ダンゴを頼んでみようかしら」
俺は粉ダンゴと薬草茶、サリスは甘ダンゴと薬草茶を注文してみた。
しばらくして店員がテーブルにダンゴとお茶を運んできた。
俺は見て驚いた。
ダンゴとは、どうやら餅のことを指すようだ。
粉ダンゴとはきな粉餅、甘ダンゴはみたらし餅だった。
サリスがみたらし餅をナイフとフォークで食べる。
「のびちゃうんだけど、変わった食べ物ね。なんで出来てるのかしら」
そういってサリスが口に運んで驚いた。
「美味しいわね。この甘いソースは魚の甘煮と同じものみたいね」
「へぇー」
(醤油と砂糖を煮詰めた味がサリスには分かるんだな、凄いな…)
そう思いながら俺は箸できな粉餅を口に運ぶ。
餅を口で加えて、むにょーんと伸ばして食べるが、まことに美味しい。
「ベックも変わった食べ方をするわね」
「のびてるのが面白くてね」
俺は笑顔で答える。
やはり餅は美味しい。
焼いてから醤油をつけて食べるとさらに美味しいだろうなと思いながらきな粉餅を堪能した。
サリスが店員にダンゴの作り方を聞いて驚いている。
「すごいわ、ベック!これもライスで出来てるのよ!」
「ライスって凄いな」
「本当にそうね」
みたらしのソースを舐めながらサリスが考えこむ。
「ドルドスでもライスは作れないかしら」
「どうだろうな、気候に左右されそうだし」
「これだけ美味しいのに惜しいわね」
「あとはまとまった量を手に入れたいなら海運商会に頼むとかかな」
「そうね」
美味しいお餅をヒノクスのカフェテラスで堪能した俺達は待ち合わせの時間が迫っていたので湯屋の前に向かう。
既にアミとオルが来ていた。
俺達はそれぞれ女湯と男湯に分かれて湯屋に入る。
脱衣場で裸になると、そのまま浴室にむかう。
「毎回思うけど、ベックはよく裸で平気だね」
「ははは。慣れだよ、慣れ」
オルはまだ裸になれていないようだ。
恥ずかしそうにしているが、他のヒノクスの人も堂々と裸を晒しているので、逆に恥ずかしそうにするほど目立ってしまう。
手早く手桶でお湯を浴びたオルが湯船につかる。
俺も手桶でお湯を浴びて汗を流すと、おなじく湯船につかった。
「はあああ。生き返るな。やっぱり風呂はいいな」
「本当にそうだね。裸になるのはまだ恥ずかしいけど、この風呂は気持ちいいよ」
オルが俺と同じように幸せそうな顔をして風呂を楽しむ。
湯船で疲れをとりながら、俺はオルに尋ねてみた。
「そういえばアミとは進展あったのかな?」
オルの顔が真っ赤になる。
湯でのぼせたわけではないようだ。
ただ、もじもじと体をゆすっている。
なんとなく察したが、まだアミとは清いままらしい。
「まあ、先は長いんだし、ゆっくりでいいと思うよ」
「う、うん」
「俺とサリスは4年かかったしな」
「え?」
「10歳で交際をはじめて4年かかったよ。それまでずっと清い関係だったし」
「平気だったの?」
「うーん、付き合いはじめた頃は、自分を押さえられなかったことが多かったけどね。でもアミと一緒に行動するようになってからは、自然と減っていったかな」
「そうなんだ」
「大事な家族って意識が強くなるほど、その関係を壊したくないって思っちゃったんだろうな。いま思えば自分を抑えられなかったのも、逆に抑えすぎちゃったのも、まだまだ自分が未熟だったんだろうな」
俺の言葉にオルが無言で考え込む。
「まあ今でも未熟だよ。こないだも歓楽都市でサリスに怒られたし」
そういって笑うと、オルが俺に尋ねてきた。
「未熟でもいいのかな…」
「ずっと未熟のままだと駄目だけど、そこから頑張って脱しようとすれば平気じゃないかな。オルは頑張ってるし平気だよ」
「うん」
俺は湯船に浸かりながら、あることを思いついた。
「オル、明日だけど迷宮探索は休みにしないか?」
「え?」
「昨日聞いたんだけどガイシュの近くに景色の良い場所があるらしいんだ」
「でも日程は平気?」
「1日休息を入れても平気だよ。それに無理してもしょうがないしな。湯屋から出たら、みんなに話をするよ」
「確かに適度な休息は必要だね」
明日みんなで出かけることを想像しながら、お風呂を堪能する俺がいた。
2015/05/19 会話修正
2015/05/19 誤字修正
2015/05/19 表現修正




