5-34 売店
竜暦6561年8月17日
サリスの作った豆カレーを食べ終えた俺達は、宿の食堂のテーブルで薬草茶を飲みながらガイシュ迷宮都市の冒険者ギルドの売店で買う商品を相談していた。
「わたしは光玉と煙玉を買うです」
「私は装備工房で確認したポイズンショートソードとパラライズショートソードを買いたいわ」
「僕はコンポジットボウを購入したいと思っています。装備工房で少し触りましたが本当にいい弓でしたから」
俺は3人の希望を聞いてDランクで購入できる商品リストに印をつけていく。
そして昨日の夕方、ガイシュ迷宮都市の装備工房で見たアイテムや武器を思い浮かべた。
光玉は眩しい光を放つアイテムで魔獣の目を使えなく出来る。
煙玉の方は臭いのきつい煙幕をはって、魔獣を一時的に撹乱出来る。
近接職のアミにとっては有効なアイテムだった。
ポイズンショートソードは傷口を介して毒を付与することが出来る。
パラライズショートソードも傷口を介して麻痺を誘発させることが出来る。
直接的なダメージより間接的なダメージを目的としている剣で、サリスにとっては攻撃の選択を広げる意味あいがあった。
コンポジットボウは木や金属を組み合わせた弓で、補強に魔石加工技術の術式が使われている。
オルいわく、威力も高いしバランスもよくて矢を撃ちやすいらしい。
大きさも長年つかっているスナイプボウとさほど変わらないことから気に入ったということだった。
「俺は破砕粘土と治癒玉を複数買う予定だよ」
治癒玉とは聖魔石を含んだ煙を広範囲に放つアイテムで、複数の仲間の状態異常を改善させることが出来るという触れ込みだったので万が一を考えて購入することにしたのだ。
「それで全部かしらね」
「ああ、でもこれだけ買っても安いよな」
「破砕粘土が銅貨30枚って格安ですしね」
「素材がたくさん取れるんだろう」
「問題は在庫がどのくらいあるかよね」
「品切れだったら、装備工房から取り寄せてもらうように交渉してみるよ」
「お願いね。じゃあそろそろ行きましょうか」
俺は薬草茶を飲み干すと席を立った。
ガイシュ迷宮都市の冒険者ギルドにつくと、まずはDランク掲示板の依頼を確認しにいく。
「昨日と同じですね」
オルがそういうので俺達は受付の近くにある売店に向かった。
カウンター内にいる職員にプレートと冒険者証を提示したあと、俺は職員に購入希望のリストを提示する。
「これを購入したいのですが在庫はありますか?」
「アイテム系ですが、一度にそれぞれ10個までしか買えませんが宜しいでしょうか」
「はい。それでお願いします」
そういうと職員が奥にある倉庫に向かい、まずは武器を持って戻ってきた。
「ポイズンショートソードとパラライズショートソードとコンポジットボウになります」
サリスとオルが職員に代金を渡して武器を受け取る。
二人とも満足そうな顔で武器を眺めている。
また職員が奥にある倉庫に向かい箱を持って戻ってきた。
「こちらがアイテムになります。それぞれ10個づつ入れておきました」
箱の中を確認してから、俺がまとめて代金を払い箱を受け取る。
アミが光玉と煙玉の代金を払おうとしたが、俺は代金を受け取らなかった。
「消耗するアイテムはクラン全体で管理しよう。だからアミは今回支払わなくていいよ」
「うーん」
アミが唸るので、オルがアミに話しかける。
「光玉や煙玉はアミさんだけじゃなくて、それぞれが持っているほうがいいですから、ここはベックに支払いを任せましょう」
「たしかにオルの言うとおりね。光玉や煙玉はみんなで分散してもっているほうが安全だわ」
「…わかったです」
「今後は消耗品の管理は僕が行いましょうか?どうせ矢の管理もしていますから、その程度の管理なら問題ないですよ」
「オルにやってもらえると助かるな。あとで宿に帰ったらお願いするよ」
オルがうなずく。
「新しい装備やアイテムも手に入ったし迷宮に入りましょうか」
サリスの言葉で俺達は中庭に向かい、受付を済ませると祠に入る。
準備を済ませて合図と共に転移を行い、通路に移動したところで俺達は周囲の壁を確認する。
「魔獣の名前がありました。ジャオルオトゥって書いてますね」
俺はヒノクスの魔獣図鑑を取り出すとジャオルオトゥのページを開く。
「挿絵を見ると角の生えたラビットね」
「パラノスには見たことないですね」
「ヒノクスにだけいるのかもな」
アミがメモを見る。
「Fランク魔獣の掲示板に肉の採取があったです。でも報酬は安かったです」
「サリスどうする?食材になると思うけど」
「そうね、肉だけでも自分達用に採取しましょうか」
「それなら弓の使い心地を確認したいから、僕が倒しますよ」
俺とサリスとアミがうなずき、通路を駆け足ですすむ。
ほどなくして広間が見えてきたところでオルが止まり、コンポジットボウに矢を番える。
足音を立てずにオルが広間に近づくと壁に身を寄せながら広間の中央にいた3匹のジャオルオトゥに向けて矢を放つ。
一射目の矢は外れてしまった。
続けて放った二射目の矢、三射目の矢も外れた。
どうやら感覚が微妙に違うらしい。
しかしオルは当たらないのに冷静に矢を放ちつづける。
攻撃を受けたジャオルオトゥがオルに突撃しようと迫ってくる。
オルが冷静に弓を構える。
今までよりも引きが小さいが、矢を射ると吸い込まれるようにジャオルオトゥの眉間に矢が突き刺さる。
そこから2本の矢を放ったが、どれもジャオルオトゥの顔に矢が刺さり3体のジャオルオトゥは一掃されることになった。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・ジャオルオトゥ>>→魔獣:アクティブ:風属
Eランク
HP 0/65
筋力 2
耐久 1
知性 2
精神 1
敏捷 2
器用 1
(やはり今の俺達だとEランクは弱いな)
念の為に分析してみたが、やはりEランクは今の俺達の敵ではない。
今回の個人の練習程度で挑戦するほうがよさそうだ。
「使い心地はどうだった?」
「力加減難しいですね」
「大丈夫です?」
「うん、引く力を調整すれば大丈夫そうだよ」
「よかったですー」
アミが喜んでいる。
俺達はジャオルオトゥから魔石と肉を採取すると、次の通路に転移した。
周囲の壁を探すと『ヴォジャノーイ→』と書かれているのを見つけた。
「ヴォジャノーイがいるらしいな」
「ここにもいるのね」
「わーい」
「三人は知ってる魔獣なのかな?」
「パム迷宮の2階に出没する魔獣なんだよ。姿は二本足で立つカエルだね」
「へー」
「サリスとオルで倒してみる?新しい武器に慣れておいたほうがいいんじゃないかな」
「そうね」
「了解」
「アミと俺は何かあった場合のサポートだな」
「はいですー」
俺達は駆け足で通路を進むと、広間が見えてきた。
中央に4体のヴォジャノーイの姿が見える。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・ヴォジャノーイ>>→魔獣:アクティブ:水属
Eランク
HP 202/202
筋力 2
耐久 1
知性 2
精神 2
敏捷 2
器用 2
(パムと同じだな)
サリスがフレイムスパイクシールドを構えて《ガード》と呟き、腰に差した鞘からパラライズショートソードを抜く。
そしてオルに合図を送ると、オルが広間のヴォジャノーイに次々と矢を放つ。
突然降り注ぐ矢の雨に、ヴォジャノーイが驚いて混乱した所に、サリスがいっきに間合いを詰めてパラライズショートソードで斬り込んでいく。
手前にいたヴォジャノーイに袈裟切りを放つ。
すこし浅めの傷がヴォジャノーイの胴体に斜めに走る。
そのまま流れるようにステップを踏んで奥にいる3匹のヴォジャノーイにサリスが斬り込む。
一匹のヴォジャノーイがサリスに鞭のような長い舌を伸ばして襲いかかったが、フレイムスパイクシールドで受け流してパラライズショートソードを振るい舌を切断した。
さらにその奥にいたヴォジャノーイ2匹の腕や胴をパラライズショートソードで斬っていく。
さすがに分が悪いとヴォジャノーイが距離を取ろうとするが、思うように足が動けないことに気付きパニックになっていた。
「キュヴァァァ!」
ヴォジャノーイが奇妙な叫び声をあげる。
かなり動揺しているようだ。
サリスが一旦離れると、オルがそこを狙って動きの遅くなったヴォジャノーイの頭部に矢を突き刺していく。
最後の1匹がオルから逃げるように飛び上がったが、落下地点に先回りしたサリスが落ちてくるヴォジャノーイの胴体を真っ二つにした。
「いい準備運動になったようだな」
「効きは遅いようだけど、十分使えそうね」
「魔獣の動きが遅くなると、アーチャーとしては当てやすくなるので嬉しいですね」
「ただし毒や麻痺は効かない魔獣がいたりするから、その見極めが重要になりそうだね」
「そこは今後試しながら覚えていくわね」
俺達はヴォジャノーイから水魔石を回収すると、光る床から次の通路へと転移する。
周囲の壁を確認するとサリスが魔獣の名前を見つけた。
「エンペラートードね」
「クシナで戦った魔獣ですね」
「それじゃあ、作戦は前と同じでいいな」
「うーん…」
アミが唸る。
「アミさん、どうしたんです?」
「光玉を使って、先に両目を潰したいです!」
「え?」
「エンペラートードは口が大きくて、舌で口に取り込まれるのを避けたいです…」
なんとなく、あの長い舌でからまれて口の中に運ばれるアミを想像してみたが確かに避けたい光景だ。
オルもどうやら俺と同じ想像をしたらしい。
眉をひそめている。
「そうすると戦闘開始直後に光玉を使って目をくらませた隙に、俺とオルが目に向けて攻撃を仕掛ければいいんだな」
「はいです」
「たしかにエンペラートードの視覚を奪えば、有利に戦えるわね」
「そうだな、ただしエンペラートードが視覚以外で、俺達を補足できる場合があるから注意が必要だよ」
「そういえば目がない魔獣もいましたね」
「嗅覚や聴覚を使ってこられる場合もあるだろうからね」
「とりあえずは目を潰して様子をみましょ」
俺達は光玉を使った作戦を実行にうつすことにした。
通路を進み、広間が見えてくる。
中央に大きな姿のエンペラートードがいるのが分かる。
頭を通路とは反対側にしているので、俺達は背面から襲いかかる構図だ。
高さは3mくらいあるだろう。
かなりの大きな体をした蛙の魔獣だ。
肌の表面はヌルヌルしている。
アミのいうように注意すべきは大きな口と長い舌である。
ヴォジャノーイも蛙の魔獣だったが舌を鞭のように使って攻撃するだけだったのでそれほど脅威ではない。
しかしエンペラートードは舌を長く伸ばし冒険者を補足すると、引き寄せて飲み込もうとするのだ。
クシナ迷宮都市で倒したときは、アミとサリスが左右に位置して正面に立たずに回り込みながら接近戦を行い、俺とオルが遠隔武器を使って頭部を中心に攻撃をして倒した記憶がある。
(【分析】【情報】)
<<ラビリンス・エンペラートード>>→魔獣:パッシブ:水属
Dランク
HP 399/399
筋力 2
耐久 4
知性 4
精神 4
敏捷 2
器用 2
(クシナと同じだな)
俺達は準備を整えてから、オルの矢を合図に戦闘を開始した。
オルの矢がエンペラートードの胴体に刺さると、ゆっくりと巨体をこちら側に向けてくる。
サリスとアミが長い舌を警戒して盾を構える。
俺達を向き終えた瞬間、俺が合図をして光玉をエンペラートードに向けて放り投げた。
俺とオルは目をつぶって顔を背け、サリスとアミは盾で顔を隠す。
ボシュッという音と共に破裂した光玉が閃光を放つ。
その明るさにエンペラートードが目をくらませた。
「いまです!」
アミの声で俺は前を向いてエンペラートードに駆け寄り、有効射程距離の間合いに入ると左の目に向けてチェーンハンドボウを連射する。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュッ。
カートリッジを全て撃ちつくすとエンペラートードの左目の周りにスパイクが20本深く突き刺さっていた。
そのうち数本が左目の眼球に刺さっているのが見える。
反対側の右目の眼球だが、オルが放った矢が数本刺さっているのがわかった。
離れた距離でも正確にあてるオルの技能はさすがだ。
突然の閃光と共に、間髪をいれずに繰り出された攻撃によって視界を奪われたエンペラートードが雄叫びをあげる。
苦し紛れに舌を長く伸ばし振り回してきたが、俺達はその舌の攻撃をなんなく避けて、それぞれの持ち場について攻撃を仕掛けていく。
サリスとアミは側面からエンペラートードの巨体を支える両手と両足に対してダメージを加え続ける。
俺とオルは顔面を中心に矢とスパイクを突き刺していく。
途中、サリスがポイズンショートソードとパラライズショートソードを使って攻撃をしたようだ。
徐々にエンペラートードの反撃が弱くなっていく。
即効性はないが毒と麻痺はかなり有効であったようだ。
視界を奪われ、自慢の舌を封じられたエンペラートードは、なすすべなく俺達に討伐された。
「視界を奪うのは効果的だったな」
「クシナで戦ったときより早く倒せたわね」
「近接が安全っていうのがいいですね。今回はアミさんも楽そうでしたし」
「ラクだったです。オルとベックのおかげです」
アミが嬉しそうに笑う。
その後、傷口から体液を流し続けるエンペラートードの死体から、俺達はCランクの水魔石を回収し、転移石を使ってガイシュ迷宮の外に出た。
「今回は事後報告がなかったわね…」
「水魔石が手に入っただけ良かったよ」
時間を見ると13時半だった。
「オルにお願いがあるんだけどいいかな」
「なんです?」
「昨日の魔石も預けるんで、ガイシュ迷宮の魔石工房で井戸用水魔石の調達に行ってもらえないかな」
「いきなり大量に持っていくより、こまめに調達を行うほうがいいでしょうし、それじゃ魔石工房に行ってきますよ」
「オルと一緒にいくですー」
「じゃあ、二人にお願いするよ」
俺はそういうとオルに昨日と今日集めた魔石を全部渡す。
「Eランクの魔石も処分します?」
「うん、そのほうが工房との交渉も捗るよね」
「確かにそうですね、じゃあEランクとCランクの魔石をあわせて交渉してみますね」
そういってアミとオルが魔石工房に向かった。
「私たちはどうするつもりなの?」
「ガイシュ迷宮都市の周辺の情報や、首都への道の情報を集めようか」
「そうね」
俺はサリスと一緒に、ガイシュの街に情報を集めに出かけるのだった。




